第99話:忘れられない思い出の1つ
さぁ、しんみり郷愁に浸る時間は終わりだ、と内心で切り替え華やかに色づいた服装に最後に視線を落とした後、今度は自分自身を抱き締めよりくねくねしている不気味なシオンに覚悟決め声を掛けようとした。けれども、やっぱり、何か気が引け躊躇っていると、そんなアリアにようやく普通に戻ったシオンが気付き声を掛けた。
「お嬢様、どうかなさいましたか?どこか優れない顔色をなされておりますが?・・・はっ!?もしや!?無理をしてお召になってくださったのですか?」
「いやいや、そのよう事はありませんよ。ただ、・・・ね、・・・その・・・」
不安の色を浮かべるシオンに正直に告げようかなと考えたが、やっぱり止めたアリアは誤魔化す様に話題を逸らそうとする。流石に奇怪踊りをするシオンにその踊りが原因で思わず躊躇いましたとは言い辛い。
「そのね、シオン。・・・わたくし自信が持てないのですが、シオンから見てどうです?わたくしに似合っていますか?」
そう言い、照れた様にはにかみつつ、スカートの裾を軽く摘み上げる。
「・・・・・」
『・・・・・』
途端、部屋の中に異様な沈黙が落ちる。
沈黙が1秒、2秒、3秒・・・、10秒・・・と過ぎていく。
(・・・もしかしてミスった?誤魔化す為に咄嗟に吐いた言葉だけど・・・。もしかして、あざと過ぎて、厭味ったらしくなったか。どうしよう、気まずい、沈黙が痛い。何か言った方がいいのか)
30秒経っても未だ微動だにしないシオン達に内心、不安が募るアリア。だが、次の瞬間、途轍もない勢いでシオンに迫られていた。
「お嬢様にお似合いでないなら!!一体、誰が似合うというのでしょうか!!」
シオンは真顔でアリアにそうきっぱり伝え、はっきりと笑顔を浮かべる。
「そうです、メイド長の仰る通りです!」
「お嬢様、もっとご自身に自信を!!」
「似つかわしくないなどという不届き者がおりましたら、私達が徹底的にその身に教え込ませてきます!」
などなど。
シオンとメイド達が一斉に否定し励まそうとする。
そして、メイド達がどこから取り出したのか、いつの間にか黒いカバーが掛けられた物体を手にゾロゾロと迫る。
にっこり笑顔で口々に彼女達はアリアへと言葉を掛ける。
「お嬢様、そう自信が持てないのでしたら、ぜひとも私達が自信を持たせて差し上げます!」
「そうそう、何もお洋服のプレゼントはメイド長だけではないのですよ」
「うふうふ、私達だって今日の為にお嬢様への贈り物を用意しているのです」
「ああ、そうそう、シオンメイド長と街までお使いにいった際に、私も最高のこすちゅ・・ゴホン、素晴らしい衣装を見繕って来たんですよ。メイド長も大変お気に召した逸品です、じゅるり」
「ではでは、時間も限りがありますので、早々に始めましょうか」
ニヤリと何か含みのある業の深い笑みを浮かべると、「私もまだご用意したお洋服がありますから!」と謎の張り合いを告げいつの間にか集団の後ろへと追いやられていたシオン共々、アリアにと迫る。
そして、辛抱堪らんと口が裂けそうな程の愉悦を口元に浮かべ、ウフフフフ、不気味な笑いを部屋中に木霊させた。
アリアはこの瞬間悟った。
(ああ、もうお人形コース・・・)
後悔より観念胸に、メイド達にもう身を任せるのであった。
今、アリアの部屋は即興のファッションショーの様相を呈していた。
皆、持ち寄った自慢の逸品をぜひお召になってくださいと、アリアの目の前に掲げ、そして、ささっと目にも止まらぬ早業で眼前の衣装へと様変わりさせていく。
そうして、服装が変わるたびにメイド達の感嘆の吐息が深く零れ落ちる。更に、中には感極まる者や、ボーナス全てを叩いた事に一片の悔いなしと清々しい表情で悟りを開く者まで現れていた。
そんな中、アリアは最初の内は、これも償いという運命かと流れに身を任せていたのだが、お召し替えされる度に映る鏡の中の自身の姿に次第に夢中になってしまっていた。
そして今では、最初に感じていた義務感からのメイド達からのご注文のポーズに、嬉々として応えるようになっていた。
「こうでしょうか!」
