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第一話 新王都ソロン



 王都ティマイオから離れ、遙か遠く。

 というほどでもない場所に、アシュフォード領は存在した。

 だいたい、馬車で十日以上。ワイバーンでも一日でたどり着くのは難しく、どこかの宿泊地で一度休まなければならない。

 そのような遠からず近からずという場所に、アシュフォード領の一番大きな街、ソロンが存在した。


「よっ……と」


 レッドは荷馬車から降り、運んでくれた農民に礼を言うと、街の入り口まで向かう。


「――ここがソロンか」


 入り口の前で、ふと見上げてみる。


 流石に王都ティマイオには劣るものの、それでもかなり大きな城塞都市であった。一応街という体裁ではあるが、知らない者が見ればまずここが王都と思うに違いない。


 街の中央には、なんと城まで存在する。勿論ポセイ城と比べればはるかに風格も品格も足りないが、それでも領主の館としてはあり得ないほどの絢爛さだった。


 人によっては第二の王都や新王都と呼ぶ者もいるが、別にそれは比喩ではない。

 かつて、ここは本当に王都だったのだ。


『――なんだいレッド、ソロンは初めてかい?』

「ああ。勇者の旅の道中でも、それ以前でも、来たことはないね。そもそも、王都と本家以外ほとんど出かけたことないし」

『引きこもりだねえ……ま、色々やってたみたいだけどね』

「人の記憶読むのやめて貰えねえかな……おっと」


 入り口の近くでボケッとしていたら、脇を馬車が荒々しく走っていった。街道の傍で立っているものではない。


『危ないなあ。君と僕は運命共同体なんだから、もうちょっと危険意識を持って生きてほしいものだね』

「誰が運命共同体だ。貴様なんぞに取り憑かれて、ほとほと迷惑だこっちは」


 そう毒づくが、左手の喋る顔、ジンメはこの程度ではなんとも思いはしない。それくらい、この一月で痛いほど思い知っていた。


 あの戦い、ベヒモス討伐昨戦から始まった死闘は、聖剣の勇者製造計画とも言うべき陰謀、アークプロジェクトの立案者にして首謀者であるゲイリー・ライトニング枢機卿長を倒して終わった、はずだった。


 しかしこの枢機卿長という男、ではない奴は他人の体を乗っ取り奪う力を持っており、なんとレッド自身にも憑依しようとし、レッドの左手に噛みついた。


 無論レッドは抵抗した。なんとか引き剥がそうとしたが……結果、レッドの左手だけに憑依し顔が出来上がる、という事態に陥る。


 当然、レッドは左手を切り落とそうとするものの、枢機卿長は命乞いをする。そしてレッドが求める情報と引き換えに、しばしの猶予を与えるということで纏まった。


 こうして、ただ利用されて使い捨てられるだけの偽勇者役と、全てを裏で操り支配していた黒幕役が手を組むという奇妙な共犯関係が出来上がった。


 そして一ヶ月、二人はあくまで逃亡者という立場上おおっぴらに移動できず、基本徒歩ではあったが、それでも様々な場所を旅して、その関係は、


『おいおい酷い言い草だな。誰がここまで君を導いてくれてやったと思ってるんだい? 世間知らずのお坊ちゃまに、野宿や火起こし食べられる草類まで教えたのはこの僕だよ? 祖国から追放されて偽勇者の汚名を被らされ、傷だらけになって可哀想な君のその身を不憫に思うからこそ助けてやってるんだ、君は既に僕に一生かかっても返せない恩があるはずだよ?」

