表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/357

第六十六話 与えられし剣(6)

「あああああああああああっ!!」


 雄たけびを上げながら、近衛兵たちに向けレッドは駆ける。

 狙いを定められた近衛兵たちは、蛇に睨まれた蛙そのもので、一切の身動きすら取れず、容赦なく弾き飛ばされていく。竜巻に巻き込まれ空を舞う草木の如く、それは圧倒的かつ無慈悲な暴力であった。


 その暴風が、狙うのはただ一人。自らの人生を狂わせ、弄び、二度も破滅へ導いた全ての元凶。

 言うまでもなく、ゲイリー・ライトニング枢機卿長であった。


「ゲイリイイイイイイィッッ!!」


 激情に煽られるまま荒れ狂って走り抜ける様は、まさに爪と牙を剥き出しにして襲い掛かる肉食獣のようであり、その鋭い牙を突き立てる相手に向かい、一直線に留まることも知らずただ駆けていく。


 しかし、そんな恐ろしい肉食獣を、身の程知らずにも迎えうつ馬鹿がいた。


「この、化け物がああああああああっっ!!」


 ロイの、その巨大なアックスが、真横からレッドの体を両断しようと振り下ろされる。

 横からの突発的な一撃にレッドは対応できず、あえなく黒き鎧に喰らわされてしまった。


 ように、周りは見えた。


「――なっ……!」


 アックスを喰らわせた、ロイが一番驚いたことだろう。


 自らの斧は、確かにレッドの、黒き鎧の側頭部へ命中した。というより、今も当たっている。

 否、当たっただけであった。


「――あん?」


 頭部にアックスを当てられたレッドは、まるで今当たったことに気付いたような惚けた仕草をしている。実際のところは、ロイの斧自体は見えていたものの、別に避けなかっただけである。


 理由は、非常に簡単であった。


「――ロイ」

「うぐっ……!」


 渾身の一撃を防がれもしなかったことに我を失い、動きを止めたロイの胸倉を掴むと、片手で悠々と持ち上げてしまう。


「は、放せぇっ!」


 頭上に高々と上げられた状態で抵抗するものの、手足をジタバタさせたところでどうにもならない。傍目からすれば滑稽にも見えるこの姿を、レッドは少しの間維持していたが、


「ちょっとは静かにしてろ……この筋肉馬鹿があぁっ!!」


 その怒声と共に、ロイの巨体を地面に強く叩きつけた。


「がっ……はっ……!」


 叩きつけられたロイは、一瞬呼吸が止まるほどの衝撃と、全身への激痛を感じる。骨が何本も折れたに違いない。


 あまりの衝撃に少しへこみすら出来た地面で呻くばかりであったが、不意にレッドが、ロイのアックスを見せつけるように持ち上げた。


「……ッ」

「……けっ」


 ロイが目を見開くのを確認すると、

 ぐにぃと、信じられないような力で巨大なアックスをひん曲げる。

 その上、足元にぽいと無造作に捨てると、踏みつけにして砕いてしまった。


「……随分柔い斧ですこと」

「……ッ!! ァ……!!」


 自らの誇りであり命と言っても過言ではないアックスを、無残な姿にされた上で嘲笑される。

 ロイはレッドに対し、今すぐ引き裂いてやりたいほどの憎悪を抱いたが、もはや声一つ、うめき声すら容易に出せない彼には何も出来なかった。


 そんな彼にはもはや興味を示さず、枢機卿長へ狙いを戻そうとしたが、その視界の端に、ふと気になるものを捉えた。


「――ん?」


 見ると、この場から全力で走り去ろうとする物がいた。

 後ろ姿だけでも、あの赤髪とマント姿は誰なのか容易に分かる。


「――あのアマ……」


 癇に障ったレッドは、黒き鎧の背に生えた羽を大きく広げ、その翼をはためかせる。

 もはや走るというより飛ぶという勢いで、その逃げる女の前に立った。


「ひっ……!」

「よう――お花摘みかい? マータ」


 地面を大きく抉りながら、滑って飛んできた黒い怪物に、逃走を図ったマータの顔も青ざめる。

 実際、背中の羽を使えば飛んだり恐ろしい速さで駆けられるのだが、速すぎてレッドにもコントロールが難しいのであまり使いたくは無かった。ただ、逃げる奴を追う場合には便利である。


