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第七十一話 亡郷(3)

 グレンの体は、あまりに惨たらしい姿だった。

 体中傷だらけで、いたるところから出血していた。切ったのか刺したのか、様々な傷跡がいくらも見て取れる。


「……うん?」


 しかし、そこで違和感に気付く。

 傷の具合がおかしいのだ。


 最初、崩壊に巻き込まれたか、あるいは他のワイバーンに襲われたのかと思っていた。

 けれども、肌についた傷は、切り傷や刺し傷、打撲跡など――剣や槍、鈍器のような傷だった。かつて、兎族の村で起こった殺し合いの時、似たような傷を見たので間違いない。


 しかも、グレンに付けられた拘束具が多すぎる。首輪は足輪はいいとして、よく見るとそれ以外にも羽や胴体にも鎖ががんじがらめに縛り付けられていて、明らかに過剰だった。

 その様は、さながら完全に身動きを奪うようにしているようであった。


「これじゃ……まるでリンチされたようじゃないか……」


 やはり賊が侵入したのか、とも思ったが、それもあり得なかった。盗賊がたった一匹のワイバーン相手に、こんな手間かけてリンチなどする必要は無い。この厩舎で何が起きたのか、やはり見当もつかなかった。


 すると、そこで小さなうめき声がする。驚いて振り返ると、声の主は横たわっていたサーブ爺さんだった。どうやら、気絶していただけらしい。


「サーブ爺さんっ!」


 急いで木板を退かし、サーブ爺さんを引っ張り出す。ただ落下した木板に頭をぶつけただけなのか、大した怪我もしていないようだったので、ホッと胸を撫で下ろす。


「おい、大丈夫か。俺が分かるか、爺さんっ」


 そう声をかけると、ゆっくりと目を覚ました。

 しかし、こちらの顔を見ると、仰天して飛び退いた。


「て、テメエ馬鹿息子! なんで生きてるんだ!?」

「は……?」


 助けた相手に、いきなり馬鹿息子呼ばわりされた。思わず呆気に取られてしまう。見る限り、かなり動揺しているらしく体が震えてしまっていた。


「お、オメエは死んだはずだ! そう聞いたんだぞこっちは!?」

「死んだって……誰から聞いたそんなの」

「こ、近衛兵だ! 昨日の夜王都の連中が、カーティス家の連中は大罪を犯したから逮捕拘束されて、近日死刑になるって聞いたぞ!」

「――それ、仮に捕まったとしてもまだ生きてないか?」


 なんて思わずツッコミを入れてしまったが、まあ何事が起きたか想像はついた。


 やはり、昨夜の段階で国王、正確には枢機卿長が動かした国王の配下である近衛兵たちがここに来ていたのだ。目的は本家屋敷に保管されているであろう、カーティス家の様々な資料と財産の接収という体の略奪だ。ベヒモスとの戦闘が始まる前から、こちらを破滅させる作戦も始まっていたらしい。


「それじゃ、近衛兵の奴らがこの惨状を作ったのか?」

「い、いや、なんでかは知らねえが、あいつらは朝になったらいきなり帰っちまったよ」


 その理由は察することが出来た。あの発生した邪気溜まりのせいだ。

 ベヒモス戦からあの邪気溜まりの件で恐らく大打撃を受けた近衛騎士団は、もう略奪如きに人員を割いている余裕を失ったのだろう。多分王都から、緊急として呼び出されて慌てて帰ったに違いない。


「しかし……近衛兵じゃなかったら、いったい誰がこんな事態起こしたんだ? ワイバーンを解き放って暴れさせたのはどこのどいつだ?」


 それが最大の疑問だった。

 近衛兵でなければ、誰がカーティス領は焼き尽くすような真似をしたのか? 仮に賊であろうとも、領地全て燃やすなんて面倒なことをする理由が見当たらない。

 だが、サーブの解答は、レッドが想像もしない相手だった。


「お、オメエだ馬鹿息子!」

「……はあ?」


 思わず変な声が出てしまう。よりによって、自分だなんて言われるとは考えてもいなかった。


「そうだ、お前らカーティスの連中が悪いんだ! お前らが全員死ぬって聞いて、みんな大喜びでお祭り騒ぎさ! 散々俺たちから搾り取るだけ搾り取って贅沢三昧遊んでばかりで、ざまあみろってんだ!」

