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それから。
睦月とオレは、何度も会って話をして音を重ね、ひと月後の今では「ムツ」「カズ」と呼び合う仲だ。
兄呼びは、なんだかむず痒いので断固拒否させていただいた。兄弟はいないし、呼ばれたことがないせいか落ち着かなかったんだよ。
ちなみに。
睦月の母親とは、2週間くらいした頃にようやく顔を合わせることが出来た。
なんとまだ26歳で、見た目はそれ以上に若い。
下手したらオレの方が年上に見えそう。
なんか、まだ20のオレが言うのもなんだけど、中身がガキのまんまで成長してない感じだった。
睦月の事はあんまり興味ないけど、一応娘とは認識してるみたい。
だけど、呆れるほどの恋愛脳で、男がいるとそれが全ての中心になってうっかり睦月の事を忘れてしまうそうだ。
彼氏>自分>>越えられない壁>>睦月。
赤ん坊だった睦月がうっかり死ななかったのは奇跡に近いと思う。
ちなみに引っ越ししまくってた理由は、彼氏と別れる→sns等で新彼氏見つける→彼氏の元へ。って感じだったそうで。
まぁ、寄生するわけではなく生活費は自分で稼いでるのは偉いと思う。ただ、基本それを彼氏に貢いじゃうもんで、生活はカツカツ。
夜の仕事だから、睦月は夜にも抜け出し放題、てか彼氏が来たら睦月を部屋から出してたらしい。
「だって基本一部屋しかないし、壁も薄いしさぁ。さすがに娘にあんな声聞かせらんないじゃん?」
とあっけらかんと言われた時はどうしようかと。
「ええ〜〜、彼氏来てる時、睦月泊めてくれるの?めっちゃいい奴じゃ〜ん!!」
との言葉とともに、アッサリと付き合いは肯定され。
「え?バンド?睦月歌上手いの?まじ〜〜??ウケるんだけど〜〜!!」
という、よく分からない笑いと共にそちらも許可がおりた。
けど、あまりの適当さに、何度も手が出そうになるのを根性で押し留めた。
ここで保護者と揉めるのは絶対にダメだ。
マジでクソだと思うけど、コレでも睦月の母親で、こんな母親でも睦月は大切なんだから。
どうにか(手をあげる事もなく)無事に許可をもぎ取り自室に戻って無言で布団を殴る俺に、ついてきた睦月はしょんぼりと肩を落とした。
「………ごめんね、カズ」
ポツリとこぼれ落ちた声に顔を上げれば、俯く睦月がいつもより一回り小さく見えた。
睦月にとっては大好きな母親だが、世間一般から見ればロクデモナイ親だって、睦月だってそろそろ気づいているんだろう。
だけど、そんな世間体なんて子供にとっては関係ないわけで………。
「ムツが謝ることじゃないし。お陰ですんなりバンド活動許可もらえたんだし、大丈夫」
わざと小さな頭がグラグラと揺れるくらいに力強く撫でてやる。
「ちょっ、……やめ!目……目が回るから!!」
悲鳴のような苦情を笑い飛ばし、さらに両手で髪をぐしゃぐしゃにかき回す頃には、睦月も大声で笑っていた。
その顔にさっきまでの暗い影はどこにも無くて、内心ヨシヨシと頷いていた俺が、やめない俺に怒った睦月から反撃を喰らうのは3秒後のことである。
「だいぶ形になってきたなぁ」
3畳くらいしかない格安のスタジオで音を合わせてた俺は、アレンジした部分を五線譜の中に書き込みつつつぶやいた。
壁際に置かれたチャチなパイプ椅子に腰を下ろして、足をぶらぶらさせながら水を飲んでいた睦月が、その声を聞いてポテポテとこちらに寄ってきた。
「うん。この曲、特に好き。高音への駆け上がりが気持ち良いの」
楽譜を覗き込んでニコニコだ。
ブレスの位置を調整したおかげで格段に歌いやすくなったらしい。
「あとね〜先生が睦月が歌えそうなら、歌詞のこの部分最初の方に戻して、一音に2文字押し込むみたいにして歌った方がカッコいいかも、って〜〜」
さらにうまくリズムが切れなくて歌詞を調整した部分を指差して、睦月がそんなことを言う。
《先生》
睦月が改めて話してくれたのはとても不思議な存在だった。
睦月が物心つく頃には側にいて、ずっと睦月を守ってくれていたらしい。
幼い睦月がうっかり死ななかった事の最大の要因だと思う。
それから、生活の術や歌の技術なんかも教えてくれたそう。
つまり、物心つく頃から24時間体制で英才教育受けてたようなもんだ。
そりゃあ、睦月の年齢に見合わない技術も納得だ。
《先生》曰く、元々の睦月の才能ありき、らしいけど。
ちなみに。
生前は「一応プロデビューしたけど鳴かず飛ばす」の歌手だったそうだけど、恥ずかしいからと頑として名前は教えてくれなかった。
《先生》もふと気づいたら睦月の中にいたらしく、なんでこの状態になったのかは不明だそう。
俺は、今にも死んでしまいそうな幼子を憐れんだ誰かが、こっそり手を出したのかな?なんて似合わないメルヘンなことを考えたりもした。
そして。
あの日以来、表に出てくることはないけど、睦月を通していろいろアドバイスをくれるようになった。
それがまた、悔しいくらいに的確で微妙な気持ちになる。
けど、確実に理想に近づく音に対する喜びの方が大きくて、俺はそのアドバイスを素直に受け入れた。
今では、先生は大切な3人目のメンバーだ。
というか、音にのめり込みすぎて時間を忘れがちな俺と睦月のオカンみたいな存在になってきてたりもして。
睦月経由で怒られて飯食ったり風呂入ったり、足の踏み場のない部屋の掃除したりする日々だ。
そうして、お互いの癖や性格なんかも知り、歌える曲やオリジナルの曲も増えた所で、俺たちはもう一歩先に進む事にした。
「ムツ、動画投稿始めようぜ」
読んでくださり、ありがとうございました。
第1章にあたる部分が、これにて終了です。
盛大に次のフラグを立ててますが、また、続きが溜まったら投稿します。
予定ではデジタル技術担当のお仲間が増えます。