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第55話:わたくしのせいです

 ローズは脱衣所に着くと、周りを見回し誰もいない事を確認し、耳を澄ませて近づく足音がない事も確認し終えると、さっとアリアの吐き戻した物で汚れた服を脱がした。

 アリアを裸にすると続いてローズも着ている服を全て脱いで裸になった。

 そして、フウとセツがまだ来ていない事を慎重に確かめた後に、ぼんやりとしてしまっているアリアと一緒に大浴場に入っていった。

 大浴場に2人しかいない事を確認した後、ローズがアリアに申し訳なさそうに声を掛けた。


 「お嬢、ちょっとごめんな」


 ローズはアリアの全身を念入りに調べていった。

 フウとセツに言えないような事がアリアの身に起きていなかったかの、確認をしていった。

 傷の有無などの確認を終えると、最悪の事態は避けられたとローズはホッと安堵の息を吐いた。

 そして、ローズは未だ心中で自身を責め続けているアリアの手を引いて、洗い場に連れて行った。

 ローズに勧められるままに洗い場の鏡の前に座ったアリアは、ようやく自身を咎める気持ちから、浮上していった。

 ぼんやりとした意識の中、正面に見える鏡に映った自身の酷さが悲しみを誘う。

 赤く腫れぼった目に、乱れた髪、そして、それらを見つめる悲哀に満ちた表情が、辛く思えてくる。

 けれども、自身の悲しみよりも、やはりシオンの無事の方が気になってしまう。

 アリアは、鏡越しに見える今朝までの緑色の髪のシオンとは違う、深い赤色の髪のローズに一つ小さく息を吐いてから思い切って声を掛けた。


 「・・・あ、あの、ローズ、さん。シオンは無事でしょうか?野盗に襲われて、スイを呼んだのですよね。それ程に、・・危険な状況だったんですよね」


 悲愴な面持ちで、必死の思いで訊ねた。

 そして、続く言葉を吐く前に、もしもの想像が脳裏を過り、後悔がアリアの胸の内に溜まっていった。


 「シオ、・・シオンが殺されてしまったら、スイも殺されてしまったら、わたくし、どうすればいいのですか。・・嫌です、もう死ぬのは、殺されるのは。ねぇ、ローズさん。シオンとスイは無事ですよね、帰ってきますよね」


 ごちゃごちゃの意識の中、アリアは答えを求めるために、懸命に、最悪な結末ばかりが浮かぶ自分の気持ちに抗って、背後に振り返りローズを正面から見据えた。

 希望のない答えがローズから帰ってきたらどうしようと、押しつぶされそうな不安の中、ローズを見つめて答えを待った。

 ローズはそんなアリアの悲愴感の滲む姿に努めて明るく笑って、心配は要らないとアリアを安心させるために抱き締めた。そして、語りは穏やかに、諭すように、アリアに伝えていった。


 「お嬢、大丈夫だ。シオンの奴が野盗如きにやられるわけがないさ。あたいは前職の時、ずっとシオンといたんだ。シオンのヤバさはこのお屋敷の誰よりも知ってる。そのあたいが、太鼓判を押してやる。無事帰ってくるよ、シオンは、な!」


 伝え終えるとぎゅっとアリアを心から抱き締めた。


 「本当ですか!」


 ローズの胸に抱かれながら、微かな希望が宿った双眸でアリアがローズを真剣な眼差しで見つめてそう訊ねた。


 「大丈夫、大丈夫。シオンを倒したきゃ、軍隊でも率いていかないと無理だろうしな。まぁ、下手すると・・・、いや十中八九、軍隊の方が全滅する恐れが軽くあるか?とにかくっだ!それくらいアイツは丈夫だってことだ。あたいが保証してやるよ、何事もなかったように、平然と返ってくる、安心しな、お嬢!」


 心配そうに見上げているアリアにきっぱりとそう断言した。

 そしてローズは、そのシオンを心配して不安そうに見上げてくるアリアをもう一度ギュッと、安心さるように抱き締めてから頭を撫でていった。


 (シオン、良い主に仕えたな。絶対、この寂しがり屋で可憐なお嬢様を護ってやれよな!)


