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第十七話 ブルードラゴンという魔物(5)

 特製温泉から出たレッドとマータは、着替えてすぐ借りている家に戻ってきた。

 既にロイもアレンも集まっており、ラヴォワ主催の緊急会議は開かれようとしている。

 が、その前にレッドはラヴォワに対して聞きたいことがあった。


「――なあ、ラヴォワ」

「……なに?」

「この大量の本、どこから持ってきた?」


 レッドたちは今五~六人用の木製テーブルを囲うように座っているのだが、そこに本来はスープやパンなど料理が並ぶはずのところに、

 大量の本やら地図やら資料の紙束などが、所狭しと敷き詰められていた。


「……アイテムボックスだけど」

「にしたって……」


 アイテムボックスとは、マジックバッグと同じく物を見た目以上に収容する道具だ。正確にはマジックバッグがアイテムボックスの種類の一つだが、容量によって値段が高くなるため、普通の人間には手が付かない。アレンが持っているものは、国がわざわざ支給したものだ。でなければ、シャドウウルフの素材五十匹分など仕舞えない。それでも背負うくらいの大きさはある。


 しかしラヴォワは、そんな大荷物など持っていない様子なのに、これだけの資料を持ち歩いていた。マジックバッグなど比べ物にならないほど容量が多く、高額なアイテムボックスを持っているのだろう。


「まあいいや。それで意見を聞きたい。ブルードラゴンはどうなってるんだ?」

「……結論から言うと」


 そこで一度言葉を区切った。仲間の視線が集まり、沈黙が少しばかり流れたところで、


「……ブルードラゴンは、今すぐ討伐しないとダメ」


 と、はっきりと述べた。


 アレンの息を呑む声が聞こえてくる。目を見開いて犬耳をツンと立てさせてしまっていた。


「――アレン、村の方に防御魔術は張っていたな?」

「え、あ、はい。万一の場合に備えて結界を。ラヴォワさんに感知魔術の陣も張ってもらって、魔物が村に来たらすぐに反応します。それと村長にも緊急時には、こちらへ伝達するための魔道具を置いておきました」

「なら事が起きてもすぐに行けるな……まあ大丈夫か」


 ちらりと窓の外の方を見やる。

 近くの村人たちが集結している兎族の村は、この村に対して高台に位置しており、窓からは村の様子が見れるようになっていた。今のところ明かりはついているが異常は見当たらない。問題無いと判断しラヴォワに話を続けさせることにした。


「よし、話の腰を折ってすまない。で、解析を聞かせてくれないか。ブルードラゴンに何が起きた?」

「……あくまで、推測だけれど」


 そう言うと、ラヴォワはテーブルの上の資料から一枚の紙を取り出した。それはこの周辺、特にブルードラゴンが住む山の辺りの地図だった。

 白黒の地図に、明らかに後で付け加えた三色の線があった。赤色の線と青色の線がそれぞれ山を通るように引かれ、緑色の何本もの線は山にぶつかる形になっている。


「ラヴォワ、これ何よ?」

「……地脈の流れを、図に示したもの……」

「地脈って……たしか、自然界におけるマナの流れの事ですよね?」


 魔術の勉強をしていたアレンも地脈の事は知っていた。レッドは授業で習った程度でうろ覚えでしかないのだが。


「そう……この場合の地脈とは、自然界における魔力……マナを動かすあらゆる自然の流れを意味する……マナは自然界の流れによって移動する……」


 そしてラヴォワは、地図の方を指さした。四人の視線が地図に集まる。


「この赤い線が、地下の溶岩の流れ……この青い線が、地下水の流れ……そしてこの緑の線が、山にぶつかる風の流れ……」


 つまりブルードラゴンが根城にしているこの山は、自然界のマナが集まりやすい場所に位置していたということになる。それは理解できたものの、それがブルードラゴンが暴走している原因と何が関係しているのかが分からなかった。


「……ブルードラゴンは、この地脈の流れが持つ膨大なマナを吸って生きてきた」

「なに?」


 地図に集中していた視線がラヴォワの方に向き直される。


「それじゃラヴォワさん、ブルードラゴン様があの山に住んでおられたのは、地脈からマナを吸収するためだったのですか」

「そう……でなきゃ発情期の短い時期だけ家畜を食べるなんて生活で、何百年も生きれたわけがない」

「じゃあ、あの山はあいつにとって寝床兼餌場だったってこと? いい気なもんね、ただ寝てるだけで餌も食べたい放題なんて、羨ましいわ」


 マータが皮肉じみた笑いを漏らす。

 しかしその場に口をはさんだのは、ラヴォワの説明にかろうじて着いてきていたロイである。


「ん~……? ちょっと待て。あの竜がこの辺の魔力食ってたなら、とっくに魔力なんか無くなってるんじゃないか?」


 アホのロイにしては悪くない疑問であった。確かに今のラヴォワの説明ならば、周辺の地脈の魔力を独占していたのであれば、とうにこの周辺はマナが尽きて荒涼とした大地になっているはずだ。

