第十一話 アレン・ヴァルドという少年(3)
今回の討伐対象であるブルードラゴンへの旅路は、レムリー帝国からマガラニ同盟国へ馬車の旅となった。
と言っても目的地まで馬車で行くのではなく、レムリー帝国とマガラニ同盟国の国境まで帝国が用意した馬車で行き、国境を越えてから今度はマガラニ同盟国が用意した馬車に乗る、といったかなり変則的な物だった。
言うまでもないが、これは人族を国に入れたくないためだ。自分から呼んだ勇者は仕方ないとして、他国の、それも人族の兵なんて入れたいわけがない。レムリー帝国としてもマガラニ同盟国へなんて嫌がるだろう。だからこんな回りくどい方法が使われたわけと思われる。
兎にも角にも、こうしてレッドたち勇者パーティは護衛として同行したマガラニ同盟国兵士たちと、その魔物がいるという村へ向かった。意外とその村はレムリー帝国との国境からさほど離れていておらず、わりとすぐに到着出来た。そこで待っていたのは、
「勇者なんか帰っちまえ!」
「ブルードラゴン様を傷つけるなんて許さない!」
「人族なんかが来るんじゃねえ!
……という、現地住民からのとんでもない大バッシングだったのだ。
乗せられた馬車を取り囲むように現れた現地の兎族の亜人たち。護衛の兵士が壁となって抑えてくれているが、怒号までは防ぎようが無い。耳をつんざくような中傷の言葉が飛んできた。
あまりに酷い有様に、レッドたちもゲンナリしてしまう。特にアレンなどは、申し訳ないような困ったような辛い表情をしている。
――やっぱり、こうなったか……
出発前日の夜、アレンから聞かされた話から嫌な予感はしていたものの、実際は想像より遥かに悪い雰囲気と化していたことに頭を抱えたくなった。
***
なんとかレッドたちが村長の家に辿り着いた時、迎えてきたのは三人の老人であった。
それぞれ兎族の白く長く伸びた耳、馬族のツンと立った耳、牛族の雄々しい角を持った爺さんたちだったが、この三人のうち馬族と牛族の二人はこの村の者ではなく、近隣の村からこちらへ村人を連れて避難してきた村長らしい。
「お待ちしておりました勇者様。何も無い村ですがせめてもの歓待を――」
「挨拶も酒もいらん。とにかく、話を聞かせてくれないか」
こちらのご機嫌を取ろうとする村長を突っ撥ねて話を進めさせる。村人たちと違って一応感謝しているらしいが、こちらは最初から長居する気など無かった。
「は、はい。あれは三か月ほど前になりますが、我々の家畜や近くの森の魔物が襲撃される事件がありまして、その犯人というのが……」
「ブルードラゴン、で間違いないんだな?」
村長は一瞬黙ったものの、しばらくして苦しげに「……はい」と認めた。
「そんな……! ブルードラゴン様がそんなことをするなんて!」
アレンは悲痛な声を上げる。それに村長たちも口ごもってしまう。
レッドはアレンを制止させ、話を続けさせる。
「被害の規模は?」
「基本的には家畜や魔物だけです。ただ、ブルードラゴン様はあの巨体ですから、飛んだり歩き回ったりするだけでも家や畑を破壊してしまうくらいでして……」
「たしか、体長十メートルくらいはあるんだったな?」
「そうです。あまりに被害が増えすぎて、こちらの馬族と牛族の者たちは自分の村に住んでいられずに逃げてきたのです」
兎族の村に馬族と牛族がいるのはそうした理由か。避難民を受け入れたこの村も安全とは言えなくなり、国に泣きついたという事だろう。
「ブルードラゴンは今まで一度もそんなことをしたことが無いのか?」
「いいえ、全く無いということはありません」
「なに、あるのか?」
「はい。しかしそれは一年のごく限られた時期でして、被害もそれほどではないのです。ただ、今年はいつもより三か月も早く、被害もずっと大きいので、明らかに異常事態でして……」
なるほどと納得する。普段でも無いわけじゃないのなら――と話の途中で視線を逸らし、家の窓の方を見る。
窓の先にある外には、三つの種族がそれこそ殺意を丸出しにして睨みつけているものが一面に張りついていた。
今は無視して、話を継続させる。
「ところで、その一年に暴れる理由ってのはなんなんだ? 冬眠のための冬支度か?」
「いえ、それが、昔から語られているところによると――恐らく、発情期ではないか?」
「発情期? ブルードラゴンてメスなのか?」
これはレッドも驚いてしまう。ブルードラゴンの話も聞いた事が無かったので、そんな伝説の竜と呼ばれる魔物がメスだなどと意外に感じてしまった。
「はい。もっとも、そうだろうと伝えられているだけで真相は誰も知らないのですが」
「しかし発情期ってことは、一年に一度オスと繁殖しているのかブルードラゴンは?」
「いいえ。ブルードラゴン様は繁殖なんかしませんよ」
レッドの質問に、村長ではなくアレンが答えた。辛そうな、悲しそうな顔をしながら。
