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エピローグ Dark Eater

注:今回は字数の都合で分割更新といたしました。

まだお読みになっていない方は八十五話からお読みすることをお勧めいたします

「……何処へ連れて行こうってんだ?」


 グリフォンの背に乗り、燃えるカーティス領を下にしながら、レッドはジンメにそう尋ねる。


『さあ、てね……何処にしようかね?』

「おい、お前がこっちの方角へ行けって言うから飛んでるんだろうが。まさか予定無しとか言わないよな」


 無論、レッドとてジンメを無作為に信じたわけではない。単に、レッド自身に他に行く当てが無かっただけである。


『まあまあ、僕とてそんな無策ではないって。それとも、今から直接王都に攻め込むかい?』

「――むしろ、チャンスは今しか無いと思うがね」


 王都は混乱状態、近衛騎士団は壊滅。第一方面軍も邪気溜まりの対応で手一杯で、はっきり言って王都の機能はほぼ麻痺していると思っていい。

 王都へ攻撃を仕掛けるのは今という絶好のタイミングなのだが、ジンメ曰くそれはノーらしい。


『まあ、そう考えるのは当然だな。普通の軍人だろうと国王だろうと、今が好機と考えるだろう。しかし、それは大きな間違いさ。

 ――白き鎧、聖剣アークとその使い手たるノアがいる限りはね』


 それがジンメの、アークプロジェクトを統率していた枢機卿長の結論だった。


「……今のアレンには、勝てそうな気がするがね」

『そりゃ、あんなクソガキ相手なら余裕だろうさ。だがそれは、アレン・ヴァルドの話だって。僕が言ってるのは、聖剣と白き鎧の方だよ。

 君も正直言って、そんな気がするからおとなしく僕の言葉に従っているんだろう?』

「――耳が痛いことを言うな」


 実際、それは本当だった。


 あの戦闘で、事実レッドは剣術という点で言えば、アレンに圧倒していた。

 けれども逆に言えば、そんな素人相手に相打ちに持ち込まれた時点で、レッドは半ば負けたようなものなのだ。

 アレンにではなく、聖剣と白き鎧に。


「――それほどまでの力が、溜まっているというのか、あの剣に」

『はっきり言ってね、僕でも信じられないくらいだよ。実を言うと、当初一年以上かかると思っていた計画を半年も削ったのは、聖剣に予想以上の力が溜まっていたからさ』

「予想以上の……力?」

『君も気がついていたろう? 聖剣の力が、強すぎるって』


 それは、レッドも半年の旅で自覚していたことだった。


 かつて、前回の時より、明らかに聖剣の力が強まっている。前回のレッドも聖剣の力で存分に無双していたが、その頃よりはるかに強い力を振るえていたのだ。


『正直、こちらの想定より聖剣が力を増す速度がはるかに早くて驚いたよ。だから、それなりの相手を用意することも出来た』

「――だから、ブルードラゴンやミノタウロスを俺たちに宛がったのか?」

『ベヒモスもね。聖剣は魔力、特に狂暴化した魔獣の邪気を吸えば吸うほど強くなる。それ故、強い魔獣、魔物化寸前か魔物を斬ればより力を増すからさ』


 おかげで殺されかけたが、と愚痴りたくなったが、止めておいた。

 ジンメからすれば、仮にそれでこちらが死んだとしても別の偽勇者を作るかアレンを据える手筈を早めればいいだけなので、レッドが殺されても意にも介さなかったろう。非難したところで、無い鼻で笑われるだけなので無視しておいた。


「聖剣の力が強すぎるから――今の俺には勝てないと?」

『無理だろうね。魔剣と黒き鎧の力でも、今のあいつに勝つのは難しいよ。あれだけの膨大な邪気溜まりを作れるほどの力だ。君とて分かるでしょ?』

「――邪気溜まり? 邪気溜まりは、あいつが作ったのか?」

『おやおや、気づいてなかったのかい?』


 ジンメは、レッドに対してムカつく顔で嘲りながら回答する。


『あの邪気溜まり、ダンジョン級の重度汚染地帯を作ったのは君らだよ? 聖剣と魔剣に溜め込まれていたとんでもない量の邪気を、一気に放出したせいさ。……まあ、そんな邪気も、聖剣からすれば微々たる量に過ぎないだろうけど』


 さらりと恐ろしいことを教わった。あのアンデッドやベヒモスまで復活させた邪気と比べものにならない魔力が、聖剣には備わっている。それが事実なら、確かに今のレッドに勝ち目は薄いかもしれない。


