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第百五話 巨人が立つ時(3)


(やった……!)


 歓喜の声を上げたのは誰だったか。レッドの計画通り、デュラハンの一番脆弱な関節は断ち切ることが出来た。


「みんな、下がれっ!」


 四肢を切り落とした直後、レッドが叫ぶ。崩壊に巻き込まれることを怖れたのだろうと他の者は思い、パッと飛び退きデュラハンから距離を取る。


 まず最初に地面に落とされたのは両脚だった。空っぽの金属の塊はガラガラと夜闇に轟音を響かせる。

 続いて、両腕が胴体より早く叩きつけられる。支えを失った腕は大地で跳ねて、これまた耳障りな音を鳴らしてその場に転がる。


 勿論、宙に浮く形となった胴体も四肢と同じく墜落する運命にある――はずだったが。


(……ん!?)


 最初に違和感を察知したのはスクレート七世だった。思わず出した疑問の声が、他の皆にも気づきを与える。


 デュラハンの体――正確には、四肢を切断された胴体部分の落下が、あまりにも遅い。先に落ちた両腕両脚よりゆっくりと下がっていき、やがて完全に空中で静止した。


(な、なんだ!?)


 予想外の事態に皆が動揺していると、強烈な閃光が辺りを覆う。


「うわっ……!」


 眼が焼かれる痛みに耐えかねて、盾で光を遮りながらなんとか地面へと降りる。着陸地点には、スクレート七世らも集まっていた。


「レッド、どうなってんのよ! あいつ浮いたままなんだけど!」

「……それは」


 レッドが説明する間もなく、光は一瞬また強く輝いたかと思うとすぐさま消え、何事も無かったように闇だけが世界に満ちる。

 代わりに、空中に残ったデュラハンの胴体に異変が生じる。


 ベキベキ、ベキベキと、砕けるような音を慣らしつつ、デュラハンの胴体――正確には、今さっき全員で切断した四肢があった場所から何かが突き出してきた。


「あれは……!」


 リッカが息を呑む。


 現れたのは、腕。そして足。

 つい先ほど彼らが全力で胴体から分割したはずの四肢が、胴体から再び生えて、あっという間に再生した。

 デュラハンは、まるで何事も無かったようにまた自らの足でしっかり大地を踏みしめ、ゆっくりと侵攻を再開した。


「な、なんで……!」

『……だから言ったでしょ、無駄なんだよ!』


 エミーナ達が唖然としていると、ジンメが叫んだ。


『奴には白き鎧から出る無限の魔力があるんだ、腕だろうが足だろうがいくら切ったところですぐ再生されちゃうよ! こんなことしたって無意味に決まってんじゃん!』


 ジンメの発言通り、今彼らの目の前には先ほどと何も変わらない様子の巨人が、悠々と歩いている姿がある。

 その異様、伝説の魔物にふさわしい圧倒的な力に誰もが絶望させられる――と思われたが、




「……いや、予定通りだ」




 唯一レッドは、鎧の中でフッと口元を緩ませる。

 え? と三人が視線を向けたと同時に、レッドは大きく飛翔して一気に駆け抜けていってしまう。

 ジンメが何が起きたか分からず慌てふためくのを無視して飛んで行った目的地は当然デュラハンの眼前、ではなく、


「――よし」

『へ?』


 何故か、さっき自分たちが切り落としたデュラハンの両腕両脚へと到着する。もはや本体すら見捨てて巨大な鎧の残骸と化したそれらの直上にレッドは静止した。


『――! おいちょっと待て、お前まさか……!』


 ここに来て、ようやくレッドの思惑に気付いたジンメが慌てて止めようとする。だが、


「……手遅れだよ」


 そうニヤリとレッドが嗤うと同時に、黒き鎧から無数の鎖が飛び出した。


 ジャラジャラと音を立て、何十、何百という漆黒の鎖が突き出して向かった先は、足下に転がっている巨人の残骸。

 その両手両足に、鎖達は四つに分かれて雁字搦めに縛り付けていった。


(……レッド! アンタ何する気なの!?)


 そこで、レッドの動向を困惑して見ていたであろうエミーナが念話をかけてくる。


「エミーナ、離れてろ。ちょっと危険だから」

(は!? 危険って、どういうつもり……)

(レッド、止めてレッド!)


 混乱しているエミーナに、リッカが割り込んできてた。彼女は何が起きるのか悟ったようだ。


(お願い止めて! この前だって死にかけたのに、そんなことしたら……!)

「平気だよ。お前らこそ巻き込まれないよう気をつけろ……うおおおぉっ!」


 静止の声を断ち切るようにレッドが雄叫びを上げると、黒き鎧から黒炎が燃え上がり、鎖を伝って一気にデュラハンの四肢も炎に包まれる。

 そうすると、あの巨大な両手足が、ゆっくりと持ち上がっていった。


「ぐっ……ぐおおおおおおぉっ!!」


 苦悶の声を出しつつ、さらに力を振り絞ってレッドは翼をはためかせ急上昇させ、鎖で繋がった四肢をも引っ張り上げる。

 ちょうど、目線が背を向けてこちらを相手にもしようとしない巨人と合う高さまでたどり着くと、黒い炎をより強く燃え上がらせた。

 巨人の残骸達が完全に炎に覆われると、変異が始まる。


(こ、これは……!!)


 スクレート七世が目を見開く。今日あまりに多くのことが起こりすぎた彼ですら信じられない光景が映し出されていた。


 何百本もある大量の鎖が、絡み合い混ざり合い、やがて四つの鎖へと集束する。

 具体的には、右手、左手、右足、左足に一本ずつであった。

 そしてそれらが、それぞれ黒き鎧の右手、左手、右足、左足へと繋がっていた。


『レッド、止めろ! こんなことしたら、本当に……!』

「うるせえ、手遅れだって言ったろ……があああぁぁっ!!」


 ジンメの声を無視すると同時に絶叫したレッドは、全身がズタズタになるような苦痛に耐えながらさらに力を上げる。

 黒き鎧と巨人の手足を繋げた鎖が、完全に四つの線として独立すると、更に大きな変化が起きる。


 黒き鎧が、その影を増していく。

 いや、影ではない。鎧そのものが、巨人の手足と繋がった鎖を飲み込むように、纏った炎を埋めるかのように、鎧自体が肥大化していった。

 やがてデュラハンのものであった両の手足は黒き鎧に取り込まれ、黒き鎧の手足へと変貌していく。頭部、胴体をも形はそのままに、手足とちょうど合わさる大きさになっていった。


 先ほどまでレッド達を相手にもせずただ多くの餌が居る場所へ歩みを進めていたデュラハンが、何かに気付いたように振り返る。だが遅かった。


 その眼前には、全てを見下していた巨人とほぼ変わらない大きさの、首がある巨人が現れていた。


「……ちょっと低いか? いや同じぐらいかな」


 肥大化した鎧の中で、血反吐を吐きながらレッドはニヤリと嗤った。


「さて……こっからが本番だぞ。勇者様ぁ!!」


 吠えると共に、レッドは一キロ近く巨大化した我が身を駆けさせ、デュラハンへ向かっていった。

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