第二十話 闇に染まる時(3)
「……行け」
ラヴォワの杖から閃光が飛び出した。雷系魔術のサンダーボルトが、ブルードラゴンに向けて放たれた。
稲妻がブルードラゴンの全身を駆け巡り、苦悶の雄たけびを上げる。
「ロイ、やれっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
こちらが指示するよりも早く、ロイは自慢の大斧を手に突撃していた。
狙うは電撃で痺れているブルードラゴンの足。致命傷にはならないがダメージは深いはずだ。
「おらあああああああああああああっ!!」
ロイのその剛力の、全てを注ぎ込んだ一閃は、ブルードラゴンの足を簡単に切断する、と思われたが。
「っ!?」
ガイィンと、聞き慣れない鈍い音をして、ロイの斧は弾かれてしまった。
「んなっ……!?」
信じられない。いかにブルードラゴンと言えど、切断どころか傷一つ付いた様子はない。よほどの魔物でも、こんなことはあり得ないはずなのに。
「みんな、息止めなっ!!」
すかさずマータが前に立ち、両手に持ったいくつもの小さい玉をブルードラゴンに投げつけた。玉はブルードラゴンの眼前で割れ、中から紫色の粉末が飛び散った。それを吸い込んだ途端、ブルードラゴンが苦しそうに咳き込む。
あれはマータがよく使う、魔物退治用の猛毒を含んだ破裂玉だった。ナイフでは不利な大型の魔物に対してマータが用意したものだが、人間にも有毒なため狭い空間や弱い相手にはまず使わない。レッドたちもすぐその場を離れた。
ブルードラゴンは苦しそうにしているが、毒の量が少ないのか耐性があるのか、致命傷にはなりそうもなかった。追撃する必要がある。
しかし、空中に散布された毒をそのままにしては戦えない。だが、毒を除去する方法は既に用意されていた。
「ラヴォワ、焼き払えっ!」
「……了解」
言うが早いや、ラヴォワは自身の周囲にいくつもの巨大な炎の玉を形成する。炎系魔術の一つ、ファイヤボールだ。
そしてそれらファイヤボールは、ブルードラゴンに吸い込まれるように命中し空間ごと焼き払った。毒ごと燃やし尽くす、これが除去法である。素材まで焼いてしまうため、大したことの無い相手には使わないのだ。
爆炎によって上がった煙と炎が、すぐさま小さくなっていく。が、
「ラヴォワ、奴は?」
「……健在」
効いてはいないらしい。晴れてきた煙から、奴のまったく変わりない姿が現れてきた。
やはり、普通の攻撃では無意味のようだ。かといって、この状況では逃げるのも難しい。
聖剣の力を引き出すしかない、そう思った時、ブルードラゴンの閉じた口が赤く発光し出した。
「……っ!」
「いけない……みんな下がって!」
咄嗟にラヴォワが皆の前に立ち、杖の先から巨大な水柱を撃つ。水系魔術、ウォーターフォールだ。
その水流とほぼ同じタイミングで、ブルードラゴンの強烈な炎のブレスが放たれた。凄まじい勢いの水と炎が、互いにぶつかり合う。
「くっ……!」
水流を出し続けるラヴォワが苦しそうに歯を噛みしめる。ブルードラゴンのブレスに、対抗するので精一杯のようだ。
ラヴォワを盾にする形の三人にも、ブレスの熱波が伝わってくるほどだった。このままでは、ラヴォワが力負けして炎に飲まれるのは時間の問題だ。
もはや一刻の猶予もない。レッドは聖剣に力を込める。聖剣の光の刃で、奴を斬り裂くつもりでいた。
しかし、判断が一瞬遅かった。
「きゃっ……!」
とうとう力負けしたラヴォワが、ブレスに弾かれて飛ばされてしまった。
炎が、こちらを全て灰にしようと眼前まで迫ってきた。
「なっ……!」
レッドは咄嗟に剣を盾にする形で突き出した。これで防げるかは分からないが、もう他に手は無かった。
しかし、目の前まで迫っていた爆炎は、レッドたちを避けるように滑って後ろに流れていった。
「これは……」
炎とレッドたちの間には、見えない壁が立てられていた。この旅で幾度も見た、防御魔術の結界である。
振り返るとそこには、涙を流しながらも決死の形相をしながら、両手を出して結界を張るアレンがいた。
「アレン……」
息も乱れ、涙で顔がグシャグシャになりながらも、アレンはブルードラゴンに向かったこう叫んだ。
