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プロローグ 狂ったシナリオ、破綻した粗筋

 アトール王国。王都ティマイオ。

 王国の首都たる王都には、当然のことながらその国の王が住まう城がある。


 そのポセイ城の地下、普段誰も訪れなさそうな暗くジメジメした場所。かつては地下牢でもあったのか、陰気で物々しい雰囲気がある空間。

 今その空間は、元々あった部屋を隔てる壁を外し、大きな一室として使われている。


 城の底部にそんなものがあるとは、この城で王族の世話をする者も、城を美しく磨かねばならない使用人たちもほぼ知らなかった。


 にもかかわらず、とうに日が暮れた時分に、その一室には今大勢の人間が詰めていた。


 中にいるのは、この国の国王陛下含め国の中枢を為す重鎮たち。まさにアトール王国の国政を担う頭脳と呼ぶべき者たちであった。


 しかし、現在その一室でテーブルを囲み座っている彼らの面持ちは、とても穏やかとは言えなかった。テーブルの短い縦側に座った国王も、それに準じて左右横側に並んで座る側近たちも、全員ただでさえ重苦しい空気漂うこの場の空気をより悪化させていた。


 全員が沈痛な表情を浮かべ、弱り果てているというか困り果てている姿だった。

 まるで、これから起きること、今起きていることを恐れるように。


 そんな暗澹とした様を互いに見せつける彼らの前に、部屋の中へ大きな物が台車に乗って運ばれてきた。


 現れたのは、例えるなら物凄く大きな鏡台だった。


 異様なその大きさは、横幅は大人の背より長く、二メートルほどはあるだろう。縦も横ほどではないがかなり大きく、大人の背丈と同じ程度くらい。

 そのような大きな鏡が、台車に乗せられたまま国王の正面、側近たちの横顔を写すテーブルの反対側に運ばれた。


 しばしその鏡に写る自分の姿を彼らが見ていると、この巨大な鏡を運んできた者たち、白い神官服を着た無地の仮面を着けた怪しげな奴らが鏡の後ろ側に手をやる。


 すると、先ほどまで単なる鏡だった巨大鏡が、突然真っ黒になる。


 そして、次に三つの顔と姿が浮かび上がった。

 ただし、それはこの場にいる誰の顔でも無かった。


 一人は、燃えるような赤髪に琥珀色の瞳を持った、豪奢な帽子とドレスで着飾った妖艶な美女。かなり歳のはずだが、そんな様子はとても感じさせない美しさと飲み込まれそうな魅力は、お伽噺の魔女のようであった。


 もう一人は、長い白髪とすらりと伸びた髭を持つ男。そんな老人のような容姿で、実際百歳近いはずだが、はち切れんばかりの巨躯持った筋骨隆々の男。こんな場だというのに、半裸になって自らの筋肉を誇るように見せつけている。今も筋トレしたばかりなのか、頬や体に汗が伝っている。


 最後に残った一人が、一番異様な容姿をしていた。髪と瞳は緑色と普通の人間と変わりない。

 しかし、そのセミロングに整えられた髪の下から覗く目は、およそ人の物では無い。そして肌も、魚類や爬虫類が持つ鱗に覆われていた。

 爬虫人類、通称リザードマンと呼ばれる亜人族の一種が持つ特徴である。


「…………」


 アトール王国国王以下重鎮たちは、誰もがその光景に飲まれていた。

 何度も見たはずなのに、未だにこの神秘に慣れることは無かった。


 無論、彼らはこの場所にはいない。遙か遠く、彼らの住まう地に居るのだ。


 この巨大な鏡はただの鏡ではなく、遠く離れた地へ姿を映し出す特殊な魔道具だった。これを発明した者は、『テレビジョン』と呼んでいた。

 なんでも、異界の技術を参考に魔術で再現した物らしく、異界の実物は遙かに小さく遙かに遠距離でも使える道具だが、この魔道具では同じ魔道具の決まった相手にしか使えないので、満足していないと述べていた。しかし、遠く離れた相手への連絡手段が、ワイバーンなどの魔物に書状を渡して飛ばさせていた頃に比べれば雲泥の差だ。


