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第三話 新王都ソロン(3)



 ソロンをこの国の新しい王都にしよう。

 そんな、狂気じみた話が、今アトール王国内で巻き起こっている。

 ほんの少し前までは妄想と切り捨てられ、喋った奴はすぐさま投獄されていても不思議ではなかったが、最近では王宮でも議論されている話だという。

 つまり、ティマイオからソロンへの還都の提案である。


 実は、この話は今に始まったことではない。元々は十年ほど前に遡る。


 当時王都ティマイオ近辺の山でロック鳥の大繁殖が発生し、周囲に被害が多発していた。ティマイオ自体は超大規模結界魔術で防衛されていたものの、ティマイオまでの街道や周辺地域を完全に防御するのは難しい。近衛騎士団や第一方面軍が対応に当たっていたものの、肝心のロック鳥の住処が分からず後手後手に回り被害は減らなかった。


 王都としての機能が麻痺しだしたティマイオの現状に、時の国王ティマイト十世はティマイオを事実上放棄し、新たにソロンを王都にすることを発案した。要は首都機能移転、還都である。


 当然、大臣や王都住まいの大貴族からは反対の声が上がった。しかし、ロック鳥の被害は増大する一方で、他に対策がないということでやむなくの形で同意していった。


 無論のこと、他の大貴族の領地も考えられたが、王都と近ければロック鳥の被害は大差ないし、領地をなおざりにしがちな大貴族の典型で、王都としての機能や経済の基盤として使えそうな場所はなかった。その点、アシュフォード領はほどほどに遠いし、ソロンはかつて暫定の王都だったが故設備も整っている上、街道も整備されていて交通の便も経済も申し分ない。


 結論としてやはりソロンしかないとして、内々に話を進め準備を整えつつ、いざ還都を正式決定する――と、思った直前、ロック鳥の住処が発見されて大規模な討伐隊が編成、ロック鳥を殲滅することに成功する。


 その後ロック鳥の被害は激減、王都近辺の復興も滞りなく進み、王都ティマイオに平和が戻った。それ故、ソロンへの還都は不要ということで立ち消えとなる。


 さて、納得いかないのがソロンの住民だった。かつて一度は王都として作り上げたクセに、用済みになったらあっさり放棄して誰もが忘れた。それからまた必要ということで期待させておきながら、やはり必要ないということでまた捨てた。気に入らなくて当たり前といえば当たり前だろう。


 その結果、ソロンの民の中に王国と王都への反発心や反感が生まれてしまった。勿論、そんなことは普段おくびにも出さない。王国への悪口を言うだけでも、反逆罪に問われる可能性すらあるためだ。


 そのはず、だったのだが。


   ***


「――はーはっはっはっはっ! そうかそうか、兄ちゃんも大変だったなあっ、化け物だらけの王都から逃げてきて、よくぞ楽園ソロンへ来たもんだ!」

「あははは、ありがとうございます。でも俺、あの邪気溜まりが発生した直後に王都を出たから、王都の現状はよく分からなくて……」

「はは、気にすんな気にすんな! このソロンに新しい仲間が増えたことを歓迎するぜ! 乾杯だぁ!」


 酔っ払いの男が乾杯の音頭を上げると、周りの連中も一斉に乾杯する。これで何度目だっけ、とレッドは言いたくなった。


 まさにこの世の春、と言ったほどの浮かれ具合である。飲み狂い踊り狂い、乱痴気騒ぎしまくりの荒れ狂いっぷり。王都や王国の悪口言ってこうも盛り上がるなんて、王都暮らしも長く王宮を見慣れたレッドからすればあり得ない光景だった。


 しかも、よく見れば猫耳や狐耳を生やした亜人族まで人族と普通に飲んでいる。亜人差別の激しいこの国において、こんなことが出来る街は数えるほどしかないはずだ。


(新王都ソロンか……まさかここまでだったとはな)

(呆れたもんだねえ。邪気溜まりの件があるからと言って、ここが本当に王都になるとは限らないと思うけど)

(そうか? 言っているとおり、首都機能を移設できる場所がソロン以外あるとは思えんけどな)

(だろうね。しかし、それがこの人たちの幸せに繋がるとは限らんさ)


 レッドとジンメがそんな会話をしているとは夢にも思わず、酒場に集まった酔っ払いたちはどんどんヒートアップし、酒量はどんどん増える一方だった。


 新王都ソロン。

 かつて一度、いや二度見た夢。

 いくら見ても、夢は夢でしかない。どれくらい夢想しても、それは白昼夢にしかならない。どれだけ憧れたところで、それは奇人の妄想にしかならない。

 しかし、今その妄想は、現実になろうとしていた。


 原因は、一月前の事件だった。

 王都で激しい魔物との戦闘があり、その戦いで魔物自体は倒せたものの、王都の傍に邪気による重度汚染地帯、俗にダンジョンと称される魔物が無尽蔵に発生する巨大な邪気溜まりが出来てしまう。


