表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/114

リマンド侯爵とハンソン

「ハンソン、ジュリェッタ嬢の様子はどうた?」


 ハンソンはリマンド領のリマンド邸へ訪れていた。


「マナー、身のこなし、伯爵家の令嬢とは程遠い状態です。」


 リマンド侯爵は眉間に皺を寄せ答えにくそうなハンソンの返事に、そうだろなという風に溜息を吐き、紅茶を一口啜る。


「そうか、なら、砂漠の国への輿入れは難しいな。当初の予定通り、ジョゼフ殿下と婚姻させ、田舎で監視するのがベストか。ジョゼフ殿下はリフリードと治癒魔法の学習をさせたのだが、両方とも全く開花する兆しがないと報告を受けた。」


 そろそろ、どちらかが確実に治癒魔法を取得していなければおかしい時期だ。にもかかわらず、ジョゼフ殿下が治癒魔法を使えないことに全く不信感を抱く様子すらない。ということは、リマンド侯爵はそうなると言うことをご存知だったということだ。


 考えろ、ジョゼフ殿下の治癒魔法の相手がリフリードであることは、マリアンヌの婚約者にリフリードが内定した時に決まったことだ。なら、その時に上皇陛下、皇帝陛下が彼を鑑定して魔力に何ら問題が無いと判断したことになる。では、なぜこうなることをリマンド侯爵は予見できたのだ。


「折角ご機会を賜りましたのに申し訳ございません。では、ジョゼフ殿下が王位を継がれる可能性は無いと。」


「そうだ。それにより、陛下がメープル騎士団を率いることが難しくなった。上皇陛下が戦場へ出ることになるだろう。」


 メープル騎士団を率いることができるのは王位継承権のある王族のみ。次期王位継承者を城に残しての出陣と決まって居る。現時点で王位を守る力があるのは現陛下のみ。


「戦が起こりそうなのでしょうか?」


 ハンソンは不安気にリマンド侯爵に尋ねた。


「ああ、オーランド国の動きが怪しい。」


 リマンド侯爵は伺うようにハンソンを見据える。


「まさか、クシュナ夫人の新しいパトロンが」


「そうだ、クシュナ夫人がオーランド国に亡命するのを我が手の者が確認した。」 


 ハンソンは真っ青な顔色になりカタカタと震え出した。そんなハンソンの様子を何事もないようにみつめながら侯爵は再び紅茶にゆっくりとした動作で手を伸ばす。


「申し訳ございません。」


 全てを悟られていると知ったハンソンは、テーブルに頭を擦り付けんばかりに謝罪した。


「顔を上げなさい、お前が手を貸さなくても同じ結果だっただろう、そんなに気にやむで無い。」


 優しい言葉とは裏腹に、ゆっくり顔上げたハンソンの目に映ったリマンド侯爵の瞳は一切笑っていない。ハンソンはゴクリと唾をのみこんだ。


 はじめからお見通しと言うわけか、絶対に敵に回してはならない相手だ。どうやら、今回は父の命と引き換えに見逃して貰えるみたいだが、二度は無いということだろう。


「ありがとうございます」


 震える声をやっと絞り出し礼を伝える。


「さて、ハンソン。」


「はい。」


「ルーキン伯爵も、もう長く無い。そろそろ、ニキータ嬢と共にメープル騎士団を引退して後を継いだらどうだ?調印だけ先にして、後で式を挙げたら良かろう。ことがことなだけに、式を予定していても、伯爵が亡くなれば喪が明けるまで式は出来まい。」


 確かに侯爵の言う通り、調印さえ済ませてしまえば爵位を継承できる。どんなに準備をしても、父が亡くなれば喪が明けるまで華やかな式など挙げることはできない。それこそ、調印のみ済ませて、爵位を継承することとなる。


「わかりました。早急に父とニキータに確認します。」


「冬期休暇明けはどうだ?ちょうど、セントリア教会の予定も空いておるみたいだぞ、アーバン辺境伯も軍議のために王都へいらっしゃる予定がおありだ。ニキータ嬢のドレスは、娘のデザイナーが今ここにおるでな、一週間もあればドレスを仕上げてくれるそうだ。」


