事件の前触れ ②
「ユリ、ローディア商会の魔法学園に通ってらっしゃるお嬢さんって、知ってるかしら?」
ユリはお茶をメイドに片付けるように指示しながら、店長が持って来た報告書に目を通し整理していく。
「お会いしたことはございませんが、聡明な方だと商会の店員達は言っておりました。ただ、少し跳ねっ返りでお転婆なところもあるようですが…。」
ふーん、魔力も兄弟の中で一番使えて賢いんですわね。これは、他の兄弟から嫌われていますわね。彼女より年上の子達は面白くないんじゃないかしら?
「ユリ、その資料の中にその方の注文書は入っているかしら?」
ユリは注文書を確認し、その中から一枚を取り出した。
「こちらでございます。」
「ありがとう。」
ローディア商会、キャサリン。淡い黄色のドレスを注文されているわね。えっ?さすが、市民とはいえ、ローディア商会の娘さんだわ。イエローダイヤをアクセサリーに御所望されている。うちで、一式揃えて頂いたのね。
「このキャサリンさんなんですけれど、何番目のお子さんでいらっしゃるのかしら?」
「さあ、私は存じ上げません。ですが、下の方だったと記憶しております。上から、6番目までの方々は諸外国で支店を管理されていると聞いておりますから。」
ユリは、外国の珍しいお茶や食べ物をよく、ローディア商会に買いに行っているので詳しいですわね。目新しいお茶やお菓子で落ち込んでいるときにそっと励ましてくれる。ユリに何度救われたか。
「キャサリンさんと会う前に彼女のことが知りたいわ、好きな食べ物から交友関係、趣味に至るまで知り得る情報は全てよ」
「畏まりました。お嬢様。」
六日かけて、ユリが調べてくれたキャサリンについて知り得たことは、彼女はこの前まで、城で侍女をしていたアナスタシアと仲が良かったこと、学園ではジュリェッタと同じクラスで一緒に課題に取り組んでいると言うことだ。そして、すでに店を任されている他の兄弟たちとの関係は良くない。ローディア家で彼女の存在は、大きく、他の子達より贔屓されているのがその原因だということだ。
まあ、唯一魔法学園へ入学できたのだから、贔屓されるのも分からないでもないですわね。ユリの話では、彼女が他の兄弟から良く思われていないのは、オルロフ伯爵も原因の一つらしい。キャサリンの母を通じて、ローディア商会の会長へ色々と無茶な要求を繰り返している。彼女は、キャサリンが魔法学園に入学してから、目に見えて横暴になった、それは、リフリードの母である自分の姉に対してもそうらしい。
その結果が、クリスマスの夜会でキャサリンのエスコートをリフリードにさせることですか。単なる嫌がらせと、キャサリンのパートナーを他兄弟にして人脈を広げるきっかけを与えない、良い策ですわね。
「ユリ、キャサリンさんとその母親の関係は良好なのかしら?」
「微妙でございますね。彼女が他の兄弟から疎ましく思われている原因でもございますから。」
そうですわよね、母親のせいで家族から疎まれているのだから。ですが、それくらいのほうがこれから友好関係を築いて行くにあたってベストね。
「で、キャサリンさんのお母様はどんな方かしら?リフリードのお母様に似ているの?」
オルロフ伯爵はキャサリンのお母様を貴族達の前に出すことを嫌われていたので、お見かけしたことがないのよね。
「そうですね、一般的に見れば美しい方々だとは思いますよ。ただ、フリップ伯爵夫人と比べますと…。系統は似ていますね、どちらも華やかな方ですので。性格はキャサリンさんのお母様の方が強かな印象を受けます。」
強かでなければ、あの家で無事に過ごすことはできないわね。確か、オルロフ家の侍女が母親だとメイド達が言ってた気がするわ。
「ユリ、ローディア商会を呼んでくれるかしら、名目はそうねー。フリード様へのプレゼントに時計を見せて欲しいと伝えてくれるかしら?」
リマンド家の令嬢相手ですから、それなりの人が来る筈ですわ、それとなく回復薬なる物と、キャサリンのことを尋ねてみましょう。
「承知致しました、お嬢様。ただし、回復薬については慎重にことを進められるようにお願い致します。」
ユリには敵わないわね、私が回復薬について、ローディア商会に尋ねようとしていることがバレているんですもの。
「わかったわ、噂話程度に留めておくわ。」
ユリはあからさまにホッとしたような顔をして、では、ローディア商会へ連絡を入れますね。と言って部屋を出て行った。
ユリ、何か知っている?それとも、ローディア商会が回復薬に関わっているかもしれない、と言う話でも何処かで聞いた?
