第八十三話 早すぎる決戦(4)
「き、貴様……!」
レッドは、驚愕に目を見開いた。
目の前のアリア……いや、アリアだったものは、ペタペタと体をいじって値踏みするように確認していた。
「んー……まあだいたい違和感は無いね。でも自己申告より体重い気がするな。ダイエットしてるとか言ってたけど成果は低かったようだね。可哀想に」
呑気にそんな感想を呟いているアリア――ではない、枢機卿長にレッドは怒りを感じた。
「てめえ……そいつの体を奪ったのか!?」
「なんだい、そんな目しなくたっていいじゃん」
そう言って笑う顔は、別人であるはずなのに、先ほどまでのゲイリー・ライトニングとまったく同一であった。
間違いなく、今のこいつは枢機卿長だと確信した。
「なんて、ことを……」
「そんな酷い奴扱いはよしてくれよ。僕ちゃーんとこの子に言ってたよ?」
「なんだと?」
「僕はね、いつかこう言ったんだ」
なんて笑いながら、枢機卿長はこう言い切った。
「『君のその身が、枢機卿長の椅子に座る日も近いかもね』……ってさ」
そう心底朗らかに笑う枢機卿長に、レッドはより怒りを強くする。
「それは……お前が肉体を奪い取るって意味なんて説明しちゃいないだろうが!」
「当然だよ。まあ流石にそんな意味だって知ったら、なりたい奴なんて早々おるまい。それに、僕に噛みつかれて絶望するその様、割りと好きなんだよね」
「貴様……っ!」
思わず飛びかかろうとしたところ、ふと思い出したことがあり一旦体を止めてしまう。
『――まあ枢機卿長の任期は十年ほどで終わりますが、これでもラルヴァ教創設から五百年続く長い歴史を持った地位ですからね。――五十人以上おられる先人たちの――』
そう、確かに枢機卿長は、ゲイリー・ライトニングだった頃のこの存在はそう言っていた。
それがどういった意味を持つのか。理解したレッドは息を呑んでしまう。
「お前……何人喰った?」
レッドのその問いに、枢機卿長は「へっ」と鼻で笑って返した。
「人聞きが悪いな。別に人間を食べるわけじゃ無いよ。単に、肉体から魂を抜き取って空っぽになった体に入り込むってだけ。ま、所詮他人の体だし、十年も持たないのが欠点なんだけどね」
「じゃあ、やっぱり貴様五十人以上もの人間を――!」
レッドは激昂する。
言うとおり、ゲイリーは、いや枢機卿長とはたった一人、今目の前で体を奪った者だけなのだろう。
五百年続くラルヴァ教と枢機卿長の歴史。ならば、枢機卿長という魂だけの怪物に体を奪われた人物は、五十人近くいるはずだった。
「五十人? おいおい、失礼なこと言っちゃ困るよ」
しかし、枢機卿長はあっさりそれを否定する。
「六十三人さ。体が合わなくてすぐ崩壊しちゃったり、なんか気に入らなくてすぐ交換した子も多いからね。いやあ、人を見る目が無いね僕ってば」
「――っ!!」
あっさりと、さも当然のように言い切った枢機卿長に、レッドはより憎悪を深めた。
こんな奴に、こんな奴に騙され体を奪われた者が六十三人もいる。
いや、それだけではない。レッドも、スケイプも、アレンやベルですら、こいつの計画のために人生を狂わされた者の一人でしか無い。もっともっと、大勢の命を奪い、そして利用してきたのだろう。
「――やはり、貴様は殺さなきゃいけない相手のようだな」
「おいおい、義憤かね? それとも正義感かい? はは、復讐だなんだ言ってた奴の台詞かそれ? 馬鹿馬鹿しい。単に僕がムカつくから殺したいってんなら、余計な口上吐かずにとっとと殺したらどうだい?」
「――言うとおりだな、ゲイリー。いや……枢機卿長っ!」
言うが早いや、魔剣を手に枢機卿長にレッドは突撃した。
「――けどさ」
だが、レッドの凶刃が間近に迫ったその時、枢機卿長は右人差し指でレッドをすっと差した。
その瞬間、レッドの周囲の地面から、大量の木の蔓が飛び出してきた。
「っ!? しまっ――!」
急なことに動揺してしまい、レッドは鎧を召喚する間もなく蔓によって拘束されてしまう。
またしてもラヴォワと同じ魔術、プラントウィップだった。