「繁殖してない……って、どういうことだアレン?」
レッドが聞き返すと、アレンは暗澹たる表情で絞り出すように返答した。
「ブルードラゴン様には番いとなるオスが……いえ、ブルードラゴン様には自分以外の同族がもう一匹もいないのです」
それからアレンは語り出した。
ブルードラゴンは太古の時代からこの大陸に生息する魔物で、青く澄んだ空を思わせる体色と大きな羽が特徴にある。その神々しい姿にこの地のみならず、多くの亜人たちからは古くから信仰の対象となっており、それはマガラニ同盟国となった現代でも変わらない。
ただ、そのブルードラゴンもワイバーンやロック鳥といった他種族の魔物との戦いに敗れ数を減らし、今や残っているのはこの地に住むブルードラゴンただ一匹。だからこそ、より彼らは崇め奉り、大切に思っているのだ。
しかしその神として扱われているブルードラゴンが、こうして暴れ回っているということだ。
「なるほど――たしかに、邪気を取り込んだ魔物特有の狂暴化の可能性があるということか。だとすれば討伐しなきゃいけないんだが……」
「冗談じゃねえぞっ!」
突然、ドアをぶち壊す勢いでバタンと開けられた。外から屈強な三種族の男たちが入り込んでくる。
「ブルードラゴン様を退治なんかさせねえぞ!」
「勇者だかなんだか知らねえが、村長たちも人族を入れるなんてどうかしてるぜっ!」
口々にそう言って荒れ狂う男たち。ロイが正面に立って壁になってくれているが、いつ戦闘になってもおかしくない雰囲気だ。マータはナイフを構え、ラヴォワも杖を向ける。アレンはどうしていいか分からずオロオロしていた。
一触即発の様に、村長たちもなんとか宥めようとする。
「お、お前ら落ち着くのじゃ。気持ちはわかるが、こんなに被害も出ておるのだし……」
「何が被害だ! 村なんかいくらでも再建できる。ブルードラゴン様は今年ちょっと機嫌が悪いだけさ! それを退治するだなんて馬鹿のすることだぜっ!」
口々にそう叫ぶ男たち、いつの間にか周りを囲っていた村人たちもそうだそうだと連呼し出す。レッドは頭が痛くなってきた。
マガラニ同盟国でこれだけの信仰を持たれているブルードラゴンである。仮にどれだけの被害が出たとしても、同盟国は国民の非難を恐れて討伐など出来ず放っておいただろう。
仮に被害が同盟国だけで収まっていたら、であるが。
「――ブルードラゴンの被害は、同盟国だけでなくレムリー帝国側にも出てるんだろ?」
そう言うと村人たちも黙ってしまった。
ブルードラゴンの住み処はレムリー帝国からそれほど離れてもおらず、空を飛べるブルードラゴンなら越境など容易である。最近ではレムリー帝国側も襲い、向こうでは人的被害なども出ておりこちらよりはるかに大変だと書状に記されていた。
「~~っ! し、知るかよ人族の被害なんて! ブルードラゴン様は俺たちの神様なんだ、きっと生意気な人族を罰してくれているんだよ!」
あまりの言い様に、アレンは息を吞んでしまう。レッドは半ば呆れ切ったような目を向ける。
まあ、それが本音だろうと内心鼻で笑った。自分たちは大して被害を受けてないんだから、人族の事なんて知らない。むしろ恨み重なる人族を襲ってくれるなら清々する。神に対する扱いとしては乱雑だなとレッドは言いたくなった。
同時に、自分たちが来させられた理由も理解した。
要は、貧乏くじを引かせるためだ。
仮にマガラニ同盟国でブルードラゴンを退治すれば、信仰する国民たちを一斉に敵に回す。同盟国の名の通り所詮いくつもの種族が寄り集まっただけの国、きっかけさえあれば簡単に崩壊する。それは望むべきことではない。
かといって放っておけば被害は拡大する一方。それに同盟国内で済めばまだ良かったが、レムリー帝国側にも被害が多発しているなら、放置すれば帝国が黙っていない。最悪停戦条約を破棄され開戦へと発展してしまう。同盟国としてはそれも望んではいまい。
だが、レムリー帝国に退治させるというのもダメだ。帝国としては退治したいところだろうが、ブルードラゴンは空を飛ぶため容易に越境して同盟国側に逃げてしまう。しかし、人族を越境などさせればやっぱり同盟国の亜人たちは激怒する。第一、仮に帝国側で倒せたとしても亜人たちが黙っていないのは変わらない。
そこで、同盟国側でも帝国側でもない、五か国の代表である勇者パーティを差し出したのだ。勇者パーティが単独でブルードラゴンを退治すれば、亜人たちの憎しみは有名な勇者パーティのみに向けられ、同盟国と帝国へは逸らされるのは間違いない。
要は――レッドたちは、厄介な嫌われ役を押し付けられたのだ。
というわけで本日も何とか更新出来ました。ホント疲れた……
人生て嫌なこと押し付けられることってありますよね。自分も辛いことからは逃げたいですわ。
この数日中は更新できないかもしれません。ご了承ください
 