『――それで、お話は何かしら? アトール王国国王陛下』


 その鏡、正確には魔道具から、艶っぽい女性の声がした。テレビジョンに映る姿も、いつの間にか豪奢な扇子をはためかせている。


 これも、テレビジョンの効果だった。姿を映すだけでなく、声までも同時に伝えることが出来る。最初見たときは、誰もが到底信じられなかった。

 けれども、今日はそんな感動はしていられない。アトール王国国王、ティマイト十世は話を切り出した。


「……まずはこのような非公式な会合に参加して頂けたことに感謝したい。各国も多忙を極める中、我が国の要望を聞いてくれたのは……」

『御託はいらん。とっとと話したらどうだ』


 そう、半裸の老人は煩わしそうにティマイト十世の礼の言葉を断ち切る。半裸の状態のまま、なんとダンベルを持って筋トレまで始めてしまった。


「し、失礼ながらレムリー帝国皇帝陛下様。このような会合の時にそのような……!」


 あまりに無礼極まる態度に、一人の大臣が席を立って咎めたてる。いや、咎めようとした。


『――あ?』


 しかし、それはギロリと人睨みされて儚く消えてしまった。


『そちらが言ったはずだ、多忙な我々をわざわざ呼び出して非公式な会合を立てたと。ならば、礼を尽くさねばならないのは貴様らだ。わしがどんな態度だろうが、仮に全裸であったとしてもとやかく言う権利など無いはずだが?』


 一応正論のようではあるが、あまりに暴論過ぎる老人――レムリー帝国帝王、スクレート七世の意見に誰もが二の句を継げなくなる。

 と、思われたが、突然哄笑が響く。


『ほっほっほ、確かにそうよねえ。アタクシもせっかくのエステを邪魔されたのだから、少しくらいお化粧の乗りが悪くても許してくれるわよねぇ』


 扇子を仰ぎながら、なお哄笑を続ける魔女――パシフィカ帝国皇帝、女帝ポリネス一世は明らかにアトール王国の国王以下全てを嘲っていた。


『貴様のようなババア、化粧なんぞ厚かろうが薄かろうが対して違わまい』

『なんですってこの筋肉ジジイ!』


 画面を通して二人が喧嘩をし始めたが、両者の傍に居た側近たちが宥め始める。

 そんな様に、アトール王国の者たちも頭を抱えたくなった。


 なんでこんな奴らと、会合なんぞしなければならないんだと、叫びたい者は少なくなかった。

 しかも、あからさま過ぎるほど侮蔑され嘲笑されながら、である。


 だが、そうしなければならない理由があった。


『――お二方。お気持ちは分かりますが、そんな両国の代表がいがみ合っていては騒乱の種になりますよ。せっかくの人種の垣根を越えた平和条約が、台無しになってしまいます』


 そんな喧噪の中で、今まで黙っていた爬虫人族の男――マガラニ同盟国爬虫人類族長、アスラ・アヒが口を開いた。優しげで腰の低い言いようではあるが、妙な異質さが感じ取れる。


 その指摘に帝王も女帝も一旦黙るが、非常に不機嫌そうであった。

 眉間に皺を寄せたまま、両手でダンベル体操しつつ帝王は文句を付ける。


『ふん。平和条約も悪くは無いが、そちらの国王はどうしたのだ? 亜人の国を束ねる王が、どうして参加してこない?』

『申し訳ありません。陛下は今回のプロジェクトに賛同を示しておりませんもので……』


 はっ、と帝王は鼻で笑う。既知のことであるが、馬鹿にしたくてたまらないのだろう。


 マガラニ同盟国の国王は、各国が集って協力しているアークプロジェクト――聖剣の勇者による魔王討伐計画に、反対の立場を示していた。何分極秘の計画で、代案も見つからない今の段階では手を貸してくれているが、あくまで現段階の話。計画が次の段階に進むことを許容しないのは誰もが理解していた。


 しかし、その曖昧な立場を表立って非難しようとは誰もしなかった。


 何しろアークプロジェクトとは、一言で言えば魔王が世界を滅ぼす前に、ほんのごく一部を除いて全人類を勇者に殺させ、その集めた力を以て勇者に魔王を殺させる計画なのだ。


 初めに聞かされたとき、十年前に五カ国が秘密裏に集められ、その計画を告げられた際は、無論全員がまともに耳を貸さなかった。話した相手が、頭がおかしくなったと思っただけだった。