「ああ良いですよ、お嬢様!出来れば、もう少ししなを作る様に上体を軽く反って上目遣いで見つめて下さい!」
指示通りに体勢を調整しているアリアの現在の衣装は、青い無地の上に白いエプロン風の意匠が施された、どことなく不思議の国に行きそうなものである。
いつの間にか、このイベントに参加していたセツとフウからの贈り物であった。その贈り物はフウが密かにセツに着せようと画策し、失敗に終わりフウとセツのクローゼットの中で眠っていた品である。
渡す際、何やらフウねえのせいで遅れたんだから、と不満を零すセツに頭を撫でて全力で宥めるフウの姿があったりもした。
アリアがポーズを決めた瞬間、2つのフラッシュが焚かれる。
1つは色々あって手に入れた年代物のポロライドカメラを構えたシオンのものである。
瞬く間に煌めいたフラッシュの後、数秒後にカメラから写真が出てくる。
排出された写真には、まあ及第点といった感じのややピンボケが感じられるアリアが映っている。だが、微かなピンボケが良い味わいを出しており、ぼんやりと背景が滲むおかげでどこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。
シオンにとっては小首を傾げる出来であったが、その情趣に気付くメイド達はいらないのでしたらぜひ私にと、競ってシオンに催促する。
シオンは何回も挑戦しその度に自信のいく一枚以外は部下のメイド達に渡していった。
貰うメイド達は私の番まではシオンにとっての失敗作が続くように祈り、貰えた者は女神様に感謝し、目の前でシオンにとっての会心の作が出来てしまった者は自身の運のなさに嘆くのであった。でも、会心の出来を取り終えたシオンは、カメラをそんなメイドに貸してもいた。そのおかげで、綺麗に一列にシオンの後ろにはメイド達が並んでいた。
だが、ただ一人その列に加わらず、一心不乱に一眼レフカメラを構えている者がいた。メガネを怪しく光らせるグリムであった。
どうしてこの異世界に一眼レフがあるのかはまあ謎であるが、きっと誰かが必要に迫られて、もしくはこれに商機を見出した者が作り出したのであろう。
まあ今はその話は置いておくとして、グリムはとある何故かこの世界でも開催される夏と冬の大イベントの為に必死に貯金し、決して安くはない一眼レフに勤労の全てを捧げたのであった。
そうして手にした宝物を手に夏冬に一気に有休を消化するのが彼女の生きがいであった。
自分ではコスプレは似合わないと考えるグリムはそれならばと一眼レフ片手にプレイヤーの皆さんを写真に尊敬と敬意を込めて収めていくのである。勿論、即売会に参加することも忘れない。写真撮影と同じぐらいの熱量、いや若干上回る熱量で薄い本を求め奔走する。
グリムは夏冬の一大イベントで磨いた己が腕前を今遺憾なく発揮していた。もう、気分はあの夏冬の一大イベントの高揚感に包まれたまま。
(あぁ~お嬢様。今まで数々のプレイヤーを撮影してきましたが、それとはまた趣が違う映えがあります。なんて言うんでしょうか、あちらは敬い、敬意みたいな感情なのに、こちらは身に、心に沁みるものがあり、尊い・・・。いや違うわ・・・あっ!感動でしょうか。服装に頓着しなかった娘が突然それに芽生えて、一緒に買い物に行ってそれを着た娘を見たような感じなのかもしれない・・・)
脳内で、手をつなぎ、引っ張られ、色々なブティックショップを巡る娘との光景が鮮明に再生される。幻であるはずなのに、まるで本物かのように。
(・・・・・)
優しい笑みが自然と零れる、グリム。
握りしめたカメラにこの満ち足りた気持ちを何枚も何枚も収めていくのであった。
こうして、普通のファッションショー染みた催しは、着せ替え人形となるアリアと共に幕を下ろしていくのであった。そう普通の、は・・・。
着替える度にやんややんやと持て囃されることにどんどん気持ち良くなっていくアリア。
そして、心の中でつい調子付く。
(俺、世界一可愛いかもしれん)
今もカントリー風の素朴な色合いの村娘風のワンピーに身を包む。
麦畑をバックに立っているイメージが想起され、風車、粉挽き小屋、小川、木造の建物、草と土のあぜ道、それらも次々と想起されてくる。
