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第七十七話 真相(4)

「な、な……!」


 いったい今夜だけで、何度言葉を失ったことだろう。

 しかし、今ほどの衝撃は無かった。もはや、怒りや憎しみという物すら消し飛ばされてしまう。


 レッドは我を失っているというのに、枢機卿長の方は余裕を一切崩さない。

 フッと枢機卿長の失笑で、レッドはようやく正気に戻る。


「落ち着けって。君の場合は大して大して介入しちゃいないよ。ただ、目星を付けていたってだけさ」

「目星……? どういう意味だ?」

「そのままだよ。単に、勇者候補と同年代ぐらいの子供を対象にして、偽勇者として使えそうな奴らを観測対象にしてたってだけさ」


 勇者計画、アークプロジェクトとやらは二十年前から始動していたという。確かに二十年前ならレッドもアレンも生まれる前だ。つまり、魔王復活の時期と合わせて、いくつもの世代の子供を事前に集めていたのだろう。


「偽勇者だと……なんでそんなもの使う必要がある。普通に、アレンを勇者にすれば済む話だろ」

「おいおい、何馬鹿言っちゃってるの? いきなり、亜人の子を勇者でございますなんて世間に発表したところで、受け入れてくれる人が何処にいるのさ?」

「……いない、だろうな」


 これは、完全に枢機卿長の言う通りだった。


 アトール王国の、いやこの世界での亜人差別は酷いものがある。程度という物はあるとしても、ほとんどの国で亜人とは良い扱いは受けていない。マガラニ同盟国としても、所詮は小さい民族の集まりなので、犬族の少年が勇者ですなどと言えば気に入らないに決まっている。


「――なら、最初から亜人を選ばなきゃいいだろ。聖剣が別に誰でも使えるなら、人族から選べば良かっただけだ」

「いいや、亜人の子こそが最高の器だったのさ。白き鎧が求める正義の心、純白の心を持ち得る人間としてね」

「純白の、心――?」


 レッドが頭に疑問符を浮かべたところ、枢機卿長はまた零れた紅茶を魔力で浮かす。

 何の魔術か、浮いた紅茶は二つに分かれ、白色と黒色に染まっていく。二つの色水は、白色の方が黒色より圧倒的に少なかった。


「――無垢なる白、無知な白に何の価値がある」


 宙に浮いた色水が、黒色が白色を責めるように押し潰していく。白色は、黒色に責められるばかりで縮こまるばかりだ。


「黒を知ってこそ白は白であろうとする。悪を知り、悪に打ちのめされてこそ、悪を憎み悪を許さないという確固たる意志と決意を抱ける」


 枢機卿長の言葉に合わせて、今まで潰されそうになっていた白色が、黒色を弾き飛ばし、逆に襲い掛かっていく。


「悪があるからこそ、正義は映える。悪の存在が、正義をより強くする。悪を叩き潰し、容赦なく打ち滅ぼそうとする信念を抱ける。自らの正義、正義が正しいと思うこと以外は全て悪と断じ、その正義に背くいかなる障害も――」


 黒色に襲い掛かった白色は、少しの躊躇もせず黒色を喰い潰し、破壊し、ほんの一かけらも残さずに消し去っていった。


「殲滅する。それが、一切の穢れも無い純白なる正義だ」


 やがて、完全に黒色が消滅したとき、白い色水はテーブルに落ち、弾けてしまった。


「――正義って言うのか、それ」

「正義だよ。少なくとも自分がそう思っている限りはね」


 枢機卿長の顔は、ぐにゃりと歪んでいた。

 正義を語っていたとは思えないくらい、醜悪で狂った顔である。


「――なるほど。つまり、聖剣とやらも、ロクでもない剣ってわけだ」

「言ったろ? 聖剣と魔剣の違いなんて、色が白いか黒いか程度しかないって」


 あっけらかんとした様子の目の前の男を見ながら、レッドは別の男の顔を思い出した。


 正義。

 自らが正義と定めた正義以外は認めず、全てを悪と断じ、一切の容赦なく打ち滅ぼす絶対の信念。

 正義のためならば、他者を――悪を踏みにじり、消し去ることに微塵の良心も感じることなく、己に少しの疑いも迷いも持たず突き進む覚悟。


 そんな心を――確かに、あの時のアレン・ヴァルドは抱いていたように見えた。


「……何故だ」

「うん?」

「何故そこまで聖剣に拘る。どうして、そんな面倒までして聖剣を使う必要がある。そんな厄介過ぎる剣、使わなくたっていいんじゃないのか?」


 そこが一番分からなかった。魔王討伐だからと言って、こんな不確定要素ばかり多い迂遠な計画を用意するなんて、あまりに非合理的だった。


 その質問に対し、枢機卿長は「んー……」と少しの間考え込んでいたようだが、やがて口を開いた。


「どーしても必要なのさ。アークプロジェクト、つまり魔王討伐にはね。こんな時間と手間暇かけて彼をあんな風に育てたのも、彼には大きなことを成して貰いたいからなんだよ」

