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第32話:広いですね・・・

 大浴場は、朝の冷たい空気のせいか随分と湯気で曇っていた。奥まで辛うじて見渡せるぐらいの覚束ない視界であった。

 アリアは、知らずに隣にいるシオンのタオルの端を握りしめた。


 「お嬢様?」


 シオンがそんなアリアを心配した。


 「どうかしたの、シオン?」


 大浴場の奥をじっと見ていたアリアは、名前を呼ばれた事で一度大浴場内を全て見渡してから顔を上げた。

 シオンがアリアの顔とタオルを握りしめる手を一瞥して声を掛けた。


 「何かありましたか?」


 シオンの視線で自分がいつの間にかシオンのタオルを握りしめていたことに気付き、慌てて手を離すと誤魔化すように笑った。


 「ごめんね。何でもないの。ただ少しだけ、不気味に感じられましてね。それとね・・・、やっぱり2人だけだと少し広すぎるなと、考えてしまいました。ごめんね、シオン。折角の楽しい気分が台無しよね」


 シオンと2人だけのお風呂に先程までは浮かれていたが、いざこうして入ってみると寂しさと心細さを感じてしまった。昨日の辛いことも重なり、余計に楽しかった大勢とのお風呂を思い出してしまっていた。

 しかし、すぐに不安を消そうと微笑んだ。シオンに失礼な気がしたからだ。

 シオンは、アリアの前に屈み目線を合わせると、アリアの頭を撫でながら語っていった。


 「そんなことはありませんよ。シオンはお嬢様がいてくれるだけで、楽しくなります」


 そう語ると、少し思案してからシオンはアリアを見据えた。


 「分かりました、お嬢様。明日は、きっとお嬢様が楽しくなれるようにシオンにお任せください。それでは、今日はぱぱっと汗を流して出てしまいましょうか」


 シオンは明るく声を掛け、アリアを洗い場に誘った。アリアが椅子に座ると、シオンがゆっくりとお湯をかけていった。

 その際、アリアの玉肌を水滴が滑らかに滑り落ちていく様を、シオンが羨ましそうに見つめる。

 水をかける度に肌に弾かれ、すうっと尾を引かずに滑り落ちていく。


 (はぁ~。良いなぁ)


 見惚れる程の肌つやにため息と憧憬が零れる。

 そして、自身の濡れる肌を見て、明らかなアリアの肌との違いに落ち込むと、シオンは心で小さく決意した。


 (私ももう少し肌の手入れを頑張りますか)


 決意を胸に、シオンは手で泡立てるとアリアの身体を洗っていった。

 アリアの腕を片方の手でそっと持ち上げて、泡ですっと撫でる様に洗っていく。続いて身体も慎重に柔らかい肌が傷つかないように細心の注意を払って手で、撫で洗っていく。最後に、足を洗っていった。アリアに足を上げてもらい、自分の膝でアリアの足を支えて、足先から太ももの上までを丁寧に洗っていった。

 アリアは、シオンに洗ってもらっている最中、恥ずかしくなり顔をほんのりと染めて、シオンの手を追っていった。しかし、その恥ずかしさとは別にシオンの柔らかい、身体を洗う手触りが非常に心地よく、自然と目を細め気持ちよさそうに、シオンの手を追ってもいた。

