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よろしくお願いします。
ピンポン
「‥…やば」
響くチャイムに没頭してた音の世界から引き戻されて、俺は慌てて立ち上がった。
約束の土曜日。
朝、目が覚めて、急いで部屋の片付けをして。
冷蔵庫の中にお茶とビールくらいしかないのに気付いて慌ててコンビニまで走り。
ついでに一昨日食わせ損なったからとコンビニのケーキを買ってみて。
それでもまだ9時にならないくらいだったから、気分落ち着かせるために曲作りでもしようとギターを握り、書きかけの楽譜を開いて、………そのまま没頭してた。
チラリと見た時計の針は最後に見た時から一周半していて、どれだけ集中してたんだと呆れる。
元々、元バンドボーカルのイメージで作っていたはずの曲は今や見る影もなく書き換えられていた。
睦月ならもっと高い音までだせる。
睦月なら、ここにロングトーンを入れても活かせるはず……。
作り出したら次々にフレーズが浮かんできて止まらなくなってたのだ。
「ゴメン、待たせた?」
ガチャリと確かめもせずに扉を開ければ、困り顔の睦月が所在なさそうに立っていた。
どうやら、俺が覚醒したチャイム音は1回目ではなかったらしい事はその顔で分かった。
「‥‥大丈夫。小さくだけどギターの音が聞こえてたからいるんだろうなぁ、とは、思ってたし」
「あぁ〜〜まじ悪りぃ。ちょっと夢中になってた」
中に招き入れながら再度謝れば、ううん、と首を横に振りながら物珍しそうにキョロキョロしている。
「曲作ってたの?」
そうして、床一面に散らばった五線譜を見て、目をキラキラと輝かせた。
せっかく掃除してたのに足の踏み場もなくなってる部屋の惨状に改めて肩を落としながら、しゃがみ込んで拾っていく。
まぁ、散らかってるのは紙だけだし、すぐなんとかなるだろ。
「時間潰しに始めたはずが我を忘れてた」
チョット気まずく感じながらも五線譜を順番に並べて片付けようとするとヒラリと1枚を細い指が拾い上げていく。
「すごいね〜、綺麗な曲」
何気なく呟かれた言葉に、手が止まる。
「楽譜読めるのか?」
人に見せる段階じゃないからと、書き殴っただけのそれは、ハッキリいてぐちゃぐちゃで読み取りにくいと周囲からかなりブーイングを受けたブツである。
それを?こんなチビが?
「あ、せんせーがハミ………」
驚きの目を向ければ睦月が何かを言いかけて、苦虫を噛み潰したかのような顔で口を閉じた。
「………睦月?」
「んん………なんとなく?………ふんいき?……だけ??」
不自然に黙り込んだ睦月にクビを傾げれば、妙にぎこちない口調でモゴモゴと続けた。
「なんとなくでも、読み取れるだけすげーよ。そういえば、睦月は誰に歌教えてもらったんだ?」
何気なく聞けば、さらに渋い顔をされる。
なんだ?この反応……。
「えーと、せんせー」
「先生?学校の?」
放課後とかにでも暇つぶしに教えてくれたのか?
あ〜〜、でもいたなぁ〜、ホームルームにギター持ち込んで弾いてくれる先生。
距離感近くて俺は苦手だったけど、調子いいやつとかはこっそり休みの日に先生の家まで遊びに行ってたりしてたっけ。
「うん、そんな感じ。それより、この曲聴きたい。弾いて?」
明らかに強引な話題転換だったけど、まぁ、そこまで続く話題でもないかと促されるままにギターを握る。
「まだ作りかけだし途中までしかないぞ?」
向けられるキラキラの視線にむず痒さを感じつつ、ゆっくりと生まれたばかりの曲を爪弾く。
ゆっくりとスローテンポで、時に跳ね上がる高音のラインが特徴的な曲。元メンバーじゃ出せない音域の広さは書いててかなり楽しかった。
元々の曲に書き足したり省いたりしたせいで五線譜はかなりグチャグチャで横から覗き込まれるとチョット恥ずかしい。
「すごい!すご〜い!!私この曲歌ってみたい!」
それでも一通り弾き終わった途端に、興奮した様子でパタパタと手を振って主張する睦月にコッチまでテンションが上がる。
「マジ?コレさ、ずっと行き詰まってて。でも昨日の睦月を思い出したらスルスル出てきたんだよ!」
思わず余計な言葉が飛び出して、息を呑んだ。
会ったばっかりの少女のイメージで作った曲って。
オモっ!
キモいって言われてもしょうがなくね?
だけど、驚いたように動きを止めた睦月は次の瞬間、嬉しそうにほにゃりと笑った。
「ほんとに?コレ、私の曲?」
「あ……うん。私ってか、睦月だったら歌えるかな‥‥って思って………」
あまりに嬉しそうな、柔らかな笑顔になんでか胸がギュッと引き絞られたような気持ちになる。
俺の作った曲でこんなに嬉しそうな顔されたの、初めてじゃね?
なんだ、コレ。
なんで、こんな………。
「なぁ、睦月。一緒にバンド組も?俺、睦月のためにもっと曲作りたい。俺の作った曲、睦月に歌ってほしい」
気づけば、言葉がこぼれ落ちてた。
まるで哀願するような、掻き口説くような、そんな声で。
「なぁ、睦月。うんって言って?一緒にするって……」
囁くようなカズの声が耳をくすぐる。
なんだか、その声が甘く感じて。
なんなら取り巻く空気すらもトロリと熱く感じて、よくわからないままに顔が熱くなる。
少し乱暴な口調だけど優しい『お兄さん』が、何か別のものに変わってしまった感じ。
なにコレ?なにコレ?!
鬱陶しそうに長い前髪がかきあげられ、切れ長の目が覗く。
それがまるで琥珀のような薄茶だったんだと初めて気づいた。
だって、今までほとんど前髪に隠されてたから、見えなかったんだもん。
琥珀の瞳の奥に何か熱のようなものがチラチラと揺れているのが見えて、ドクンっと心臓が跳ねる。
何か………コレは‥…よくないものの気が……。
「睦月はイヤ?俺と‥‥一緒にするの………」
少し悲しそうに細められた瞳がユックリと近づいてくる。
まるで金縛りにあったみたいに体が動かないんだけど……なんで………?
「睦月………むつ……」
弦を抑え続けることで硬くなってしまった指先がそっと私の頬に添えられて………。
「むつ………お願い……」
琥珀の瞳が懇願してくる。おねがい………なにをお願いされてるんだっけ?
だめだ………なにも考えられないや……。
頭がぼうっとして意識がどこかに飛んでいきそうになったその時。
「喝!!誘い方がいかがわしいわ!!」
勝手に手が動いて近くにあったカズの額をチョップした。
そうして、グイッとカズの体を押し返し、いつの間にか囲い込まれるようになっていた体勢から逃げ出す。
「イエスロリータ、ノータッチ!ギターの腕は認めるけどうちの子はおさわり禁止です!」
仁王立ちで指を突きつけられたカズがキョトンとしてる。けど、その気持ちは私も一緒だよ。
何してんの私?てか、こんな事………。
「いいえ、睦月ちゃん、ここはビシッと言っておかないと。関係性って最初が肝心なんだから!」
ふんっと腰に手を当てて胸を張るその声は私のものだけど口調はよく知った別のもので………。
(え?先生?!なんで私の体で喋ってるの〜〜?!)
読んでくださり、ありがとうございました。
テンパリ嘉瑞君www
イエス!ロリータ!ノータッチ!!