「……ほう」


 怒りと憎しみで、ベラベラ喋る様は、長年抱えていた鬱屈としたものをすべて吐き出す勢いであった。


 事実、カーティス領地においてカーティス家の人間の評価は最悪だろう。なにしろ全くと言っていいほど領地には帰らず、王都の方でのみ暮らしている。それで税だけは持っていって、領地をほとんど発展させもしない。アトール王国の貴族では珍しくもないとはいっても、地元の平民からすればムカつくのは当然だ。


「特にテメエだ、末っ子の残りカス!」

「……ん?」


 なんて思っていたら、サーブはレッドを指差してきた。


「は……? 俺ならちょくちょく帰ってたし、仕事だってまあまあやってたぞ」

「だから目障りなんだよ、この馬鹿っ!」


 激怒するサーブには、先ほど下敷きになっていた彼を助けた者に対する感謝など微塵もなかった。


「いちいち帰ってきやがって、目障りなんだよ! こちとらカーティスの奴ら見るだけでも虫唾が走るってのに、ムカついて気色悪くて反吐が出る! しかもテメエときたらうちのワイバーンに乗り込みやがって、お貴族様の汚らしい手で俺様が手塩にかけたワイバーン触られるなんて最悪なんだよ! テメエが乗ったワイバーンをどんだけ長い時間洗わなきゃいけないと思ってんだ!?」

「……知るかよ」


 聞いていたが、内容はそれほど深くはなかった。

 要するに、カーティスの人間はみんな嫌いだから、暇さえあれば帰ってきて目に付くレッドが一番嫌ということだろう。一応領主の息子だから、歓待しなきゃいけないのも腹が立ったと思われる。


 正直、領民から好かれていないなとは感じていたものの、アトール王国の貴族なんてそんなものだと、気にしないでおいた。まあ、レッドが何より自分の不眠症の事しか頭に無かったというのもあるが。


 しかしながら、まさかここまで蛇蝎の如く嫌われ疎まれていたとは予想できなかった。鈍かったと言えばそれまでだが、こんなに憎まれていると知っていれば、二度と戻りはしなかったのに。


「んで、俺が死んじまったということで、あんたも大喜びで酒盛りでもしてたのか?」

「当たり前だろ! カーティスのクズどもがみんなおっ死んだなんて、これ以上幸せなことがあるもんか! みんなして大盤振る舞いの大騒ぎさ! あの薄汚いクソワイバーンもぶっ殺して……!」

「……なに?」


 レッドが眉をひそめると、サーブはやばいというように、口を塞いだ。顔を青くして、冷や汗をかいている。


「どういう意味だ、それ――」

「いや、その、それは……ひいっ!」


 しどろもどろになったサーブに、レッドは魔剣を突きつけた。

 喉元ギリギリに迫った刃に、サーブは息を呑む。


「や、やめっ……」

「どういう意味だ、おい。まさか――グレンをあんなにしたのはお前らなのか?」


 そうドスの利いた声で問うと、サーブは開き直った様子で喋り出す。


「ま……前々からぶっ殺したかったんだ、あんな駄竜! オメエが居なくなったんだから、殺すのは当然だろうが!」

「……なんだそりゃ。グレンが駄竜って、どういう意味なんだ?」

「あの耳だよ、あの耳っ!」


 そうすると、サーブは痛々しい姿を見せるグレンを指差した。


「……耳? グレンの耳がどうしたってんだ?」

「どうしたもこうしたもあるか! あの赤耳はな、出来損ないの証なんだよ!」

「なに?」

「あの耳が赤いワイバーンは、育ててもロクなワイバーンにならないから、生まれた時に始末するって決まってんだ! それをテメエが気に入ったなんてほざきやがって、クズのロクデナシ育てさせられるこっちの身になれってんだ!」