 なんとも手回しが良い、明日、ニキータが我が屋敷に来ることもご存知か、まったく、全て私に聞かずとももう決定しているではないか、しかし、折角お膳立てして頂いたのだ。断る選択は無いな。


「ありがとうございます、では、明日ニキータとご挨拶に伺わせて頂きます。」


「では、マリアンヌに伝えておく。そうだ、お前の代わりに、弟にメープル騎士団に入る栄誉を譲ってやるべきでは無いのかね?」


 恐ろしい人だ、自分の地位が脅かされるなら、実の弟でも危ういリーダーの率いる戦地へ送れと言うのか。訓練期間もそれ程あるまい、まるで、死ねと言っているようなものだな。万が一上手く生き残っても、その功績は伯爵家を継いだ私の物にもなると言うわけか。


「わかりました、弟に進言致します。」


 弟は戦があるとは知らないのだから、喜んでメープル騎士団に入るだろう、ルーキン家で爵位を継ぐ資格があるのはメープル騎士団で成果を残せた者だけだ。


「うむ。余計なことは言わず、私が期待をしていると言っていたとだけ伝えてくれ。」


「はい。」


 この方が義父となり、リマンド侯爵家へ養子に入ると考えただけで胃が痛くなってきた。その上、義母となる皇女様の金遣いの荒さはクシュナ夫人以上だと、父が瀕死の怪我を負ったときに初めて知った。


 ジュリェッタにドレスを贈りたいと相談をしたら、ポンとマダムの店の仕立ての権利を下さった。好きな物を作りなさい、代金はこちらで持つわとおっしゃった。マダムの店のドレスは城勤の男爵の年収と同じ金額だ。いったい、年間で何着マダムの店で服を誂えられているのだろう。想像しただけで恐ろしい。


 現在既に同居しているフリードリッヒに心から尊敬の念を抱くよ、彼は全てを知った上で、マリアンヌ嬢を貰い受けたいというのだからな、それは敵わない筈だ。


「それはそうと、マルクス殿はちゃんと仕事をしているかい?あれの能力は右に出る者はおらんが、いささか、相手を選ぶ傾向があるのでな。」


 マルクスは代々、王家の執事を輩出している家の家長だ。執事の職にも関わらず、その功績から子爵の地位を頂いている。その彼が、ジュリェッタに教育を施すのだ、一週間もあれば町娘でも並の伯爵令嬢くらいには見えるだろう。


 全く、凄い人をよこしたものだ。


「ご心配はご無用でございます。マルクス様ご本人が直接ジュリェッタに教育を施して下さっております。」 


「なら良い。後は、ジュリェッタ嬢に頑張って貰わねばならないな。ジュリェッタ嬢だが、バルク男爵との関係はどうかね?」


「はい、当初の予定通り、二人を引き離すことに成功致しております。最近は、バルク男爵への不信感が芽生えた節があるとナタリーが申しておりました。」


 リマンド侯爵がニッコリといつもの人の良さそうな顔に戻ると、ハンソンはやっと生きた心地がした。


 助かった。と考えるべきだな。


 侯爵の命により、少しずつ二人の仲を離し、ジュリェッタ嬢に不信感を植え付けてはいるが、ジュリェッタとバルク男爵を仲違いさせるとは、侯爵は一体なにを企んでいらっしゃるのか…


「スラム街を昔の形に戻したのは知ってるな?バルク男爵に傭兵達を率いてもらおうと考えている。彼らはバルク男爵のお友達なのだから、何ら問題あるまい。」


 傭兵は荒くれ者が多く、犯罪に手を染めた者も数知れず、貴族出身の騎士の手に負える奴等ではない。かと言って、平民出身の騎士で彼等を率いられる者はだいぶ歳を食っている。確かにバルク男爵なら適任だ、王都の居酒屋で一緒に飲み歩いてるのを見かけた者も多い。風儀を問題視して、抗議している貴族も多いが彼が傭兵を率いればその問題も解決するだろう。だが、なぜ、あの親子を引き離す必要がある?