 この邪気溜まりがかなり厄介で、危険度からすれば十年前のロック鳥の比ではない。放置すればほぼ無限に魔物が生まれ続ける邪気溜まりは、早々に浄化させなければならないが、あまりに規模が大きすぎて浄化が上手くいかず、せいぜい魔物の発生を防ぐぐらいしかできないらしい。


 現在、魔物の発生は周囲に張り巡らせた結界の効果で小康状態にあるようだが、結局浄化しない限りは解決にならない。いつ結界が破られて、魔物が大発生しても不思議ではないのだ。


 故に、もはや風前の灯となったティマイオを放棄し、ソロンへ還都しようという話が再び持ち上がったのも、当然と言えば当然だった。


(――自慢したらどうだい? 邪気溜まりを作ったのは自分だって言えば、もっと酒奢ってくれるよこいつら)

(だから、信じるわけないだろ。それに、酒も料理ももう十分だよ)


 ゲンナリした様子でレッドは答える。

 その目の前のカウンターには、酒も料理もゴッソリ積まれていた。無論懐が寂しい上に酒が苦手なレッドはこんなに頼まない。最初のビール以外、全部酒場でテンションが上がった彼らの奢りである。


(はは、良かったじゃん。最近ロクなもの喰ってなかったし。良い機会だからたらふく食べれば? それにしても――)

(ん? どうした?)

(いや、驚かなかった? 一月前の戦い、君のこと全然知らされてないの)

(――まあ、確かに少し驚いたな)


 また一口ビールを含みながら、心の中でレッドは頷く。


 実際、一月前の魔物討伐――ベヒモス討伐作戦の発表を知ったときは唖然としたものだ。


 世間に教えられたのは、巨大な魔物を討伐したことと、その結果邪気溜まりが発生したことぐらい。ベヒモスがヘスペリテ湖に封印されていたことも、スケイプの叛意による王都襲撃未遂も公表されることはなかった。反逆者にして大罪人であるはずのスケイプは、単にその戦闘で死んだというだけになっていた。


 それ以外で知らされたのは――勇者と目されていたレッド・H・カーティスが偽勇者であり、彼に加担したカーティス家の一族は投獄され処刑されたということ。

 そしてレッド・H・カーティスは真の勇者――アレン・ヴァルドによって倒されたということ。

 黒き鎧やレッド・H・カーティスが逃亡したことなど、一言も記されていなかった。


(――まさか死んだことにされるとはな)


 そう一人呟いた。


(まあ想定の範囲内だね。今回の邪気溜まりの発生、完全に王国側の不手際だもん。自分らのミスでとんでもない規模の邪気溜まり作っちゃいましたなんて、言えるわけないって。適当なこと言って、煙に巻くのが一番気楽な選択さ)

(――邪気溜まり出来たの、元凶はお前が魔剣を納めたマジックアイテム持ち歩いてたからだろ)

(おいおい、ふざけたこと言うなよ。なら直接的な原因は、君らが戦って聖剣と魔剣の力を馬鹿が付くほど解放したからさ。責任が重いのは君の方だと思うけど?)


 それについて文句を付ける気はなかった。意図してなかったとはいえ、王都を存亡の危機に晒したのは他ならぬ自分であることは疑いようもない。

 しかしながら、王国に受けた仕打ちを考えれば、レッドの良心は僅かながらも痛まなかったが。


(スケイプ君の反逆行為を伏せたのも、王族の人間が国へ叛意を翻すなんてスキャンダルは避けたかったんでしょ。やれやれ、馬鹿馬鹿しい話だねえ)

(――それも、お前の計画通りか?)

(おいおい、言ったでしょ。僕としては聖剣と魔王以外知らないってさ。王族どものメンツなんて、どうでもいいよ。あいつらが勝手にやっただけだよ)


 だろうな、とレッドも同意する。一月付き合えば、この左手に憑依した奴がどんな奴かは分かるというものだ。


(まあそれはいいとして、君のことが伏せられていたのはラッキーだったね。僕が消えたら手配するなって命令無視されるかもと思ったけど、勝手に死んだことにされれば誰彼も君のことを知らずに済んで助かるよ。指名手配なんてされてたら、煩わしくて仕方なかった)

(同感だな。しかし、いくらスキャンダルを避けるためとはいえ、俺を死んだことにして放置とはあいつら危機意識ないのかね。まあ、表向きの話で裏では探し回ってるだろうが)

(何馬鹿言ってるんだい君は。君が危険だから放置してるんだよ。だって……)


