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「…………ケーキ食う?」


目の前にちょこんと座る幼女が10歳。

正確にはまだ9歳らしいけど、「後たったの3ヶ月だから10歳でいいの!」だ、そうだ。

せいぜい6〜7歳と思ってた俺には、正直どっちにしろ衝撃以外のナニモノでもない。

栄養足りなさすぎだろう。


「いや、肉がいいか?唐揚げ?トンカツ?」

「…………お腹いっぱいだからいらない」

俺の心情を察したのか、ジト目の幼女が睨んでる……。10歳なら、もう少女、か?


「いいんだもん。成長期がきたら、大きくなるんだもん」

ぶつぶつ呟いてる姿が面白い。

「いや、肉食え。肉足りないと成長しないぞ?」

突っ込めば、シャーっと猫のように威嚇された。


「まぁ、遊んでる場合でもなく」

こほん、とひとつ咳払いの後、真面目な顔を作る。


「正直にいくぞ?俺は、今日久しぶりにギター弾いてて楽しかった。で、また、睦月と一緒に音楽したいんだ」

唐突な俺の言葉に、睦月がキョトンとした顔をする。

ま、そうなるよな。


「睦月の歌が好きなんだ。一緒にギター弾くと幸せな気持ちになれるしすごく楽しい」

心のどっかで子供相手になに言ってんだと突っ込むところもあるけど、これは正直な気持ちだ。

だから、睦月に負けないように真っ直ぐに目を見て告げる。


と、睦月の頬がほんのりと色づいた。

「わたしも……。カズと歌うの、楽しかった……よ?」

「……お、……おう」

テレテレと答える睦月の様子に、なんかこっちまで頬が熱くなる。

が、とりあえずそこは置いといて。


「で、だ。睦月はまだ子供だから、勝手に俺が連れ回すのもいろいろ問題があるんだよ。だから、睦月のお母さんにご挨拶したい」

睦月のわかる言葉で優しく話してみるけど、反応はイマイチ。


「お母さんに歌ってるの内緒なのか?」

「…………お母さん、忙しいから」

俯きがちの言葉。


こんな時間に小学生女子が抜け出しても気付かない家庭環境………ね。

「じゃあ、とりあえず友達になろう。俺も昼は学校あるから‥…睦月、小学校は?」

「…………昨日手続きしたから、来週から行く………と、思う」

目をうろうろしながら答える睦月は自信なさそうだ。

ジッと見つめたら、さらに俯いて小さくなった。


「お母さんが‥…朝、起きれたら、だけど………」

10歳にもなれば、自分の家が少し他と違うことなんてちゃんと分かる。

だけど、睦月の様子だとまだ母親を諦められない(・・・・・・)んだろう。

子供にとって親は世界の全てで中心なんだ。


キリッと痛む胸の痛みを頬の内側を噛むことでやり過ごす。

ここで感情のままに母親を非難しても、睦月の反感を買うだけなのは日を見るよりも明らかだった。


「とりあえず、今日は家まで送ってく。いいな?」

「…………うん」

ウロウロと視線を彷徨わせた後、睦月がコクンと頷いた。

「でも、お母さん仕事でいないよ?」

少しのバツの悪さと安堵。

透けて見える正直な感情に苦笑して、ぐしゃりと柔らかな髪を撫でる。


「いいよ。暗い道を1人で帰すのが心配なだけだからさ」

思っていたよりも柔らかな声が出て、まだ出会って数時間の少女に自分が随分と心を砕いている事実に気付いた。


「じゃ、帰るか」

そうして少女を促して向かった先が、なんと自分の住むアパートの階違いの部屋だった偶然に驚くのは、後20分後の事だった。








「変なお兄ちゃん、だったなぁ」

案の定、誰もいない部屋の中ポツリとつぶやいた。

静かな部屋に、予想外にその声は響いたけれど、別に気にしない。

ひとりぼっちはいつもの事、だったから。


それよりも、と。

今日会ったばかりの青年の事を思い出す。


俯いてギターにすがりつくように体を丸めて乱暴に弦をかき鳴らしていた。長い前髪に隠れてほとんど表情は見えないけど、きつく噛みしめられた唇が怖そうに見えた。


いつもなら、近寄らないタイプの人だったけど、ギターの音が『サミシイ』『カナシイ』と泣いてるみたいに聴こえて、気がついたら声をかけていた。

私とおんなじ『ひとりぼっち』に見えたから。


乱暴に奏でていたのは古い歌謡曲で、『先生』に教えてもらった知識から私は本当はその曲が優しい気持ちの子守唄だって知っていた。

だから、その曲に乗せて「泣かないで」って気持ちを込めて歌ったんだ。

「大丈夫だよ」「怖くないよ」って。


そうしたら少しずつギターの音が柔らかく響くようになって、そのうちに優しく抱きしめられているような気持ちになっていた。

私が慰めているつもりだったのに、不思議。


感じたことのない安心感は、その後も続いて。

今までの中で1番、歌ってて気持ち良くて。

だって欲しい時に欲しい音が来るんだよ。そんなの初めてだったから、すっごく楽しかった。


だからうっかり逃げるタイミングを間違えて捕まっちゃったんだ。

すっごく焦ったよ。

まぁ、歌うのに夢中になっちゃって今日の分け前貰ってなかったから結果オーライだったんだけど。


その上、お兄ちゃん………カズは、夜ご飯を食べさせてくれて、私ともっと「音楽をしたい」って言ってくれたんだ。

ビックリしたけど、嬉しかった。

初めて人に「好き」って言われたんだもん。


その後、家に案内したらなんと同じアパートの住人だったお兄ちゃんは、扉の前まで送ってから自分の部屋へと戻って行った。

その際、自分の部屋番号と明日の午前中は家にいるから時間見て訪ねてくるように言い置いて、である。


「あした‥‥本当に行ってもいいのかな……」

少し、迷う。

大人はすぐに嘘をつくから。

優しい顔をして、私にとってイヤな事をしようとする。


「でも………」

真っ直ぐに目を見て話してくれたカズを思い出す。

お母さんの事を話しても、他の大人みたいに悪口を言ったりしなかった。

それに、きっとカズはまだ『大人』じゃないと、思う。


『大丈夫。音は正直だから』

「先生」

どこからか聞こえる不思議な声。

あの日から、私に音楽の事を教えてくれる不思議な声。

他の人には聞こえないその声を、私は『先生』って呼ぶことにしてる。だっていろいろな事を優しく教えてくれるから。


多分。

『先生』の声が聞こえなかったら、私はこんなふうに生きてこれなかったと思う。

だから姿の見えないその人を私は尊敬を込めて『先生』って呼ぶようにしたんだ。


『先生』は、ずっと昔に生きてた人らしい。

たまに夢で『先生』の生きていた頃のことを見ることができる。優しそうな笑顔の女の人。

歌がすごく上手で音楽がとても大好きで、歌ってれば幸せそうだった。

そんなところが私と似てるなぁ、と思う。

だから、『先生』は私と一緒にいてくれるのかもしれない。


『1人で歌うの楽しいけど、誰かと音を合わせるのも、楽しいでしょ?』

柔らかく歌うように響く『先生』の声は、私をほっとさせてくれる魔法の声だ。

だから、いろんな不安がふんわり消えていって素直に頷くことができた。


「またカズと遊びたい。から、行ってみる」


読んでくださり、ありがとうございました。

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