第五話 新貴族派と旧貴族派(1)
マリオンに連れてかれて来たのは、なんと先ほどまで居た酒場の裏手だった。
来るとき一瞬酒場の様子が窓から見えたが、あれだけノビていた酔っ払いたちは一人もおらず、店の中はからっぽになっていた。流石にめちゃくちゃになった店内はそのままだが。
「――あの酒場の店主は、この街で荒くれ者たちの顔役をしていまして」
こちらの視線に気づいたマリオンが、そう話す。
「だから彼らも、店主に叩き起こされて出て行けと言われれば逆らえません。ああ、彼らから奪った金のことはお気になさらず。この街は今人手を必要としていますから、あれっぽっちの金稼げる場所はいくらでもありますわ」
「いくらでも、ねえ……」
マリオンの不敵な笑みに嫌なものを感じる。こちらの思考を見透かしたがっているような、そんな寒気がする変なものだった。
「それだけ仕事が多いのに、奴らに怪我させたのはすまなかったね。治療も金がかかるだろうに」
「あら、あなたは彼らに大した怪我をさせないよう、優しく振る舞っていたではないですか」
「――お見通しか」
実際には、その手加減をしたのはジンメなのだが、否定はしないでおく。
ともかく、この街に潜伏する新貴族派を釣るために、あえて騒ぎを起こして目立つ真似をしようという企みは成功したらしい。――あの場で喧嘩をしたのは単に機嫌を損ねたからに過ぎなかったが、レッドとしては結果が良ければそれでいいと結論づける。
「それに、この街で暮らす住民や働きに来た労働者の治療は無料ですよ。領主様の方から費用が出されていますので」
「ほう、そりゃ助かるね」
「領主様はこの街で生きる者の味方ですから。住居も最低限度の食事も無償提供してくださるのですよ」
そう微笑むマリオンだったが、ジンメは手袋の下で「へっ」と無い鼻で嗤う。
(この街の人口増やすための策謀でしょ。医療も食事もあてがえば、人がわんさかやってくるからね。その上で働かせるのさ)
(――やっぱりそれも、新貴族派として取り込んで王宮と戦う兵力として使うためか?)
(どうだろうね。いずれにしろ、この街に大量の労働者が必要なのは間違いないらしいけど)
言われてみれば、訪れたとき見た街の城壁と内部で、様々な工事が行われているところがいくつかあった。急速に拡大するためにこの街は、いやアシュフォード領は領地のあちこちで、あのような大規模な事業をしているのだろう。
「それで、その俺に会わせたい人ってのはどこにいるの?」
「ええ。もうすぐお会いになれますよ。こちらです」
などと言って、酒場の裏口にある扉を開けようとするマリオンだったが、レッドはそれを制止した。
「――なあ、ちょっといいか?」
「はい? なんでしょうか」
「あんたさ、俺とどっかで会ったこと無い?」
ピク、と彼女の笑顔に固まった気がした。
「――気のせいではないでしょうか。私はあなた様とこうして顔を合わせたのは初めてと思いますが」
「そうか? うーん……」
納得せず悩ましげにしているレッドを半ば無視するように、マリオンは扉を開き裏口へ入ってしまう。レッドも慌てて追いかける。
(……なに、レッド彼女のこと知ってるの? それともナンパの手口?)
(馬鹿か。ナンパなんかしたことないわ。なんか、こう、頭に引っかかってるんだよ)
裏口の傍にあった下、地下へと続く階段を下りながら答える。
それは本当のことだった。
酒場のウエイトレスとして彼女を見たときから、どうにも見覚えがあるような気がしてならなかった。初対面ではない、どこかで見たような顔がしてならなかったのだ。
言っては何だかレッドの交友関係は非常に希薄で、パーティの類いも嫌いだったので顔見知りというのは驚くほど少なく、学園時代もほとんど一人で暮らしており、スケイプを含めても知り合いはほんの数人だけしかいない。
例外は本家屋敷の使用人か抱いた女学生くらいだが、使用人は全滅したはずであるし、流石に一夜を共にした相手の顔と名前くらい覚えている。マリオンなどという女学生はいなかったはずだ。
(曖昧だねえ。ヤリ捨てた女の顔覚えてるなんて本当に断言できるの? 寝るために女食い散らかしてた奴がそんな律儀に記憶しているとは思えないけど?)
