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事件 ②

 明朝、店長が我が家に慌てた様子でやって来た。昨晩、リサが宰相から呼ばれている旨を伝えたためだ。


「ごめんなさいね、朝早くから来て貰って。」


「いえ大丈夫でございます。で、宰相閣下が私にお聞きになりたいこととは?」

 

 店長は酷く緊張しているようで顔色が悪い、それはそのはすだ、民の間でもこの国を実際に動かしているのは、宰相閣下であると言うことはどんな小さな子供でも知っている。そんな人物に呼び出されたのだ、萎縮しない平民などいるはずがない。


「ほら、以前話してくれた回復薬のことなの、もうすぐ、お父様がいらっしゃるから、いろいろ話して差し上げて。」


 店長は可哀想なくらい、ふくよかな身体を小さくしてカタカタと震えながら何度も頷いた。


「わかりました、何でもお話ししますので命だけは」


「大丈夫よ、私がついているわ。そんなに怖がらないで、お父様は優しい人だから、ね。」


 市井の皆様のお父様へのイメージが垣間見えた気が致しますわ。


 ドアが開いて侯爵が入って来る。店長は床に頭を擦り付けんばかりだ。


「そんなに身構えなくても良い、頭を上げなさい。いつも我が娘の我儘に付き合ってくれてありがとう。お前は、自分の店を手放して、マリーに仕えてくれているらしいではないか、感謝している。」


 侯爵の思いがけない言葉に、店長はビックリして思いっきり顔を上げた。


「そんな、お、恐れおおい、お、お嬢様には、ほ、本当に良くして貰っています。」


「なら良いが。今日、お前を呼んだのは、回復薬について教えてほしいと思ってな、誰から、回復薬の噂を聞いたのだ?」


 侯爵は宰相の顔で、だが、あまり威圧せず、店長へ聞く。


「近くの本屋に買い物に来られた、お貴族様の従者の方から聞きました。かの方も噂で聞いたとおっしゃっておりました。」


 貴族の従者が店長にわざわざ話しかけて来たのだろうか、かなり不自然だわ。近くの本屋というと、魔法学園で使う魔導書を取り扱うあそこですわよね。確かに、あの本屋なら、貴族が出入りしていても何ら不思議ではないのですけど。


「誰の従者かわかるかい?」


「いえ、それは、わかりません。」


「では、何故貴族の従者だと思ったのかい?」


 店長は眼を泳がせながら、ボソボソと歯切れ悪く言葉を紡ぐ。


「本屋から出てきた男性が、お貴族様がお召しになる服を着ていたんです。帽子を目深に被っていらっしゃったので、お顔は見えませんでしたが、綺麗な赤色の髪でございましたし。」


 確かに、綺麗な赤い髪をしている平民はいないわね。平民はだいたい茶色い髪ですわ、色が混じっていてもそれは酷く燻んだ色ですし。


「そうか、赤い髪か。わかった、その者の従者に聞いたのだな。」


「はい、その従者の方は、うちで髪飾りを購入されました。ドレスの注文では無いので、お名前は頂戴しておりません。」


 お客様の見送りの際に、その貴族を見たのですね。貴族街の店のように外へ出て見送るようにと言っていたのが、こんな所で役に立つことになるとは思っていませんでしたわ。


「ねぇ、店長、その方はどんな髪飾りを購入されたの?その従者の方は男性、女性?」


 もし、女性で買ったものを身につけているのを見かけることができたなら、その人物を特定できるはず。男性でも、誰に貰ったか尋ねることができたなら、その従者がわかるかもしれませんわ。


「二十代くらいの茶色髪の、どこにでも居るような痩せた男です。購入されたのは、赤いリボンをあしらったバレッタでございます。」


 赤いリボンのバレッタか、うちの人気商品ね、残念だわ、量産品ですから同じ物は沢山出回ってますわね。


「男に特徴はないか?あざや黒子、なんでも良い。」


「特徴と言われましてもね、あっ、口元に黒子がありました。」

 

「口元の黒子か、一応、ロアーに似顔絵を作成させるか。セルロス、店長をロアーの所へ案内しなさい。」


 セルロスは店長を連れて部屋から出て行った。


「赤髪か」


「お父様、どうかされましたか?」


「いや、純粋な赤い髪を持つ貴族は少ない。赤毛はかの竜討伐で滅んだ侯爵家の系統だからな。これは、案外、探しやすいかもしれんぞ。」


 確かに、我がリマンド家の寄り子は白銀にモーブの瞳が多いですわ、系統が違う寄り子は、ルーキン家とオルロフ家、後、オルロフ家に準ずる子爵家と男爵家。


 オルロフ家他数家は、かの侯爵家のもと寄り子ですから赤毛系統。他の赤毛は、近衛兵団長、後は、アーバン辺境伯の寄り子になられたかの侯爵家の方々。その中でも、綺麗な赤毛は少ない。


 その中で私がお会いしたことがあるのは、オルロフ伯爵とその息子の中のお一人だけ、後は、フリード様の兄のシードル様、そして、近衛兵団長。アーバン辺境伯の寄子にもいらっしゃるだろうが、そんなに多くはないはずですわ。


