第六十七話 与えられし剣(7)
「い……だっ……!」
「――ちいっ!」
魔剣の刃は、確かに枢機卿長に届いた。それは事実だった。
しかし、ついにその身に刃を喰らわせようとしたまさにその瞬間、ギリギリながら回避されてしまったようで、枢機卿長を一刀両断しようとした魔剣は、残念ながら彼の左腕を斬りつける程度で留まった。
「まだまだぁっ!!」
しかし、逃がすことをレッドが許すはずも無い。痛そうに斬られた左腕を押さえる枢機卿長に、追撃の凶刃を向けようとした時、
「この……ケダモノがぁ!」
枢機卿長が右手のひらをレッドにかざすと、小さな、本当に小さな光る球体が飛ばされてきた。大きさはイチゴ程度しかない、赤く丸い球体。
しかし、それに対しレッドは、何故か不吉な予感を抱いた。
「――!? やばっ……!」
奇妙なほどの悪寒を感じ、咄嗟に背中の羽を広げ、自身の体を包むようにした。鎧の羽自体を盾としたのと、小さな球体がその羽に当たったのは、ほぼ同時であった。
その瞬間、強烈な爆発が起き、レッドは大きく飛ばされてしまう。
「ぐっ……!?」
爆発の規模自体は、大したものではなかった。事実、レッド以外近くにいた枢機卿長の従者たちは誰も巻き込まれていない。
しかし、威力は凄まじいもので、この黒き鎧がだいぶ飛ばされてしまった。恐らく炎系の、爆発の威力に特化させた特殊な攻撃魔術であろう。
「おのれぇっ!」
吐き捨てるように叫ぶと、展開した羽をしまい元に戻す。大きすぎる翼は、邪魔にしかならない。
再び剣を手に、憎き仇へ駆ける。
しかし、そこにまた白い閃光が走った。
「やめろおおおおおおおぉぉぉっ!!」
「!? ぐおっ……!」
こちらも同じく、白い翼を広げ飛んできたアレンが、レッドにぶつかってきたのだ。白き鎧そのものを石とした透析器の直撃に、流石の黒き鎧も激しく揺さぶられる。
「こんの……いい加減にしろよこのクソガキがぁっ!!」
「これ以上はやらせないぞ、悪魔めっ!!」
「ほざけぇっ!!」
ぶつかってきた白き鎧の翼を掴み上げ、そのまま地面に叩きつけようとする。しかし、
「なんのぉ!」
その動きを察知したアレンは、天使の翼を大きく翻し、自らの体を回転させることでレッドを弾き飛ばした。
「どぅわ……!?」
不意を打たれ、レッドは大きく後退させられるが、負けじと自分もその悪魔の翼を大きく広げ、飛ばされる勢いを殺した。
「野郎、舐めた真似しやがって……!」
飛ばされたことに腹を立てたレッドは、お返しとばかりに翼の加速を利用して、魔剣を前に出して白き鎧に突貫した。
魔剣を刃とした巨大弓、バリスタがアレンに襲い掛かる。
「う、うわっ!!」
慌ててアレンは左手の盾で防御する。
聖剣と白き鎧の加護を持つ盾は、確かに高速で発射された魔剣というバリスタを受け止めた。
しかし、威力までは殺し切れない。その場で耐えるなど到底叶わず、白き鎧は大きく後退させられる。
「くうぅぅっ!!」
「おらあああああああああっ!!」
そのまま突き破らんばかりの勢いで、なおも加速する。盾を貫き白き鎧を砕くつもりであった。
けれども、白き鎧は黒き鎧の突貫に、ただ黙ってはいなかった。
「!? な、なんだ!?」
白き鎧が、その光の輝きが、見る見るうちに強くなる。まるで自らに迫る外敵を、焼き殺さんとする太陽の如く。
「あ、あづっ……く、くそっ!」
あまりの光と高温に、レッドも耐え切れず距離を取るしかなかった。離れてからも、白き閃光は強くなるばかりだ。
「レッド・H・カーティス……! 貴方だけは、僕の手で……!」
白き閃光がただ発されるだけでなく、アレン自身を包み込んでより力を増していく。そして、その光は聖剣そのものにも纏わりついていく。
何をするつもりか悟ったレッドは、
「――小癪な奴だ」
と呟くと、口元を歪ませた。
その時、黒き鎧から発されていた闇色の閃光も、レッド自身を包み込み、そして魔剣自体に纏わりつかせる。
二つの剣に、膨大な力が宿った。
「はあああああああああぁ……っ!」
「おおおおおおおおおおぉ……っ!」
両者が力を込めていくと、レッドの纏う鎧から黒き閃光が、アレンの纏う鎧から白き閃光が溢れ出す。まるで雷雲の中に入ったかのように、二色の雷鳴は互いにぶつかり合い食い潰し合い、そして飛び散っていった。
