番外編5 ラルヴァ教教団枢機卿長 ゲイリー・ライトニング
というわけで番外編ですが……また延びちゃったなあorz
すみません、長くなったので明日も番外編です。
新章突入は次までお預けです。申し訳ありません
アトール王国の王都ティマイオにも、当然ながら病院というものはある。
それも、平民や亜人が通えるような貧相な診療所ではなく、この大陸でも随一と自負する最高の医療と設備が用意された、オリュンポス大病院があった。
大陸最高かは分からないが、少なくともアトール王国では間違いなく一番であろう医療施設は今、
地獄のような喧騒に満ち溢れていた。
「…………」
その病院の廊下を、ラルヴァ教教団枢機卿長、ゲイリー・ライトニングは従者を連れて歩いていた。
外は陽気に晴れているというのに、病院の中はどこもかしこも混乱と恐慌、そして血の匂いで満ちていた。病室などは全然足りず、廊下どころか病院の外にまで血みどろの患者が転がされているような状況だった。
医者も看護師も、目の回るような忙しさで廊下を走っている。こちらをラルヴァ教の大神官と知れば敬意を表する者もいるが、無視して走り去る者もいる。無視というよりは、あまりに忙し過ぎてこちらをよく見ていないのだろう。
まあ、深夜から朝方の今まで、山のような怪我人の対応に当たっていれば無理も無いが。
「――酷いものだね」
枢機卿長としては、単なる独り言のつもりだったが、傍に仕えていたアリアがそれに応える。
「はい。教団からも回復魔術を専門とする神官たちを連れてきていますが、流石にここまで多いと……」
「ま、白魔術師の回復魔術程度じゃ気休めにもならんか」
回復魔術は確かに傷を癒やし怪我を治療する効果はあるものの、あくまで回復の補助であり、あまりに重傷ではどうしようもない。大怪我を完全に回復できる白魔術師など、各国を探しても数えるほどしかおるまい。
加えて、このごった返した怪我人では、いくら白魔術師が回復したところで追いつくものではない。白魔術師とはいっても魔術の行使には魔力が要る。これだけ大勢の治癒を行っていれば、すぐに力尽きるだろう。
しかし、今でも非常事態ではあるが、恐ろしいのは今目の前にある地獄絵図ではない。
この地獄絵図を作る大量の怪我人が、まだまだ出るということだ。
「――で、邪気溜まりの方は?」
歩きながら、そう尋ねると、アリアは驚いたような顔をする。
宜しいのですか? という意味だろう。一応は極秘情報の扱いだからだ。
「構わないよ。どうせこの混乱ぶりさ。ぞろぞろ歩いている奴らの話など聞く余裕がある奴なんかいないって。それにどうせ、いつまでも隠し通せるものじゃないからね」
仮にバレたとして、どうにか出来るものでもないし、とは付け加えないでおいた。そんな枢機卿長の内心には気付かず、アリアは慌てた様子で報告をする。
「は、はい。発生した邪気の量は相当なものでして、今専門の神官に対処を命じていますが、その……」
「すぐに浄化できるような代物じゃない、かい?」
「……はい」
そうだろうなと別に驚きはしなかった。あの莫大な邪気は、もはやダンジョンの域だ。
何かしらの事情で一定の土地に多くの邪気が溜まり、魔物が自然発生するようになった場所を邪気溜まりという。
この邪気溜まりにもランクというものがあり、蓄積された量があまりに多いと重度汚染地帯、俗にダンジョンと呼ばれるようになる。これはかなり危険な段階で、ダンジョンと認定されれば教団から邪気の浄化を専門とする神官が派遣される。
で、今回その重度汚染地帯、ダンジョンレベルの邪気溜まりが、よりによって王都の目の前に発生したわけだ。
「――それで、魔物は対処できているのかい?」
「今のところ、魔物の発生は小康状態のようです。近衛騎士団と第一方面軍が討伐しています。ですが――」