 だが、その人物は本気であり、そして魔王の復活が近いという話も嘘ではなかった。その十年前に書状の形で教えられた魔王復活の予兆ありとの知らせ。当時は軽く流されてしまったが、その相手、ラルヴァ教教団は密かに準備を重ねていたらしい。


 そして、その人物のお膳立て通り、各国の中枢たるメンバーは、国民たち――つまり、聖剣の糧として喰われる者たち――には極秘で計画を進行させてきた。


 マガラニ同盟国の国王も反対の立場ではあるものの、他に手がないとして一応協力してくれていた。世界に発表するか、武力で対立を図ろうとしない限りは、反対する国王をそのままにしておいて問題ない、というのが計画の立案者であり首謀者の言い分だった。


 そういうわけで各国が連携しつつ進められた聖剣の勇者養成計画、アークプロジェクトは滞りなく遂行し、計画の最終局面まで問題なく進んでいた。


 が、その最終局面で思わぬ事態が発生する。

 その思わぬ事態こそが、アトール王国国王がこのような会合を開いた理由なのだ。


『それで……そちらの勇者様はどうなさったのかしら?』


 しばらく不機嫌そうにしていた女帝が、改めて本題に入ってきた。

 アトール王国の重鎮たちは、覚悟していたとはいえ一瞬口ごもってしまうが、国王はさも平然とした様子で答える。


「――まだ療養中だ。一月前の戦いの傷が深くてな……」

『おや、アタクシが聞いた話と違うわね。とっくに治って今訓練中と聞いたけど?』


 女帝の微笑みながらの台詞に、重鎮たちは目を見張ってしまう。会話の主導権は向こうに握られていた。


『そもそも、あれから一月も経っているのだ。どんな怪我かは知らんが、まだ回復せんとは鍛え方が足りん!』

『お黙りなさい脳筋ジジイ。あんたと一緒にされたら誰でも気の毒よ』


 誰が脳筋ジジイだとまた喧嘩を始めたが、それ幸いと重鎮たちは一旦息を整えた。この程度のプレッシャーに怯えていては使えないな、と国王は冷ややかな目で彼らを見ていた。


 勇者。

 伝説の聖剣に選ばれし、五百年前魔王を滅ぼし世界を救った勇者の後継者。

 それに選ばれたのは、犬族の少年アレン・ヴァルドだった。


 と、いう名目で今世間に伝わっているが、それは全部デタラメである。


 実際はアークプロジェクトの首謀者が、二十年近くかけて選出した『勇者候補』というだけである。聖剣に適応できる人間として、生まれた頃から人格も精神も意図的に作り上げた、いわば人工的な勇者だった。


 その彼を勇者として祭り上げればいいのだが、首謀者はそれをしなかった。


 理由は、初代勇者が魔王を討伐した後世界を統一して建国したアトール王国が、亜人差別の厳しい場所だったことだ。無論聖剣も王国が所有している。

 そんな中、いきなり亜人を勇者と据えれば、反感を抱く者がいくらでも湧くだろう――というのが、首謀者の弁だった。


 そこで首謀者は、最初からアレン・ヴァルドを勇者とするのではなく、初めに別の人間――偽勇者を用意するということだった。

 しかも、単なる偽物ではなく、非道で残忍な者を選ぶことで悪評を世間に与え、その後に真の勇者としてアレン・ヴァルドに偽勇者を倒させる。それを喧伝することで、世間に彼の正統性を証明できると説明された。


 随分とややこしい計画だと誰もが思ったろうが、その首謀者には誰も逆らえず、一応各国は筋書き通り協力し、計画は滞りなく遂行された――はずだった。


 だが、思いもよらぬアクシデントはそこで発生した。


『まあ、勇者様が動けないのであれば、こちらは今まで通り各地で発生する魔物を討伐するだけですが――偽勇者の方はどうなりましたか? たしか、レッド・H・カーティスという名でしたかな?」


