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第二十一話 闇に染まる時(4)

「がっ……!?」


 激しい衝撃が来て、レッドは横合いに殴り飛ばされた事を知る。

 強烈な一撃を耐えることなど出来ず、飛ばされるままのレッドの肉体は、焼け崩れた家屋の一つに激突していた。


「ぐっ、がっ……!!」


 打ち付けられた全身が酷い痛みを訴える。生きていて、しかも意識を保っていること自体が奇跡としか思えない。恐らく、まだアレンの防御魔術の効果が残っていたのだろう。


「づっ、なん、だ……」


 太い丸太で思い切り殴られたとしか思えない痛みだったが、そんな丸太こんなところにあるはずもない。節々の痛みに耐えながら何とか起き上がると、


「な……」


 言葉を失ってしまった。


 目の前に、ブルードラゴンが立っていた。頭から尻尾の先まで真っ二つに斬ったはずのブルードラゴンが、何事も無かったように平然と立っていた。


 いや、それは違う。平然としていたわけではない。

 確かにレッドはブルードラゴンを斬った。それは間違いなく事実だった。


 ブルードラゴンは、()()()()()()()()()()()()()()()


 二つに分かれた肉体の断面から、血とも肉とも区別のつかない泡がブクブクと湧き出し、裂けたブルードラゴンの体を引っ付けていく。まるで斬られた事実を埋めるかの如く、一つに戻っていくのだ。


 が、斬られた頭から首もそのまま接着されるかと思えば、それは違った。


 他の切断面同様、ブクブクと血色の泡が湧いて再生しつつあったのは一緒である。

 しかし、分かれた二つの首が、重なって一つになることなく、失われたもう半分を取り戻そうとしているのだ。

 すなわち、左半分の頭部は残り右半分を、右半分の頭部は残り左半分の頭部を再生しようとしていた。

 要は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「馬鹿な……」


 レッドは自分の目を疑わざるを得なかった。

 この旅を始めてから数か月、いくつもの邪気によって狂暴化した魔物を見てきたが、こんな変異をした魔物は初めてだった。

 もはや狂暴化などという代物ではない。変異、変質――ブルードラゴンという魔物から、違うもっとずっとおぞましい怪物に変身してしまったと言うべきだろう。


 だがレッドは、この怪物に見覚えがあった。

 正確には、この怪物が今行っている変異に、だが。


「なんで、こんな……」


 などと呆然としていたところに、瓦礫が崩れる音がレッドともブルードラゴンとも違うところから鳴った。


「そんな……ここまで魔物化が進んでいたなんて……」


 音の主は、こちらもなんとか立ち上がれたラヴォワだった。体中あちこち怪我しているらしく、三角帽子はどっかに行ってしまい、彼女の幼げのある容姿が血と泥で汚れてしまっているのを周囲に見せていた。


