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第二話 新王都ソロン(2)



 アシュフォード領、そして領主の館がある最大の街ソロン。

 五百年前このアトール王国が建国された時は、大して重要でも栄えた街でもなかった。


 大陸を横切る大きな川が傍にあったものの、馬車で十日という近くもなく遠くもない微妙な距離は、特別他者に関心を引かせる何かがあったわけではない。ましてや、王都住まいが貴族のステータスとされるアトール王国の貴族感覚からすれば、微妙に遠いその領地は笑い話の種にしかならない。


 ダンジョンのように危険な魔物が出没するか、あるいは貴重な資源が見つかりもすれば注目され管理する貴族も伯爵か辺境伯ほどの地位が与えられたろうが、生憎そのような事もなかったので、アシュフォード領主は子爵程度の地位しかなかった。


 一応、平坦な土地のため街道を整備しやすいこと、川が傍にあることを生かして物流で稼いでいたものの、あくまで王都へ向かうか王都からの通過点に過ぎず、街としては発展したとは言い難かった。


 その上、初代国王の死後兄弟間の争いが勃発し、結果レムリー帝国が建国されるに至っては、その国境線からも近くなってしまったため、戦火を恐れて物流も縮小してしまう。結果、この街は随分貧相になったという。


 しかし、そんなアシュフォード領の運命を変えたのは、今から三百年前に遡る。


 当時対立していた王宮の一派がクーデターを起こし、国王であるティマイト四世を暗殺、その弟を新王として立てるという暴挙を行った。


 無論前国王派も前国王の家族も殺害されたが、幼い息子一人と側近数名だけが脱出し、彼らが頼ったのがアシュフォード領だった。その道中にも別の領はいくらでもあったが、中央貴族であればあるほど反乱を起こした勢力と繋がっている可能性が高かったため、それを恐れたのだろう。

 そしてその幼い息子をティマイト五世として即位させ、アトール王国暫定政府をソロンに作り上げた。


 反乱勢力は、言うまでもなく逃亡したティマイト五世たちを始末するため軍を動員――せずに、なんと十年も放置してしまう。


 理由は、そもそも今回のクーデターがかなり強引に突発的に行われた物で、根回しも何も全然済ませていなかったことにある。中央貴族も軍も、どちらに着くべきか迷ってしまったのだ。取り込んだ軍団も思うように進まない統治で揉めてしまい、内乱を起こした者たちがその中で内乱を起こすという訳が分からない事態に発展する始末。


 さらに手を出せなかった理由は、それほど離れていないレムリー帝国がアシュフォード領の暫定政府への支援を表明したのだ。レムリー帝国からすれば、内紛状態を煽って混乱の合間に付け入ろうとしたに違いないが、周囲の貴族や各方面軍からの協力がなかなか得られなかった暫定政府側からすれば願ったり叶ったり。そしてクーデター側はますます弱り果てることになる。


 結果、ようやく落ち着いた頃には十年経っており、その頃にはもうソロンは第二位の王都として開発が済んでしまっていた。

 街全体を囲う壁も、荘厳に、堅牢に作られた元領主の館跡に建てられたネイト城もとうに完成しており、暫定政府はかなりの力を有していた。


 それでも何度かこのソロンを陥落させようと、クーデター側が取り込んだ第一方面軍を差し向けたこともあった。だが強固な要塞とレムリー帝国の支援、さらに第四方面軍や中央での内乱から負けて逃げてきた者まで取り込んだソロン側には勝てず敗退を繰り返し、ただでさえ勢力争いの末疲弊していたクーデター側の戦力は衰えた。


 結果、数々の粛正と敗北のせいで人心を失っていた前国王の弟は側近からの裏切りに遭い殺害、その混乱の中ティマイト五世が王都ティマイオに打って出て陥落させた。これで十年に及んだクーデターは終結し、ティマイト五世は正式にアトール王国の国王となった。


 そのままソロンへ還都する、という案もあったようだが、レムリー帝国から距離的に近すぎること、今度はそのレムリーが国王崩御から少数民族の反乱が起きてしまったのでソロンへの還都は危険として、結局王都ティマイオを再建する形で収まった。


 ティマイト五世を匿い暫定政府を置いたアシュフォード領主は侯爵にまで格上げされる――のまでは良かったが、ティマイト五世が王都に戻ると、レムリー帝国の戦火に近すぎるという理由もあって、またアシュフォード領は地味な田舎に戻ってしまう。


 ネイト城も取り壊しの危機があったようだが、建てた物を壊すのも大変だし、ティマイト五世の栄光の象徴でもあると言うことでそのままになった。今は、アシュフォード領主の館と化している。


 これが、アシュフォード領の街ソロンの大まかないきさつである。


   ***


『――まあ、あの弟の奴は馬鹿だったからねえ。周りに唆されてクーデターなんかしちゃって、それから随分苦労させられたんだよ。唆した奴らは全員殺しちゃって、正直十年よく持ったなってレベルだよ』

「――その時お前も王都にいたんだろ? クーデターなんて事前に察知できたろうし、そんな奴ら容易に殺せたんじゃないのか?」

『やだよ面倒くさい。魔王が復活する前に世界が滅ぶような事でもあれば参戦するけど、国のトップが変わるか変わらないか如きにどうして僕が手貸さなきゃいけないのよ。勝手にしろって感じだね。クーデター側も流石に教会潰そうと思うほど馬鹿じゃなかったし』