更にそれに加え、ワイン造りのブドウ踏みも良く似合いそうな感じである。
ニヤニヤ、ニヤニヤ、止めどなく溢れる意地汚いニヤ付きのまま、メイドさん達に言われるままにポーズを決め、更に黄色い声援を浴びる。
そして、そのまま十分に皆が楽しんだ後、遂にその時がきた。
アリアの前に、メガネがよく似合う首から高そうなカメラを提げたメイドが1人現れた。
そのメイドがキラリとメガネを光らせながら、1つの紙袋を恭しく差し出してきた。
そして、アリアにおもむろに口を開いた。
「アリアお嬢様、お次はこちらの衣装は如何でしょうか。ぜひ!お召しになって!下さいませんか!」
ペコリと頭を下げそう興奮含みに勧められたので、何も考えずただ楽しく、調子に乗った気持ちのまま、良いですよと軽く応えた。
すると、キラリからギラリにメガネの輝きを変えたそのメイドが、メガネの奥を反射で隠しながら恭しく持っている紙袋から一着の衣装を取り出した。
その衣装を見た瞬間、アリア中で何かがぞわぞわと這いあがってきたのであった。
「この世は等しく暗黒の邪気に満ちている。人々は気付かぬ内に内心まで浸食を許してしまう。何人も抗うすべ無に等し。然れども、我、堕天使ルシファーの御使い。深淵の暗黒を悉皆理解する者なり。さぁ、寄る辺なき虚無の住人共よ。我が主より授かりし暗黒の祝福を与えたもう」
ひし目がちの憂いの表情で唱え終える。
頂に漆黒の輪を抱き、背にもまた漆黒よりもなお暗き穢翼を贖罪と共に背負う。更に、深淵が辺りに侵食するが如くのフレアなスカートの華美さが無の黒単色のワンピースを身に纏う。そして、極め付きに左目には魔の力を封じる神聖な無垢の眼帯を着ける。
堕天使ルシファーの御使いは、更なる言の葉を朗々と紡ぐ。
「堕ちた天使、堕天使の宣託者アリア=チェイサーの、世を我が身を以って救世する物語の始まりである」
それらを呟き終えバッと両手を広げる。
会心のポーズを決めると途端に、クッと苦しそうに息を吐き、己が内に封じられし禁忌の魔力を眼帯の上から左手で押さえる。暫し、不意に疼き出した禁忌の魔力を抑え込む時が過ぎる。が、疼きが峠を越えるとアリアはゆっくりと手を降ろし、伏していた面を鷹揚に持ち上げた。そして、新しい世界(部屋)を静かに瞳に映す。
『!!!!!!』
視界には何かに感動し口を押え、打ち震え悶える迷える子羊が多く見えた。
(ふっ)
決まったと思い、紫と黒のストライプ模様のニーソの脚で横柄に一歩前に進み出で、口端を薄く上げた。
『・・・・・』
一瞬の静寂が場を満たす。
しかし、次の瞬間には『キャー!!』という悲鳴に近い歓声が静寂を瞬く間に突き破った。
そして、間髪を容れず堕天使アリアの下に仔羊たちが殺到した。
仔羊たちはもう溢れんばかりの可愛いたがりたさのまま、グルグル混乱中の天使の可愛さいっぱいのお嬢様を撫でたり、抱き締めたりして目一杯己の欲を堪能したのであった。
アリアはこの時点でようやく思考を遥か天上へと至らせる、暗黒武装中二セットの魔の魅力から解放されたのであった。そこからしばらく仔羊の皮を被っていた飢えるオオカミ達に揉みくちゃに可愛がられながら、少し前の自分が口走った黒歴史(言葉)に頭を抱え悶絶するのであった。
しかし、この後、十数分後、今度は己の恰好に絶句するアリアでもあった。
前の段で書いたように、アリアは今現在の姿に絶句し、口を開けたまま固まっていた。
呆然と自分の衣装に目がいかないように周りを見ると、普段のメイド衣装の時とは趣が異なる、ずっと昔に見たことがあるような赤、クリーム色、黄緑色などの優しい色合いのエプロン姿の元メイド達が瞳を輝かせていた。そこに言わずもがな、シオン、普段も自分よりもお嬢様っぽい服装のフウと、快活な格好のセツが同じようなエプロンを身に付けて混じっているのも特徴的である。ちなみに、ローズはこの屋敷も終わったなといった全てに達観した目で一歩引いた場所に立っている。
見渡し終わったアリアは無言で天を仰いだ。そして、残っている気力を振り絞り内心で叫んだ。
(ちょっと女神さ~~ん!!聞いてないっすよ~~~!!)
