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第二十五話 帰郷(3)

「しっかし、噂は本当だったのね。カーティス家の三男は亜人を屋敷に連れ込んで愛人兼ペットにしてるって話」


 マータの爆弾発言に、レッドは含んだワインを盛大に噴き出した。


「……おい。冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ」


 ワインを傍のメイドに拭われながら、マータを睨みつける。


「なによ。あたしは噂のこと話しただけよ? 別に大貴族が奇麗な亜人をペットにしてるなんて珍しくも無いことじゃないの」

「だから違うって言ったろ。変な噂立てやがって、迷惑極まりないんだが」


 アレンの方を見ると、唖然というか何か引いているようにも見える。まだまだ幼いところがあるアレンに聞かせていい話ではないだろうにと、レッドはマータに対して腹を立てた。


「ていうか、なんで冒険者ギルドで俺の事がそんな噂になってるんだ? 公爵家とはいえ、末っ子の目立ちもしないガキだぞ」

「あら、ギルドなんて噂話大好きよ? 情報は金になるもの、ちょっとしたことでも耳聡い奴は仕入れたがるものよ」


 口さがないのは何も貴族に限った話ではないらしかった。何だか嫌になってしまい、ヤケクソ気味にメインディッシュの肉を口に放り込んだ。


 レッドたち勇者パーティは、カーティス家本家屋敷の食堂で夕食を取っていた。当然のことながら、贅を極めたフルコースである。


 ロイは貧乏とはいえ貴族で、しかも近衛騎士団副団長にまで出世した男、このような会食は慣れているようで意外にもナイフやフォークさばきに乱れが無い。マータも言葉は乱暴だが所作は奇麗である。ラヴォワも最低限のマナーは心得ているようで、一応きちんと出来ていた。


 問題はアレンの方で、どうもナイフもフォークもぎこちない。こちらの使い方を真似しているようだが、困惑し過ぎていて見ていられなかった。そういえば旅の途中で貴族の家で歓待を受けていた時もあんな感じだったし、彼のいた村ではテーブルマナーどころかナイフだのフォークを使う習慣すらなかったのかもしれない。


 何より、今回は会食などという畏まったものではないのだが、どうにも落ち着かないらしい。給仕されるなんてほとんど初めての経験なのだろう。いちいちメイドにヘコヘコと頭を下げていた。もう少し落ち着けと言いたかったが、これは慣れの問題だろうからとレッドは何も言わないでおいた。


 ちなみにアレンの給仕を担当しているメイドは、猫族の亜人キャリーである。


「…………」


 レッドは何も言わないでおいた。


 ――確かに、何も無かったようだな。


 レッドは気を取り直すと、まず自分の名誉を傷つけている不届き者に一つ言ってやることにした。


「とにかく、これ以上不名誉な噂流さないでくれるかな。迷惑極まりない」

「って言ってもね、アトール王国でこんなに亜人を雇ってる貴族なんていないわよ? そりゃ変人か変態扱いされるに決まってるじゃない」


 また酷い言い草である。しかし、旅の直前に叔父にも指摘されたように、確かにこんなに亜人を家に入れている貴族などいない。亜人など領地に住まわせていても、醜いケダモノとして家に近づいただけで殺そうとする貴族が普通なくらいなのだ。


「別に好き好んでこんな状況になった訳じゃないさ。ほとんど不可抗力だよ」

「あら、なによ不可抗力って」


 マータが聞いてきた。本人は何の気なしかもしれないが、少し困る質問だった。

 何しろあの横領からの使用人大量解雇は、表向きは無かったことになっているからだ。下手に教えて話が広まれば、それこそ悪い噂になりかねない。


 そんな風に俯きながら悩んでいたのだが、妙な視線を感じた。

 気が付いたレッドが顔を上げると、皆が食事の手を止めて自分の方に視線を集めていた。

 特にアレンは、やたら真剣な目を向けてきていて、少し困惑してしまう。


 仕方ないと思い、レッドは話し始める。


「――五年くらい前だったかな。ちょっとした事情でうちの使用人が何人か辞めちゃって、穴埋めということで亜人を雇ったんだよ。まあそんなこと繰り返していたら、いつの間にか増えちゃったんだ。それだけさ」


 ふうん、とだけ言うと興味無さげにマータは食事を再開した。

 適当に煙に巻いたものの、勘のいいマータのことだから、ちょっとした事情というのが横領か不正の類だと気付いたかもしれない。しかし、これ以上追及する気は無さそうだ。ホッと胸をなでおろす。