「責任感のねえ奴……」


 なんて呆れながら、樽ジョッキに入ったビールをグビグビと飲んでいく。


「……? おい、なんか薄くねえか?」

『何言ってるのさ。君が今まで飲んでいた酒が濃いんだよ。勇者様に提供される酒なんて高級品に決まってるじゃないの。そこら辺で飲める安酒と比べるのがおこがましいっての。ていうか、僕にもくれよ』

「手から酒飲んでたら変に思われるだろ……今は我慢してろ」

『酷い扱いだなあ。こんな手袋の中にしまい込んで、旅のパートナーをなんだと思ってるんだい?』 

「寄生虫」


 なんだとコラー! という叫びを無視してもう一口飲む。今レッドは左手のみ道中拾った灰色の手袋をしているため、本来ならジンメの声は聞こえないはずだが、それでも何故か小さいはずの奴の声ははっきり耳に響いた。

 ラヴォワが使っていた念話とも微妙に違う、ジンメ曰く骨伝導とやらに近い原理と言っていたが、正直なんのことだがよく分からなかった。


 ともかく、そのよく分からないやり方で、レッドとジンメは小声でも、例えば今のように酒場のカウンターでビールを飲みながらでも滞りなく会話できるようになっていた。


「――なあ」

『ん、なんだい?』

「俺たち、なんで酒場なんかにいるんだっけ。宿探してたはずだったのに」


 と言いながら、レッドは周囲を見回す。


 レッドが座るカウンターからは、酒場の喧噪が全て視野に入ることが出来た。誰も彼もが、上機嫌に酒を飲み交わしている。実に愉快そうに、楽しげな様子が見て取れた。


『おいおい、十二分前のことも忘れたのかい? 宿が何処も一杯で、どこかで休みたいって言ったのは君じゃないか。ただでさえ尽きかけている路銀をこんな風に使うのは良くないよ』

「今さっき酒飲ませろって言ってなかったかお前? まあいいけど……なんか、この一月どたばた走り回ってたから、いきなりこんな栄えた街に来て緩んじゃったな」


 また一口飲みながら、レッドはカーティス領が炎に包まれ、燃えさかる故郷からグリフォンに乗って逃げた後のことを思い出していた。


 あの後、特に何処へ行く予定もなかったので、仕方なしにジンメの指示されるまま向かった。グリフォンは使役効果が外れる前に逃がし、その後は徒歩だったり馬車に乗ったりこっそりワイバーンを借りたり、とにかくアトール王国近辺を走り回った。


『グリフォンをそのまま使ってれば楽だったんだけどねえ。だから僕が使役を上書きするって言ったとき断らなきゃ良かったんだよ』

「今の状態だと可能性は五分五分って言ったのお前だろ? んなつまらんリスク賭けてどうする。とにかく、なんとかここまで来れたし良いじゃないか」

『まあ、今更だけどさ。それはいいとして、このソロンに来た目的は……』


 その次の言葉は、言えなかった。

 カウンターで一人ちびちび飲んでいたレッドに、寄りかかってくる者がいたのだ。


「おい兄ちゃん、そんな辛気くさそうに何飲んでんだよ。シケた面して、なんかブツブツ言ってねえか?」

「――いや、別に」


 絡んできた男は、泥酔状態らしい。黒髪とひげ面のガタイの大きい男だが、顔を紅潮させて酒臭い息を吐いてくる。


(おいジンメ、なんでこいつが来てるって言わなかった)

(……別に、単なる酔っ払いだし)


 興味なさげなジンメの声が頭に響く。こうして心の中だけでも会話が可能ではあるが、なんだか気分が悪くなるのでこんな隠れて話すときしか使っていなかった。

 そんなことは露知らず、酔っ払いの男は上機嫌に話し出した。


「兄ちゃん、ここら辺の奴じゃないだろ? 旅してんのか? それとも仕事探しか?」

「まあ、そんなとこだな……ちょっと、王都の方からな」


 そう返答したら、キョトンとした顔をした。


(この、馬鹿っ!)


 ジンメに叱られ、まずいと気がつく。

 この街は第二の王都として作られ、そしてまた捨てられた経験から、王都に対する反発心が強い。王都ティマイオから来た人間を、歓迎する雰囲気はない。機嫌を損ねてしまったと悔いた。


 そう、思っていたが、しかし酔っ払いの男は突如大爆笑する。


「はーはっはっはっはっ! そうかそうか、お前さんも王都から逃げたクチか、そりゃいいやはっはっは!」


 なんて豪快に笑い出すと、周囲で騒いでいた者たちまでつられて大爆笑してしまう。

 呆気にとられていると、酔っ払いの男はレッドの肩を力強く叩いて笑いかける。


「大正解だぜ兄ちゃん、あんな王都見捨ててここに来たのはさ。歓迎するよ、ここは天国だぜっ!」

「て、天国?」

「そうさ。あんな化け物の巣になっちまったティマイオはもう終わりだ。これからはソロンがこの国の中心になるのさ。なあみんな!」


 酔っ払いの男のかけ声と共に、飲んでいる酔っ払いだけでなく店主もウエイトレスも歓喜の叫びを上げる。その様にレッドは圧倒されてしまう。


 異様な光景であった。こんなこと、ティマイオですれば即牢獄行きになるだろう。

 しかし、このソロンでそれを咎める者はいなかった。


 新王都ソロン。そんな妄想じみた話が、今この国を覆っているのは事実なのだ。

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