第四十四話 綻び(2)
急いで駆けつけたレッドたちが目にしたのは、まさに地獄のような光景だった。
鉱山の入り口に作られた監視役の近衛騎士団の兵たちは、皆無残に殺されていた。
兎族の村で殺し合っていた時と違い、今回は昼間なため、余計に凄惨な有様が鮮明に写る。血や肉がそこら中に飛び散り、血生臭い匂いが辺りを覆っている。
そして、兎族の村の時と違うのがもう一つあった。
「これは……」
「酷い……」
アレンや、スケイプなど近衛騎士団の連中も顔を背けた。スケイプの取り巻きの一人などは、吐いてしまっている輩もいた。
兎族の村の時は人間同士の殺し合いだったため、斬られたり殴られたりした遺体は原形を保っているのが大半だった。
しかし、今回の彼らの遺体は違う。
原型どころか体の一部が残っているだけマシという状態。二十人くらいいたはずの人たちが全てがバラバラにされ、肉や骨の一部がわずかに残されており、例外は大量の血だまりくらいだ。
明らかに、人間の血肉を目的とする魔物の食し方だった。
「えげつないな……」
誰もが、そのおぞましい光景に目を背けたくなった。
だがそうもいかない。魔物の襲撃現場は情報の宝庫だ。どんな魔物が現れ、どんなふうに殺されたのか。その全てを把握しないと対策が取れない。
「ラヴォワ、何か分かるか?」
レッドが声をかけると、ラヴォワは地面に落ちていた黒い毛を拾い上げていた。
「……間違いない。これはミノタウロスの毛。現物を見たことあるからこれは絶対。でも……」
ラヴォワは、自分で絶対と言っている割にその判断を信じられていないようだ。
「ラヴォワ? どうしたんだ?」
レッドが尋ねると、ラヴォワは首を傾げてしまう。
「……やっぱり変。ミノタウロスは『迷宮の魔物』と呼ばれるほど狭くて閉鎖された場所を好む。それでなくても夜行性。こんな昼間の、開けた場所で暴れるなんて聞いた事無い」
かつてのブルードラゴンの一件を思い出す。あの時も森や魔物たち、ブルードラゴンにも明らかな異常が起きていた。同様の異常が、この鉱山でも起きているのだろうか?
そして、気にかかることはまだあった。
「そ、それよりこいつらはいったい何故こうも簡単に殺されているのだ!? ここにいるのは近衛騎士団でも腕利きの奴らだぞ!?」
スケイプの意見は正しかった。
ミノタウロスという上級の魔物を監視するための見張り役だ、騎士も魔術師もそれなりの者を集めたはず。こんな一方的に虐殺されるような無能ではあり得ない。第一、襲撃されたと連絡がこちらに来なかったのも変だ。
考えられるのは、一つしかない。
「連絡する間もなく、一瞬で殺された――としか思えんな」
レッドの発言に皆が震えた。これだけの精鋭を僅かな時間で皆殺しにする魔物が、今近くにいる。その事実に誰もが戦慄した。
「――ちょっと、考察は後にしてよ」
と、そこでマータが口を開く。
「今大事なのは、ここの連中を皆殺しにした魔物がどこにいるかでしょ? こうしている間にも、襲われるかもしれないなんて御免よ」
マータの言う通り、現在一番大事なのは、ミノタウロスがどこにいるかだ。身構える余裕も無く襲われれば、ここにいた監視役たちの二の舞となってしまう。
「ラヴォワ、索敵魔術はどうだ?」
「――反応無し」
「アレン、お前はどうだ?」
「――いえ、感知できません。匂いもしないし、まるで消えてしまったようです」
ラヴォワやアレンが感知できないともなれば、こちらとしてはお手上げだった。感知外のはるか遠くへ逃げてしまったと考えるしかないのだろうか。
「もしかして、どっか行っちまったのか? やべえぞ、街とか向かったら大事じゃねえか」
「いえ、どこかへ逃げたのなら周辺に足跡や草木が荒らされた跡とか、何らかの痕跡があるはずですが、何も……」
「んじゃ、鉱山の方に戻ったのか? てことはやっぱ鉱山に入ることに……」
「無いわね」