 アスラの問いに、誰も答えられなかった。

 予想できた問いにもかかわらず、誰も返答を用意できなかった。


「――残念ながら、行方をくらませたままだ。他国へ逃亡した可能性もあるが……」

『あら、こちらに責任を押しつける気かしら?』

『ふざけた奴だ、自分のところの不始末を他人のせいにするとは、情けない』


 二人からの針のように突き刺してくる言葉に、流石に国王も黙ってしまう。


 事実、頭の痛い問題であった。

 偽勇者――レッド・H・カーティスが、少なくとも勇者の旅が実行されるその日まで問題なく進められていたアークプロジェクトを狂わせたのだ。


 勇者の旅とは、勇者パーティを結成し各国を往来して、出没する魔物を討伐することで魔王への手がかりを探す――という名目だが、実際は魔物を倒してその魔力、邪気を聖剣に吸収させることで力を付けさせるのが真意だった。

 そして、その偽勇者のパーティに真の勇者アレン・ヴァルドを置くことで、愚劣で差別的な思想を持った偽勇者に迫害させ彼に悪を憎み正義へと邁進させる決意を与えること――と首謀者は語っていた。


 そうしてこそ彼は、聖剣の真の力――白き鎧を纏う資格を得るのだと。


 けれど、その役目を偽勇者は果たさなかった。

 それどころか、レッド・H・カーティスは比較的温和な態度を取り、アレン・ヴァルドからの信頼を得るまでになってしまった。


 完全な人選ミス、と首謀者が後悔した通り、由々しき事態だった。真の勇者を貶め苦しめる役目の偽勇者が、逆に仲良くなっても何の意味もない。


 やむなく首謀者は計画を一部変更し、彼を偽勇者という汚名を与え告発した上で、アレン・ヴァルドを言葉巧みに誘導することでレッド・H・カーティスを追放、もしくは討伐させるという案を練った。

 アクシデントから無理矢理ひねり出した案ではあるが、様々な根回しを経て案は実行され、見事レッド・H・カーティスは偽勇者の嫌疑で拘束された――はずだった。

 そこでまたしても、どころか今までも比べものにならない事態が発生すると、誰も想像だにしていなかったのだ。


『偽勇者――レッド・H・カーティスの所在は、大した意味はありません』


 そこで、アスラがそう切り出したので、国王以下大臣たちも、そして皇帝も女帝も眉をひそめる。


『大事なのは彼が持っているであろう物……魔剣と黒き鎧の方ではないですか?』


 黒き鎧、言葉に誰かが息を呑む声がした。


 魔剣。そして黒き鎧。

 アトール王国の、いやこの世界の闇に触れた者は誰もが一度は聞いたことがあるであろう、伝説の剣。

 聖剣と勇者の伝説を光とするなら、まさに闇と呼ぶべきその魔剣は、持ち主に邪悪な鎧と恐ろしいほどの力を与える――という伝説だが、実際のところ詳細は不明で、実在するのかすら疑わしい代物だった。


 だが一月前、偽勇者の追放と拘束を目的とした作戦が実行されたその日、世界は伝説が実在することを知った。


 なんと、真の勇者に倒され瀕死となった偽勇者が、魔剣を手にし黒き鎧を身に纏ったのだ。


 どうやら、その場にいた首謀者が魔剣を隠し持っていたようだが、レッド・H・カーティスはそれを奪い、その力を我が物とした。


 すると、彼を拘束しようとその場にいた近衛騎士団や教会の実働部隊、さらには自分を裏切った勇者パーティ、そして白き鎧を纏ったアレン・ヴァルドすら叩きのめし、いずこかへ去ってしまった。


