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第六十五話 与えられし剣(5)

 初めに、黒き鎧の姿を見た者は、誰もが呆気に取られていた。


 つい先ほど伝説の勇者の聖剣が見せた、まるで奇跡のような所業が、さしたる時も置かず再現されたのだ、無理もない。


 しかしてその異形は、聖剣が生み出した白き鎧とは比べ物にならないほど醜く、そして恐ろしかった。


 全身を闇色に染めたその鎧は、一切の他者からの接触も許さぬほど各所を尖らせ、まるで鎧自体が狂暴な獣の牙のようである。


 およそ鎧とは呼べない、もはや黒き鎧という魔物、いや悪魔としか表現する方法が無い。


 そんなおぞましい鎧を纏ったレッドだったが、周囲の沈黙をよそに、最初に行ったのは両手を開いたり閉じたり、足を前後に揺らすというどこか滑稽な動きだった。


「――よし、なんとか制御出来てるな」


 どうやら動作確認をしていたようだが、兵に取り囲まれている状況で阿呆ととしか取りようが無い姿であったろう。通常であれば。


 そんな呑気な彼に、誰よりも戦慄し自身の眼前で起きているのが信じられないのは、ついさっき首飾りが飛んでいった際、思わず尻もちをついたまま上半身だけ起こしてこちらを見ている、ゲイリー・ライトニング枢機卿である。


「なんで……正気を維持してるんだ……?」


 どうもメチャクチャに驚いているらしい。布で目が塞がっていなければ、見開いた目を拝めたことであろう。


「さて、と……」


 とりあえずちゃんと動かせる。あれだけ受けていた怪我の痛みも、マータから貰った毒も、連戦の疲れも消えていた。前回の時同様に、この黒き鎧にはそんな力がある。


 まだ戦えることが分かったレッドは、突き刺さったままである魔剣を引き抜く――のではなく、なんともう一押しする。

 その途端、魔剣はまるで水の中に沈むようにスッと地面に、いや、黒き鎧の影に消えてしまう。最初からそこに無かったように、消滅してしまった。


 取り囲んだ者たちが何度目か分からない驚愕をしているのを、まるで気にも留めずに、レッドは黒き鎧姿のままで首をコキコキと鳴らすどこか可笑しみのある姿を見せると、


「最初はまあ、勿論……テメエだよなぁ、ゲイリィっ!!」


 そう叫び、枢機卿長に突撃する。


「ゲイリイイイイイイイイィィィッッッ!!」


 怒り、憎しみ、前回からの怨念全てを注ぎ込むように絶叫しながら、黒き鎧は信じられない速度で駆け抜ける。


 誰もその速さに間に合わず、枢機卿長がその鋭く尖った五本の指で引き裂かれようとした。しかし、


「……!?」


 その怨敵を斬り裂こうとした右手は、突如割り入った白い影に阻まれる。

 言うまでもなく白き鎧、勇者アレン・ヴァルドである。彼が左腕に持つ盾により、その暴虐的な爪を受け止めたのだ。


「ぐっ……!」


 受け止めはしたものの、アレンは動揺を隠せない。


 重い。


 先ほどの巨大剣の一撃などとは比べ物にならないくらい、はるかに重い。拳ですらないただの五本の指で殴られた程度の一撃なのに、白き鎧を纏った自分に強烈な痺れを抱くほど重い打撃を与えた。


 それは、聖剣と白き鎧を手にし、光の勇者として全能感すら持ったアレンには、到底信じられないことだった。


「邪魔するなぁ、アレンっ!!」

「づっ……な、何なんですその鎧は!? 貴方はいったい……!」

「うるせぇ!!」


 アレンの疑問など、聞く耳すら無い。盾に止められた右手ではなく、開いた左手で隙だらけの脇腹にブローをかます。


「ぶっ……!」


 完全に意識の外から受けた攻撃に、アレンは対応できず、簡単に殴り飛ばされてしまう。

 その勢いのまま、レッドはようやく立ち上がったばかりの枢機卿長にその悪魔の爪を立てようとした。


 だがそれも、また四方八方からきた刃に邪魔される。


「んぅ!?」


 近衛兵たちが、何人もで黒き鎧を槍、剣などで刺し殺そうとしてきた。


「ようし、そのまま反逆者を取り押さえろ!」


 見れば、ガーズ団長が自ら指揮する近衛兵に命令を飛ばしていた。次に、弓兵たちも矢を放っている。事実上この場での主である枢機卿長を助けようとする、健気な活躍だった。


 けれども、激昂しきったレッドにとって、そんな健気さは怒りのボルテージを高めるスパイスにしかならない。


「邪魔すんな、つったろうがぁ!!」


 怒声と共に、レッドは背中に生えた悪魔の羽を大きくはためかせ、そのまま身を翻す。巨大な羽は大きな風を生み出し、竜巻のように群がった兵たちを弾き飛ばした。当然、放たれた矢もそれと同じくいずこかへ飛んでいく。