 撫でられて気持ちよさそうに綻ぶが、どこかまだ不安の残るアリアの表情を見てローズはそう思った。

 そして、何のんびりしてるんだシオンと、胸にアリアを抱きながら、心の中で文句を訴えた。

 ローズのその答えを聞けて少し気持ちが軽くなってきたアリアが、やっと小さくだが笑顔を浮かべて、呟けた。


 「よかった」


 呟きはまだ小さく弱々しいが、アリアの表情には少しだけ生気が戻った。

 そんな小さなアリアの変化にローズが気付き、優しげな笑みをアリアに向けた。

 ローズの慈しむ笑顔がアリアの気持ちから更に不安を取り除いていった。

 アリアは、しばらく温かくて柔らかいローズの胸に身を委ねた。

 その後、ローズの慰めと温かな抱擁で不安が小さくなったアリアが、幾分かの精神的なゆとりが生まれた心持ちで、顔を後ろに反らしてローズを見上げた。

 そして、緊張した様子で震えそうになる口を開き、ローズに思い切って頼みごとを切り出した。


 「あの、また、髪を、また、洗って、くれますか?」


 折角ローズにサラサラにしてもらった髪を寝転がったり、泣いたり、吐いたりしてベトボサにしてしまい、その心苦しさから、遠慮がちに声を潜めて、強張る口でなんとか訊ね切った。


 「良いぜ、良いぜ、何度でも洗ってやるからよ!気にすることはないぜ、お嬢!」


 そんなこと気にするなと、快活に笑い、ポンポンとアリアの頭を撫でながら、ローズが答えた。

 そして、ローズはアリアの髪を手に取り、ゆっくりとお湯で軽く汚れを流してから、泡立てたシャンプーで髪を洗っていった。

 アリアは心の底からローズに安心感を覚え、身を委ねて、目を瞑った。






 アリアが目にシャンプーが入らないように目を瞑っていると、脱衣所の方から、2人分の話声が聞こえてきた。


 「ヒメちゃん、もう入っているのね。少しは元気になってくれたのかな。一応、ローズさんに言われた通り、明るい色合いの服を選んだつもりだけど、これで元気になってくれるとお姉ちゃん嬉しいんだけどな」


 「大丈夫だよ、フウねえ。ヒメの元気が戻るように私達が選んだ服だよ、きっとヒメも元気になってくれるよ」


 「うん。そうね、セツちゃん。じゃあ、私達もお風呂に入ろうか。・・・昨日出来なかった、ヒメちゃんとの楽しいお風呂を、今日は一緒に楽しもうね」


 脱衣所からそんな話声が聞こえた後、続いて服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえてきた。

 そして、その音が止むと、脱衣所と大浴場を仕切る扉が開いて、タオルを手にしたフウとセツが大浴場に入ってきた。

 2人は大浴場内をキョロキョロと見回し、アリアとローズの姿を見つけると、2人の下にひたひたと、歩いてやって来た。

 そして、アリアを挟むように、2人が立った。

 フウがシャンプーをしてもらっている最中で目を閉じているアリアに、訊ねた。


 「・・・ヒメちゃん、お隣いい?」


 フウに続き、セツもアリアに訊ねた。


 「・・・ヒメ、わたしもお隣に座ってもいいかな?」


 お風呂という場で、2人は昨日のアリアへの酷い仕打ちを思い出し、後ろめたさから一瞬口籠ってしまっていた。

 アリアも何となく2人の声音に緊張の色が滲む事を感じ取り、この緊張の原因が昨日の出来事であることはすぐに察せられ、アリアはそれを消すために努めて明るく返事を返した。


 「はい、どうぞ!フウお姉ちゃん、セツお姉ちゃん!」


 そう言い終わると、にっこりと2人の方向に微笑みを向けた。

 しかし、それもほんの数秒で、すぐにその微笑みを引っ込めると、唇を結んだ不満げな表情を2人に向けた。


 「むう、フウお姉ちゃん、セツお姉ちゃん、まだわたくしを信用していないのですね。フウお姉ちゃん達は悪くない、悪いのはわたくし自身であると説明しましたよね。だからもう、何も負い目を感じる必要はないと、責められるべきはわたくし自身であるとしましたよね」


 アリアはそこで一旦言葉を切った。

 そして、傍にいるフウとセツの存在を感じ取ってから続きを紡いでいった。


 「これからは、姉妹なのですから、遠慮や気遣いはいらないと言ったではありませんか。わたくしはいつまでも、お二人の中ではアリアなのですね。恐れられる存在なのですね・・・」


 最初は不満を漏らしていたアリアであったが、終盤には2人との間に隔たりが感じられて孤独さに苛められた。そのため、最後まで言葉を紡ぐことが出来なくなってしまった。

 アリアは顔を俯けた。

 自分は何処まで行っても、どんなに親しくなろうとも、前のアリアの影が存在するのだと、2人の様子から感じ取ってしまった。


 (俺の中には、もう2人を咎める気など一切存在しないんだけど、アリアの影がそう思わせてしまうのか。距離が縮まったと、思い上がっていたのか、わたくしは・・・)