 アレンの方が気にかかり見てみると、どこか顔色が悪い。少し影が入っているというか、思い詰めているような顔だ。


「――アレン? どうした、気分でも悪いか?」

「え、あ、え、いえいえ! なんでもありません!」


 随分とオーバーなリアクションをして否定する。どうにもここに来てからアレンの様子がおかしい。

 いや――もっと前からかもしれない。思い返してみると、ブルードラゴン討伐あたりから自分を見る目が変わった気がする、とレッドは疑問を抱いたものの、それが何故なのかは見当もつかなかった。


「そうか? ならいいが……ま、大したもてなしは出来ないが、気軽にしてくれていいぞ。いつもお前にはだいぶ苦労かけてるし」

「いえいえ、そんなこと! 皆さんに比べれば僕なんて大したことしてませんから! こんな凄い奇麗なところでこんなおもてなしを受けるだけで十分すぎますよ!」


 顔をブンブン回して謙遜してくる。こういう部分は相変わらずだった。


「そこまで遠慮しなくていいぞ。一応の領主は父だが、ほとんど俺の家みたいなもんだからな」

「え、勇者様の家なのですか?」

「ああ。両親も兄弟も王都住まいだからな。向こうで仕事してるから、基本こっちには帰らないんだよ。ほとんど顔も会わせないし」

「それは……寂しくないのですか? ご家族とも滅多に顔も会わさないなんて」

「別に。昔からだしな。貴族の末っ子なんて大概いないもの扱いが普通だよ。俺だって聖剣の勇者になんぞならなかったら、王都で当たり障りのない役職に就いてどこかの貴族令嬢と結婚させられてたに違いないし。困ったもんだ」


 それは、レッドにとって軽い発言だった。

 しかし、その一瞬、場の空気が一気に凍りついた感覚がした。


 ふとレッドが気付くと、食堂にいた全員が目を見開いていた。皆の目が集まっている先は、当然レッド自身である。


 ――しまった、やっちまった!


 レッドは自分が失敗したことを悟った。


 聖剣の勇者。この世界における救世の伝説にして、王国によって代々祀られてきた聖剣に選ばれし、世界を救う英雄となる者。

 当然それは計り知れないほどの名誉であり、誰もが羨み憧れる立場であることは疑いようもない。

 それをレッドは、まるで厄介事を押し付けられたように言ってしまったのだ。奇異の目で見られて当然である。


 前回の知識があるレッドには、聖剣に選ばれた本物の勇者はアレンであり、自分は仮初めの勇者だと知っている。だからそんな台詞が飛び出したのだが、そんなことを誰も分かるはずもない。かといって、その事実を述べることも出来ない。


 しばし悩んだあげく、ナイフとフォークを皿に置き、レッドが呟いたのは、


「……なあ、お前たちはどう思う?」


 だった。


「どう……って何がですか?」


 唐突なレッドの質問に、アレンが恐る恐る尋ねてきた。


「決まってるだろ。どうして俺が聖剣の勇者に選ばれたか、だよ」

「え?」


 アレンは思わず声が上ずっていた。考えもしない言葉だったのだろう。


「ちょっとレッド、何よどうして俺がってのは」


 マータも何を言っているか分からないようで、そう質問してくる。狙い通りだった。


「いやな。前の聖剣の勇者は、まあ誰もが知ってる通り初代国王だったわけだが、なら王族の直系が選ばれるはずだろう。一応は王族の血は引いているとはいえ、どうして王家の家でもない俺が選ばれたのかな、ってな」

「それは……やっぱり、勇者様が優れた素質があったということじゃないですか?」

「生憎だが学園での成績は上の下くらいでな。剣の腕も自慢できるほどじゃないし、魔術もそれほど得意でもないしな。正直、素質と言われてもピンと来ないんだこれが」


 これは本当だった。学問も剣の修行も魔術の勉強も、ギリギリまで疲労して悪夢を見ないで寝れるようにするためだったので、努力した割には大したことは無かった。学園時代、お前の努力の仕方は間違っていると教師に言われた事もある。


「なに、じゃああんた自分がなんで聖剣に選ばれたのか疑問に思ってたってこと?」

「むしろ、疑問に思わない奴の方が変だろ。勇者なんて大役に突然選ばれれば誰だってどうして自分がって思うものさ」


 そこまで言って、レッドは心の中でガッツポーズを決めた。


 こう言っておけば、あの失言も誤魔化せるだろう。誰だって不安に感じるとすれば先ほどの言い草も理解してもらえる。ギリギリで思いついた手だがレッド的には悪くないと思っていた。


「そ、それは……きっと、勇者様が聖剣に選ばれる秘めたる才があったということではないでしょうか?」

「才ねえ……いったいなんなんだろうね、それって」


 これも本音だった。自分は聖剣に選ばれた本物の勇者ではない、と分かっているが、だからこそ自分が選ばれた理由が分からない。仮初めの勇者としても、どうして自分だったのか? その答えを知るのもこの旅の目的でもある。