「なら、どうする気だ。まさか逃げ回るなんて言わないよな」

『間違ってはいないね。要するに、白き鎧とは戦わず逃げて、力を蓄えるってことだから』

「力を――蓄える? そんなこと、どうやるんだ?」

『簡単だよ。君だってこの半年、いや、前回の一年間でやってたことじゃないの』


 そう言われて、レッドはようやく考えに至れた。


「――つまり、聖剣同様に、魔剣にも魔物を斬らせ、その力を奪えってことか」

『言ったろ? 聖剣と魔剣の違いなんて、色が白いか黒いかくらいしかないって』


 そんなことも言っていた気もする。であるなら、強くなる方法も一緒なのは当然だろう。


「……結局、今までとやること変わらないってことじゃないか」

『馬鹿、全然違うでしょ。今度は国からの支援がない』

「……そうだった」


 指摘されると頭が痛くなる。今までの旅は各国からの全面支援があったためかなり楽が出来たが、これからは旅の路銀も足も自分で確保しないといけない。戦うだけでなく、生きることにも色々考えねばならない。はるかに過酷な物になるのは明白である。


「――当座の金はあるけどさ」


 そう呟くと、レッドは後ろを見やる。

 グリフォンの背にはレッド以外に、袋に纏められた荷物があった。


 中には、レッドが家を燃やす寸前に屋敷から取ってきた金貨や貴金属類があった。

 無論、近衛兵たちに散々荒らされた後だったが、頭が悪い奴らのこと。地味そうに見えて実は希少価値が高い宝石や隠し金庫の存在は分からなかったらしく、袋一杯分くらいは確保することが出来た。

 それでも、世界を旅するにはとても足りないだろうが。


『うーん、当面は冒険者ギルドに入るべきじゃないかね? 身元なしで隠れて働きたければあそこが一番だよ』

「は……何言ってんだ、俺は反逆者で指名手配の身だろ。ギルドに入るなんて出来るかよ」

『ああ心配ないよ。指名手配するなって僕が止めといたから』

「は!? どういうことだ!?」

『決まってんじゃん。僕が君の体乗っ取るのに、そいつ指名手配しちゃまずいでしょ?』

「――なるほど、納得だ」


 呆れてしまった。なんて身勝手な奴だと思いはしたが、とりあえず指名手配されていないのはだいぶ助かるので文句は言えなかった。


 とはいえ、レッドの顔は知られすぎている。下手にこの顔のまま動くのは危険だろう。顔を隠しながら、移動する必要を感じた。


『それはともかくとして――君、こいつどうする気なの?』

「? こいつって?」

『決まってんじゃん。このグリフォンだよ』


 そう言って、左手の指でチョンチョンとグリフォンを差す。


『こいつの使役は、明日くらいで切れるよ。それまでにはどこかに行かなきゃいけないけど、問題はその後のこいつの扱いさ。使役が切れた魔獣は問答無用で襲いかかってくるし、いっそのこと斬っちゃう?』


 なんてことを勧めてくるジンメに対して、レッドは、


「――いや、どこか適当なところで放してやるさ。それで別にいいだろう」


 と答えた。

 すると、ジンメはレッドを嘲笑する。


『何言ってんだい。たとえテイマーによる使役であろうと、一度人間の飼育下に置かれた魔獣は二度と自然に戻れない。人間の匂いが付くせいで、同族からも敵とされちゃうからね。逃がしたところで死ぬまで孤独な生涯を送るだけさ。ならいっそ、殺しちゃう方が慈悲深いんじゃないの?』


 ジンメの言うことも、正解ではあった。


 実際のところ、ジンメの言い分通りである。ましてや、グリフォンは気性が荒く人間に懐くことは絶対無い。テイマーがいない限り、また人間が飼うことも不可能だ。だから、このような場合は殺すのがルールである。

 このグリフォンがこれから送るであろう、悲惨な生涯を考えれば、今ここで命を絶つことの方がはるかに正しい選択だ。


 そう思ったレッドは、こう返答した。


「――知るか。そんなもん、俺が決めることじゃないだろ」


 と、やはり殺さないと改めて言う。


『はっ。そう言うと思ったよ。昨日のワイバーンといい、君は動物には甘いのかね? そんな君が、どうしてパンドラに選ばれたのか不思議だよ』

「パン……ドラ?」


 変な言葉を言われたが、聞き覚えはあった。


 パンドラとは、鎧を召喚するときの最後の一節にあった言葉だった。


『おや、それは知らなかったようだね。パンドラは異界の神話に出てくる女性の名前だよ。

 絶望を封じ込めた箱を解放してしまい、世界に絶望を溢れさせた者として残っているよ。

 加えて、魔剣と契約し鎧を纏う者を差す言葉でもある』

「女の名前なのかよ……そういえば、お前は前回の時もそう言っていたな。

 『君こそが今世の、パンドラだ』ってな」

『言ったねえ。ま、前回はパンドラになれたけど、黒き鎧に封じられた膨大な邪気に耐えられず、あっさり魔物化したようだね。だというのに、どうして今は平気なのかね? そこが一番分からないんだよね』