 しかし、そんな疑問をラヴォワは首を横に振って否定した。


「……いくらブルードラゴンでも、一度に吸収できるマナの量には限度がある。これだけ膨大なマナを全部吸うなんて無理……」


 つまりブルードラゴンが吸っていたマナの量など、地脈が集めるマナからすれば微々たる物でしかなかったということだ。そのため、地脈からマナは問題なく流れていたことになる。


「でも……だったらどうしてブルードラゴン様は、突然暴れ出したんでしょう? 地脈からマナは摂取できてるんですよね?」

「そもそも、ここいらは魔物が逃げるくらいマナが消えてるんでしょ? それが原因なんじゃないの?」


 ここまで来れば、マナの異常減少とブルードラゴンが無関係でないのは確実だ。

 問題は、どういう風に関係しているか、だ。


「ブルードラゴンの暴走がマナの減少によるものだとすれば、考え方は二つしかないな。

 一つ、地脈からのマナが急激に減少してしまった。

 二つ、ブルードラゴンがマナを食い尽くしてしまい、餌が無くなったから。

 ――ラヴォワ、見解はあるんだろう? どっちなんだ」

「……これ」


 ラヴォワは質問自体には答えず、懐から出したものをテーブルの上に置いた。


「これは……魔光石?」


 そう、あの洞窟や大空洞を照らしていた緑に輝く石である。


「……魔光石は魔力に反応して光る。でもあの地にマナは殆ど無かった。だけど、魔光石は強烈に輝いていた……」

「あれ? そういえば逆ですね。どういうことでしょう?」

「考えられるのは……あの場所の割と近くに、膨大な魔力を持つ何かがいたから……」


 マナの殆ど尽きた地で、なおも大量の魔力を持つ、あるいは独り占めしているもの。

 そんなものは、一つしか思いつかなかった。


「――ブルードラゴンか」


 こくりとラヴォワは頷いた。「そんな……!」とアレンが言葉を失う。

 しかし、ラヴォワの見解はこれで終わりではなかった。


「そしてビッグワーム……ビッグワームは臆病な生き物……光に躊躇わず向かったり、圧倒的に格上のブルードラゴンに襲い掛かるなんてあり得ない……それをしたのは、あのビッグワームたちが正気じゃなかったから……」

「正気じゃない――ってどういう意味だよ?」


 大空洞から脱出する前にも聞かされた言葉。あの時は意味を尋ねる暇すら無かったが、ようやく教えられる時が来た。


「……恐らく錯乱、あるいは飢餓状態。またあるいはその両方……」

「飢餓? 飢餓ってなんだ、腹ペコでおかしくなってたとかか? ガッハッハ!」

「……ロイ、正解」

「ガッハッハ……は?」


 本人は冗談のつもりで言っただけだったのに、まさかの大当たりだった。笑いの状態で固まってしまう。


「あのビッグワームは飢えていた……だからなりふり構わず、マナを独占しているブルードラゴンに襲い掛かった……ということ」

「じゃあやっぱり、森にも魔物が全然いなかったのは……」

「恐らく……飢えに我慢できずに逃げたか、あるいはビッグワーム同様ブルードラゴンに襲い掛かった……魔物は魔力を本能で感知するらしいから……」


 それで返り討ちに遭い、結果森の魔物は全滅レベルまで行ってしまった。ラヴォワの見解だとそう結論付けられた。


「となるとやはり……ブルードラゴンが村やレムリー帝国側を襲ったのも、ブルードラゴンがこの辺の魔物を食い尽くして他の餌を求めたというところかな……」

「ま、待ってください! そもそもどうしてブルードラゴン様は餌を欲するようになったんですか!? 必要な魔力は地脈から貰っていたんですよね!?」


 椅子を揺らして立ち上がり、アレンが慌てて話を遮る。まだブルードラゴンを神として信奉している彼にとって、ブルードラゴンが元凶とされる考察は許容できるものではないだろう。


 しかしラヴォワは、残酷な解析を止めたりはしなかった。


「……極端な飢餓状態、マナ――魔力を異常に欲する現象は……

 ……狂暴化した魔物の典型的な症状」

「――っ!!」


 アレンが声にならない悲鳴を上げた。

 やはり、ブルードラゴンが狂暴化しているのは間違いないらしい。確かに今すぐにでも、討伐すべき対象だ。


「――ちょっとラヴォワ、あんたの話だと、一つだけ分からないんだけど」


 と、そこでマータが口をはさんできた。注目がマータの方に集まる。


「……なに?」

「あんたの推測だと、ブルードラゴンが飢えて手あたり次第食ってるなら、なんで亜人たちの被害が軽いのよ? わざわざレムリー帝国まで行って襲うのは何故?」


 沈んでいたアレンの顔に喜色が戻ってきた。ブルードラゴンに亜人たちを襲わない理性があると思い嬉しいのかもしれない。

 が、ラヴォワはそんな彼に構うことなく、また別の資料を取り出した。


 今度もまた地図であったが、現地に近い森近辺のものではなくもっとずっと大きい、レムリー帝国の被害個所も含めた山と三つの村全て網羅できる地図だった。


「これを、見て……」


 ラヴォワが最初に指さしたのは、今自分たちが居る亜人たちの村三つだった。


「この村は三つあるけど、どれもこれも小さくて人も家畜も少ない……対して、こっち」


 ラヴォワは次に、襲われて甚大な被害を受けたレムリー帝国側の場所を指さした。


「こっちは国境沿いということもあって、小規模ながらも砦があって兵士が待機してる……こっちは村だけど近くに鉱山があって、当然鉱山夫もその家族も居る……要するに、人が多く住んでる……亜人たちの村より」

