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未だ主人公の名前が出てきでない事に、今更気づきました。

そして確認してみたら、まだしばらく出てこない!我ながらびっくりです!

少女は少しずつ大きくなった。


ママは相変わらず。

気まぐれに与えられる愛情と食べもの。


帰ってくる日と来ない日の時間は、少女の成長と共に徐々にその比率を逆転させていき、ただ一心に母を慕う心は、少しずつ諦めに埋め尽くされていった。


それに比例するように、少女は歌うことを覚えていった。

不思議な『声』に導かれるまま。

1人の時間は歌で埋め尽くされていく。


歌は、その歌詞の中で世の中の道理や不条理すらも少女に教えてくれた。

それらを受け入れることで、少女は自分の境遇を理解して、前を向き「生きる」事を選んだ。


そうしなければ、柔らかな心を守ることができなかった、の、だけれど。

その事を真に少女が理解するのはまだ遠い未来の話、だった。



あの日。



歌う事で手に入れた甘い甘い飴玉は、少女の空腹を満たした。

歌う事は生きるための手段だと、少女が学んだのは、ある意味必然だった。


『歌うと何か食べ物もらえるかもしれない。路上ライブ………流しも、いいわね』


そう言う目で、街を見渡せば、楽器を片手に街角に座り込む人々が案外いる事を少女は知った。

だけど、まだ幼い少女が街で1人立つのはあまりにも不自然だった。


だから、少女は考えた。

少女の思いに応えるように知識を分け与えてくれる不思議な『声』を元に、考えて、そうして、1人でダメなら、仲間に入れて貰えばいいんだと思った。


休日の昼間の公園で、歌っている人は少なからずいたから。

そっと近づいて声をかける。

無邪気な笑顔でそばに立ちニコニコとしていると、存外気の良い人の多い彼らは、アッサリと少女の声に応えてくれた。


「わたしもこの歌すき」

そう言って先ほどまで歌われていたフレーズを諳んじて見せれば、面白がって弾いてくれた。


そこまでいけば、後は少女の独壇場で。


幼い姿に似合わぬしっかりとした発声と、情景が浮かんでくるほどの情感たっぷりの歌い回し。


通りすがりの人達はまず耳に飛び込んできた歌に顔を向け、そこに居るのが幼い少女である事に驚き、そして、無意識に足を止める。


人が集えば、戯れに鳴らしていた楽器の演奏にも熱が入る。

それを煽るように、さらに少女の声も伸びていく。

やがて、それは1つのうねりを生み出し、周囲を熱気に巻き込んでいった。


小さな体をめいいっぱい使い、踊る様に身をくねらせ歌う少女の姿に見ている人も知らず体がリズムを求めて動き出す。

誰かが始めた手拍子すらもまるで1つの楽器の様に。


曲の合間に回した帽子の中には、笑顔でコインやお菓子が投げ入れられる。

そうして、少女は空腹を満たし、日々の糧を手に入れるようになった。



全ては「生きて」いくために。








新しい街に引っ越してきた。

母さんは、次々と仕事を変えて住む場所を変える。

この街には、いつまでいるんだろう?