(――言い返しづらいこと言うなって。まああの頃の自分がロクでもない奴だったのは認めるけど。ていうか、お前俺の記憶覗いたんだろ? それならお前にも分かるはずだろ)
ジンメはこうして左手に取り憑いて体の一部を扱えるだけでなく、脳から記憶を読み取ることも可能だった。実際前にレッドの半生を覗いた事もあるので、レッドの記憶の中にマリオンがいるなら分かるはずだった。
(馬鹿言うなよ。君だって今記憶にあるはずのものが引き出せないんでしょ? 記憶を覗いたからって、その記憶全て細かいところまで把握できるわけじゃないよ。いくらなんでも無理だって)
(案外使えないな)
なんだとー!? という声を無視していると、裏口から下りた階段がようやく終わったらしい。
下りた先にある地下には、部屋が一つだけあった。地下室らしいが、妙に物々しい雰囲気が漂っている。
マリオンはそんな雰囲気に構わず、トントンとドアをノックした。
「マリオンです。彼を連れてきました」
「入れ」
ドアの向こうから、男の声がした。マリオンは扉を開き、「どうぞ」とこちらを促す。
「――え?」
入ってみて、中の人間を見たレッドは驚いた。
地下室は意外と広く、ちょっとしたいい宿屋の四人部屋くらいはある。多分地下倉庫を改装したのだろう、土作りの壁が露出している中は薄暗く、魔道具のランプ一つが照らすだけだった。
そこには六人ほど居たが、一人だけ執務机に座っていた。彼がリーダーなのは間違いない。
しかし、その顔を見てレッドは思わず目を見開いてしまった。
「あんた――」
「さっきはどうも。店を荒らしてくれたことを怒りたいところだが、まあそれは後にしよう」
そう皮肉っぽい笑みを向ける痩せ型で灰色の髪をした黒目の男は、先ほどレッドがめちゃくちゃにした店の店主だった。
マリオンは、酒場の店主はこの街で荒くれ者たちの顔役をしていると言っていたので、確かにこの街でそんなことをしている男なら、新貴族派と手を組んでいてもおかしくないかもしれない。
「名乗っておこうか。私はギリー・ルックウッド。酒場の店主だ」
「表向きは……ですか?」
「いや、店も真面目にやっているよ。ただ、副業としてあの手の労働者に仕事を斡旋したりもしているがね」
つまり、新貴族派としての戦力として取り入れられそうなのを探したり、使えそうな人間を見極めたりする役目を負っているということらしい。なるほど、それならば酒場の店主はうってつけだとレッドは納得する。
「それで――私に何のご用ですか? 酒場の弁償なら、金は貯まっているので応じますが?」
「そんなものは必要ない。副業でだいぶ稼いでいるからな。店だって、掃除は今日暴れた奴らにやらせるさ。君には他に仕事を頼みたいのだよ――ヘリング君」
ヘリング、と呼ばれたことに対して別にレッドは驚かなかった。酒場では名乗らなかったが、名前を知っている理由は察しが付く。
何故なら、今日レッドの検問を担当した門番が、この場で立っているからだった。
「――あんたもグルだったとはな。あんな適当な検問して、門番としての資格ないだろと思っていたが、こりゃ門番失格だねホントに」
「勘違いするな。俺は真面目にやってるよ。検問が適当なのは、領主様の指示さ」
はい? と思わず聞き返してしまった。よほど変な声をしたのだろう、クスクスと周囲から笑われる。
ギリーが制すると、周りの連中も黙る。静かになってから、レッドは質問を行う。
「検問が適当なのは領主の指示ってのは、どういうことだ?」
「そのままの意味だ。無論、あまりに危険なものを所持していれば捕まるがね。グレイグ様はわざと違法な物や荒くれ者が入りやすい環境を作っている。我々のためにな」