「分かってる。邪気自体が消えない限り時間稼ぎにしかならないね」
邪気溜まりの一番面倒なところはこれで、邪気が存在する限りいくらでも魔物が生成されてしまう。無論通常の環境であれば邪気にも限度というものはあるが、これだけ膨大な量の邪気では自然に消えたりはしないだろう。最悪周囲のマナを取り込んで、増大する可能性だってあった。
「はい。邪気の浄化が必要ですが、それも安全が確保されないと難しいです。軍との協調が不可欠がありますけれど……」
「第一方面軍もそんな余裕無いしねえ。ただでさえ近衛騎士団も被害甚大なんだから」
アリアが報告しようとした事を、先回りする。どうも顔色が悪いようだが、軍との折衝で苦労したのかもしれない。
第一方面軍からすれば気分のいい話ではないだろう。元々、王都とその近辺を防衛する役目を担う第一方面軍と、国王と王都を守護する近衛騎士団は、管轄が被っているので仲が悪い。役割が違うのだから別々でいいと思うのだが、縄張り争いしたがるのは人間社会の常だ。
その第一方面軍に、今回の作戦はほぼ無許可で行ったのだ。一応話は通していたとはいえ、極秘作戦ということもあって詳細は伏せており、内心面白くなかったに違いない。
ただでさえ自分たちの縄張り(だと思っている場所)で、何も知らされずに行われた作戦。
それが結果的には大失敗で、しかも王都の目の前にダンジョンまで形成してしまった。
しかも最後に、その作ってしまったダンジョンから出てくる魔物の討伐をしてくれなどと、ふざけるなと言いたくなるのはまあ、分からなくもない。
「勅命ということで従わせているけど、内心ブチ切れてるだろうな……やれやれ、鎧の力を馬鹿みたく使って、酷い迷惑だよ」
「鎧の力――ですか? ではゲイリー様は、やはりこの件はあの黒い鎧の仕業だと考えておられるのですね」
「――ああ。そうだね」
しまった口が滑った、とは勿論言わないでおく。
幸い、都合のいい勘違いをしているのでそのままにする。
「まあその話は後ということにして――レッド・H・カーティスはどうした?」
「え、それは――」
枢機卿長としては本題のつもりだったのだが、その問いにアリアは答えられず黙ってしまう。その沈黙自体が、答えのようなものだ。
「――なるほど。何も手を打ってはいないんだね?」
「申し訳ありません! 我々としても捜索を行いたいのですが……!」
「ま、そんな暇がある奴誰もいないよね」
この生真面目な秘書のことだから、一応レッドの捜索に人手を割こうとはしたのだろう。
しかし、そんな人手は何処を探しても居なかったに違いないと枢機卿長は推測した。
何しろ近衛騎士団は壊滅状態、第一方面軍はただでさえ近辺で増加傾向にあった魔物の処理で多忙だった時にこんな他人の尻ぬぐいまでやらされて、しかもついでに人探しまでしろなんて言えば完全に逆上するだろう。そうなれば厄介だ。
ならば教団の物を回したいところだが、手駒の浄化部隊も大被害を受けたのは一緒。その上、邪気溜まりの浄化に他の手駒も使っている今、人探しなど出来る余裕がある者など一人とておるまい。
近衛騎士団では、万一の際に王都へ残していた留守番の者まで連れ出して、王城の守備は最低限の衛兵ぐらいというあり得ない事態だ。もはや、どこもかしこも大混乱に見舞われていた。
「申し訳ありません! 一応、すぐに近隣の都市へ通達は出したのですが……」
「引っかからなかった、か。グリフォンはどうした?」
「は、はい。奴が乗ったグリフォンは王都へ侵入した後一部施設を破壊し、反対側の門を破壊して逃走しましたが、その後の消息は不明とのことで……」
「消息不明、ねえ……」
頭を下げ続けるアリアを脇に置いて、枢機卿長はしばし考える。
――あいつ、なんで王都に攻撃なんかしたんだ……?