「大きな、こと……?」

「そうさ」


 そう言うと、枢機卿長は心底明るく、楽しそうにこう言った。




「結論から言うとだね、彼にこの世界の生命体ほとんど全部ぶっ殺して欲しいのよ」




「――はぁ!?」


 思わず叫んでしまった。


「な、何を言ってるんだ貴様!?」


 こちらの動揺に対し、枢機卿長はひたすら面白がるばかりである。


「ま、そりゃそんな反応示すよねこれ最初に聞いたら、さ」

「笑ってんじゃねえよ! ふざけてんのか貴様! 魔王から世界を救うのが勇者の役目だってんなら、その勇者に世界滅ぼさせてどうするんだよ!」

「誰が全員殺すって言った?」


 ぴっ、と指差され、激昂していたレッドも止められてしまう。

 枢機卿長は、にっと笑いながら説明を続けた。


「何も全員死ねってわけじゃない。少し……ほんの少しは、生き延びさせるさ当然」

「ほんの、少し……? いったい、いくつなんだそりゃ」

「そうだなあ……僕の計算だと、多く見積もって――

 ――うん、多くて五百人、最低では百人くらいかな?」

「ひゃ……!」


 絶句どころの騒ぎではなかった。


 この世界の人口の総数がどれくらいかなと知らないが、それでも何百何千万はゆうに上回るはずだ。それを、せいぜい村一つほどにまで減らすなど、事実上絶滅させるのと変化は無い。


「な、何故だ、どうしてそんな馬鹿をことあいつにさせるんだよ!」

「――彼さあ、言ってたよね? いつか貴族も平民も関係ない、人族も亜人族も関係ない、みんなが笑って暮らせる世界を作りたい、とかさ」

「――え?」


 それを聞いて、レッドも思い出していた。


 かつて、剣の修行を始めたアレンが語った、強くなりたい理由。第三王女の素晴らしい思想に触れ、彼女を尊敬し、力になりたいと力強く述べた時の、ベル・クリティアスが求める理想の世界。


 その台詞を、目の前にいる男は一言も違わず並べ立てたのだ。


「まさか――第三王女も、お前らが仕込んだってのか?」

「当たり前でしょ? いくらマッピングが使えるからって、いち王女様がそんな簡単に王城から出られるもんかい」

「てめえ――!」


 レッドはまた怒気を露わにする。


 確かに言われてみれば変な話だ。いかに見放されているも同然の王女様とはいえ、そんな頻繁に抜け出せるままにしておくなど無理があり過ぎる。


 そもそも、自らの悲劇的な境遇があるとしても、彼女が王族らしくもない思想を持てたのも奇妙である。恐らく、従者か教育係に手の者を入れて、そのような考えを抱けるよう仕組んだのだ。


 ならば、前回の時も今回の時も、二人が会えたのは決して偶然ではない。形はどうであれ、二人はいずれ心を通わせ愛し合うように企てられていたのだ。


「君はどう思う、レッド君? そんな世界作れると思う?」

「――無理、だろうな」


 レッドはそう答えた。

 何しろ人族と亜人族の溝は深い。人族が持つ亜人差別の常識も、亜人族が持つ人族への恨みも恐ろしいほど強い。今さっきそれを思い知ったばかりだ。

 そんな世界で、いきなり互いに仲良くしましょうなんて無理があり過ぎる。いかに歩み寄ろうとしても、必ず反発を喰らい潰えるだろう。


 などと考えるレッドであったが、枢機卿長はそんな彼に対しこう答えた。


「いやあ、出来るよ簡単に。

 ――反対する奴らを、全員ぶっ殺しちゃえばね」

「な、なに?」


 目を見開くレッドに、枢機卿長は恐ろしいことを語り続ける。


「身分の撤廃、人族と亜人族の融和――それを目指さず、反目する奴らはみんな殺しちまえばいい。彼にはそれを成せる力がある。

 自分と(こころざし)を異にする者を全員殺しちまえば、事実上の世界平和だ」

「何をふざけたことを……! あいつがそんな狂った真似するかよっ!」

「するよ。現に今、君のその顔が証拠じゃないか」


 そう、半分焼け爛れた顔を指差され、思わず黙ってしまう。


「し、しかし、それとこれとは別……」

「一緒だよ。確固たる決意と覚悟とはそういう事だ。

 志を異にする者、考えが合わない者、価値観を共有出来ない者――全てを悪とみなし、正義の裁きを受けさせる。君にした事と、世界中の人間にする事と、差など僅かも無い。

 あるとすれば――少しばかり、数が多いってだけさ」


 平然と言い切るこの男に、レッドは恐怖を感じた。


「そんな……そんなもののために、世界中の人間を殺そうってのか!? 

