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事件 ①

 マリアンヌは家に戻ると、急いで便箋にキャサリンとの話を認めると、領地にいる父へ届けるようにセルロスへ頼んだ。


「大急ぎでお父様に届けて」


 マリアンヌの剣幕に、セルロスはことの重大さを感じ、自ら馬を跳ばして領地へと旅立った。


 いつも通りの平穏な日々が過ぎる、フリードリッヒの帰りはいつも遅く、同じ家に住んでいるにもかかわらず顔を合わせる日がない。

 

 フリードリッヒが言っていた通り、ミハイルがバルク男爵と共に傭兵達を従えて国境へ向かった。王都は戦争の匂いを感じ、物々しい雰囲気に包まれて行った。


 手紙を送って五日目に宰相は、王都の邸宅へと帰ってきた。


「マリー、手紙に書いてあったことは本当なのかい?」


「はい、お父様。」


「そうか、命を助けて貰ったとはいえ、事は重大だな。ジュリェッタ嬢は軟禁せざるを得ない。彼女は奔放な性格ゆえ学園に置いておくのも危険だな。ましてや、先読みの能力のある者を砂漠の国にくれてやるわけにもいかんしな。」


 侯爵は大きなため息をついた。


「まさか、砂漠の国の皇太子妃に?」


「そんな器じゃない。第二皇子の側室にでも送り込むつもりだったのだが、あまりにも常識知らずでね。」


 いろいろ無理そうだったんですね。国際問題が起こるくらいに…。


「どうなさるのですか?」


「ジョゼフ殿下と婚約でもさせて、花嫁修行という名目でルーキン家の領地の別荘で軟禁するさ。ハンソンが管理してくれるよ、彼は賢いからね。」


 ハンソン様とお父様の間でなにがあったのかしら、ハンソン様に対する信頼が大きくなった気がするわ。


「ああ、そうだ。お前のデザイナーを借りたよ。ハンソンとニキータ嬢の結婚式の衣装を作って貰った。ただ、ハンソンは今、ルーキン伯爵があのような状態だからね。弟君達とそして、ニキータ嬢は辺境伯と義兄のみで式をあげたよ。お披露目は、戦争が終わってから盛大にやれば良かろう。」


「まさか、そのために私のデザイナーとお針子を領地へ連れて行かれたのですか?」


「そうだよ。」


 お父様はすぐにできるとお思いでしょうけど、一週間かそこらで花嫁衣装の作製なんて、どれだけ、お針子とデザイナーに無理を強いたのか、考えただけで恐ろしくなりますわ。


「で、お針子達はいつ戻ってくる予定ですの?」


「そのことなんだが、戦争が終わるまで我が領地に居てもらおうと考えている。間違いなく、王都は荒れる。戦局が危うくなれば、宰相の娘であるお前の店は非難の対象になりやすいからね。」


 マリアンヌは頷くことしかできなかった。


「もう、夕食の時間だというのに、フリードリッヒはまだ帰らんのか?」


 宰相は先程の雰囲気とは打って変わって、砕けた様子で窓の外を眺めた。


「最近、フリード様は私が起きている時間帯にはお戻りにならないの。」


 宰相は、はあ、と大袈裟にため息を吐くと、頭を抱えた。


「あいつは、真面目すぎていかんな。どうせ、やらなくてもよい仕事までやっとるのだろう。」


 やらなくてもいい仕事って、お父様がご自分の仕事を押し付けたからこうなっているのではないんでしょうか?


「セルロス、仕事は私が明日片付けるから、すぐにフリードリッヒに帰るように伝えてくれ。三人で夕食を取ろう。」


「承知致しました。」


 セルロスが書斎から出て行くと、マリアンヌは宰相と二人きりになった。 

「マリー、手紙に書いてあった回復薬のことだが、街での噂の出どころはわかるか?」


「いえ、私は店長に聞きました。店長はだれから聞いたのかしら?」


 お客様?マルシェでの井戸端会議?


「不思議だ。あのローディア商会の会長が知らぬ噂を、お前の店の店長が知っているとは。明日、ここに店長を呼びなさい。」


「はい。」


「明日、ジュリェッタ嬢がハンソンと共に王都へ来る。ルーキン伯爵に会うためだ。彼女は学園があったので、ルーキン伯爵とまだ対面を果たしておらんのでな。彼女と話をしてみようと思っておる。」