そして二つの閃光を背負った二つの鎧は、お互いに剣を両手に持つと、その刃先から膨大な白と黒の光が現れる。
二色の光は、二色の刃と化した。
「うらあああああぁっ!」
「はああああああぁっ!」
二人の騎士は、互いの剣にため込んだ力を全て刃ととして、相手に向かって放った。
放たれた光と闇の刃は、凄まじい勢いで互いにぶつかり、そして爆ぜる。
巨大な閃光と爆発が、二人の間から起こり、激しい爆風を生んだ。
「うわあぁっ!」
「つっ……!」
いかに鎧を纏った騎士とはいえ、強烈過ぎる爆風に耐え凌ぐのは無理があり、二人とも大きく飛ばされてしまった。
どれくらい飛ばされたか、分からないほど空を舞い地面に落ちて、散々転がされてしまう。
そして停止した二人は、互いに体中を打ち付けられたダメージにうめき声を上げることになった。
「うぅ……いってぇ……」
レッドは、先ほどの黒き鎧を纏った影響かそれ以前の傷、顔を焼かれた痛みなどは消えていたものの、黒き鎧を使って戦った際の痛みが新たに彼を苦しめることになった。
「つぅ……おのれ……え、あれ……?」
一方、同じく全身に戦闘受けた痛みを一気に味わうことになったアレンも、強い痛みを訴えることになったが、その時大変なことに気付いた。
いつの間にか、白き鎧が消えていたのだ。
「な、なんで……?」
白き鎧が消え、元の姿に戻ってアレンからすれば信じられないだろう。跡形もなく消えた鎧が何処へ行ったのか、見当すらつかないはずだ。
だが、対して同じく黒き鎧が消えたレッドは、別に混乱はしていなかった。
「くっそ……無茶し過ぎたか……!」
鎧を纏っていないことに気付くと、そう全身を責める激しい痛みに耐えつつそう呟いた。
これは前回の時もそうだったが、鎧というのは一度出しさえすればいつまでも着ていられるものではなく、例えばダメージを受けすぎて気絶したり、力を使い過ぎると自動的に外れる仕組みになっているようなのだ。外れた黒き鎧は、召喚した時と同じくレッドの影に入る。恐らくアイテムボックスのように、レッドの影が空間魔術の入り口として鎧を収納しているのだと思われる。
アレンの白き鎧は何処だが知らないが、あちらは聖剣を仕舞わず鞘に収めているので、聖剣かあるいは鞘の方がアイテムボックスの役目を行っていると予想できた。
何にせよ、一度戻った鎧は再び呼び出すことは出来はするものの、既に立つことも難しくなったこの体では戦い続けるのは難しい。そう思ったレッドは、とりあえず魔剣を杖代わりとして地面に突き刺し、フラフラになりながらも立ち上がった。
――まずいな。
黒き鎧の力で圧倒し、あらゆる障害を打ち砕き戦ってきたが、今や鎧はもうない。再び纏いたいところだが、正直もはやボロボロであり、もう一度鎧着したところですぐに倒れてしまうだろう。
まだこちらに何事が起きたか分かっていないので、周囲の連中もこちらの動向を窺っているだけだが、戦えないと判明すればすぐにでも襲ってくるに違いない。そうなれば、嬲り殺しにされるのは目に見えている。
――逃げるしかない、か。
結局、そう結論付けた。ようやくここまでゲイリーを追い詰めたのに、と考えると歯がゆいが、仕方ないと諦める。
しかしながら、歩くこともままならない身ではそれも難しい。荒れた呼吸のまま、どうにかこの場から逃走する方法、追っ手を撒く方法を必死になって考える。
けれども、その二つの方法は、レッドが用意するまでもなく与えられた。
「……ん?」
ふと、足元に妙な感触を覚えた。
下を見ると、普通の地面なのだが、妙に柔らかいというか、グニグニ動いているような奇妙な感覚があるのだ。
地震か? などと不思議に思っていると、突如叫び声がした。
「お前ら、今すぐここから撤退しろ!」
その場のまだ傷の浅い誰もが、何事かと振り返る。
声の主は、左腕を押さえたままの枢機卿長だった。どうやら、酷く慌てているらしい。
「何をしている、とっとと逃げるんだ! でないと……!」
その次の言葉を続けるチャンスは、永遠に失われた。
レッドの、いや今彼らがいる地面が、突然グネグネと蠢きだしたのだ。
すみません。本日も長くなりすぎたので分割掲載とします。
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