「なるほど。つまり――」


 言わんとすることは、既に理解できた。それがどれだけ残酷であったも。

 しかしラヴォワは、その残酷な結論を躊躇せず、はっきりと言い切った。




「こいつ、単に餌が多い場所から襲ってただけ」




 ドカンと、落ちるような音がした。

 先ほどから立ちっぱなしだったアレンが、倒れるように座り込んだのだ。


 俯いて表情は見えないが、恐らく絶望し自失状態かもしれなかった。無理もない。


 村人が、亜人たちが神と信じ守り神と崇めていた青き竜。

 しかし――今となっては、ただ飢えと渇きに飲まれ、餌を貪り食っているだけの怪物。

 ブルードラゴンという、ただ一匹の魔物に過ぎないというのだから。


「――よく分かった。ありがとうラヴォワ」


 アレンの胸中は察するものがあったが、それにかまける余裕は無い。立ち上がったレッドは、皆にリーダーとしての決断を下す。


「聞いての通り、もはやブルードラゴンは今すぐ討伐すべき魔物ということだ。急いで準備しよう。村人たちには避難を……」

「……ダメ」


 そう宣言しようとしたところで、ラヴォワに止められてしまった。思わずガクッと転びそうになってしまった。


「だ、ダメ? お前が言ったんだろうが、今すぐ討伐しろって。それを……」

「言ったけど、私たちがという意味じゃない……私たちじゃ勝てないかも」

「なに?」


 聞き返したレッドに、ラヴォワは最後の見解を述べた。


「数百年も生きて、周辺のマナを吸いつくしたブルードラゴンの力なんて想像もできない……私たちで勝てるとは思えない……」


 レッドはマータやロイと顔を見合わせる。大空洞で出会ったブルードラゴンの威容は、今もなお目に焼き付いていた。


 確かに、あれを自分たち五人だけで倒せるとはとても信じられなかった。いかに聖剣の力でも難しいだろう。最悪パーティ全滅の危険すらある。


「――わかった。一旦戻ろう。このことをマガラニとレムリーの両国に報告して、正規軍を派遣してもらう。村人は避難させよう」

「ちょっといいの? あいつらは自分らでやるのが嫌で押し付けたんじゃない」

「ここまでの分析を読ませれば、連中だって動かざるを得んさ。事態は急を要するんだ、出し惜しみするほど馬鹿じゃあるまい。それにアトール王国や教会まで間に通してるし、いざとなったら五か国同盟を盾に協力させても……」

「……まずくありませんか、これ」


 と、そこで今まで呆然としていたアレンがいきなり口を出してきた。


「アレン、どうし……」


 それ以上言えなくなってしまった。

 正面を向いたアレンの顔は真っ青に染まり、恐ろしいほど引きつっていたからである。


「どうしたんだ、いったい?」

「勇者様……だって、だって……」


 絶望と恐怖に顔を歪めていたが、やがて絞り出すように喋った。




「だって……この辺の村の人たち、今兎族の村に集まってるんですよね……?」




「――っ!!」


 アレンの一言に、弾かれたように皆立ち上がって武器や防具を手に準備し始めた。


 ――くそっ、やっちまった!!


 完全に失念していた。魔物がいなくなり、レムリー帝国側の村が破壊された今、あの村が近くで一番の人口密集地だ。

 しかもレムリー帝国側はブルードラゴンの襲撃を警戒して、近隣の村から人を退避させているはず。ならばますます次に襲われるのはあそこ以外考えられない。完全にこちらの判断ミスだった。夕方の時点で、村人を引きずってでも避難させるべきだったのだ。


「急ぐぞ! 今すぐブルードラゴンが襲ってきてもおかしくな……ロイ!?」


 一刻も早く村へ行かなければと逸るレッドだったが、ロイが何もせずただ呆けたようにしているのを見て驚愕する。


「お前何してんだよっ! 早く行かないと……!!」

「――あれ」


 呆けた表情のまま、ロイが指さした。そこは村が丁度見える窓だった。

 その窓からの景色を見て――皆は言葉を失う。


 先ほどまでチラチラ明かりが見えていたはずの村は、今大きな炎に包まれていたのだ。


「なんで――感知魔術に引っかからないはずが――」


 自分の目にしているものが信じられず、ただ硬直するばかりのアレンを、レッドは無理やり引っ張り上げて走らせた。


「ボサっとするな! とっとと行くぞ!」


 レッドはそう檄を飛ばし、勇者パーティは村へ向かって走り出した。


はい、というわけでこんな深夜ですが更新しました。こんな時間に何してんだ俺orz

これからグロや暴力的な描写が増えると思います。ご了承ください

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