「お父様が直接でございますか?」


 伯爵令嬢に宰相である父が時間を取る。それは、本来ならあり得ないことだ。


「ああ、予知能力とやらを確認する必要があるからな。もうすぐ、フリードリッヒも帰ってくる。さ、食堂へ行こう。」


 食堂に行くと、丁度フリードリッヒが帰って来たところだった。久しぶりに会うフリードリッヒは疲れがみえる。


 食事をとりながら、宰相がフリードリッヒに尋ねる。


「どうだ?戦の準備は進んでいるか?」


「はい、物資の確保はできました。メープル騎士団の出陣もいつでも可能です。第ニ騎士団は出陣致しました。ただ、気掛かりなことが…。」


 フリードリッヒの顔色が一層悪くなった。


「なんだい?」


「はい、回復薬なるものが出回っています。ただ、それは紛い物ではないかと…。それを一度飲めば、一時的にですが痛みの緩和と高揚感が得られるそうです。ですが、常習性があり、常に欲しくなるようで」


 なんて怖い薬なんでしょう。ただ、本当に完治するのであれば欲しがる人の気持ちもわからないではないわね。はあ、またジュリェッタ嬢の予言が当たってしまったわ。なんだか嫌な予感が致しますわね。


「それで、病気は治りますの?」


「いや、飲んで一時は痛みはなくなるが、根本的な治癒はできない。だだ、それが、回復薬なのか、それとも、回復薬を模倣した別の薬なのかは特定できていない。何せ、回復薬自体どこで手に入るのかも分からずじまいだからね。」


 侯爵は渋い顔をしたまま、ワインを煽った。


「で、その回復薬擬きを服用した者は、どこでそれを手に入れたと言っておる。」

 

「はい、酒場だと申していました。ただ、その酒場、今はもう潰れていまして。その上、その者は酒場の客から購入したらしいのです。マントで姿を隠しており、顔には乙女の仮面を着けていたと。ただ、良い香りがしたと申しておりました。」


 乙女の仮面は、祭りで売られている仮面。クリスマスを祝う恋人を探す若い男女が仮面を被り広場でダンスをする。一種の出会いのイベントだ。


「乙女の仮面か、誰にでも手に入るものだな。」


「はい、その酒場の店長だった者は、元冒険者だったらしく、一攫千金を夢みて傭兵として出陣したもようです。従業員だった娘に聞いたのですが、そのマントの主はよく見かけはしたが、誰かまではわからないと。」


 足取りが途絶えているのですね。


「ほかに、その回復薬を買った者はいないのか?」


「他にもいたのですが、皆、その酒場での購入者でした。他の場所で購入した者がいないか引き続き調査中です。スミス侯爵に頼み、平民街の店主達の身元も洗い直しております。」


 侯爵は残りの食事を平らげると、席を立った。


「私は今から、城へ行く。フリードリッヒ、お前は明日もそのまま休みなさい。私が留守の間ご苦労だった。マリーを頼んだぞ。」


「はい、宰相。」


 侯爵は頷くと足早に部屋から出て行った。


 フリードリッヒはステーキを口に運ぶと、ワインで流し込む際に顔を歪めた。


「フリード様どうなさったの?」


 よく見ると、顔に殴られたような跡がある。


「マリー、君が気にするようなことじゃない。よくあることだ。」


 どうして、何も仰っては下さらないの。私は心配することもできませんの。よくみたら、腕も動かしづらそうですわ。


「ユリ、冷やすものを持って来て。」


 マリアンヌは目に涙を溜め、フリードリッヒの側へ行き、ユリが持って来た氷の袋を頬に当て冷やす。


「騎士団に所属している以上、生傷が絶えないのは当たり前だ。」


「ですが、フリード様は今、宰相補佐官ではありませんか…。」


 マリアンヌの言葉にフリードリッヒは少し困った顔をすると、両手でマリアンヌの頬を包んだ。


「そうだね、今は補佐官だ。しっかり認めて貰えるように頑張らないとね。」


「頑張りすぎです。ずっと働き詰めだったじゃないですか。」


 フリードリッヒはマリアンヌを自分の膝の上に横抱きにして座らせると一層、困った顔になった。


「そうでもないんだ。宰相、マリーのお父様はね、事実上この国を動かしていると言っても過言ではない。その後釜に俺を指名された。俺は王家の血筋でもなければ、宰相の実子でもない、反発が起こるのは必然だよ。それを捻じ伏せるには、結果を残す以外にないんだ。力でも、頭脳でもね。」


「ですが」


 フリードリッヒはマリアンヌの言葉に首を振って制すと、にっこりと笑った。


「沢山の人が宰相の後釜を狙って努力して来た。それをぽっと出の俺が掻っ攫った、殺したいくらいはらわたが煮え繰り返っている人間が沢山いることだろう。そして、彼らは優秀だ。彼ら無くしては俺はこの国を纏めることは出来ない。だから、なんとしても認めて貰わなくてはならないんだよ、君の夫としてね。」


 そんな風に言われたら、黙る他無いじゃありませんか。




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