ロイの推測を、マータがバッサリ切り捨てた。マータの方はいつの間にか、鉱山の入り口辺りにいた。
「おい、そんなところにいたら危ない……」
「平気よ。少なくとも、ミノタウロスは鉱山に戻ってないわよ」
そう断言するマータに、レッドは眉をひそめた。
「なに? どうしてそんな断言が出来るんだ?」
「ここよ」
マータが指差したのは、鉱山の入り口付近の地面だった。
そこには、二つに開かれた円のような、ちょうど牛の物に近い巨大な足跡があった。
間違いなく、ミノタウロスの物である。
「ほら、この足跡、帰ってきた跡が無いでしょ?」
「え?」
マータに促されよく見ると、確かに足跡は全部鉱山から出た足跡で、戻っている足跡は一つも見当たらなかった。
「それに、この辺には血の跡が一つも無い。あれだけ殺したんだから、返り血も相当浴びてるはずよ。それが無いってことは、ミノタウロスは間違いなくこっちに戻ってないわ」
なるほどと頷く。流石に一流の冒険者だけあって、こういった見識は抜群だ。
しかし、問題は解決していない。こうなっては、ますますミノタウロスが何処に行ったか分からない。
「まさか、本当に雲隠れしたわけじゃあるまいし……ん?」
ふとレッドが上を見上げると、辺りが暗くなっていることに気付いた。
「あれ、まだ昼間なのに……」
原因はすぐ分かった。いつの間にか、黒々とした雲が上空に広がっていたのだ。
やがて見渡す限りの空を覆ったかと思えば、間髪を入れずに雨が振り出した。結構強い勢いでレッドたちを打ち付けてくる。
「うわ、いきなり雨?」
「……最悪」
「勘弁してくれ、合羽なんか用意してないぞ」
それぞれが思い思いに愚痴を漏らす。レッドも予想だにしていなかった雨に嫌な気分になっていた。
酷い目に遭ったな……などと思っていたその途端。
「待ってください!」
と、アレンがさっきのように叫んだ。
「――アレン?」
恐ろしい予感がしつつ、レッドが尋ねると、アレンはこちらに絶望したような顔を見せて「……レッド様」と呟くと、
「この雨……血の匂いがします」
「な……・・!?」
レッドは咄嗟に、「全員、離れろ!」と叫んだ。
その途端、レッドたちの丁度中心に、激しい閃光が走った。
「ぐわっ……!」
閃光は光だけでなく衝撃波までもたらし、レッドたちの体は吹き飛ばされる。
「つう……」
全身を打ち付けられた痛みに苦悶しながら、レッドはなんとか体を起き上がらせる。
そして、彼は言葉を失った。
「あれは……」
自分たちに落ちてきたのは、雷だったのだろう。それは間違いない。
しかし、落ちてきたのは雷だけではなかった。
閃光が落ちた場所に、一つの人影が立っていた。
否、それは人ではない。人と同じ二足歩行の体型をしているが、その影は人族でも亜人族でもなかった。
巨大な、高さだけ言えば五メートル近くはあるだろう姿。
黒々とした毛に覆われた肉体は、それでも丸太のように太く厚い筋肉を見せつけている。
足は偶蹄類特有の二本爪で、まるで鉄のように強靭な爪が深々と大地に刺さっていた。
何より特徴的なのは、頭。
頭部には天を衝くほど高く雄々しい角が二つも生え、その下には血走った大きな瞳、そして長く伸びた鼻と口が広がっていた。
ミノタウロス――レッドも、そしてその場にいた皆がその存在を確信した。
「こ、こいつ……雨雲の中に潜んでたの!?」
「そんな……そんなミノタウロス聞いた事無い!」
ラヴォワが驚愕する。確かに、空を飛ぶ魔物ならともかく、地下が主な生息地であるミノタウロスが空を飛んでいたなど、信じられなくて当然だ。
だが、ミノタウロスはそんなこと構いはしなかった。
ミノタウロスは天を見上げ、凄まじい勢いで咆哮を上げる。
あまりの轟音に、皆が耳を塞いで耐える。鼓膜が破れてしまいそうだった。
――こいつは……!
レッドの中に、かつて嬲り殺しにされた記憶が蘇る。
あの悪夢が、再びレッドの前に現れたのだ。