 完全に筋書きから逸脱した展開、何より伝説の魔剣と黒き鎧の実在に、誰もが恐れおののいた。誰もが困惑し消えた魔剣のありかを追った。


 世界を滅ぼす力を持つという邪なる剣、それが反逆者と化した者の手にある。確かに、これが一番憂慮すべき事かもしれない。


 けれども、アトール王国からすればそれより大事な問題が起きていた。


「――言うとおり、我々としても魔剣の所在を見つけ出すことは必要不可欠と思っている。無論できる限りの手を打って捜索しているが、しかし――」

『邪気溜まりの方が忙しくて、構っている余裕は無い、かしら?』


 国王が少し言い淀んだ台詞を、女帝は平然と続ける。ぎりりと臓腑を抉られた感覚がした。


「そ、それは――」

『ふん、大方そんなことだろうと思ったわ。邪気溜まりの対策に手を焼いているから、支援して欲しいと泣きついてきたか』


 帝王の方からも、冷ややかな声をかけられてしまう。大臣たちは皆憤慨したが、誰も実際に怒る輩はいない。出来ないのだ。


 邪気溜まりとは汚れたマナ、魔物を生み出す膨大な魔力が特定の地に溜まっている事を示す。邪気溜まりがある限り、魔物はそこから限りなく発生する。

 邪気溜まりは、自然下では大概出来る場所が決まっているが――なんと一月前に、よりによって王都ティマイオの真横に発生してしまった。


 国民には原因不明としてあるが、理由は明白で、その地で白き鎧と黒き鎧が戦ったからだ。 両方の鎧が身に宿した恐るべき量の邪気が解放され、邪気溜まりとして残ってしまった。


 様々な方法で邪気溜まりを浄化できるよう努めたが――今現在、小康状態にはあるものの、根本的な解決には至っていなかった。


 浄化が為せないとなると、大きな問題は発生する魔物を討伐する戦力である。


 王都ティマイオを守護するのは、本来国王直属の近衛騎士団であるが、彼らは先の偽勇者追放作戦で壊滅的な打撃を喰らってしまい、再建もおぼつかなかった。

 そうなると王都近辺を担当する第一方面軍ということになるが、彼らとて王都だけ守っている訳にはいかず、また度々続く魔物の襲撃に損耗が激しいのは変わらなかった。

 アトール王国には他にも軍団が第四方面軍まであるが、魔物の出没が国中で起きている現状、そちらから派遣するというのも難しい。無理にそんなことをすれば、反感を買うのは目に見えていた。


 そこで、各国からの軍事支援を要請するためにこのような会合を開いたわけだが――事実上の泣きつきであるこの行為に、三者からの笑いを買ってしまった。


「――不躾な願いだと言うことは分かっている。しかし、我々には各国の協力を仰ぐ以外手は無いのだ。この世界を救うために協力を願いたい。人類が生き延びるには――」

『おやおや、綺麗事ね。本音は、自分が生き延びたいだけでしょう?』

「――なんだと?」


 嘲笑混じりの罵倒に、国王も青筋を立ててしまう。

 しかし、そんなことは気にも留めない女帝は、よりあけすけな言葉をぶつける。


『だってそうじゃない? あなた方が恐れているのは、魔物なんかじゃ無く、新貴族派の方なんだから』

「! そ、それは……」


 痛い所を突かれてしまい、思わず口ごもった。


『地方方面軍を呼び出して、新貴族派に付け入る隙を与えてしまうのが怖いのでしょう? だからって他国に泣きつくなんて、情けないわねホント』

『ふん、下らん小細工ばかり考えおって。目障りが者が前にいるのなら、男らしく正面から戦ったらどうだ!』

『あんたは馬鹿だから者を考えられないだけでしょうが! それと懸垂なんかやめなさい!』


 またしても画面越しに喧嘩を始めてしまった二人に対し、国王も重鎮たちも一言も言えなくなってしまう。

 ひとしきり騒いだ後で、息を荒くした女帝はこちらの視線に気づき、一度咳払いをして気を取り直すと、バッサリとこう言い捨てた。


『で、支援の話だけど――言うまでも無く、ノーよ。アタクシたちパシフィカ帝国も国外に遠征する余裕は無いものね』


 その返事に、大臣の一人が立ち上がって制止しようとしたが、別の声に阻まれてしまう。


『不本意ではあるが、我らレムリー帝国も同じ答えだ。自らが起こした不始末だ、自分らでどうにかするのだな』


 帝王からも拒絶され、重鎮たちが青くなったところで、最後の一人も返答する。


『残念ながら、我々マガラニ同盟国も協力は出来ないという結論に至りました。我が国とそちらとは距離が遠すぎますし、同盟国も内戦が終結してまだ二年も経っていないので、国外に軍事支援するほどの余力はございません。お詫び申し上げます』


