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第17話:もしかして、わたくしは没落エンドですか

 顔も洗って歯も磨いたアリアは、さあ寝るぞとベッドに潜ろうとした時、シオンから呆れ声が届いた。


 「お嬢様、その格好で就寝なさるお積もりですか」


 どこが悪いのか分からないアリアは、小首を傾げてシオンを見た。


 「分かりました。このシオンがまた一からお教え致しましょう!」


 シオンは、クローゼットに向かうと中から吸汗性のよさそうな植物の繊維で織られた寝間着用のシンプルなワンピースを取り出してきた。

 色は、水色で見ているだけで涼しそうなものであった。


 「お嬢様、こちらにお召替えください」


 シオンに手渡されたワンピースを見て、今着ているものを見た。


 (これ全然着てないんだけど、もったいなくない)


 不思議そうに寝間着を見ているアリアに、シオンは優しく声を掛けた。


 「お嬢様、先ほど夕食を食べましたよね。そのまま、ご就寝なさるとベッドに臭いが付いてしまします。それに、夜寝ているときの寝汗で汚れてしまいますので、こちらのきちんとした寝間着用のワンピースにお着替えください」


 シオンは、アリアの着ているものを脱がし、寝間着へと着替えさせた。

 寝間着に着替えたアリアは、もう何もないだろうとベッドに上がるために裸足になった。そして、ベッドに上がったところで、シオンに慌てて呼び止められた。


 「お嬢様、そのままご就寝なさると御髪が痛んでしまいます!少々お待ちください」


 シオンは、椅子を化粧台からもっと来るとアリアを座らせた。

 そして、サイドテーブルからまた手鏡を取り出すとアリアに渡した。


 「お嬢様、良く見ておいてくださいね」


 そう言うと、ブラシをアリアの髪に掛けていった。

 シオンは楽しそうに髪をブラシで梳いていた。そして、アリアは“またこれか”と、心で愚痴っていた。

 手持ち無沙汰なアリアは、部屋をぼんやりと見つめていた。


 (この部屋は本当に綺麗だな。というか、物がほとんどないな。何か、いつでも逃げられそうだな。まあ確かに、この身体はまだ恨まれていそうだからな。逃げる準備は万全ってやつか)


 1人納得して、次に今着ている寝間着用のワンピースを見た。


 (お嬢様って、もっと煌びやかで高価な衣装を着ていると思っていたが、アリアの衣装は今日1日だけど、シンプルな作りのワンピースしか着てない気がする。えっと、さっきの家具の件も併せて考えれば、もしかしてチェイサー家って傾きかけてる!!逃げるためではなく、単に買う金がないとか!!)


 不安になったアリアは、逡巡してシオンに尋ねた。


 「シオン、少し聞きたいことがあるのですが良いですか?」

 「痛かったですか!」


 シオンは、髪を梳く手を止めてアリアに慌てて問いかけた。


 「違いますよ。シオンのブラッシングは、とても気持ちの良いものですよ」


 アリアは慌てて否定した。そして、今度は勘違いされないようにしっかりと内容を述べた。


 「もしかして、わたくしの家って没落しそうなのかしら?」


 シオンは、思わずブラシを落としてしまった。

 アリアは続ける。


 「わたくしの着ている物はどれもシンプルワンピースですから、お金が無いのかと心配になってしまいました」


 アリアは、シオンに振り返り心配そうに問いかけた。


 「シオン達は、しっかりとお給金を貰っていますか!ダメですよ、お金が無いからといって遠慮しては!労働の対価にきちんとお給金を貰う。これは立派なシオン達の権利です!もし貰っていないのであれば、わたくしの物であれば何でも売ってお金に換えてしまってもいいですからね!」


 アリアの不安そうな表情にシオンは、明るく返した。


 「心配しなくても、しっかりとお給金は旦那様から貰っていますよ」


 アリアに顔を合わせて、微笑んだ。


 「それにですね、チェイサー家が一番お給金が高くて各種保障も充実しているのですよ。更に私達女性にとっても嬉しい、お休みがいつでも取れる体制になっているのですよ」


 シオンは嬉しそうに語った。


 「そうだったのね。それならば良かったわ。でも、わたくしの家の資本もとい、財産はあるのかしら?」


 シオン達がブラックでないことにほっとしたアリアだったが、自分が没落し放り出される危険はまだ残っていた。

 シオンは、アリアを後ろから抱しめると柔和に微笑んで口を開いた。


 「それも心配はありませんよ。アリアお嬢様のお父様とお母様は、王宮で近衛騎士団の団長と筆頭騎士をお務めされているので、些細な事ではチェイサー家は崩れませんよ。それにアリアお嬢様のお祖父様もいますしね。更に元王族であったお祖母様がいらっしゃいますから、安泰ですのでご安心ください」


 アリアは、シオンの説明でほっと安堵した。そして、すごい経歴の家族がいることにアリアは驚いたが、それと同時に納得もした。


 (なるほど、だからゲームではあんなに偉そうにしていたのか。説明がなくて分からなかったけど親の威光使い放題だもんな。てかスゲーな、流石公爵家。公候伯子男の階級トップ!)