「な、なんだ、あいつは……!」


 ガーズも驚きを隠せないようだ。もしかしたら、つい今しがたまで戦っていたベヒモスより強い恐怖を抱いているかもしれない。けれど、近衛騎士団団長が、恐怖に震えてはいられない。


「――っ、ま、魔術師隊、奴を攻撃しろっ!」


 続いて、近衛騎士団所属の魔術師、及び教団の浄化部隊が揃って、黒き鎧に攻撃魔術を仕掛ける。炎、水、雷、風、大地など、ありとあらゆる魔術の詠唱が始まる。


 しかし、それに待ったをかけようとしたのは、従者に引きずられ距離を取っていた枢機卿長だった。


「よ、よせっ、奴に魔術をうかつに使うなっ!!」


 そう叫ぶが、間に合わない。いくつもの攻撃魔術が黒き鎧に向かって放たれる。


 一つは業火、一つは津波の如き大波、一つは天を貫く程の雷鳴、一つは万物を斬り裂く刃と化した疾風、一つは城壁すら容易に砕く巨石。それらがいたるところからレッドに向かって放たれる。


 ほとんどの人間が、これで完全にレッドは死んだと思った事だろう。この一斉攻撃で倒せぬものなど、それこそ伝説の魔王くらいだと。


 だが、そんなぬるい展望は、いとも簡単に砕かれた。


「――っづあぁ!!」


 獣のような叫びと共に、レッドは魔術の一斉攻撃を前に右手を大きく振ると、全ての魔術が眼前で爆ぜた。


 ほとんどの人間が、わが目を疑ったに違いない。あれだけの上級魔術の束が、腕で一薙ぎした程度でかき消されてしまったのだ。よほどの魔術師でも、そのような光景拝んだことは無いはず。


 しかし、彼らが本当に驚くべき現象は、そのすぐ後に起こった。


「――何、あれ……」


 ラヴォワの呆気にとられた声が聞こえてくる。


 実際、傍目から見れば異様どころか異常現象ではあるだろう。

 なにしろ、今しがた爆ぜた魔術の残滓が、黒き鎧に吸い取られていっているのだ。


 炎、水、雷など。それらかき消された攻撃魔術の残りが空中に漂い、それが黒き鎧に、全身鎧の至る箇所から吸い込まれていっている。まるで大渦が壊した船の残骸を飲み尽くそうとするように、それは尋常ならざる光景だった。


 何が起きているのか、理解できる者はほぼ居なかったろう。

 だがその解答は、すぐに与えられることとなる。


「この、野郎……がぁっ!!」


 攻撃を受けたレッドが、魔術師たちに怒り、襲い掛かる。


 バリスタが放たれたような勢いで、浄化部隊の無地の仮面を付けた魔術師たちに喰らいつき、両手で二人の顔を鷲掴みにする。

 二人が怖れ泣き叫ぶと、レッドは両手にほんの少し力を込めた。


「――ふん」


 黒き鎧の手が、二つとも黒い輝きとしか呼べない闇色の光を放つ。

 その時、両手で泣き叫んでいた二人の声が、どんどん小さくなる。

 それに反比例して、黒い輝きがその光を増していった。

 やがてその黒い輝きが消えると、ドサッと地面に投げられた二人は身動き一つしなかった。


「――っ、ま、魔力を、吸ったの……!?」


 それは、またしてもラヴォワだった。魔術連盟から派遣されたエリートである彼女は、見ただけで何が起きたか悟ったらしい。皆がその言葉に息を呑む。


「……ああ~、やっぱ疲れた時はこれだな。気分良くなったわホント」


 などと、レッドはまるで酒でも飲んだように軽く言い放つが、辺りはその様に凍りついてしまう。


 これは前回の時からこうだった。前回アレンを襲う前に、王都で腕試し代わりに騎士団を襲撃したことがあったが、その時もこの黒き鎧は魔力を吸い取っていた。どうもこれが黒き鎧の特性らしく、受けた攻撃魔術や触れた相手から魔力を奪い取れるようなのだ。これをやると活力が漲るため、戦いでは使える能力だった。


 ただし、魔力は奪えても殺すことは出来ない。どうも人間とは魔力だけで生きているわけではないようで、仮に根こそぎ吸ったところで、せいぜい気絶させる程度しか効果が無い。今足元で寝転がっている奴らも、死んではいなかった。

 しかしながら、そんなことが、今恐ろしい魔物と対峙している彼らにとって、何の慰めにもなろうはずもない。


「さて――次はどいつから吸ってやろうか」


 あくまで軽く、当たり前のように恐ろしいことを告げる。皆が戦慄する様子を、レッドは鎧の中で楽しげに見つめていた。


あー、正直今回で新章突入させる気だったのに、なんか黒き鎧暴れさせてたら延びちゃった……ごめんなさいorz

ま、二か月かかってようやくの登場だしこれでいいか。今までの鬱憤晴らす形で活躍させたい。

多分次で終わりでしょうけど。ようやく話が見えてきたな……

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