第23話:シオンの微笑み
シオンは全ての仕事を終えて、夜も更けた頃に部屋に戻った。
就寝準備でメイド服から寝間着に着替え、それが終わるとシオンは、化粧台の前に座った。
そして、就寝前の肌の手入れをした後に、髪留めのリボンを解き、髪を無造作に降ろした。
ブラシを取り、丁寧に髪を梳いていく。
いつものように無感情で鏡を見ながら梳いていたが、鏡に映る自分の顔には笑みが浮かんでいた。
それを見てシオンは、クスっと自分から笑いを零し、今日1日のアリアを思い浮かべた。
「お可愛くなられましたね、お嬢様」
感慨深げにポツリと呟いた。
そして、今日1日のアリアの姿が脳裏に浮かんだ。
今朝のあどけない姿、久しぶりに見た笑顔、失敗されて落ち込んだ姿、自分を頼りにしてくれる姿、自分に向ける冷たい笑みでなく温かみが籠った優しい笑み、そして、昨日までは無かった他人を思いやる気持ち、その全てがシオンの心を満たしていった。
シオンは、もう無感情ではない柔らかな微笑みを浮かべて、鏡の自分の姿を見つめていた。
温かな気持ちで髪を梳き終えたシオンは、次に就寝前の日課の首飾りを磨いていった。
その手つきは、昨日よりも丁寧で柔らかなものであった。本当に、アリアを磨き上げるように、柔らかく慈しむようにしみじみと磨き上げていった。
そして、就寝前のルーティーンを終えたシオンは少し悩んだ末、髪をアリアと同じように右肩から前に垂らして結んだ。それだけで、また一歩遠かったアリアとの距離が縮まった気がした。
目の前の鏡には、そんな自分の感情が映し出されていた。いつか見た明るい表情が写っていた。
シオンは、愛おしそうに鏡を見ながら垂らした髪を何度も撫でていった。
ベッドに潜ったシオンは、纏めた髪を落ちないように胸の上に乗せた後、仰向けで静かに目を閉じた。
しかし、目を閉じ暗くなると急にずっと感じていた違和感と不安が、心の内から湧き上がって来た。
漠然としたアリアへの不安を感じ、目を開けた。
「アリアお嬢様」
ポツリと一つ不安が零れた。
そこから、止まらぬ勢いで、アリアに感じた違和感と不安が押し寄せてきた。
(昨日までのお嬢様と今日のお嬢様は、同じなのか?)
昨日まであんなにも冷酷だったアリアが、たった一晩で優しくなったことをシオンは訝しんだ。
(それに、文字の読み書きが突然できなくなっていた。更に魔力が一般人以下に下がっていた)
有り得るのかと、シオンのアリアに対する疑念が深まっていく。
(魔石などの当たり前の知識を全く持っていなかった。あれは、忘れたとかでなく、最初から持っていないようだった)
シオンの疑念が更に深まっていく。
(極めつけは、セレナ様から頂いた大切な宝箱を忘れているご様子だった。あんなにも大事になさっていたのに)
お屋敷の者なら皆知っているアリアのセレナに対する思いを浮かべ、シオンは首を傾げた。
シオンは再び思索に耽った。
(ですが、お教えした途端に、思い出されたご様子だった。あの時の雰囲気は、紛れもなく本物のようでした)
うーんと唸り、シオンの頭がこんがらがってくる。
(お嬢様の頼みで御渡しした首飾りのことも、忘れていたようでしたが?)
シオンの脳裏に今のアリアが聞けば、慌てふためくであろうことが思い浮かんだ。
(まさか偽物!?)
シオンは、正解に辿り着いた。
しかし、すぐにそれを否定する。
(いや、そんなはずはない)
シオンは、頭を振りその考えを振り落とした。
そして、お風呂場で見たアリアの肢体を寸分の違いなく、細部まで脳内に再現していった。
(・・・・・)
シオンはそのアリアをつま先から頭の先までじっと見ていった。いや、ねっとりと少しだけ息を乱しながら見ていった。
極度の緊張状態でシオンは、アリアの全てを確認していった。
しばらくすると、確認を終えてシオンが、ふうと一つ息を付いた。そして、額の汗を拭うと結論を出した。
(私がお嬢様のお身体を上から下まで隈なく確認した結果、本物であると結論が出ました)
結論が出て、やっと緊張が解けていった。想像したアリアの偽物か本物かの違いは、シオンにしか分からない物であった。
アリアが本物と確信したシオンは、用済みの脳内に再現したアリアを消そうとして、躊躇した。
(まだ時間はありますよね)
シオンは、自分しかいるはずがない部屋を挙動不審に見回した。
(誰もいませんね。ウフフ)
怪しく笑うと脳内のアリアを自分の思い通りの姿に変えていった。
アリアにメイド服を着せ、黒いシンプルなスカートの裾を軽く摘み上げ、瞳を伏せ恭しくお辞儀をする姿を思い浮かべた。
「~~~~~!!」
あまりの可愛さに、ベッドの中で悶絶した。
そして、シオンは一度はやってみたい夢を思い浮かべていった。アリアと共にお屋敷で仕事をする夢だった。
シオンの設定では、新入りのメイドでまだ仕事が覚えられておらず、思う様に働けなくて毎日指導の先輩に叱られて落ち込んでいるものであった。