「ラヴォワ、危な……っ」

「レッド、下がってっ!」


 彼女の珍しい叫び声が聞こえたかと思うと、ブルードラゴンに向けた杖から、青い光と古代文字が大量に浮かび上がってくる。


「……全ての命を終わりへといざなう極寒の風よ……!」


 ラヴォワが唱えると同時に光は強さを増し、古代文字が杖の周囲を激しく旋回し出す。これは魔術の詠唱だった。


 魔術は基本その魔術を発動させるための魔術陣を描くか、魔術を発動させる呪文を詠唱する必要がある。

 しかし、ある程度高位の魔術師ならば、その両方を使わずとも念じるだけで魔術を発動させることが出来る。これを無詠唱魔術と呼ぶ。

 ラヴォワほどの優れた魔術師なら、低級あるいは中級、さらに上級と称される高難易度の魔術もほとんど無詠唱で行使することが出来る。

 つまり、今ラヴォワが使おうとしている魔術は、それだけの上級魔術ということになる。


「我が敵に永久(とわ)の眠りをもたらせ……アイス・エイジっ!!」


 瞬間、ラヴォワの杖から、恐ろしい勢いの猛吹雪が穿たれた。


 極寒の風は見る見るうちにブルードラゴンを凍り付かせ、やがて巨大な氷柱を完成させる――はずだった。


「な……っ!」


 ラヴォワは絶句する。ブルードラゴンを覆い尽くそうとしていた氷が、どんどん溶けていくのだ。

 ブルードラゴンの肉体が高熱を発し、溶けた氷が蒸気となって――いや、違った。


 白いはずの蒸気から、どんどん黒いものが混じっていった。

 ブルードラゴンの肌が澄み切った空を思わせる美しい青色から、星一つ無い夜空を思わせる漆黒へと変化していく。

 そしてその全身から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「あれは――!」


 レッドは確信した。

 自分は、かつての自分は間違いなくこれと同じ光景を見たことが、否、身を以て体験したことがある。

 なにしろ、かつてこの変異を行ったのは、他ならぬ自分自身なのだから。




『さあ、覚悟しろ、これが黒き鎧の力だっ! 貴様ら身の程知らずの裏切り者をこの手で八つ裂きに――ぐっ!?』


『が、がガッ、ガガガガガガガガガカガガァァ……ッ!!』


『ア、ァ、アノグゾヤロヴゥ……ハメヤガッダナ……ッ!!』


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァッッッ!!』




 そう。このブルードラゴンに起こった異常は間違いなく、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「どうなってんだ……」


 戸惑いを隠せないレッドだが、気にしている余裕はない。ラヴォワの発する極寒の風がもう尽きようとしている。ブルードラゴンに力負けしているのだ。


 レッドがラヴォワに飛びつくのと、ブルードラゴンが氷の障壁を突き破ってかぎ爪を叩きこもうとしたのはほぼ同時だった。


「づうぅぅっ!!」


 避けきることは不可能だった。聖剣で無理やり止めたが、衝撃までは相殺できない。ラヴォワを抱えたまま、また弾き飛ばされる。


「があぁ……!」


 また全身に激痛が走る。歯を食いしばって耐え、何回も転がってようやく止まった。

 腕の中をラヴォワを確認するが、生きてはいたものの気絶してしまっている。どのみち、あれだけの上級魔術を使えばほぼ魔力切れだろうから構わない。


 偶然にもその場から、他の三人も見つけることか出来た。どうやら生きてはいるようだが、皆気絶しているらしい。健在なのは自分だけだ。


「……健在というほど元気でもないけどね」


 正直言って自分も気絶したかった。全身ボロボロだし、何度も打ち付けられて痛くて仕方ない。こんなにいたぶられたのは、前回の時別宅の従者たちにリンチされた時くらいだろうか。


 だが、ここで死ぬわけにはいかない。そう奮起して、聖剣を支えにして何とか立ち上がる。


「まだ何も終わっちゃいないんだ、死ねるかよ……!」


 自分は何も知っていない。

 何故前回の自分は嵌められたのか。どうして自分が勇者ということにされたのか。偽勇者という罪を背負わされたのか。あのゲイリーが、何故自分に魔剣を渡したのか。

 ゲイリーの、国王の、この世界の誰が自分を破滅させたのか。それを知らずに、こんな化け物の腹に収まることは出来ない。

 悔恨と憎悪で占められたあの最後を、二度と繰り返さない。そう決めたのだから。


 聖剣を構え、ブルードラゴンに敵意を向ける。

 自分でも、その剣先が震えているのには気付いていたが、だからと言って逃げるという選択肢を取る気はなかった。


 が、ブルードラゴンはその二つの首のうち一つもこちらに関心を向けず、別の物に興味を抱いた。


「……!?」


 奴らが獲物として狙ったのは、未だに倒れ己が食われようとしていることを分かってすらいない、アレンだった。


「――っ! 聖剣んっっ!!」


 瞬間、恐怖心などどこかへ消え去り、レッドは聖剣を手に走り出していた。


「お前本当の飼い主が俺じゃないなんて、分かってんだよ! だけど、今お前のご主人様が死にかかってんだ、だから――!」


 レッドの叫びに呼応するように、聖剣から発される光がどんどん増していく。


「今は――今は俺に力を寄越せっ! このクソ剣があぁっ!!」


 そう絶叫したのと同時に、光の刃をブルードラゴンへ横薙ぎに放った時、


 白き閃光のような輝きと、黒き靄のような暗黒が、剣から噴出してきた。

本日更新いたしました。

やっぱり終わらなかったなあ。まあいいけど。

多分次回で終わりですが、明日は私用につき更新できないかもしれません。

あらかじめお詫び申し上げます

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