「追放も汚名もボロボロも、全部お前が元凶なんだけどな。あ、ムカッときたから斬っていいか?」

『だーやめろって言ってるでしょ! なんだよちょっとした軽いジョークじゃないか!」


 相変わらずと言っていいくらい相変わらずであった。


 何しろ片や一回目の人生の敵、片や自分の地位も何もかも奪った相手。互いの利益と生死のために手を組むという話になったものの、いきなり仲良くなるなんて不可能だった。

 結果、こうした喜劇のようなやりとりが幾度となく繰り返されている。飽きもせずこんな行いが出来るのは、ある種似たもの同士なのかもしれない。


『それより、いつまでもこんなところで駄弁っていても仕方ないでしょ! 早いところ入り口の門番のところへ行けって!』

「はいはい、分かってるよ……ん?」


 レッドの目の前に、大きな門が見えた。

 流石に城塞都市だけに堅牢で立派な門である。それ自体はごく普通でなんの違和感もない。

 しかし、レッドが奇妙に感じたのは門番の方だった。


「なんだ、ありゃ……」


 これだけの大きな都市、門番がきちんと荷物や荷馬車の中を確認してから通している。

 引っ切りなしに多くの人が通る門はごった返しており、多くの人が並んで自分の番を待っている。

 レッドもその中に加わり、ただ自分の順番を待つことにした。


『何してるんだよ、早くフード取りなって』

「分かってるっつの……」


 そう言うと、レッドは目深に被っていたフードを外す。

 すると、たボロ布一枚で顔にグルグル巻きにされた怪しげな男が。唯一、右目だけが見えるようにあいていたが。


 流石に素顔を見せるのは手配されている可能性を考えるとまずいし、この国で金髪碧眼は目立って仕方ない。なので、人が居る場所ではこの布を巻いて過ごしていた。薄いボロ布なので結構通気性も良く気に入っていた。――不審者過ぎるという欠点もあるが。


 とにかく、今は門を通れるかを気にすることにした。かなりの長蛇の列なのでだいぶ時間がかかることを覚悟していたが……以外にも早く、その時は訪れた。


「名前は?」

「――ヘリング」


 そう答えた。レッドの名はもし通達が出ていたら危険なので使わないと決め、もはや一ヶ月。名乗るときにヘリングを使うことにしたのは自分への皮肉のつもりだったが、もう慣れきって抵抗もなかった。


 そして、荷物検査と簡単な身体検査を経て、レッドはあっさりとソロンの街へ入ることが出来た。


「――なあ」

『なんだい、ヘリング』

「ヘリングって呼ぶな。お前にだけには言われたくないわ。――それより」


 入り口の傍、城壁の陰に隠れる形で寄りかかると、ジンメに質問してきた。


「なんか、検問が簡単すぎないか? なんか門番の検査が雑とは思ったが、だいぶあっさり入れたぞ。通行料すら取られなかったし」


 そう、レッドが最初抱いた違和感は、門番の検問があまりに早すぎたことだった。


 人にしても荷馬車にしても、確かに一通りの検査はしているようだが、あまりに雑で緩すぎた。荷物検査にしても身体検査にしても、形だけのような適当ぶりだった。早いのは当たり前である。