「――最初に言えば良かったのに」


 などと言うが、まあそんなことは出来まい。領主の息子などに逆らえば待っているのは死だ。

 言われてみると、グレンは他のワイバーンに比べて一回りほど小さい気もする。しかし乗り心地は別に気にならなかったのだが、プロには素人に分からぬ基準があるのだろうか。


「だから――俺が死んだから、もう用済みだって殺すことにしたのか」

「そうさ。それもただ殺すんじゃねえ、これまでの恨みつらみ全てぶつけねえと気が済まねえ。だから動けないように縛り付けてから、酒の肴に嬲り殺しにしてやったのさ!」


 恨みつらみと言うが、実際のところはグレンに関する恨みではなく、その場に居ないレッドやカーティス家に属する人間たちへの積年の憎悪だろう。要は、単なる八つ当たりの材料に使っただけだ。


「なるほど――それは分かったが、じゃあなんで他のワイバーンが暴れ出したんだ?」


 レッドは次にそう尋ねる。今の説明だとグレンのあの様子は分かったが、ワイバーンが暴走している説明がつかない。


「そ、それは……俺たちが、その出来損ないをぶっ殺していたら、他のワイバーンが騒ぎだして……」

「拘束を引き千切って、襲い掛かってきた、と?」


 明確に返答しなかったが、沈黙が答えの代わりになっていた。


「仲間のワイバーンを殺されて、怒ったのか?」

「馬鹿言え。あんな落ちこぼれのゴミクズ、ワイバーンたちからも嫌われてたよ。単に、血の匂いを嗅いで興奮しただけだ」

「――そうかい」


 そこまで聞いて、ようやく事の顛末がはっきりした。


 順を追って整理すると、サーブたちが自分らが死んだと聞いて盛り上がり、遊び半分でグレンを嬲り殺しにした結果、他のワイバーンたちが猛ってしまい暴走した。その際拘束具まで強引に千切って飼育員たちをサーブ以外殺害。その後も興奮は収まらず、厩舎を抜けて他の村々まで襲い出したのだ。


「――拘束具ぐらいきちんとしとけよ」


 そういう暴走を防ぐための拘束具だろ、なんてつい漏らすが、恐らく酒のせいでうっかり忘れていたか、そもそも管理がいい加減だったのだろう。こんな調子ではまともに仕事していたのかも怪しい。