 気持ちよく全身をシオンに洗ってもらったアリアは、泡を流すためにお湯をゆっくりと掛けられていった。泡を綺麗に落とし終わった後、今度は髪を洗っていった。

 纏めた髪を降ろし、癖を梳かして直した後に、アリアに一度、声を掛けてからお湯をかけていった。そして、お湯をかけ終えるとシオンはアリアに一言、声を掛けた。


 「お嬢様、本日は美容師の方がいらっしゃるので御髪は軽めに流すだけにしておきますね」

 「え、ええ。よろしくお願いします」


 髪に拘る性分ではなかったので、その辺りは全てシオンにお任せした。


 「畏まりました、お嬢様!」


 アリアに任されたシオンは、嬉しそうな表情でアリアの髪を軽く流していった。アリアの髪を洗い終えた後、シオンは隣の椅子に座ると機嫌良く自分の身体と髪を洗っていった。

 しかし、その最中やはり肌が気になり、自然とアリアを横目に眺め、再び自身との違いを突きつけられて、シオンは軽く落ち込んでもいた。






 汗を流し終えた2人は、今日は時間が足りないという事にして、湯船に浸からずお風呂から上がった。

 脱衣所に上がると、アリアの濡れた身体と髪を嬉しさ満点の晴れやかな表情でシオンが拭いていく。アリアは、楽だなぁと思いながらシオンの言う通りに手や足を上げていった。

 そして、シオンも身体を拭き終わり、服を着るためにアリアが着替えの置いてある棚の前に立った。

 アリアは、着替えの中から上下の肌着を取り出し、シオンに泣きそうな表情でせがまれたのでシオンに仕方なく手伝って貰い、肌着を身に纏った。

 次はワンピースを着ようと手を伸ばした時、控えめな様子でシオンがアリアに声を掛けた。


 「お嬢様、お待ちください。筋肉のコリの解消のために、お風呂上がりで身体が温まっている間にマッサージをしましょう」


 突然、思ってもいなかった提案をされたので一瞬困惑したが、アリアは確かに運動後だしなと、快く承諾した。


 「分かったわ。それじゃ、お願いね」


 (筋肉痛は嫌だしな。ここは、シオンに従っておくか)


 心の中でも快諾したアリアは、シオンに顔を向けた。


 「では、少々お待ちください。すぐにマットレスの準備を・・・!?」


 シオンは、マットレスを床に敷こうと顔を後ろに向けた瞬間に気付いた。着替えは用意したが、マットレスは用意していなかったことを。

 呆然と背後を振り向いたまま止まっているシオンが心配になり、アリアが恐る恐る声を掛けた。


 「あの、・・・シオン、ないなら今日は、その・・・、なくても宜しいのではないでしょうか。・・・わたくしは、別に床に直接寝るくらい、何の問題ありませんよ。むしろそちらの方が慣れているような、気がします」


 お酒を飲んで酔っ払い、ベッドに辿り着くまでに床に倒れ込んで、よく寝ていたアリアにしてみたら、特に問題ないことだった。

 シオンが震えながら、答えを返した。


 「いえ、お嬢様を床に直接寝かせるなど、シオンには出来ません。いや、してはなりません。今すぐに、準備して参ります」


 言うが早いか、廊下に向かって勢いよく走りだした。


 「待って、シオン!!服を!!服を着て、シオン!!」


 アリアの懸命な声かけも空しく、シオンはバスタオル一枚の姿で走り去っていった。

 その途端、廊下の先から「メイド長!!」と驚愕に染まる声が響き渡ってきた。

 その後もシオンに関する叫び声が次々と聞こえてきた。


 「皆来て!メイド長が!!」

 「落ち着いてください、メイド長!」

 「私は今、命よりも大切な使命を帯びているのです。邪魔しないで下さい!!」

 「誰か、メイド長を止めて!」

 「離れなさい。私には使命が!お嬢様にマッサージをする使命が!!マットレスが!!」

 「ここに男共を近づけさせないで!」

 「はい、スイ様!」

 「メイド長、いやシオンいい加減に止まりなさい!」

 「何ですか、スイ!私の崇高な使命を邪魔するのですか!」

 「仕方ありません。このままではチェイサー家の品位が疑われます。シオン、しばらく眠っていなさい」

 「あっ!スイ何を!!」


 ゴトッ。

 何か重いものが倒れた音が聞こえたが、アリアは呆れ果てて深く考えることを止めた。


 「フウ、いる?」

 「はい、お母さん」

 「これをお風呂場まで運んでおいて。それからセツ、食堂に行って料理長に朝食の時間を1時間遅らせてと頼んできて」

 「分かりました、母さん」

 「他の者は、各自仕事の準備を進めていって!はい、解散!」

 『はい!!』

 「お母さんは何するの?」

 「私は、それがしそこなった私達の大切なお嬢様のマッサージをするわ」

 「じゃあ、私はお母さんと一緒に行きたい」


 その会話を最後に、廊下からは足音以外何も聞こえなくなった。

 アリアはため息を吐きつつ、「何してるの、あの駄メイド」と呆れ果てた呟きを零しつつ、脱衣所で痛む頭を押さえながら誰かが来るのを待った。

 数分後、マットレスを抱えたスイと、シオンを担いだ少女が脱衣所にやって来た。




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