 これでは、門番をしている意味すら大してないと思えるくらいだ。非合法なものを持ち込もうと思えば、簡単に持ち込めるだろう。


『そりゃ当然だよ。違法なものを持ち込ませられるようにわざとやってるんだから』

「……は?」


 さらっと、とんでもないことを言い出した。


「どういう意味だよ、それ」

『いやいや、君だって聞いたことあるんじゃないの? アシュフォード領の噂をさ』


 ニヤニヤした様子で聞かれてしまった。目と口だけの存在になっても、この腹の立つ笑い方はそのままである。


「――まあ、噂話程度ならな。しかし――」

『それよりさ、とっとと行こうよ。これだけ人が山ほど居る街なんだ、宿なんて空きがある方が珍しいくらいでしょ。早く探さないと』

「宿、ねえ――使う気しないけど。野宿でも十分だろ」

『待ってよ、ここのところずっと野宿だったじゃん。たまにはベッドの上で寝かせてくれよぅ』

「左手だけでも寝心地ってのは気になるもんなのかね。それに、路銀だって心もとないんだ、あまり贅沢ばかり言うな」


 レッドはそうため息をつく。


 レッドがジンメと戦い、倒されたジンメが左手に憑依したあの日、戦いの場になったカーティス領本家屋敷から金品を布袋に入れて持って行った。

 それを旅の資金源として使っていたが、この一ヶ月色々なところを回ったため、布袋の中身はかなり寂しくなっていた。


『ふん。それは君の使い方が悪いんだよ。お坊ちゃまなんだからいちいち食べ物や装備なんか気にしてさ。育ちがいいと金遣いが荒くなるね』

「馬鹿言うな、こちとらスラムでゴミ漁った経験者だぞ。贅沢なんかしてねえよ。お前が旅はスピード勝負とか言って、早馬だったりワイバーンを金で飛ばさせたりだいぶ無理したからだろ」

『あれは必要経費だよ。それくらい君でも理解してるでしょ。空振りだったけど』

「それは俺も分かってるけどな――いや、こんなことしてても仕方ないか。とにかく、宿を探すか」

『賛成』


 そう思い直し、レッドはソロンの街を散策することにした。


 しばらく歩いていると、街の中心らしい場所に着いた。噴水のある、美しい花が咲く広場がそこにあった。

 人通りも多く、屋台なども数多く並んでおり、とてつもない活気で満ちている。

 行き交う人々の中には、当然人族が多いが亜人族も多かった。基本日陰に隠れるような生活を強いられているアトール王国の亜人族としてはあり得ない光景である。


「……ここがアトールとは思えんな」

『まあ、場所によるね。亜人差別の厳しい場所も厳しくない場所もある。亜人も人も大概自分の場所しか知らないけど。君とてそうだろう?』

「……まあ。そうだな。でもここは緩すぎる気がするけど」

『そりゃそうさ。だってここは……』


 などと、解説を続けようとしたところ、突如現れた大声にかき消されてしまった。


「もはや王都ティマイオは風前の灯火!」


 広場の中、そんな叫びが響き渡った。


 視線を移すと、広場の中央、噴水の辺りで小汚い格好をした男が周囲に対して語り出していた。


「我々地方領を圧迫してその生き血を啜っていたハイエナの如き王都は、今神罰により滅ぶ運命にある! これは神が示した天恵である!」


 そう高らかに、不敬にも程がある事を全力の大声で騒ぐ彼を、周囲の者は誰も止めようとしない。

 それどころか、皆が聞き入ってしまっていた。


『はは、神罰下したの自分だって名乗ったら?』

「馬鹿か。誰がするかそんなこと」


 ジンメの冗談を流していると、よりテンションが上がったらしく男は声をより張り上げていく。


「旧貴族が巣くう旧王都ティマイオは、もはや王都としての機能を維持していない! 今こそ我々が結託し、新貴族が率いる新しく美しい王国に改革すべきなのだ!

 そして、このソロンを再び王都の地位に返り咲かせるのだ!」


 そう締めくくった男に、周囲の人間たちは拍手を送った。


 男はまだ何か語りたかったようだが、騒ぎを聞きつけた衛兵に捕まって抵抗むなしくどこかへ連れ去られてしまった。


『――多分、すぐに出てこれるよ、あいつ』

「なに? どうしてそんなこと言える?」

『恐らく領主の仕込みでしょ。でなきゃ、こんな場所であんなヤバいこと言ってたのに、衛兵の反応が遅すぎる。衛兵の拘束はブラフさ。あくまで馬鹿が勝手に言っただけで、自分は関係ないって体裁を取り繕うためのね』

「なるほど――しかし、そんなくだらん仕込みどうしてするんだ?」

『そりゃ勿論、領民に王都への対立意思を煽るためさ。ほら』


 ジンメに促され辺りを見回すと、先ほどまで拍手喝采していた彼らはまるで何事もなかったように日常の意識に戻っていた。

 しかし、その瞳には奇妙な物が混じっていた。

 今さっきの男の言葉を、思い出しているのかもしれない。


 新しい王都、新しい国家。

 滅ぶ運命にあるティマイオに、自分たちが取って代わるのだという優越感がそこにあった。


「――アシュフォード領が、新貴族派が反乱を起こすって話、マジなのかねえ」


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