「そんな激情任せで、僕に勝てると思うのは明らかに甘く見すぎだよ?」
全身に蔓が絡みつき、まともに動くことすら叶わなくなってしまった。
「お、おのれっ……!」
「最後の最後で詰めが甘かったね。残念だよ、こんな尻切れトンボみたいな結末はさ。でもまあ、一応僕をここまで追い詰めたのは褒めてやってもいい。合格としてあげよう」
そう意味不明なことを言いながら、枢機卿長は両手を突き出しながらこちらへ歩み寄ってくる。また何か、魔術を使う気だろう。
「正直、こんな力を使ってから試したことないんだけど、まあ大丈夫かな。僕がここに来た、真の目的を果たさせたもらうよ」
「真の、目的……だと?」
「ああ、安心したまえ。苦しいとか辛いとかは一切無いから。ただちょっと痛いかもしれないけど……ん?」
と、そこでレッドの目の前まで近づいた枢機卿長が、ふと違和感を覚えて足下に視線を移す。
足下には、太陽の光によって生まれたレッドの影があった。
その影に、枢機卿長が左足をかけたところ、
どぷん、と影が持ち上がり、枢機卿長の左足と両腕を喰った。
「え――?」
蠢いた影に、いきなり肘から先と足を喰われた枢機卿長は、一瞬呆然とした。
しかし、影に喰われた先から鮮血が迸ると、枢機卿長は絶叫する。
「ぎゃああああああああああああぁぁっ!!」
「な、なんだ!?」
レッドも動揺してしまう。自分の影が、突如形を持って襲いかかったのだから当然だ。
けれども、最初不定形の泥のようだった影が、段々と決まった形を成していくと、さらに驚きを露わにした。
その泥のようになった影は、ゆっくりと形を変え――まるで人のような姿になった。
それは、長い髪をした女性の姿に似ていた。
「まさか――!」
レッドが戦慄すると、その女性のような影がなんと口を開いた。
「カエ……セ……」
影は、恐ろしい声で、恨みがましく言葉を紡ぐ。
「ワタ……シノ……カラ……ダ……」
その声は――やはり、先ほど枢機卿長に身を奪われた、アリア・ヴィクティーのものだった。
「――やれやれ、失敗したよ」
そんなおぞましい光景の中、ため息混じりに枢機卿長は床に転がったまま声を上げる。
「まさか、僕が追い出した魂が影に取り込まれていたとはね。当然と言えば当然だけど、そこから影が形になって襲ってくるなんて想像してなかったわ」
両腕と左足を失い、立つことすら出来なくなった身で、枢機卿長はそれでも平静を維持していた。
「カエ……セ……!」
「……無駄だよ、アリアちゃん」
そう怨霊と化したアリアに対して、枢機卿長は顔だけ上げて答える。
「既に君の体は完全に僕が奪った。今の君は、魂がかろうじて残っているだけの残骸でしかない。そんな状態も、いつまでも保っていられやしないよ」
「……! オオッ、オオオオオオオオオオォッ!!」
枢機卿長の残酷な返答に、怨嗟の叫びを響かせながら、アリアの影は再び襲いかかる。
「五月蠅いねえ。あれだけ憧れていた枢機卿長になれたんだから、感謝してほしいくらいなんだけど……さっ!」
その時、枢機卿長はまた口から炎の塊を吐いて、影を迎え撃つ。
アリアの影は炎に耐えられず、破裂し霧散した。
そしてその炎は、その先にいたレッドにまで食らいついた。
「ぐわっ……!」
幸い、直撃は外れたものの、右手に少し当たってしまう。
だが、なんという偶然かその炎のせいで、レッドを縛っていた蔓が外れることになった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
アリアの影は消えたものの、枢機卿長は息が荒く、明らかに危険な状態だった。
「ふん、せっかく新しい体を得たのに、ツイてないな」
鼻で笑ってやりながら、レッドは痛みがある右手ではなく左手で魔剣を手にし、枢機卿長に突きつける。
「さて――ここで殺してもいいが、まだお前には死んでもらっちゃ困る。聞きたいこともあるしな」
「――なんだい?」
そこでレッドは、ようやく先ほどしようとした質問を行った。
「今回のアークプロジェクト、お前一人で動いていたわけじゃあるまい? アトール王国のみならず、各国のトップたちがグルになって進めていた計画ならば――そいつらが、俺の次のターゲットだ。