ベヒモスからの連戦と、負った怪我による肉体へのダメージ。
いくら黒き鎧の力で傷や疲労が回復したとはいえ、それでもあれだけ戦っていたのだ。正直、あの時点で既に倒れるくらい疲弊していたはず。
だというのに、グリフォンという足を手に入れた彼は、すぐさま逃げず王都に攻撃などした。しかも、特定人物の暗殺ならともかく、少し施設を破壊しただけ。人的被害も当然無い。そしてすぐにいずこかへと消えてしまった。
いったいどうして、こんな無意味ともいえる行為をしたのか。逃げるならば、何の意味もない行為に何の価値があったのか。まさか錯乱して暴れたわけではあるまい。
であれば、考えられるのは――
「――なるほど。あいつ少々考えすぎるタイプなのかもね」
「え?」
また独り言のつもりだったが、アリアは何のことか分からず疑問符を付ける。枢機卿長は「なんでもない」と返すと、新たな質問をした。
「ところで、彼らの容態はどうなの?」
「え、あ……」
また顔色を悪くしてしまった。彼ら、と聞いて、誰の事だか分かったのだろう。
この作戦に参加したのは、アトール王国近衛騎士団、ラルヴァ教教団直属浄化部隊。
それと、もう一組。
「勇者パーティの面々は、どうなのさ? 勿論、レッド以外のね」
そう、枢機卿長が聞いていたのは、レッド率いる、いやレッドが率いていた勇者パーティの者たちの事だった。
「……一番重症なのはマルガレータ・ヘールトです。今現在も治療中ですが、左目は完全に失明して、右手は骨から潰れていると。幸い命に別状は無いそうですが……」
「傷跡は、残るのかい?」
「――はい」
「ふうん……自分の美貌に誇り持ってた奴だし、可哀想なもんだね」
そう呟くと、アリアも俯いてしまう。同じ女として、顔に癒えぬ傷が付いた彼女に同情しているのかもしれない。
しかし、そんな悲嘆は一度置いて、彼女は報告を続ける。
「ロイ・バルバも重症です。全身を打ち付けられて複雑骨折しましたから。回復には時間がかかると医者が申していました。一番軽傷なラヴォワも、右腕を骨折しています」
「幸運だね。黒き鎧に襲われてその程度で済むなんて。ま、全員命があるだけマシと思わなきゃってとこだけど……おっと」
怪訝な表情をされたので、そこで言葉を打ち切る。また余計なことを言ってしまったと枢機卿長は反省した。
「まあいいや。あと最後の一人は……本人に聞いた方が早いね」
そこで枢機卿長は、自分たちが歩きながら話すうちに、目的の場所に着いたことを知る。
その場所は、地獄か戦場のような混乱が満ちる病院とは思えないくらい、静かで人気のない場所だった。
それもそのはず。この区画は大貴族や国の重鎮などだけが入ることの許された特別室。彼らに快適で豊かな入院生活を堪能させるための場所なので、いかに病院がごった返す非常事態であったとしても、その喧騒がここまで届くことは無い。
もっとも、今枢機卿長が入ろうとしている病室に居るのは、大貴族でも国の重鎮でもないが。
病室前に控えていた兵に命じて、扉をノックさせると、「はい」という返事が来た。驚いたことに女性の、しかも幼い少女の声である。
「お医者様ですか? 今は……」
などと言って扉を開けた少女は、扉の外にいた枢機卿長たちを見て凍りついてしまう。
まるで高貴な人形のような、可愛らしい容姿とスラリと伸びた髪。
その髪と、瞳が金髪碧眼となっていれば、誰なのかは馬鹿でも分かる事だった。
「失礼します、王女殿下様。彼はまだお眠りですか?」
そう笑いかけるが、人見知りだというベル・クリティアス第三王女は、こちらに怯えるばかりでちゃんと答えられない。なんだか面倒になった枢機卿長は、一歩足を進めると後ろに下がったので、そのまま中へ入ることにした。
「ベル様? 誰か来たのです、か――」
入ったばかりで、今度は幼い少年の声がした。その少年と、目が合う。
体中いたるところに包帯が巻かれているものの、重症と呼べる重症は受けていないらしい。
幼い容姿に、小柄な体格。
そして、耳は犬族特有の耳と、この差別主義が息づくアトール王国の、貴族御用達の病院に入っているのが信じられない男。
「やあアレン君、お加減いかがかな? ――いや。
もう聖剣の勇者アレン・ヴァルドと呼ぶべきかな?」
少年アレンが、病室のベッドから起き上がってきていた。




