乙女ゲー 第三章 ②
三日馬車に揺られてルーキン領の領主館に入った。初めて入る領主館は無駄な物の無いスッキリとした、しかし、歴史を感じさせる荘厳な造りだった。
奥様はあんなに派手な雰囲気だったのに、館は落ち着いた雰囲気ね。一つ一つは高そうな物だけど、置物等の装飾品は少ないし可愛いとか煌びやかという雰囲気の物は何一つ無いよね。
「ねぇ、ハンソン兄様、お義母様にはいつご挨拶したらいいの?」
「ルーキン家に夫人は居ない。」
「えっ、いつお亡くなりに?」
じゃぁ、昔ルーキン伯爵に乗せて貰った馬車に乗った夫人は死んじゃってるのーーー!うそーー!
「もうかれこれ、17年は経つな、弟達の母が亡くなってから。その後父は再婚したが、その花嫁はここに嫁いでくる途中盗賊に襲われてね、お義母様になる方はこの館でお過ごしになることは無かったんだ。」
ハンソンは少し寂しそうな顔をして遠くを見つめた。
「ごめんなさい。あのー、私、数年前にルーキン伯爵の馬車に乗せて頂いた時に、隣に凄く色っぽくて美人な方が乗ってらっしゃったので、奥様と勘違いして…。」
これ、言っても大丈夫だったかな?
「ああ、クシュナ夫人に会ったことがあったのか、父はよく彼女を伴っていたからね。彼女は父の愛人だった方だよ。まあ、そのうち噂で聞く事もあるだろうから伝えておくよ。」
こともなげに告げられて、とんでもないことを口走ったと身構えていたジュリェッタは拍子抜けした。
愛人。まあ、奥様がいらっしゃったわけじゃ無いから大丈夫なのかな、それとも、貴族社会では当たり前のこと?
何と返したら良いのか言葉に詰まったジュリェッタは、軽く頷くだけにとどめた。
「彼が、執事のマルクスだ。この家で何か困ったことがあれば彼に言うように、いいね。マルクス、ジュリェッタを部屋に案内してくれ。」
「はい、わかりました。ハンソン様、こちら先程、ニキータ様の遣いの方が。」
マルクスはジュリェッタに軽く視線を向けただけで、ジュリェッタが挨拶する機会を与えず、ハンソンにニキータからの手紙を渡すと、控えていたメイドの一人に目で指示をだした。
「ジュリェッタお嬢様、どうぞこちらへ、お部屋へ案内致します。」
マルクスと言葉を交わせないまま、ジュリェッタはメイドにうながされ、後について行くしかなかった。
私、マルクスさんに嫌われているような気がするんだけど、気のせいかしら?
ジュリェッタが案内された部屋は屋敷内とは打って変わって、可愛らしく女性が好むような家具で統一されていた。
「このお屋敷でお過ごしの際は、こちらの部屋をお使い下さい。私は、お嬢様のお世話係を仰せつかりましたエラでございます。ご用事がございましたら、そちらのベルを鳴らしてお呼び下さい。また、部屋から勝手に出歩かれないようにお願い致します。」
案内をしたメイドは礼儀正しく、ジュリェッタに挨拶をしたが、その様子はナタリーとは違い冷たく彼女との間に壁のようなものを感じた。
「よろしくね、エラ。あの、私、執事のマルクスさんに挨拶したいんだけど…。」
なんかアウェー感半端ないんだけど、とりあえず、マルクスさんとは一回ちゃんと話をした方が良さそうよね、彼がこの屋敷を管理しているみたいだし。
「それは無理かと存じます。マルクス様は礼儀のなってない方と口を訊かれませんので。でも、ご安心下さい、しっかり、お世話はして下さいますから。」
それって、しっかりとしたマナーが身に付いていないと、こちらの要望はまるっきり無視するってことよね。
平民のくせに生意気、ハンソン兄様に言いつけてやるんだから。
「わかったわ、諦める。」
「お疲れでしょう、お風呂のご用意が出来ております。どうぞお入り下さい。その後、旦那様とお食事となっております。」
暗に風呂に入れと促される、こちらの意見など聞く気は全くない。主導権は全て従者にあることがこの数分でよくわかった。
「わかった。」
ジュリェッタは諦めてエラの言葉に従うことにした。
贅沢、バスタブには薔薇の花が浮かべてあるし、エラは髪を洗ってくれるし。
「上がられましたら、全身を香油でマッサージ致します。」
「よろしくね。」
エラの言葉に心が踊る。
エステがこんな所で受けられるなんて!しっかり世話をするって所は嘘じゃないのね!
ジュリェッタは機嫌良く身支度を済ませると、ハンソンのいる食堂へと案内された。
「ジュリェッタ、部屋は気に入ってくれたかい?」
「はい、ありがとうございます。とても素敵な部屋で、気に入りました。」
マルクスさんの視線を感じて、美味しいはずの食事も全く味がしないんだけど。
ハンソン兄様と話す時の言葉遣いも心無しか、いつもより丁寧になる。
「それは良かった。ジュリェッタ、実は君に謝らなければならないことがある。本来なら、ここで冬の休暇中楽しく過ごして貰う予定だったのだけどね。ジョゼフ殿下、そして、砂漠の国の王子との婚姻の話がでている。そのため、今一度淑女教育を君に施す必要が出てきた。」
「淑女教育ですか?」
「ああ、マルクスと話してね、このままではジョゼフ殿下との婚姻は難しい上、砂漠の国とは国際問題になると言われたよ。」
私のマナーってそんなに酷い?でも、そのせいでこの二人との婚姻が流れるのはなんとしても防がなきゃ、バッドエンドまっしぐらじゃない!
「そんな不安そうな顔をしない。冬期休暇中にしっかりと学べば問題ない。明日から、マルクスが直々に面倒をみてくれる。」
マルクスが先生だなんて最悪。
「はい」
ジュリェッタはそう答えるのが精一杯だった。
翌日から、マルクスの淑女教育が始まった。それは城で行われたものとは比べものにならないくらい、想像を絶するほど厳しいものだった。