「あ、あんた……!」

「うん? 命乞いか? それとも色仕掛けでもするかい?」


 恐怖に怯えるマータに、そんな小馬鹿にしたような態度を取ると、マータも怒気を露わにして、懐からいくつもの球を取り出した。


「こんのぉっ!」


 その球は、マータが好んで使う毒の球と破裂球だった。距離が近いが、そんなことに気を使う場合ではない。投げつけた球はレッドの顔面で爆ぜた。


 モクモクと発生した煙は、確かに毒と爆発を起こした証。いかに強い鎧を纏っていようと、内部に毒が回ってしまえば意味は無い、とマータは思った事であろう。


「――けどな」


 しかし、そんな希望は容易に打ち砕かれる。

 煙の中から、何一つ姿形に変化の無い黒き鎧が出てくる。


「そん、な――!」


 目を見開くマータだったが、もう一度と懐から新たに球を取り出して投げようとした。

 しかし、今まさに取り出そうとしたその右手は、伸ばされたレッドの左手に止められてしまう。


 黒き鎧の強靭過ぎる握力は、ただマータの手を掴んだだけで終わらなかった。

 そのまま持ち上げた時の勢いで、右手を簡単に砕いてしまう。


「ぎゃああああああああぁっ!!」

「すまんな、マータ。今まで言えなかったけど……」


 右手を握り潰された激痛に悲鳴を上げるマータなど構わず、レッドは黒き鎧の鋭く尖った、残りの右手を大きく振りかぶると、


「お前、タイプじゃないのよ」


 そのまま勢いよく、マータの顔面から胸にかけてを引っ搔いた。


「づっ、あああああああああああっ!!」


 マータは先ほどとは比べ物にならないほどの悲鳴を上げる。


 なにしろ、黒き鎧の強すぎる力と尖りに尖った爪なので、『引っ掻いた』などという程度では済まず、顔面から腹部に至るまで五本指で肉を抉り取ったという方が正しい。あの美貌を誇ったマータの姿が、深く刻まれた五本の傷で目を逸らしたくなるほど惨い代物となってしまう。