 支援を要請した三カ国全てに断られ、誰もか言葉を失ってしまっていた。

 しかし、その暗澹たる場の中で、最初に口火を切ったのは国王だった。


「――分かった。諸君らの気持ちに感謝する」


 そう諦めの言葉同然の礼を告げると、重鎮たちは焦ってしまう。

 だが彼らの動揺など構うこと無く、三カ国の代表たちは次々と別れの台詞を申していく。


『それじゃあ、また会いましょう。アトール王国産のワインをご馳走になりたいわ』

『まあ頑張ることだな。もしもの時はこちらへ逃げてきても構わんぞ。わしを満足させるほどの強い者を連れてくればの話だがな。はっはっは!』

『ご助力できず申し訳ありません。遠い地から、帰国の平穏を祈っております。

 ――それと、聖剣の勇者様にも。では、失礼いたします』


 などと三者三様に言うだけ言うと、画面から彼らの姿が消えてテレビジョンは普通の鏡に戻ってしまった。

 テレビジョンを運んできた者に戻すよう命ずると、彼らが部屋の外へ運び去ったと同時に大臣の一人がテーブルを拳で叩いた。


「くそっ! 言わせておけば勝手ばかり言いおって!」


 その大臣は、王族の血統を示す金髪にだいぶ白髪が混じっていたが、その髪を振り乱して怒りを表明していた。

 国王の前で礼を失した姿であったが、真意では誰もが彼に同意している手前、何も言う輩はいなかった。


「――そう騒ぐな。少しは冷静になれ」

「し、しかし国王陛下、あのような無礼な態度が許されるのですか!? このアトール王国は初代勇者が築き上げたこの世界の唯一の正統な国家。それをあのような勝手に建国などした奴らに頭を下げねばならない上に、断ったのですぞ!? こんなことがあっていいわけが……!」

「別に構わん。どうせ断ることは目に見えていたからな」


 は? と大臣は唖然とした表情を浮かべる。

 他の顔ぶれを見れば、同じように驚いている者、知っていたとばかりに平静な様子の者と別れていた。


「奴らが応じないなど、分かりきったことだ。こちらを支援しても、奴らにメリットは少ないからな。聖剣の勇者がいる我が国は計画の主導権を握っているが、その勇者をこちらが他国の救援に寄越すとは限らない。であれば、余力を持っておきたいだろう」

「で、では……陛下はどうしてこのような会合を?」

「簡単なことだ、断って欲しかったのだよ」


 大臣たちは、より困惑してしまう。

 その彼らに対して、国王はこう述べた。


「私が一番懸念したのは、連中が新貴族派と与することだ。もし奴らが軍事支援を寄越すと言えば、それを名目に我が国に侵入し、地方方面軍と手を結んでこちらに攻め込むことが懸念された。

 しかし――あの様子では、連中は静観を決め込むようだな。どうせ積極的な介入はせずに、新貴族派と戦いが起き疲弊したところを叩く気だろう」


 納得がいったらしく、感心した表情を一部の者たちがする。この程度のことも理解できないのかと国王は内心呆れていた。


「ですが陛下、邪気溜まりの方はいかがなさるおつもりで? それと新貴族派の方も――」

「新貴族派など、大した問題ではない」


 そう、国王は大臣の心配をあっさりと切り捨てた。


「所詮、若造か貴族社会で小さく縮こまっていた奴らの集まりだ。我々に旧貴族などというふざけた呼び名を付けて、粋がっているだけだ。他国の支援を得られない以上、地方方面軍を纏めるのも無理だろう。気にすべき相手ではない。――ただ」