なんと、今日の午後、早速、ローディア商会の会長さんが自ら来て下さいました。リマンド家の名前の力は大きいですわね。
「お初にお目にかかります。ローディア商会会長、ロベルトでございます。この度は、我が商会をお呼び下さいましてありがとうございます。」
恰幅の良い白毛の混じった髭を蓄えた壮年の男性が恭しく挨拶をした。横には、すっとした二〇代後半の身なりの良い男性を従えている。
「良くきてくれました。まさか、会長自らお越し下さるとは思っていませんでしたわ。私、マリアンヌ・トリッシュ・リマンドと申します。今日はよろしく頼みますね。」
「マリアンヌお嬢様とお呼びしても宜しいでしょうか?私のことはロベルトとお呼び下さい。」
ロベルトは人の良さそうな笑みを顔に貼り付け、マリアンヌに確認する。
「ええ、大丈夫よ。そちらの方々は。」
マリアンヌは横の微動だにせず、ロベルトと同じ顔に笑みを貼り付けている男に目を向けた。
「これは、私の長男でサンドラと申します。どうぞ宜しくお願い致します。」
「サンドラと申します。お嬢様。どうぞ、サンドラとお呼び下さい。」
「サンドラ、宜しくね。どうぞ、お二人ともお掛けになって」
長男を連れていらしゃったのね、今後長いお付き合いをしたいという気持ちを隠しもせず、全面に表れていますわね。
会長はではと、ソファーに腰を下ろした。サンドラはテーブルの上に布を敷き、自ら持って来た箱を布の上に乗せて行く。それをロベルトが一つ一つ丁寧に箱から出し、一つ一つ説明してくれる。
まるで流れるようね。
「今、この国に置いてあります中で、私が自信を持って紹介できる品でございます。勿論、お時間さえ頂けましたら、一からお造りすることも可能でございますので、ご遠慮なくお申し付け下さいませ。」
「どれも素晴らしい品ですわね。まさか、ドワーフの作品を目にできるとは思ってもおりませんでしたわ。」
四つの懐中時計はどれも素晴らしいものばかりで、侯爵令嬢であるマリアンヌも中々目にする機会のない代物だ。
「それはそうでしょう、何たって、私どもはこの世にあるもので、ご用意できないものはないローディア商会でございますから。お時間と代金さえ頂けましたら、ドワーフが作成したオリハルコン製の剣だってご用意致しますぞ。」
「まあ、頼もしい限りですわ。そう言えば、この王都に治癒と同じ効力のある回復薬なるものがあるらしいのですが、知っていらっしゃいます?」
ロベルトは、少し考え込んだ風だ。知らないのだろうか、それとも、知りうる薬でそのような効能のあるものを思い出しているのだろうか。横のサンドラの目が泳いだ気がした。
サンドラは何か知っているわね。
「治癒魔法の効力ですか、強力な毒消しでしょうか?それとも、高麗人参のような万能薬だろうか。熊の胆嚢。いや、だが、どれも即効性があるわけではない。申し訳ない。わかりかねますな。」
マリアンヌは全く気にしていないという風にニコニコわらう。
「お気になさらないで下さい。欲しいわけではございませんので。ただ、市井でそういう噂話を耳にしたので、存在するのか気になっただけですの。ほら、この世にあるもので用意できないものはないローディア商会でしょう。」
「はははは、一本取られましたな。わかりました、調べてみましょう。わかり次第、お知らせ致しますよ。」
ロベルトはさも楽しそうに豪快に笑い声を上げた。その横で、サンドラはなんとも言えない微妙な顔をしている。
「あら、そう?でも、本当に回復薬は必要ないの。ただ、興味はあるわ、次回にでも結果を聞かせて頂戴。今回はこれを頂くわ。」
マリアンヌはテーブルに並べてある中から、シンプルではあるが、カバーの細工が美しい懐中時計を指差した。
「ありがとうございます。マリアンヌお嬢様。お代はこちらの金額になります。」
ロベルトが提示した金額は、白金貨2枚。お母様のドレス2枚分。一般的な男爵家の年収に匹敵する。
「ユリ、お支払いして。」