「お前、お前みたいな化け物に、もう……誰も食わせたりしないっ!!」
その言葉に、アレンの覚悟を感じ取ったレッドは、ブルードラゴンに向き直ると四人に指示を飛ばした。
「ラヴォワ牽制、動きを止めろっ!」
「了解……」
「マータ、奴の目を潰せっ!」
「言われずともっ!」
「ロイ、俺の前に立てっ。突っ込むぞ!」
「おうよっ!」
「アレンっ!」
「はいっ!」
アレンから聞く、一番力強い返答。それに対しレッドは、
「――全員に防御と能力補助の支援魔術を。全力だ」
「わかりましたっ!!」
指示を終えるや否や、パーティ全員が戦闘態勢に入る。
「……行けっ!」
まずはラヴォワが、自身の周囲からファイヤボール、サンダーボルト、ウォーターフォール、そして風の刃を無数に放つ風系魔術、ウインドカッターを撃ちだした。いくつもの連続した攻撃魔術に、ブルードラゴンも一瞬怯む。
「おぉらぁ! 喰らいな!」
次はマータが、支援魔術の力により常人ではあり得ないほど跳躍し、ブルードラゴンの両眼を捉えると、一瞬で二本の矢をボウガンで放った。命中した矢には先ほどと同じ猛毒が塗られており、直接射られれば最低でも、あの眼は二度と使い物にならないだろう。
「ロイ、行くぞ!」
「おうっ!!」
目を潰されその場でのたうち回るブルードラゴンに向けて、ロイが先行する形で二人は突進した。
ブルードラゴンはもう視力を持たないが、耳と鼻で敵に気付いたのであろう、巨大な右腕をこちらへ振り下ろしてきた。
「うおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!」
巨獣の敵を引き裂かんとするかぎ爪を、ロイは大斧で受け止めた。支援魔術の力が働いているとはいえ、かなりの無茶をしたため苦悶の表情を浮かべるが、絶対に負けないという闘志で防ぎきっている。
「ロイ、そのまま動くなよっ!」
ブルードラゴンの腕をロイに任せて、レッドは自らも天高く舞う。聖剣を大きく振り上げて。
「聖剣よ、俺に力を貸せっ!」
その言葉に呼応するように、聖剣の光が強さを増してゆき、激しい閃光へと変わった。
「斬り、裂けええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
その閃光を、ブルードラゴンの巨躯に縦一閃に放つ。
放たれた光の刃は、ブルードラゴンの肉体を完全に両断した。
断末魔すら叫ぶことは許されず、ブルードラゴンの裂かれた身は地面に崩れ落ちる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
地面に着地したレッドは、そのままの勢いでその場に倒れ伏した。
見ると、他の四人も肩で呼吸をして苦しそうだった。皆もはや力尽きたらしい。
「……久々に連携が上手くいったな……」
レッドはそう呟いた。
旅の序盤頃は、パーティを組むからということで連携を色々試したりした時期もあった。しかしそもそも各地から集められた優秀なメンバー揃いなので、個々で勝手にやっても充分通用することと、何より聖剣なら大抵は片付くということでいつの間にか忘れてしまっていた。ちなみに前回の時は、レッドにそんな協調性などカケラも無かったので、そもそも訓練などしていなかったのだが。
何にせよ、これで終わった。ほとんどぶっつけ本番の連携だったがなんとか勝てた。正直また死ぬと思っていたので、胸をなでおろす。
ふと、アレンの様子が気になったので、顔を上げてみた。疲労しきっているのは変わりないが、その表情はやはり悲しそうだった。
どのような言葉をかけていいかわからないが、とにかく何か言わないとと思い、レッドは立ち上がったが、
その時、アレンの耳がビクンと揺れ、目を見開いたのに気付いた。
驚愕とも恐怖とも捉えられる、信じられないという顔で。
「――! 皆さんダメです、あいつまだ生きて……!」
アレンが言い終わる前に、レッドの体は横から来た衝撃によって弾き飛ばされていた。
戦闘シーン久々で疲れた……投稿ギリギリになっちゃったけど。
次回かそのまた次回でブルードラゴン編終了の予定。次どうしようかな