「知らんよ。こっちだって知りたいくらいだ。それに、パンドラって言うな」

『うん? 女の名前は嫌かい?』

「そうじゃない。なんか――ダサいだろ」


 と答えたところ、ジンメは大爆笑を始めた。


『はっはっはっはっは! 君がそんなことを気にするなんてねえ!』

「気にしてはいない。気に入らないってだけだ。もっと、分かりやすい名前はないのか?」

『ははは、そうかいそうかい! いいだろう、じゃあ分かりやすく――

 Dark Eater(ダーク・イーター)なんてどうだい?』


 などと、ジンメはニヤつきながら提示した。


「ダーク……なに?」

『Dark Eater。文字通り、闇を喰らう者という意味だ。

 その魔剣の力、そしてこれから君が為そうとすること。全てに当てはまると思うけど』

「――闇を喰らう、か。言われてみれば、合ってるかもな」


 闇。この世界の闇。


 偽りの勇者など祭り上げ、世界を救うために世界を滅ぼそうと企む陰謀の加担者たち。

 魔王の力を蓄え、異形の怪物と化した世界中の魔物たち。

 そして――純白の正義を掲げる光の勇者、アレン・ヴァルド。

 

どれもこれも、表だっての存在はまやかしに過ぎず、巨大な闇を抱えた者たち。

 その全てを狩ることを決めたレッドは――確かに、ダーク・イーターと呼ぶにふさわしいかもしれない。


「面白い。皮肉が効いてるじゃないの。いいだろうジンメ、採用だよ」

『――僕としては、ジンメの名前採用して欲しくないんだけどね。まあいいさ。

 では、何処に行きますかねダーク・イーター』

「そうだな、それじゃ――」


 晴天の空の中、それに似つかわしくない一人の復讐鬼と悪の首謀者が駆けていく。

 誰に見られることもなく、誰が知ることもなく、彼らは風を切って凶刃の向かう先を探していた。




 カーティス公爵家の領地が火事で燃えていることが王都に届いたのは、とっくに火が消えた三日後のことであった。

 カーティス領は元より何も無いような土地で、余所からの交易も少なく隣接する領地も似たような閑散とした場所ばかりだったため、人目に気づかれにくいということで発見が遅れてしまったのだ。


 幸い、火は他の領地まで襲わなかったものの、カーティス領は屋敷を含めてほぼ焼き尽くされるという事態に陥った。後日、生存者は一人もいなかったと報告された。


 王都から原因を調べるよう指示された隣接する領地の衛兵は、停泊地の厩舎が破壊されていたことと、ワイバーンを目撃したという証言から、ワイバーンが暴走して領地を襲撃したという結論に至ったが、

 が、焼け跡からそのワイバーンの死体が発見された。何者かがワイバーンを殺害した可能性も上がったが、手がかりは残っていなかった。


 しかし、カーティス家は既に取り潰しとなっており、消えた家の領地など気にする者は一人もいないため、そんな報告は無視されてしまう。


 何より、今アトール王国は偽勇者追放と真の勇者、そして王都近辺で発生した邪気溜まり、その上ラルヴァ教教団のナンバー2の失踪というニュースでごった返しており、そんな田舎の火事など気にしている余裕など誰も持ってはいなかった。


 そのため、その日カーティス領で、この歪んだ世界全てを喰らう怪物が生まれたことを知る者は、今は誰もいなかった。


   ***


「――ところで、一つ聞きたいんだが」

『ん? なんだい突然』


 グリフォンの背で風を切っていると、ふとレッドが尋ねてきた。


「どうして、こんなシナリオを考えたんだ? アレンに純白の正義の心を植え付ける為といっても、こんな迂遠な計画、大変だろうに。わざわざ設定もシナリオも、お前が考えたのか?」

『――いや、違うね』


 予想外の返答に、レッドは少し驚いてしまった。この他人を信用しなさそうなタイプの奴が、自分で考えたものではないネタを使うとは思えなかった。


『まあ、別に何でも良かったんだけどね。聖剣に適応できる勇者を作るシナリオなんて。ただ、異界の研究をしているときに、異界で読まれている娯楽小説が目に入ってね。内容が、アークプロジェクトで使えるんじゃないかと思って、使わせてもらっただけさ』

「ああ、お前が考えたわけじゃないってそういうことか。しかし、異世界転生といい、異界の娯楽小説はおかしな内容が多いな。それで、その娯楽小説ってなんて言うんだ?」

『いいや。それは単一の娯楽小説じゃなくて、そういうテーマで書かれたジャンルのことだね。ええと、ジャンルの名前は……』


 そう、しばらく考えていたが、しばらくすると口を開いた。




『――そうそう。確か、『追放系ざまぁ』だったかな?』

「……なんだよ、それ」

はい、というわけで最終回です。

まあ、ホントの最終回じゃ無いですかね。あくまで第一章の最終回ということで。

明日は後書き(という名の自分語り)の予定です。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました

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2022/05/27 18:18 退会済み
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