 そこで言葉を切ると、その会合に参加していた一人を睨み付ける。

 彼は金髪を短く切りそろえ、傷だらけの顔に右目は眼帯をしていた。


「オルデン公爵」

「は、はいっ!」


 突然呼ばれた彼は、驚いてその場で立ち上がってしまう。

 彼は王都を守護する近衛騎士団、その団長であるガーズ・オルデン公爵であった。


「あれは、まだ見つかっていないのか?」

「はっ……鋭意捜索中ではありますが、襲撃された本家から消えたあれは、まだ……」

「そうか。二週間経っても見つからず、か……」


 そこでしばし考えると、国王はこう述べた。


「――やはり、誰かが持ち逃げした可能性を疑うべきだろうな」


 国王の言葉に、皆が戦慄する。


「そ、それでは陛下は、新貴族派の連中があれを盗んだと?」

「確証はない。だが、あれを奴らが奪ったのであれば、非常にまずい事態だ」


 非常に重苦しい空気が場を包んだ。あれのことを知っている者たちは、同時にあれの恐ろしさをも知っている。懸念すべき事柄が、また増えてしまった。


「こうなると――やはり枢機卿長が消えたことが痛いな。あやつが居れば、こんな状況にはなっていないだろうに」


 そう、愚痴のようなものを零してしまう。


 国教でありこの世界のほとんどの場所で信仰されている、ラルヴァ教。

 その教団の中で、教皇の下に付く枢機卿団のリーダー、枢機卿長。

 だが実際は、その枢機卿長がラルヴァ教の実権を握っていた。


 その人物の名は――ゲイリー・ライトニング。

 彼こそが今回の計画、アークプロジェクトの立案者にして首謀者であったが、実は偽勇者追放作戦の翌日に消えてしまっている。


「――関係者の話では、逃亡した偽勇者レッド・H・カーティスを追っていたそうです。枢機卿長を追跡していた者も失踪したので、その後の動向は不明ですが……」

「状況から言って、偽勇者に返り討ちに遭った、ということか?」

「――はい」


 ふん、と鼻を鳴らす。不死身などと言っていた枢機卿長であったが、意外なほどあっさり死んだものだと笑いたかった。


 しかし、奴の死こそが一番の問題だった。


 何しろこの計画は、枢機卿長が立案し計画を進め、各国との連携も奴一人で行っていたに等しい。あり得ない五カ国全ての協力も、枢機卿長の権力と手腕があってこそ為せたことだった。


 だがその枢機卿長はもういない。

 本当のところ、他国との協調が崩れている最大の理由がこれだった。今の会合も、枢機卿長がいればなんとか纏められたことだろう。


 彼一人で主導してきたアークプロジェクトも、もはや破綻しようとしていた。

 このままでは、魔王討伐のためとして取り決められた各国との和平条約も、破棄される日は間もなくだろう。


「魔王が世界を滅ぼす前に、人間同士滅ぼす方が先かもな……」


 そんな呟きは、誰もが抱いている最悪の未来予想だった。

 だが、そんな未来をどうにかしようと動く者は、恐ろしいほど少なかった。    


   ***


 しかし。

 この会合にした者、いや、世界の誰も知らなかった。


 既に出来上がったシナリオは壊れ、回復の余地もなく粗筋通りには戻らないということを。


 何しろ、




『――知ってるかい? ラルヴァって異界の言葉で悪霊って意味だよ?』

「――は?」


 藁の上で寝そべりながら、フードを被った男、は自らの左手の甲に対してそう聞き返す。

 正確には、左手の甲に付いた顔に対してだが。


『だからさ、異界の言葉だと悪霊とか死霊とかの意味になるんだよ。それを僕が教団作るときに付けたの』

「なに、ラルヴァ教作ったのもお前なの?」

『まあ、当時信仰されている宗教は別にあったんだけど、僕が崩壊した世界でドサクサ紛れに作ったの。だから名付け親も僕。神話の類いも全部でっち上げさ』

「なんでそんな名前付けたんだよ……」

『いや、面白いかと思って』

「あ、そう……」


 心底呆れた様子で、フード越しに呆れた視線を寄越す男の一人は、右目が晴れ空のように澄んだ青で、左目は血のように汚れた赤だった。


 そんな取り留めもない会話をしながら、男は荷馬車に積まれた藁の上で揺られている。つい昨日のこと、小型のブラックベアに襲われていた農民を助けたところ、街へ行くついでに乗せていって貰うことになったのだ。


『でも良かったよね、上手く引っかかってくれてさ。街まで歩くの大変だから、通りがかった奴に魔物けしかけて助けるマッチポンプ作戦。見事に成功したよ』

「でかい声で喋るな。俺はやめろって言ったはずだがなジンメ」

『なんだい、歩くの疲れてたクセに。僕に感謝が足りないよレッド?」


 顔だけで不満そうにするジンメに、レッド――レッド・H・カーティスは器用だなと感心してしまう。


 この左手にくっついた顔が、世界中で信仰されているラルヴァ教教団のナンバー2、枢機卿長と信じる者は一人もいないだろう、とも思いながら。




 そう、今偽勇者と全ての黒幕は、文字通り身を寄せ合って旅をしていた。

 残酷な計画を立案し主導していた張本人が、最悪の裏切り者と化したことを、今は誰も知らなかった。


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