 アリアの家族の事を知り驚きと納得を得た後、少し気になることも出てきた。

 アリアは、髪をブラシで梳くことを再開したシオンに訊いてみた。


 「シオン、先ほど言っていた私達女性にとって嬉しいこととはなんですか?」


 アリアは、何も考えずに思ったことをそのまま訊いていた。

 シオンは、一瞬手を止めて思案した。そして、まだ分からないアリアが訊いた無邪気な質問に、優しく返した。


 「そうですね。もう少ししたら、お嬢様にも分かる時が来ると思いますよ」


 アリアは、シオンの雰囲気と言葉から何かを察した。


 (そういう事か。・・・まずい、無神経な質問だった)


 シオンの様子を窺い、怒っていないことを確認したアリアは、すぐにシオンに謝罪した。


 「ごめんなさい」


 シオンはアリアが気にして、落ち込んでいる雰囲気を感じ取った。


 (本当に本日のお嬢様は、お可愛くいらっしゃる。私はそこまで気にしませんよ、アリアお嬢様)


 シオンは、アリアの頭を撫でながらゆっくりと言葉を掛けていった。


 「そこまで、気にしなくても大丈夫ですよ。むしろ、私は嬉しいです。アリアお嬢様が、そこまで成長なされたことが実感できました」


 シオンの言葉に気持ちが軽くなったアリアは、今度は謝罪ではなく感謝を口にした。


 「ありがとう、シオン」


 その後アリアは、大人しく手鏡で自分の髪が梳かれていく様子を見て過ごした。






 アリアの髪を綺麗に梳き終えたシオンが言葉を掛けた。


 「綺麗になりましたよ、お嬢様」

 「ありがとう、シオン。それじゃあ、もう終わりよね。わたくしは少し眠くなってきましたので、寝ますね」


 今度こそもう終わりだろうと思っていたアリアに、シオンの非情な声が掛かった。


 「アリアお嬢様、そのまま就寝されてしまいますと、折角の手入れが無駄になってしまいます。御髪が長いお嬢様は、必ず就寝前には御髪をお結いくださいね」

 「え!」


 アリアの戸惑いを無視し、シオンは楽しそうにアリアの髪を見つめて、髪形を決めていった。


 「そうですね、お嬢様にはお団子もお似合いだと思いますが、本日は少し大人らしい髪形にしますね」


 シオンは、アリアの髪を右肩から回して前に垂らした。そして、耳の下あたりで軽くリボンで結んで一つにまとめた。


 「はい、出来ました」


 アリアは、手鏡で髪を確認した。


 「ほんと、綺麗にまとめられていますね」


 そう口にしたアリアを見ていたシオンは、もう少し姿を楽しんでもらおうと部屋にある大きな姿見をアリアの前に運んできた。


 「如何でございますか」


 そこには、髪を前に垂らし落ち着いた雰囲気の大人びたアリアが映っていた。


 「綺麗!」


 アリアは、鏡に映る自分に感動した。

 そして、鏡を見ながら顔を振ったり、髪を弄ったりして変化する自分の姿を満喫した。

 シオンはそんなアリアを微笑ましく見つめていた。

 そうして、十分に自分の姿を堪能したアリアは、シオンに感想を求めた。


 「どうですか、わたくしの髪形は似合っていますか?」

 「はい、とても可愛らしくてお綺麗ですよ、お嬢様」


 アリアは、シオンの感想に表情を綻ばせた。そして、気分良くベッドに潜り込んだ。

 シオンは、アリアを確認するとクローゼットに向かい、一着衣装を取り出した。

 それは、アリアの脚元まで覆う丈の長いカーディガンであった。


 「朝方は、冷えると思いますので、こちらをお使いください」


 アリアに掲げて見せた後、衣装掛けに掛けた。


 「分かりました」


 答えた後、アリアはシオンをしっかりと見据えた。


 「シオン、明日からもよろしくお願いします!」


 アリアの思いがけない言葉に一瞬驚いたが、そういえばと思い直して、シオンはすぐに畏まると深く礼をした。


 「畏まりました!私の方こそよろしくお願いします、アリアお嬢様!」


 そして、シオンは頭を下げたまま、軽く横に手を振りアリアの部屋の蝋燭の火を消して、暗くした。


 「アリアお嬢様、それでは良い夢を!」


 シオンは、一度頭を上げてアリアを確認した後に、再び頭を軽く下げるとドアを開けて廊下へ出ようとした。


 「シオンも良い夢を見てくださいね」


 暗くて表情は見えなかったが、アリアはシオンにそう言葉を掛けた。

 シオンは、アリアに一礼すると廊下に出ていった。そして、シオンの足音が部屋の前から遠ざかっていった。






 アリアは、じっとシオンが出ていったドアを見つめ続けた。

 そして、シオンの足音が完全に聞こえなくなると、アリアは素へと戻った。


 「長かったが、無事転生初日を終えられたな」


 ふう、と一息つくと、手を頭の後ろで組んで枕に預けると天井を見上げた。

 そこには、転生直後に見た緻密な意匠が広がっていた。


 「俺は、本当に死んでしまったんだな」


 手を顔の前に掲げて見る。


 「転生か」


 ぼんやりと呟いた。

 アリアは、今日1日のことを脳裏に思い起こしていった。

 アリアの長い1日は、もう少し続きそうであった。




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