 激痛に喚き、のたうち回っている姿に、次はどうしようかなどと考えていた、その一瞬。


「――ん!?」


 突如、レッドの周囲の地面が持ち上がった。


「これは――!」


 考えるでまもなく分かった。ラヴォワの土系魔術。名は確か、アースウォールだったか。地面の土を壁に変えて、レッドを封じ込める気だろう。


「お願い……それ以上はやめてレッドっ!!」


 気付けば、遠くでラヴォワがまた杖を手に術をかけているのが見えた。こちらを意地でも止めるつもりらしい。


「――舐めるなっ!!」


 怒声を出したレッドは、地面に写る自らの影に手をかざす。


 すると、影の中から先ほど地面に消えたはずの魔剣が、勢いよく飛び出てきた。


「うりゃあっ!!」


 魔剣を手にすると、自分を覆い隠そうとした地面を全て吹き飛ばす。


「そんな……!」


 ラヴォワの信じられないような声に対し、レッドは剣を持ったまま勢いよく跳躍し、ラヴォワの正面に着地した。


「待ってレッド、私は……!」

「どけぇっ!!」


 慌てて何か言おうとした彼女を、構いもせず左手で払い除けた。


「きゃっ……」という悲鳴を上げて殴り飛ばされた彼女を余所に、レッドは魔剣を振り下ろした。


 狙いは一つ、レッドと同じく羽をはためかせてここへ飛んできていた、白き鎧の勇者ことアレン・ヴァルドだ。


「ぐっ……!」

「ううぅ……!」


 アレンも聖剣で魔剣を受け止め、鍔迫り合いが始まる。


「貴方という人は……仲間に対してよくもあんなことを……!」

「笑わせるな……っ! 裏切った奴らのどこが仲間だ……っ!」

「何を言ってる……僕らを裏切ったのは貴方だっ!!」

「――ああ、そうだったな」


 お前らとしてはな、という次の言葉は発さずに、代わりに腹に対して思い切り蹴りを入れる。


「ぶっ……!?」

「隙だらけなんだよ、馬鹿ッ!」


 腹の衝撃に意識が飛んだアレンに、レッドは左手でその頭を掴み取ると、その場で思い切り投げ飛ばした。


「邪魔すんなって、何度言やわかんだぁ!!」


 投げられたアレンは大きく宙を舞う。

 それを尻目に、レッドはようやくと言わんばかりに枢機卿長へ踊りかかった。


「ゲイリイイイイイイィッッ!!」


 周囲の従者や浄化部隊の者たちは、枢機卿長を庇おうとしたが、逆に枢機卿長は彼らを押しのけてレッドに相対する。

 彼らを守ろうとした、わけがない。恐らく、こいつらを盾にしたところで役に立たないと判断したのだろう。


 ついにレッドと正面から対峙した枢機卿長は、自分の前面に結界魔術を張り、振り下ろされた魔剣から防御する。


「くっ……!」

「あああああああああああっ!!」


 枢機卿長の見えない結界はかなり強力で、なんと魔剣の刃を防いでしまった。

 ただし、彼にとってもそれは全力の防御らしく、苦悶の表情を浮かべている。


「ぶっ殺してやる、ゲイリイイィィッ!!」


 結界に阻まれながらも、なおも魔剣を強く押し込むレッド。その気迫に、強力な結界も押し負けているようで、どんどん刃と枢機卿長との距離が近くなる。


「くっ……貴様、いったい何者なんだ!? 何故黒き鎧を扱える、何で詠唱を知っていた!? その魔剣が何なのか……!」

「何って、聖剣と対を為す魔剣だろう? 怒り、憎しみ、恨み――この世の全てを滅ぼしたいという強い感情によってのみ動く、邪悪な剣だろう? なあ、ゲイリー?」


 それはかつて、前回の時にボロ屑のようになったレッドに対して、枢機卿長が告げた言葉だった。


 全てを失い、ただアレンへの憎悪のみとなった愚かな自分を、魔剣へと誘い復讐へと駆り立てた時に答えた、魔剣の説明だった。


 それに対し、枢機卿長は、




「……? 何言ってんだお前?」


 なんて、呆けた声で返した。




「! ……はは、ははははは、ははははははははは……っ!」


 不意に、レッドは魔剣を押し込んだまま笑いだした。

 いきなりのことに、何が何だか分からず眉間にしわを寄せた枢機卿長だったが、


「――呆れたなぁ」


 なんてレッドが放った途端、背中に震えるほどの怖気を感じた。


 その瞬間、黒き鎧が闇色の輝きを発し、その闇が周囲を走り抜けたのだ。


「これもデタラメかよぉっ!!」


 黒い光が、彼の怒気を現すように稲妻として鎧から放たれた時、今までとは比べ物にならない力が生まれた。


「しまっ……!」


 枢機卿長もなんとか魔力を強めようとしたが、間に合わず結界を破られ、魔剣に斬りつけられてしまった。


いかん……レッドのスーパー復讐タイムに文字数取られ過ぎちゃった。

というわけでまた延びちゃいました。ごめんなさい。多分次こそ終了です。

予定通り進んだことが無いのが俺の予定……何もカッコよくないなorz

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