 アリアの心の中に黒いモヤが立ち込めて、閉じた瞳から温かさが零れていった。

 小さく震えるアリアに、フウとセツはまた昨日と同じく悲しませてしまったと、胸が締め付けられた。

 昨日はここで何も言えなかった。ただ、苦痛を与えたまま終わらせてしまった。

 でも、今日は、アリアではなく、気持ちが沈んでしまっている可愛い妹に、姉として昨日は出来なかった声を掛けていった。


 「ヒメちゃん、お姉ちゃん達はそんなことは思ってないよ。大切なヒメちゃんとして、愛しているよ。だからね、隣に座るね、ヒメちゃん!」


 「私もヒメをそんな風に思ってないよ。妹を不安にさせるなんて姉失格だね。だから、これからは、遠慮なんてないぐらいにぐいぐい行くからな、ヒメ。今日はとりあえず、隣で身体を洗いながら、ヒメの可愛い姿をじっと見てるからな」


 フウとセツの言葉を受け、謝罪ではなく否定というその言葉に籠った、2人の確固たる昨日との決別を感じ取ると同時に、優しさに包まれた気持ちも感じられたアリアは、俯けていた顔を上げて、フウとセツの方向に向けると、確かな口調で望んだ言葉を口にした。


 「はい、どうぞ。そうしてください」


 フウとセツは、はにかみながらも、アリアにはもう自分達を責める気持ちが一切ない事をアリアの空気と紡がれた言葉から感じて、朗らかで屈託のない笑みをアリアに返した。

 アリアもシャンプーの最中なので、目を瞑った状態であったが、フウとセツの緊張の解れた穏やかな空気を感じられ、望みを口にした口元に笑みを浮かべた。

 それから小さく、フウとセツには聞こえない程の声量で一言発した。


 「ここで本当によかった」


 心から転生先がアリアで良かったと、幸せを噛みしめた。






 ローズはじっとアリアの髪を洗いながら、3人を見守っていた。

 ローズの知らない3人だけに通ずる過ちに対する後ろめたさで3人の空気が重く淀んだ時、思わず間に入ろうかと考えた。しかし、これも3人だけに通ずる何かの絆で、すぐに淀んだ空気が霧散して、3人の間に穏やかで温かな空気が流れた時、咄嗟に間に入らなくてよかったと、安堵のため息を零した。

 もう淀みのない爽やかな空気に満ちる3人を、ローズは微笑ましげに見守っていた。

 その時、アリアの零した呟きが不意に聞こえた。


 「ここで本当に良かった」


 綻んだ表情で囁かれた言葉の意味に、ローズは怪訝な思いを抱いた。


 (ここで、とはどういう意味だ?まるで、違う所から来たみたいじゃないか、お嬢?)


 内心でそう疑問を呈した後、ローズはほんの数秒手を止めてアリアを窺った。

 アリアが止まった手に、不安そうに頭を寄せてきた。

 胸にアリアの頭が当たると、ローズは止めていた手を動かし始めた。

 ローズは髪を解すように洗う手を先程よりもなお一層、丁寧に動かしていった。

 アリアのその仕草が、寂しさから来る甘えと推察したローズは、先程の言葉と合わせて、愕然とした。


 (そんなに寂しかったのか、お嬢・・・)


 そう呟くローズの心が、この事実にズキンと痛んだ。

 その痛みに顰められた表情で、ローズがアリアを見つめて内心で零した。


 (ごめんな、大人がそれに気づけなくて)


 泡立つアリアの頭を見つめて、心中で謝った。

 しかし、次の瞬間には、微笑むような柔らかな表情でローズはアリアの姿を見つめた。


 (でも、もう寂しくはないんだな)


 フウとセツの方向に顔を向けて、嬉しそうに微笑む姿にそう思えた。

 もう孤独に、独り嘆く時間がこの瞬間に消えたように感じられ、ローズが極、小さな声で零した。


 「良かったな、お嬢」


 ずっと気に掛けていたアリアの突然の変化が、寂しさに起因していたのだと、ローズは推察し、自分もアリアをもう独りにはしないと、優しく髪を洗いながら決意した。






 髪を洗い終え、身体も洗い終えたアリアは、ローズとフウとセツと4人でお風呂を堪能し終えた後、大浴場から脱衣所に上がった。

 今日はシオンがいないので髪を自分で拭き始めた途端、すぐにローズに「あたいがやってやるよ」とタオルを奪われた。

 何がいけなかったのか、“いつも”の通りにただ拭いていただけなのに、ローズに急にタオルを奪われ、ため息交じりで拭かれる自分の姿を鏡越しに疑問を浮かべながら不思議そうに見つめた。