「あんたらの……? 何のためだ?」
「それは、君とて承知の上だろう? それより、ヘリング君。悪いが、その布を取ってくれないか?」
そう、ギリーはレッドに頼んでくる。顔を見ないうちは、信用できないということだろう。
「――あんまり人に見せられる顔じゃないんだけどね」
なんて前振りをしておいて、レッドは布をゆっくりと剥いていった。
顔が露わになっていき、髪が出てきたところで取り巻いていた彼らがギョッとする。ギリーも目を見開いた。
無理もない。レッドが持つ金髪と右目の碧眼は、アトール王国において王族とそれに連なる者以外ほとんど持たない物だからだ。
予想通りの反応に、レッドは内心面白く感じつつも剥ぎ取るのを続けていく。
やがて布が全部取れたところで、彼らは再び仰天した。
金髪は、よく見ると全てが金色ではなく、ところどころ黒髪が混じっていた。
そして、顔も右半分は整った容姿をしているが、左半分は醜く焼け爛れている。
何より、パチリと見開かれた左目は、血のように紅蓮に輝いていた。
「――だから言ったろ? 人に見せられる顔じゃないって」
「――そうか。すまなかったな」
言葉を失った彼らに代わり、ギリーが謝罪する。その反応に、レッドは内心ニヤリと悪い笑顔をした。
どこもこうだった。この一ヶ月、あるかもしれない追っ手から隠れるため色々貧困層の住処を回ったこともあるが、最初金髪と碧眼に気づいた貧民たちは敵意を向けるが、すぐに焼けた顔と赤い瞳を見れば態度をガラリと変えてしまう。
王族か大貴族にしかない金髪と碧眼、という体ではあるものの、実際は市民にも金髪か碧眼、あるいはその双方を持っている人間は少ないながらもいる。
ただし、それは大概捨てられた貴族の愛人か、無理矢理犯されて出来てしまった私生児の類いである。中には没落した貴族の子もいるだろうが、金髪と碧眼が持てる大貴族が没落など早々ないためほとんど私生児と言っていい。その私生児たちは蛮行を働く貴族の子として嫌われるか、同情の視線で見られるかは様々である。
レッドも、純粋な金髪でないことと左の赤目のせいで、そのような私生児出身と勘違いされるのだ。顔が火傷で覆われていることも同情を誘うエッセンスとなっている。そう明言して騙したことは無いが、勝手に察してしまうのだ。
仮にレッドが、公爵家出身で十七まで何不自由の無い生活をした元勇者だと知れば、彼らは激昂して襲いかかるだろう。ある意味この容姿こそが、旅をする上で一番の武器になっていた。僕に感謝してもいいんだよと言った元凶は、剣で切り落とそうとしたら必死に命乞いし出したが。
「で、話を戻していいかい? あんたら新貴族派は、何をしたいんだ?」
そう尋ねると、ギリーはこう言った。
「決まっているだろう? 新しい時代を作ることだ」
「――いいのか? 俺みたいな誰だかも知らないチンピラにそんなこと言って? 捕まるくらいじゃすまないぜ」
「君は信用できる。いや、君みたいな人間だから信用できる。
――君とて、この国の現状に不満を持っているはずだろう?」
「どうだか……ね」
そう答えながら、辺りに視線を逸らす。
逸らした先にいる、仲間とおぼしき連中の中には、熊が持つ特徴的な耳をした亜人も居る。
レッドが大貴族の出身だと彼らが激昂する理由。それは簡単だった。
「古い体制に縛られ圧政を強いる、旧貴族たちを打倒するには、我々には戦力が必要なのだ」
新貴族派とは要するに、彼らが旧貴族派と呼ぶ名門貴族から外れた地方貴族、小貴族たちの集まりだからだ。