答えろ。いったい誰だ? 誰が俺を嵌めた。死ぬ前に全員の名前を――」
「――はは、はははははは、ははははははははははっ!」
すると、質問の途中で、なんと枢機卿長は笑い出した。
レッドは面食らった表情をする。この状況で笑うなど、とても信じられなかった。
だが、枢機卿長は血みどろの顔をゆっくり上げ、満面の笑みと共に、
「やっぱ君は甘ちゃんだよ、レッド君」
そう、嘲笑の顔を浮かべると、
信じられない跳躍力で、魔剣を持ったレッドの左手に噛みついた。
「っ!?」
完全に不意をつかれ、レッドは上手いこと噛まれてしまった。思わず、魔剣を落としてしまう。
「この野郎!」
しかし、当然のことながらすぐさま振り払い、アリアの体は吹き飛ばされる。
「――?」
だがそこで、飛ばされたアリアの体に妙なものを感じた。
その体は、飛ばされて以降ピクリとも動かない。
あの衝撃でくたばったのか、と思った、その矢先だった。
「――!?」
レッドが見ていていたら、アリアの体は砂が崩れるように、ボロボロと崩壊していったのだ。
「まさか――」
レッドが目を見張った、その時、
『ふは、ふははは、ふははははははははははっ!!』
などと、甲高い大爆笑が起こる。
それも、レッドとそれほど離れていない、どころかすぐ傍だった。
同時に、左手にぐねぐねと蠢くような感触がして、咄嗟に視線をやると、
「んなっ……!」
あまりの衝撃に、思わず腰を抜かしてしまう。
『ぎゃはははははははははっ! 最後の最後で油断したねえ、レッド君!』
左手が波打つように変形していき、手に目と口が形成されていた。
そして、その口から声が――子供のような甲高い声だが間違いなく、枢機卿長の声を発したのだ。
「き、貴様……まさか俺に!」
『そうだよ、さっきのアリアちゃんと一緒さ、君の体に取り憑いてやったんだよ!』
そう、確かにレッドはアリアに枢機卿長が噛みついて肉体を奪うのを見ていた。
けれども、まさか自分にまで噛みついて奪おうとするとは想像もつかなかった。
『ごめんねえレッド君、僕の目的は最初からこっちなんだよ!』
「な、なんだと!?」
そして、枢機卿長は目と口をグニグニと動かしながら、また驚くべきことを告げる。
『そうさ、僕の目的は初めから、鎧なんかじゃあ無いっ。
鎧の制御に成功した、君のその肉体が欲しかったんだよ!』
「ぐっ……!」
苦痛の声を上げながら、レッドは腑に落ちるものを感じていた。
そう考えると、今までのあくまでこちらの消耗を狙った戦い方も、決して殺そうとしなかったことも理解できる。レッドは鎧を守るためと考えたが、実際は鎧とレッド両方を狙っていたのだ。
『残念だよレッド君、君とはもう少し語らっていたかったが、まあ仕方が無い!
安心したまえ、この体は僕が有効に使ってあげ……!』
そう、勝利の笑みを浮かべようとした途端、
レッドは左手を床に押さえつけ、そのまま手の甲に右手で持った魔剣を突き刺した。
『ぎゃああああああああああああぁぁっ!!』
「くそっ、目測間違えちまった!」
枢機卿長が絶叫したのに対して、レッドは舌打ちすると再び剣を抜いてもう一度刺そうとした。
しかし、その剣は途中で枢機卿長の口に止められる。
『な、なにすんだお前!?』
「このままお前に乗っ取られるくらいなら、左手切り落としてやる!」
左手を刺した激痛に意識が飛びそうになりながらも、止められた剣を抜こうと手に力を込める。
しかし、枢機卿長も黙って斬られはせず、必死になって剣を抜かせまいと力一杯止める。
「離せこの野郎!」
『誰が離すか、この馬鹿!』
二人は左手を床に刺したまま、罵り合いつつ剣の奪い合いをする。
そしていくらか経ったとき、剣は抜かれ、レッドの体は前のめりに倒れてしまった。
はい、というわけでドタバタしつつ枢機卿長戦は終わりになります。意外と短かったな……
多分、次かその次程度で終わるかもしれません。あくまで予定ですが。
まだ色んな伏線あるじゃねーか? そっすね(遠い目