 (なぜ俺はタオルを奪われたんだろうな)


 疑問符が浮かぶ頭で、ローズに今拭いてもらっている姿と、いつもの姿を見比べてみた。

 だが、どうしようもない程に同じようにしかアリアの目には映らなかった。


 (どう違うんだ?いつもと同じように髪をただ拭いていたんだがな。この身体になってからは、シオンにやってもらってるから、分からん)


 そう内心で疑問を呟き、小首を傾げてじっと鏡を見据えていった。

 長くなった髪をガシガシと、髪が互いに絡まるのも、偶に髪が手に絡んで痛みを感じることも厭わずに、豪快な所作で男の時と同じように短時間で拭こうと試みていた、アリア。

 だからこそ、隣でその大雑把過ぎるアリアに、唖然として、美容師の矜持に誓って看過しえなかったローズがすぐにアリアからタオルを奪い取ったのであった。

 ローズはここにいない自称パーフェクトメイドに、後で何をお嬢に教え込んだのかを問い詰める必要があると、心に決め、アリアの髪を拭っていった。

 完全な流れ弾に当たった自称パーフェクトメイドが、アリアの寝静まった夜更けにローズに延々と説教を受ける羽目になろうとは、一切合切想像だにせずに、クマ五郎と共にまだ平穏無事な帰り道を進んでいた。

 そして、話は戻り、ローズに拭いてもらっている間、手持無沙汰になったアリアは、暇つぶしに脱衣所内を見渡していた。

 髪を拭いて貰っているローズ、自分で髪を丁寧に拭いているフウと、ローズが何か言いたそうに見つめていることに気付かずに自己流で髪を拭うセツが順々に見えた。


 (?)


 脱衣所内を見渡し終えたアリアの胸中に、違和感が湧いた。不思議と今日の脱衣所が広く感じられた。

 奇妙な感じに内心で首を傾げながら、そろそろ終わるかなと顔を正面の鏡に戻した。

 そこにいつもはタオル姿の緑髪が見えるが、今日はタオル姿の深い赤色の髪が見えた。


 (そういえば、まだシオンは帰って来ていないんだな。多分帰って来てたら、シオンの事だから、真っ先に俺の所に来るだろうしな)


 そう内心で零した時、アリアの心に小さく棘が突き刺さった。

 それはどんどんと心に刺さっていき、痛みを増してきた。


 (シオン、いないんだ・・・)


 まだ出会って2日だが、何故か傍にいないシオンを想うと、途端に寂しさが込み上げてきた。

 居れば、居るでうるさいが、いないとこんなにも静かなものなのだとアリアは感じた。

 寂寥感が心の中で存在を強めつつあるとき、ローズが不意にアリアに訊ねた。


 「お嬢、さっきは何があったんだ?」


 さっきとは何を指しているのだろうか、と一瞬考え、すぐにその答えに行き着くと、アリアは鏡を見つめながら、鏡越しにローズに向かい口を開いた。


 「恐ろしい夢を見ました」


 語り口は淡々としたものであった。


 「その夢の中でわたくしは見知らぬ路地裏に立っていました。どこまでも続きそうな不気味な路地奥を望む場所に、1人で立っていました。その路地は見たことがないはずなのに、不思議と見たことがある感じを覚えました。わたくしは奇妙な感覚と共に周りを見回しました。やはり、見たことがない壁が見えるだけでした。そこで、先程からずっと身体が自然と見ないようにしていた足元に視線を落としていきました」


 アリアの息が微かに乱れ始めた。


 「・・・視線を落としていくと、真っ赤な色がわたくしの視界に見えました。その瞬間、それが何かを理解しました。もう見たくないと、顔を上げようと、しましたが、視線が下がっていきました。・・・わたくしの意思を無視して下がり続ける視界の中、・・・赤い水溜り、・・・違いますね、血だまりの中に誰かが3人倒れていました。わたくしの視界は霞が掛かったように覚束ないはずでしたのに、何故か倒れ伏しているはずなのに、・・・自然と、・・・理解できて、・・・しまいました」