「おう兄ちゃん、なに一人で寂しく飲んでるんだよ!」


 と、そこで心の中での会話を遮るように、先ほどの酔っ払いがまた絡んできた。酔いがさらに酷くなっているようで、ひげ面を押しつけてきて臭い上にジャリジャリ痛かった。


「い、いや別に……なんでもないです」

「もっと楽しめよ! これからはここが新しい王都になるんだ! お前さんだって楽しい日々が待ってるぜ!」

「ははは、だと良いんですが、自分としては出来れば仕事の方を探したいところでして……」

「仕事ぉ? なんだ、兄ちゃん文無しかい」

「ええ。剣も一通り覚えてますので、冒険者ギルドで登録しようと思っているのですが……」


 と、そこまで言ったところ、今度は別人の声がした。


「おいおい、そんなほっそい体で冒険者だぁ? 大丈夫かよお前よぉ」


 見ると、同じくガタイの大きい屈強な男が現れた。ハゲ面の頭から顔全体を酒で紅潮させて、昔海に寄ったとき食べたタコのようになってしまっている。こちらもかなり酒が入っているらしい。


「な、なんです?」

「こーんな小せえ体で、冒険者なんて無理だって。俺様みたいな力自慢でないと、すぐにおっ死んじまうぜ。見ろこの肉体をっ!」


 なんて言うと、見せつけるようにマッスルポーズをし出す。言葉からして、冒険者なのだろう。自慢の筋肉をこれでもかとばかりに拝ませてくるが――


(――ロイに比べれば貧相なもんだな)

(ありゃあいつが化け物なんだよ。言ってやるなって)


 なんて、レッドたちが失笑していることにも気づきもせず、ハゲ男はさらに自慢気に語る。


「魔物なんて俺様の筋肉にかかれば軽い軽い! これだけの肉体は王都で暮らしてるようなぬるい奴らにはなれねえぜ。一月前の戦いで、王都を守ってた騎士団は壊滅したんだろ? ったく、俺様みたいに鍛えてない無能が騎士団とか偉ぶってて笑わせるってなもん……」

「……あ?」


 馬鹿らしいと聞き流していたレッドだったが、ハゲ男の発した言葉にカチンと来るものがあった。

 半分ほど残っていたビールにまた一口付けると、ハゲ男を睨みながら言った。


「……どうかな」


 レッドの一言に、ハゲ男は怪訝な表情をした。

 そのまま、レッドは嘲りの笑いを向けつつハゲ男にこう述べる。


「こんなチャチな田舎の、掃きだめみたいな場所にたむろしてる雑魚冒険者如き、カスレベルの魔物は倒せても近衛騎士団の奴に勝てるとは到底思えないけど?」

「――なんだと?」


 それほど大きな声で言ったつもりはなかったが、レッドの発言で酒場の喧噪が一気に止まった。

 しかしレッドは、構いもせずにハゲ男に対して侮蔑の台詞を続ける。


「近衛騎士団の奴と戦ったことあるけどね、あんた程度の奴なんか雑魚にもならんよ。ガタイが大きいことが自慢らしいけど……ククッ、そんなただデカいだけの体、自慢どころかみっともなくて情けなくて見てられないっての……」

「てめぇ……!」


 笑い出したレッドに、ハゲ男は激昂して襲いかかろうとする。

 だが、その瞬間に、眼前に布袋を突きつけられる。


「――ちょうどいいや。路銀が尽きて困ってたんだよ」


 布袋を振ると、チャリンという独特の金属音がした。

 中に入っているのは、レッドが持ち出した貴金属類を売りさばいて作ったこの国の硬貨である。


「どうだい? そんなに力自慢なら、いっそ腕試しというのは。賭け金は好きにするといいさ。俺は全財産賭けるけど……自信がなかったら一ゼースでも構わないよ。勿論、怖いなら逃げても大丈夫だよ」

「この野郎……!」


 ハゲ男は酒ではなく怒りで顔を紅潮させる。ここまで愚弄されれば、怒らない方が変だろう。


 周囲の酔っ払いたちも、先ほどまで笑ってたのは何処へやらというくらいやれやれと目を血走らせながら煽っていく。

 まあ、こんなに彼を怒らせたのはレッドだが。


(――何してんだい、君)


 と、そこまで黙っていたジンメが呆れた様子で口を開いた。


(すまんな、変な酔い方したようだ)

(よく言うよ。スケイプ君馬鹿にされたの怒っただけでしょ)

(さあて、ね……)


 シラを切るレッドだったが、そのボロ布で隠した顔から覗く右目は、憤怒の炎が燃え上がっていた。


(大丈夫だ。これ以上目立つ真似はしない。それに……)


 そこで、一度周囲を伺う。


 酒場にいるほとんどの客が、舐めた口を利いた若造をぶっ飛ばせと喚いている。例外は迷惑そうにしている店主と、怯えて縮こまっている眼鏡をかけたウエイトレスくらいだ。


(――まあ、思ったより早く、ここに来た目的も果たせるんじゃないのか?)

(かもね)


 レッドも、手袋の下に隠れたジンメも、ニヤリと顔を歪ませた。

 

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