「まあ考えてもしょうがないか。今は役目を全うしてればいいか。すまん、変なこと言った」


 そう言って話を終わらせる。変な空気を作ってしまったが、先ほどの不用意な発言は潰せただろうからそれでいいと思うことにした。


「……それだったら、僕だって」


 ところが、アレンが不意に立ち上がって話し始めた。


「神託としてパーティに参加しましたが、不安になることはありますよ。本当に僕で良かったのか、って」


 アレンはそう告げた。その瞳には確かに不安と恐怖が見て取れた。

 そういえば、ブルードラゴン討伐前にそんな話を聞いたことがあった。自分の意志でパーティに参加しているとは言っていたものの、やはりそういった気持ちは消せないようだ。


「――そう卑下することないさ。きちんと役目は果たしているさお前も」

「そうでしょうか……」

「ああ。旅して五か月。色々大変ではあったが、それでもなんとかやれて来れたんだ。一応は上手くいってると思おうじゃないか」


 少なくとも、お前を見下し続けて思い上がった結果、壊れてしまった前のパーティよりは。とは付け加えないでおいた。


「なるほど? そう考えるとあたしら結構いいパーティなのかもしれないわね」

「結構いいパーティ……か?」

「……確かに、まあ一応はやれてるというだけでもいいのかも」


 他の三人も頭に疑問符を浮かべながらも賛同してくれる。このパーティらしいと言えばらしい光景だ。


「ま、魔王討伐の旅がどれくらい続くかは知らんが、今までやれただけいいと思おうじゃないか。んじゃ、改めて乾杯とでもするか」


 そう言うと、自分が音頭を取る形でグラスを取り、乾杯する。

 カチンと、軽い音がした。


   ***


「……寝れん」


 夜。夕食が終わった後に五人はそれぞれ入浴し、自分の寝室に入っていった。

 当然レッドも自室に入り寝ようとしていたのだが、なかなか寝れなかった。

 悪夢を見るからと寝るのが好きではなかったレッドだが、記憶が戻って以降はそれも無くなり割と好きに寝ていた。が、今日はどうもいくらベッドで横になっても、寝れる気がしなかった。


「……ダメだ、トイレにでも行こう」


 そう思い、起きることにした。ベッド横のランプだけ点けて部屋を出る。

 廊下の明かりを寝惚け眼で歩いていると、前の方から声がしてきた。


「――んな、信じられません!」


 妙に声を荒げるその主は、甲高く子供のような声色をしていた。

 アレンではないか? と思ったレッドは、声のする方へ行ってみた。


 そこは、普段は使われていないような物置小屋だった。本当は客室だったのだが、そもそも客が来ることが少ない事と、別邸からやたら荷物が届くので本来の物置小屋では足りず、止む無く何部屋か客室に物を置くようになってしまった部屋だった。


 ふと扉の隙間から覗いてみると、アレンと使用人たちが話し込んでいた。キャリーたち猫族や兎族など亜人のメイドたちが数人いる。

 どうにも気にかかり、扉を開けて入ってしまう。


「……何してんだ、お前ら?」


 そう言ってドアを開けると、アレンもキャリーたちも仰天した顔を見せる。酷く動揺しているらしい。

 その様子に首を傾げていると、申し訳ございませんとだけ言いキャリーたちは逃げてしまった。

 残ったのは、目を泳がせ額から冷や汗を大量に流しているアレンだけだった。


「あ、あ、あの……聞いてました?」

「? 何を?」


 としか答えようが無かった。事実何も聞いていない。何をそこまで焦っているのか分からないくらいだ。

 その返答に、アレンはホッとしたようで安堵のため息を漏らす。


「なんだ、どうかしたのか?」

「い、いえ、なんでもありません! ただちょっと同じ亜人同士話し込んでただけでして、すいません!」


 こんな使ってない部屋で隠れて話すことなどあるのだろうか。第一、アレンはマガラニ同盟国の、キャリーたちはアトール王国の亜人だ。亜人とは縄張り意識が強く同類でも違う土地の者は仲が悪いと聞いていたのだが、そんな仲良く話すだろうか。


 だがアレンはそんな疑問を口にする間もなく、「それでは、お休みなさいませ!」と言って頭を下げると逃げるように去ってしまった。後には置いてけぼりのレッドのみ。


「何だってんだ……?」


 そう呟くものの、誰もその答えをくれる相手はいなかった。


今日は久々に長い。いや、いつもが短すぎるんだけどorz

というわけで実家帰宅編ももうすぐ終わり。次は王都かな。

……どんな話にしよ(ぉ

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