 夢に見た光景が語るにつれて、アリアの脳裏に鮮明に呼び起されていく。

 あの悪夢の血の海に物言わぬ骸となり、伏す3人を想うと、アリアの瞳から涙が溢れてきた。

 あれは夢、現実ではないと強く自身に言い聞かせようとも、涙は止まらず、話の最後には嗚咽が混じってしまっていた。

 ローズがアリアに慌てて声を掛けた。


 「お嬢、もういい!分かったから止めてくれ!」


 何が分かったのか自分でもはっきりとは分からないが、兎に角、悲痛な表情で語るアリアを止めなければと、ローズがその一心で口にした。

 アリアの痛ましい語りに傍で耳を傾けていたフウとセツもアリアに慌てて声を掛けた。


 「ヒメちゃん、もう止めて!お願い、壊れちゃうよ!」


 「ヒメ止めて!もう良いよ、お願いだから止めて、ヒメ!」


 思い出すことと語ることに意識を集中するアリアには、その制止が聞こえず止まらない。


 「血の海に伏すのは、シオン、スイ、そして、タスキ。・・・3人がわたくしの目の間で・・・倒れていました。・・・物言わぬ骸と、なり果てて・・・」


 語り終えると、アリアは顔を鏡からローズ、フウ、セツと巡らしていった。

 涙が両頬を濡らした、見るに堪えられない程の悲痛な表情のアリアが3人を見回していった。

 悲愴に歪む表情の中、自身を責める表情も浮かぶアリアが、もう一度3人を見回して問いかけた。


 「わたくしがこんな夢を見たから、シオン達は襲われたのですか?」


 アリアの意思が、そう訊いていた。

 ローズが髪を拭く手を止めて、後ろから抱しめた。


 「お嬢のせいじゃない」


 ローズに続いて、髪を拭いていたフウがタオル姿のままアリアに駆け寄り、アリアの右手を取った。


 「違うよ、ヒメちゃんのせいじゃないよ」


 アリアと同じくパパっと適当に髪を拭き、そして終えていたセツが、下着姿でアリアの左手を取った。


 「ヒメのせいじゃないから、自分を責めないで」


 自分のせいでシオン達が襲われたんだと、再び罪の意識に囚われたアリアに、3人の優しい言葉が届いた。

 しかし、アリアは悲しみに歪む表情のままで、3人に疑念の籠る声で問いかけた。


 「そうなのでしょうか?わたくしがあんな夢を見たから、襲われたわけでは無いのですか?」


 「違うよ、ヒメ!」


 「そう、ヒメちゃんのせいじゃないよ!」


 フウとセツはアリアの手を自分の胸に押し当てて、強く訴えた。


 「お嬢は全く悪くない!悪いのは、野盗だ!」


 ローズがそうアリアに訴えて、深く胸に抱いた。

 アリアがまだ何か自分を咎める言葉を口にしそうになった時、ローズがそれを遮り言葉を発した。


 「それに、シオンがやられたなんて情報はお屋敷には届いてない。お屋敷に届いたのは、救難信号なんかじゃなく、スイに頼みたい用があるってことだけだった。だから、シオンはちゃんとお嬢の傍に帰ってくる。今は、シオンが帰ってきた時に元気な姿を見せてやることだけを考えて、待っててやるのがお嬢の務めだ!」


 ローズはアリアを更に胸に強く抱しめて、慰めるように頭を撫でた。

 アリアはローズに振り返り、自分を元気づけるために言った方便ではないかと、探るような視線を向けた。

 ローズはすぐにその視線の意味を理解し、にっこり微笑んでアリアを抱き締めつつ頭を撫でた。

 更に、フウとセツもアリアにもう自分を責めないでとアリアの手をしっかりと握り締めて訴えた。

 ローズ、フウ、セツ、3人の言葉と言外の励ましを受けて、アリアは涙に濡れる顔のまま、うんと大きく頷いた。

 そして、ローズ達に精一杯の気持ちを込めて口を開いた。


 「ありがとう、ローズさん、フウお姉ちゃん、セツお姉ちゃん。わたくし、シオンが帰って来てから、心配を掛けないように、頑張って元気に振舞いますね」


 「ははは、振舞うじゃなくてちゃんと元気にしてくれよ、お嬢」


 「ふふ、そうだよヒメちゃん。元気にしてないとシオンさんが悲しんじゃうからね」


 「ヒメ、もう心配はいらないからね。もう独りで抱え込まないで何でも私達に相談してくれていいからね、ヒメ」


 ローズ達から沢山の気遣いを含んでそう返されたアリアは、最後に力強く返事をした。


 「はい!!」


 アリアに再び屈託のない笑みが戻り、ローズ達も同じく屈託なく笑った。

 その後、髪を乾かし終え、フウとセツがアリアを元気づけるためにと選んでくれた、淡い水色と白色の2色を使ったワンピースに着替え終えたアリアは、女湯の脱衣所から出て、フウとセツが隣に並び、ローズがアリアの後ろで時たま、「やっぱ、可愛いな」と口にしてアリアを抱き上げて頬擦りされながら、食堂に向かった。




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