 まあ要するに、全てが自業自得の惨事ということだ。


 しかしながら、向こうはそう思っていないようで。


「――テメエのせいだ」


 などと恨みがましく呟くと、その辺に転がっていた飼い葉を持ち上げるとき使う、巨大なフォークのような道具を拾い上げた。


「うん?」

「テメエのせいだ、こんなことになったのは、こんな惨めな生活してきたのは……!」


 フォークを構え、怨嗟を呟き続けるサーブ。こちらが剣を持っていることなど目に入っていないようだ。


「何もかも、テメエらのせいだぁっ!」


 そう雄たけびを上げ、フォークをレッドへ突き刺そうとする。レッドは事も無げにそのフォークを弾き飛ばす、ところだったのだが、


 ガブリと、真横から襲ってきたワイバーンにサーブは喰われてしまう。


「!?」


 レッドが驚く間もなく、サーブは容赦なく嚙み砕かれていった。


「ぎゃあああああああああああぁっ!」


 サーブは絶叫するが、すぐにその声は消えてしまった。あまりにもあっさりと、サーブは咀嚼され飲み込まれていく。


 サーブを喰い殺したワイバーンが誰なのかは、見るまでもなく分かった。


「グレン……!」


 容赦なく嬲りものにされ、血みどろとなったワイバーンがそこにいた。

 屋根が落下した衝撃で拘束が緩くなっていたのか、それとも最初から雑に縛っていたのか。とにかくサーブたちは気絶しただけなのを、死んだと勝手に勘違いしていたらしい。

 笑いものにしながら殺したと思っていたグレンに、逆に喰い殺されるとはなんとも皮肉なものだった。


「…………」


 グレンを観察しながら、レッドはしばし考える。


 なんとか復活したようではあるものの、どう見たところで死にかけであった。流血は未だに続いているし、息も乱れ切っている。医者を呼ぼうにも、知識のある飼育員はグレンの腹に入ったサーブを最後にみんな死んでしまった。


 もはや、グレンが助かることは無いだろう。

 ならば、せめて苦しむ時間を減らすべきかもしれない。


「……すまん。俺のせいで、無駄に長生きさせちまったのかもしれんな」


 仮に、自分があの日目に付けず、名前など付けなかったら、すぐに処分されたろう。

 そうすれば、サーブたちから迫害されることも仲間のワイバーンから苛められることも無く、辛い生を送らずに済んだかもしれない。

 自分のつまらない気まぐれで、グレンは本来味わう必要のない苦しみを味わったのではないか。


 そう思い、レッドはグレンの眉間へ突き刺す形で魔剣を構えた。

 しかし、どうにも突き刺そうとするのを、躊躇してしまう。


 時たま乗るくらいしか面識がない、たった一匹のワイバーン。

 けれど、彼に乗ったその瞬間、青い空と風を切る感覚は、今もなお鮮明に思い出せる。


「……っ」


 思わず、目をつむりそうになった、その瞬間、


 突如として、グレンが炎のブレスを吐いた。


「っ!?」


 一瞬、気付くのが遅れたせいで焼かれるところだったが、ギリギリで回避できた。標的を外れたブレスは、残っていた厩舎の壁に激突に、厩舎に火が移っていく。


「グレン……お前……」


 レッドを見るグレンの眼光は、確かに死にかけではあったが、きちんとこちらを捉えていた。

 それは、自らの生を奪おうとする敵対者に対する、怒りと憎しみの瞳だった。


「……相変わらず俺に懐かないな、お前」


 そう苦笑したレッドは、魔剣を構え直し、グレンに今度こそ刃を突き立て、


 ようとはせず、グレンを拘束している鎖を斬り払った。


「……勝手にしろ」


 とだけ言うと、燃え始めた厩舎から出ていった。


「――さて、行くかグリフォン」


 などと待機していたグリフォンに声をかけて、レッドはまた空へ飛びあがった。


 ――助かるとは思えないけど。


 グリフォンの背に乗りながら、そう考える。


 あの重症では、どうあがいても逃げることも助かることも難しいだろう。飛びあがれるかも疑問だし、飛べたとしてこの大火事から逃げ切れるとは考えづらい。

 正直、やはりあそこで殺してやるべきだったという気持ちはある。後ろ髪引かれる想いも、まああった。


 けれども、グレンははっきり殺されるのを拒否した。

 なら、好きにさせてやろうと思っただけだった。

 自分で手を汚すのが嫌なだけかもしれないとは思いつつも、レッドはそう決めた。


「さて――屋敷残ってるかな」


 この状況では、屋敷も無事ではないと思うが、気になるので行くことにした。

 見ない方がいいかもしれん、とも思ったが、ここまで来ては戻るのも癪だった。


実はこのラスト初期の構想とは変更してあります。

最初は普通に火吐かれてから結局こいつも自分の事嫌いだったんだなと呆れて普通に刺し殺す予定でした。

しかし書いているうちにレッドぽくないなと思い修正。別に手汚させたくなかったわけじゃないけど、

まあなんとなくそんな気しなかっただけ。自分では珍しくないんだこれ。

なんか胸糞展開が増えましたが今しばらくはこんなものと思ってください。それではまた次回

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