渾身の声にちょっぴり涙も混じるよく通る叫びであった。
そう内心で吐きだしたおかげで少しさっぱりしたアリアは、極力見ないようにしていた自身の今の姿に目を向けた。
(なぜだろう、涙が溢れそうになるよ)
今の自身の恰好、水色のスモッグに黄色い帽子、胸には赤いチューリップ型の名札、足にはなぜか、ピンクの長靴。髪も2つに分けられ、髪留めも透明なサイコロのようなオブジェが付いたもの。正面に流された2房の髪が青いスモッグに良く映える。
絶品。メイド達、会心の出来栄えである。じゅるり、とヨダレも零れそうな、恐らく前アリアやさぐれの原因達。
何時までも、どう見ても園児服を眺めていると帰れない場所に行きそうな恐怖に襲われ、急ぎ顔を上げると、アリアの目に何かを期待してキラキラ瞳を輝かせている、きっと前アリアのグレた原因達がいた。
口には畏れ多いと一応の敬いは残っているのか、アリアが自分達の思いを汲んできっと言ってくれるであろう、一言を期待と共に待っている。
(・・・・・、いや何となくは分かるよ。でも、言わないとダメ?俺、いい年したおっさんよ・・・。・・・言わなきゃダメ?・・・・・本当に)
葛藤が胸中をグルグルと巡るが、でもこれもアリアとしてここにいる自身が払わなければならない贖罪かと意を決する。
険悪ムード漂う重苦しい屋敷で辞めずに尽くしてくれた”メイド達”に精一杯の笑みと明るく弾んだ声音でその待ちに待った一言を一気に口にしようとした。
「・・・先生」
でも、出たのは消え入りそうな声であった。そして、口走った一言に止めどない羞恥心が湧き、ギュッとスモッグを握り締める。
けれども、そのか細い声と微かに羞恥に身じろぎするアリアの姿に、メイド達、それと頭を抱えて仰け反っている階段を駆け下りそうなシオンと、感動で目が潤むフウと、自分の感情が行方不明になったセツ、更に一歩離れて自分をこいつらと同じにしないでくれと冷めていたローズの中で何かが弾け飛んだ。
けれども、直後に冷静さが一気にやってきた。そして、直感的に理解した。
⦅これが、母性⦆
羞恥に顔を染めるアリアの下にゆっくりと向かう。
そして、自分達に気付き、潤んだ上目で見られる中、皆は気持ちを1つにした。
⦅何があっても護ろう!⦆
そうして、汚い蠅が付かないようにずっと純真無垢でいて下さいね、との思いを抱きながら、蠅が一切飛んでこないように、あらゆる対処を施そうと心に決めた。そして、これを実行するための最高権力者を仲間に引き入れる為に、グリムと、シオンのカメラをぶんどったローズがその最高の交渉材料を収めていった。
そして、しばらくの間、尊い母性の中、一生忘れないように私達のお姫様を大層可愛がっていった。
後に、この時取られた写真が最高権力者=アリアママの下に渡ると、鼻血を吹き出し一も二も無く忠実なる可愛い部下達の願いをサムズアップで快諾した。だが、数分後には、アリアパパと冷静に怜悧に仕事をこなすスイよってアリアママは沈黙させられた。また、鉢巻を巻いて決起集会にでも行きそうになっていたバカ共をお使いから帰ってきたスイが見つけ、漏れなく全員にしっかりと1人1人愛ある話し合いを行っていった。そのせいで、暫くお屋敷から人が少なくなったのだが、まあ些細な問題であろう。