ユリがトレーの上に白金貨を2枚載せて、ロベルトの前に置くと、ロベルトとサンドラは余程ビックリしたのか口をパクパクさせている。
「とうしたの、ロベルト。代金の白金貨2枚よ?」
「すみません、驚いてしまいました。白金貨をこんなにすんなり、お支払いしていただいたのは初めてでございまして。」
サンドラが持って来た木箱には、他に箱が入っている。ということは、今出しているものよりランクの低い商品の用意があるということよね。貴族は体面を気にするから、敢えて、購入できそうにない商品をだして、商会の力をアピールする予定だったのね。食えないおじ様だこと。
「あら、でも、貴方が白金貨2枚と仰ったのよ。ローディア商会の商品は全て適正価格と存じておりますわ、それをごねるだなんて、ね。」
ロベルトは一瞬面食らった様子だったが、気を取り直したようにソファーに座り直すと、真面目な表情になり、白金貨2枚を受け取り懐にしまい、領収書を記入して印を押し、王家発行の印紙を貼り、マリアンヌへ渡した。
「確かに受け取りました。どうぞ、商品をお納め下さい。」
「ありがとう。また、良い取引ができることを願っていますわ。」
マリアンヌはユリに懐中時計の入った箱を渡し、お茶の用意をさせた。
「そう言えば、キャサリンさん、魔法学園に入学されていたんですってね。本来なら、一緒に学べる筈でしたのに残念ですわ。」
マリアンヌはさも残念そうに呟く。
「マリアンヌお嬢様は、キャサリンをご存じでしたか。」
ロベルトはとても嬉しそうに、マリアンヌの言葉に反応した。
「ええ、私の店でクリスマスの夜会用のドレスを注文していただきましたの。」
「キャサリンが、マリアンヌお嬢様の店でドレスをつくっていたのですか。」
サンドラはグイと前のめりで、話に食いついて来た。
「ええ、うちの店長ともすっかり仲良くしているみたいですわ。」
あら、サンドラ、怒りを必死で抑えているみたいな顔をしていますわね。それに比べて、ロベルトはとても嬉しそうだわ。
「平民はいくら金があっても、マダムの店でドレスを作ることはかないませんからな。お嬢様の店は、皇后陛下やスミス侯爵夫人もご利用なさっている店。そんな店ですのに我々平民とも取引をして下さる。とても、ありがたい限りです。」
「まあ、そう言って頂けて光栄ですわ。サンドラも是非、女性へドレスをプレゼントするときは、私の店をご利用下さいませ。今の貴族のドレスの流行りをいち早く取り揃えておりますので。」
多分、私との繋がりが欲しくていらっしゃったのに、キャサリンが私と繋がりがあることへの怒りでしょうから、こちらから、手を差し延べるべきね。
「是非、利用させて頂きます。侯爵夫人もマリアンヌお嬢様もこの国の流行の最先端と、我々下々の者にも聴こえてきます。その方の店ですから、安心して大切な人への贈り物が出来ます。」
市井では、お母様と私は傾国と名高いと店長が言っていたわね。それを、綺麗に言い換えたことですこと。まあ、商会を経営している者にとってはいい金蔓ですわよね。悪意は無さそうですし、有難く褒め言葉として受け取っておきましょう。
「まあ、最先端だなんて。お上手ですわね。」
「では、我々はこの辺で」
お茶を一杯飲み終わったロベルトが退出の意を示すと、サンドラは待っていましたとばかりに、ロベルトを視線の先で確認した後マリアンヌへ言った。
「この先、ローディア商会をご利用の際は、是非私、サンドラをお呼びつけ下さい。どの仕事より優先してお嬢様の元へ参ります。」
「まあ、会長の息子さんが、今後の私の係になって下さいますの?」
「はい、お父様、宜しいですよね。」
ロベルトはサンドラを連れて来た時から、サンドラがマリアンヌを自分の顧客にしたい、という意思を理解していた為すんなりと頷いた。
「ああ。マリアンヌお嬢様、なんなりと、サンドラに御用命下さい。」
「そう、では、サンドラ宜しくお願いしますね。」