少女は「彼氏」と腕を組んで出かけていく母親の背中をベランダから見送ると、そっとため息をついた。

くるりと見渡した部屋には何もなくて、ガランとしている。隅に置かれたスーツケースとリュックサックが唯一の荷物だった。


「お腹空いた………な」

リュクの中、ゴソゴソと小さな巾着を取り出し中身を確認する。

「………歌、歌いにいこう」

大きな帽子をキュッと目深にかぶると少女はそっと部屋を抜け出した。



いつも通り、ジッと観察して人の良さそうなギターの青年のバンドに声をかける。

疑うこともなく、無邪気に答えてくれた青年にニコリと笑顔を返して、さぁ、ショータイムの開始だ。


2曲、歌い終わった時には汗だくの顔を見合わせてギターの青年とハイタッチ。

それにたくさんの拍手が押し寄せる。

「すごいね!」

「小さいのに、すっごく上手!」

それと共に降りかかる賞賛の声に、少女はニコリと笑うとおどけた仕草でスカートの裾をつまみ膝を折ってみせた。


「ねぇ、○○○歌える?」

そうして飛んでくるリクエストに少女は小首を傾げて楽器を持つ青年たちを振り返る。

「あ〜、弾ける、けど」

リーダーらしきギターの青年が頷けば、少女はウンウンと頷いた。

「ハモれるよ?男性パートよろしく」

にっこり笑顔の少女の声がスタートの合図。


歌って、踊って、いつしか集まった観客すらも巻き込んだ、それはまさに即席のライブと言った有様で。

ちゃっかりと曲の合間に、少女が被っていた帽子を手に回れば笑顔と共にたくさんのコインが放り込まれた。


それは集まりすぎた人に、警察が声をかけに来るまで楽しく続けられて。

解散を叫ぶ警察と、楽しい時間を邪魔されて不満を訴える騒ぎに乗じて、少女はさっさと逃げ出すのだ。


まかり間違って捕まって、親を呼ばれてはろくな事にならない、と予想がついていたから。

リーダーの青年に稼いだコインの半分を押し付けて「また会ったら遊んでね」と耳打ちをすると、喧騒に紛れて走り去っていく。





「あ!ちょっと!!」

上手に人混みに紛れてしまう小さな背中を呼び止めようとして、少女の名前すら知らない事に気づく。


先程までの一体に溶け合った様な恍惚感はまだ生々しく残っているのに、名前すら知らない、小さな少女。


いや、『少女』などでは無かった。

歌っている間、包み込まれて引っ張られていたのは自分たちの方だ。

自分にあんな音が出せるなんて知らなかった。


「ダメだ、収集つかないや。ウチらも抜けよう」

仲間に促され、僕は慌ててギターのケースを掴み上げ、その背中を追いかける。

そうして、少し離れた場所で足を止め、荒い息を整えていると、スッとペットポトルのお茶が差し出された。


「お疲れ〜〜、いやぁ、すごい楽しかったな〜」

顔をあげれば、剥き出しのままのカホンを抱え笑ってる友人。

「いや‥‥楽しいって言うか‥‥あれって‥‥なんて言うか……」

ただでさえ少ない語彙力が死滅したように言葉が出てこない。

走っただけではないドクドクと波打つ鼓動と感じたことのない高揚感。


少女と共に奏でた時、今まで出したことのない音が出てた。

そして、もっともっと高みまでいけるような気がしてた。

彼女の歌声と一緒に。


「あの子だろ?放浪のちび歌姫って」

言葉にできない思いを掴むように、グッとギターケースを握りしめた僕の肩にベース担当の友人が乱暴に腕を回してきた。


「放浪の……なに?」

「ちび歌姫。なんかさ〜最近話題になってるの。すっごう歌のうまいちびっこが路上ライブ中に入り込んできて……ってやつ」


その言葉にさっきの様子が脳裏に浮かぶ。

何気なく声をかけてきた少女。直前に弾いていた曲を「あの曲好きなの」って歌い出して、その巧みさに気がついてたら楽器を鳴らしてた。


「あ〜〜、それ聞いたことある。でもよくある都市伝説だって思ってた。だって、目撃情報バラバラだし、ろくな音源ないし」

キーボード担当の少女も参戦してくる。

「でも、わかる。あんなライブされたらジッとスマホ向けてるなんて無理!勿体無い!」


どうやら、僕が知らなかっただけで、少女は有名人だったらしい。

でも、放浪?

不思議に思って詳しく聞けば、少女の目撃情報は2〜3年前くらいからで、北は北海道から南は九州までバラバラ。あえて共通点を挙げるなら繁華街近辺で見られるみたい。

一度出現するとその後は1〜2ヶ月出なくて、下手したら町が変わってる、と……。


「何?そのレアモンスター並みの出現率」

「共通してるのは小さな女の子ですごく歌がうまい事。突然声をかけられて、一緒にセッションするけど今回みたいにスルッと逃げられちゃう。そして、みんな魅了されたみたいに夢中になっちゃうせいで、ろくな映像が残ってないんだよね〜〜」


見せられたのは「放浪のちび歌姫を探せ」と銘打たれたSNSまとめ。

その中に唯一挙げられた映像は固定カメラのものらしく、画面の端の方にそれらしき少女が見切れていた。

画像も荒いためよくわからないけれど、響く歌声は確かに先ほど隣で聞いたもの、だった。


「………て、ことはもう会えないのか?」

よくて一月後。でも、その時には少女はもうこの街にはいないかもしれない。


キリキリと胸が痛む。

あの歌声をもう一度聞きたい。一緒にセッションしたい。あのキラキラした時間をもう一度感じたい。

まるでたちの悪い薬みたいに、もう次を渇望してる、のに。


「また、………会いたい。遊びたい‥‥な」




その日から、僕の日課に路上ライブとSNSやTwitter巡りが加わった。


読んでくださり、ありがとうございました。


視点がコロコロ変わり読みづらいかもですが、もう少しお付き合いください。

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