「バルク男爵が適任だと思われます。」


「バルク男爵が大きな手柄を立ててきた場合、彼の力は増大するな。爵位も準男爵ではなく、男爵が認められるだろう。ジュリェッタ嬢が治癒魔法を使えなければ問題が無かったのだが…。」


 そうか、バルク男爵の名声に、ジュリェッタの治癒魔法の力が加わって、それを利用することを恐れていらっしゃるのか。確かに、ジュリェッタは大胆不敵な所があり、家族でさえ入ることのない近衛兵の休憩所にまで顔を出す人物だ。今までそれで罰せられなかったのは、彼女を罰することで民意を無視することとなり民の暴動を防ぐ為に他ならない。

 

 彼女はこの国にとって邪魔な存在、しかし、バルク男爵はまだ利用価値のある者、彼女のせいで彼を切り捨てるのは勿体ないとお考えか。なら、邪魔なジュリェッタを他国へ追いやるか、危険分子としかなりえない、ジョゼフ殿下と共に僻地で監視するのがベスト。


 私は皇族の義兄となり、ジョゼフ殿下とジュリェッタの監視をすることで強固な地盤を得られる。そして、リマンド侯爵は私の弱みを握ることで、私を意のままに操る。全くこの国を掌握していると言っても過言では無いな。


 私の仕事はジョゼフ殿下とジュリェッタの管理と監視。それさえやれば全て約束されるということか、それくらい上手くやるさ、全く、ルーキン家はリマンド侯爵家の盾とはよく言ったものだ。


「確実に、ジュリェッタとバルク男爵とを完全に切り離しますのでどうぞご安心下さい。」


 どうせ、ジュリェッタが我が父か私の子ということもご存知なのだろう。だから、ジュリェッタを我が家の養子にと言ったときすんなりと話を通してくれたに違いない。

 

「うむ。頼んだぞ、英雄など平事には邪魔な存在だが、有事にはこれ程役に立つ者はおらんからな。しっかりと役割を果たして貰わねばな。」


 バルク男爵も、所詮は捨て駒という訳か、その場合、ジュリェッタは私がしっかり管理している間は安全だと。


「そう言えば、宰相閣下。マリアンヌ嬢とフリードリッヒ殿の結婚式の招待状が届きましたが、その中にジュリェッタへの招待状も入っておりました。」


 未だ、フリードリッヒ殿への執着も消えぬジュリェッタを招待するとは、騒ぎを起こせと言っているものではないのか?


「ああ、届いたのか、ジュリェッタ嬢はお前の妹だろう、ルーキン伯爵家の者を呼ぶのは当然だ。そんなことより、ルーキン伯爵のところへジュリェッタ嬢は見舞いに行ったのかい?王都の屋敷へ戻ったら真っ先に見舞いに行かせると良い。そうすれば、ルーキン伯爵も心残りがなくなるだろう。本当に、ジュリェッタ嬢に治癒魔法の能力が無ければ丸く収まったのだがな。」


 それまでに、ジュリェッタがフリードリッヒ殿を諦めるように説得しろと言うことか?いや、またジュリェッタが治癒魔法が使えなければと言うセリフ。父がジュリェッタの治癒魔法の能力に関わっているというのか?


「そうですね、ジュリェッタも父の娘です。見舞いに行きたいでしょうし、父も会いたいでしょうから、ジュリェッタが父の見舞いに行けるように早急に手配致します。」


「ああ、それが良かろう。」


「では、私はそろそろ。」


「うむ、では弟君によろしく伝えてくれ。ああ、後、これはリマンド侯爵家のことだが、フリードリッヒに仕事を任せて行こうと考えておる。そのつもりで、よろしく頼むぞ。」


 くそ、フリードリッヒ殿はこのことを全て知っていると言うことか。フリードリッヒを殿ではなく、様と呼べと、第二夫人の息子に頭を下げ、従えと、屈辱的だがその恩恵も多い。致し方ない。フリードリッヒ、貴様が支えるに値するかリマンド侯爵の存命中にしかと確かめさせてもらうぞ。


「はい。承知いたしました。」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