 魔王なんて、デタラメまで騙って……!」


 最後の台詞は、意図して紡いだものではなく、口から咄嗟に出たものだった。こうまで何もかもデタラメならば、魔王なんてものも口実に過ぎないだろうと予測しての事だった。


 しかし、その問いに対して枢機卿長は、


「はははははははははははははっ!!」


 と、大爆笑で返した。


「……っ」


 突然の哄笑に、訳が分からなくなり、レッドは固まってしまう。


 どれくらい笑っていたか、枢機卿長は笑いを収めると喋り出した。


「――ま、普通はそう思うよね」


 まだ小さく震えながら、それでも枢機卿長は言葉を続ける。


「魔王なんてデマカセだろうって、そう思いたくなるのは当然さ。

 ――でもね、それは違うよ」

「違う――だと?」


 その時、レッドが聞き返すと、

 枢機卿長は左手の人差し指で目を覆う布をずらすと、赤く輝く瞳を露出させた。


「――魔王は実在する」


 ぞっ、とレッドの背に怖気が走った。

 これまでどこまでも軽く楽し気に話していた枢機卿長が、冷たく寒気がするほどの冷徹な声で説明し始めたのだ。


「これだけは本当さ。世界全てを喰らう魔王は実在する。そしてアークプロジェクトの目的も、確かに魔王だ。人族と亜人族の共存なんて、ほんのついででしかない。勇者をこんな馬鹿みたいなやり方で作り上げようってのも、全ては完璧な勇者に仕立てるためだ」

「完璧な、勇者だと……? 何のためにそんな……」

「僕たちは、魔王の力――魔力量の試算に成功したのさ」


 そう言うと枢機卿長は、布から手を放し、大げさな身振りで両手を広げる。


「『魔王による世界滅亡を防ぐためには、人間も亜人も関係なく全ての生きとし生けるものが一つとなり力を尽くさねばならない』――はっ」


 最初、仰々しく語り終わったかと思ったら、最後に鼻で笑った。

 その語りに、レッドは覚えがあった。


 あれは――間違いない。レッドが前回でも今回でも、枢機卿長に初めて会った時、他ならぬ彼自身が述べた言葉だった。


 その自分が語った台詞を、白けたようにしながら枢機卿長はこう口にする。


「これは五か国が協調して一致団結しろって意味じゃないよ。そんなもんで魔王に勝てるんなら、楽な話さ」

「楽な話、って……じゃあ、どれくらい強いって言うんだ」

「まあはっきり言って、五か国の総戦力ぶつけたところで、傷すらつけられないってほどかな」

「は……!?」


 驚愕した。到底、信じられる話ではない。今まで嘘ばかり付けられたのだから、レッドも普通ならば信じはしなかっただろう。


 しかし――今は、信じることが出来た。

 いや、信じさせるを得なかった。


 先ほど露出させた、赤い瞳。

 あの瞳を見た時、嘘ではない。そう感じられた。

 今この男は嘘をついていない。そう直感していた。


「じゃ、じゃあ、どうやって勝つってんだ? 誰にも勝てないなら――」

「おいおい、言ったじゃん。『魔王による世界滅亡を防ぐためには、人間も亜人も関係なく全ての生きとし生けるものが一つとなり、力を尽くさねばならない』ってさ」

「何を、それは今貴様が否定したじゃ……」


 ないか、と続けようとしたが、その前にレッドは息を呑んでしまう。


「――まさか」


 気付けば、彼は顔を真っ青にして、椅子から立ち上がってしまっていた。

 思い当たってしまったのだ。恐ろしい――あまりにも恐ろしい推測を。


「――正解だよ。なかなか聡いねえ君も」


 こちらの思考を読んだのか、口元を歪めながら枢機卿長は答える。


「だからこそ聖剣が必要なのさ。魔力を際限なく吸収する聖剣の力で、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まさに全てを一つにしてね。

 ま、流石に全員殺しちゃ意味無いから、最低限度の人間は残すけどさ」


 ドッ、とレッドは、力なく椅子に座り込んでしまった。


 恐ろしい――などというレベルでは済まない、あまりに無常かつ残酷な話に、受け入れることすら出来なかった。


「――だからこそ、各国の王族たちもこんなつまらん茶番に手を貸してくれているのさ」


 しかし、そんなレッドには構わず、枢機卿長はこのおぞましい真実を突きつける。




「ほんの一部の者を除いて全員を殺害し、その力を持って魔王を討伐する。

 それこそがアークプロジェクト――まさに大洪水から僅かな命だけ救った方舟の如く、

 聖剣の勇者という、ノアの方舟を作る計画だよ」


説明回が長すぎる――まあこの回がこの世界の全てを明らかにする回だし長くなるのは当然だが、

読者には動きが無い回で申し訳ない――もう少し短くしたかったが無理だった。

でも多分次で終わる。だから待っていてくださいませ。

――なんて言って終わったこと無いんだよなあorz

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