「オルロフ伯爵や、フリップ伯爵のところの従者でしたら、今描いている絵を見れば見覚えのある者かもしれませんものね。」


 魔法学園で使う本を、シードル様が買いに行かれた時に着いて来た従者ってこともありますものね。


「お前が考えている通りであれば取り越し苦労だか、そんなに単純ではないと思うぞ。まあ、良い。ハンソンがこれからご機嫌伺いに来ることになっておる、ジュリェッタ嬢を伴ってな。お前も同席するか?」


 ジュリェッタ嬢、何とも言えない違う世界で生きているように感じる方。我儘な令嬢は沢山いるが、それとは違う、何でしょう根本から違う恐怖すら感じる存在。


「どうした?顔色が悪いが、調子が悪いのなら無理をしなくても良いぞ。」


「大丈夫ですわ、お父様。私も同席致します。」



 ハンソンと共に現れたジュリェッタは、以前のフリルをたっぷりとあしらった、その場にそぐわないドレス姿ではなく、しっかりとTPOを弁えた落ち着いた濃い藍色のワンピースを身に纏っていた。


 ハンソン様にエスコートされている姿は、柔らかで人目を引きますわね。藍色のワンピースが彼女の白い肌をより一層美しく、そして健康的に見せる。同じ色の瞳と、並ぶことで醸し出される雰囲気が本当の兄妹ではないかと錯覚させる。


「よく来た、ハンソン。ジュリェッタ嬢、淑女教育の方は順調に進んでおるかね?」


 侯爵は、人の良さそうな顔に笑みを浮かべ二人に話しかける。


「宰相閣下、マリアンヌお嬢様、本日は私どものためにお時間をつくって頂き、ありがとうございます。さ、ジュリェッタ、宰相閣下にご挨拶を」


 ハンソンに促され、ジュリェッタはドレスの裾を持ち礼をする。


「宰相閣下、お初にお目にかかります。ジュリェッタ・バルク・ルーキンにございます。家庭教師の先生をご用意下さりありがとうございました。マリアンヌお嬢様、ご機嫌麗しく。」


 前にあったときとは、比べものにならないくらいしっかりとしたマナーですわね。一体何があったのかしら?


 マリアンヌは不思議に思い、横の侯爵をチラッと見た。侯爵はマリアンヌの視線に気がついたのか、軽く目配せをすると、ジュリェッタに話しかけた。


「うん。よく進んでいるようだ。さ、二人とも座りなさい。」


 二人が座ると、侯爵はお茶を用意するように伝えて、二人に視線を向け、人の良さそうな顔で機嫌良く話しかける。


「さすが、マルクス子爵だな、彼の一族は王家の執事をしている一族で皇太子の先生もしている方だ。しっかりと、学びなさい。ルーキン令嬢、ハンソンから聞いていると思うが、君を我が一族からジョゼフ殿下の婚姻相手として推挙することにした。心は決まったかい?」


 ジュリェッタは侯爵の言葉にビックリしたような顔になり、ハンソンを仰ぎ見る。


「ああ、ジュリェッタ、君はまだ貴族社会の決まりを知らなかったね。王族と結婚するには幾つか条件があってね。各侯爵家、又は、辺境伯の推薦が必要なんだ。うちの本家は、リマンド侯爵家だから宰相閣下の推薦が必要というわけなんだよ。」


 ジュリェッタは面白くないのか、少し不機嫌な様子だがこくりと頷いた。


「わかりました。よろしくお願いし、ます、ですが、砂漠の国の第二皇子様との婚姻も選べると仰いましたわ。その話は?」


「ああ、それかい。」


 ハンソンが話そうとするのを、侯爵が制した。


「いや、私が話そう。実は、今、情勢が不安定でね。他国との婚姻が難しい状況なのだよ。それと、君は治癒魔法が使えたね。実は、今期の令嬢の中で治癒魔法が使えるのは君だけなんだよ。意味はわかるね?」

 

 ジョゼフ殿下が王位を継承する場合、妃は治癒魔法が使える者という条件がありますものね。


「まさか、戦争が起こるんですか?まだ、先の予定なのに!」


 ジュリェッタは酷く驚き、身を乗り出した。


 戦争はまだ、先の予定?いったい、彼女は何を言っているの?戦争が起こるのを知っていたかのような口振りですわね。


「あの、ジュリェッタ嬢、あなた、戦争が起こることを知っていたの?あなたの予定ではいつ起こるはずだったの?」


「半年後よ。」


 半年後?


「ほぉ、半年後とな?確かに、あのままであれば半年後に戦争が起きる可能性があったな。で、ルーキン令嬢、お前は何故それを知り得た?」


 ジュリェッタはしまったと言うような顔になると、下を向いて口を唇を噛み締めた。


「ジュリェッタ、どこでそのことを聞いたんだ?」


 ハンソンは酷く焦った様子で、ジュリェッタを問い詰める。


「ハンソン、君は知っていたのかね?」


 侯爵の柔和な顔が一変して、普段見せることの少ない眼光鋭い視線がハンソンを捉えた。ハンソンは、ビクッと身体を強張らせるとしどろもどろになりながら、一生懸命に言葉を紡ぐ。


「いえ、知りません。今、初めて聞きました。ナタリーからも、報告は受けておりません。」


 侯爵はジュリェッタを見据えた。


「そうか、ジュリェッタ嬢、素直に話した方がよいと思うぞ。でなければ、スパイ容疑で牢に繋がねばならないからな。そこにいるハンソンも君の実の父親であるバルク男爵も。」


「わ、私には、未来を見通す力があるんです。スパイなんかじゃありません!」


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