クリスマスの夜会 ③
「マリー、一体どう言うことだ。」
いつもより大分早い時間帯に、いつも冷静なお父様が慌てた様子で城から帰って来られました。出迎えからそのまま執務室へ来るように言われました。
「どういうことと申されますと?」
「実は、サウザード帝国の皇太子よりお前に婚姻の打診があった。マリー、お前は一体皇太子に何をしたのだ。」
あれは、ダンス時のことは戯言では無かった。本気だったということでしょうか。
マリアンヌは夜会での皇太子との会話を詳らかに話すと、侯爵は盛大な溜息を一つ吐くと椅子の背もたれに身体を預け足を組んだ後、顳顬を人差し指で押さえてた。
「それがお前に興味を示した原因か。」
「勿論、お断り頂いたんですよね、お父様。」
「ああ、だが、上皇陛下がこの婚姻に一人乗り気でな、まったく、あのポンコツ!目先の利益しか考えとらん、不民を増やし、自分の妻を死に追いやっただけでは飽きたらず、マリーまで不幸にする気か!」
最初の竜討伐のことですわよね。お金をばら撒いて、国庫を空にして、不民を増やして、ご自分では収拾不可能になったので、お母様でお父様を釣って宰相に据えて、ご自分は退位されて息子である陛下に全て問題を丸投げされたんですよね。そのくせ、ちょくちょく的外れな意見だけはされるって、お父様愚痴ってらっしゃいましたわね。
お父様、本当のことですが、これを聞かれたら不敬罪で罰せられますわよ。
侯爵は困ったものだと頭を抱えた。
「先方へはもう返事をされたのですか?」
「ああ、断っておいたよ。だが、皇太子とお前の婚姻は我が国にとっては非常に有益なことも事実だ。お前が、王族であれば有無を言わさず嫁がせ、その代わりに彼の弟をこちらの名のある貴族の娘の婿として迎えることになっただろう。はぁ、先方の希望が弟君の妻で治癒魔法が使える者なら、伯爵令嬢になったジュリェッタ嬢を嫁がせれば済む話なのだが…。」
「王族の婚姻は国同士の結びつき。リチャード皇太子が帝王となることは決定的であると」
「ああ、そうだ。彼は王子達の中で群を抜いて優秀だ。だから、いろんな国々がリチャード皇太子と自国の姫の婚姻を望んでいる。そこへ、向こうからの打診だ、上皇陛下が舞い上がるのも無理はないのだが…。現サウザード国王があまりにも非道すぎる。自分の息子ですら、戦での大敗を許さない。皇太子が亡くなったからといって、この国に帰ることは叶わんだろう。折角手に入れた人質だ、気に入れば自分の妃に、そうでなければ後宮にて軟禁だな。」
もし、嫁いだらあのいけすかない皇太子頼りじゃないですか!夫が死んだらお先真っ暗、軟禁か歳の離れた暴君の妻とかあり得ませんわ!
「おじいさまが乗り気って、はあ、面倒ですわね、余計なことをなさらないと良いのですが。」
「まったくだ、お前が魔法学園を卒業してから式をと考えていたが、これはエカチェリーナの言う通りとっとと挙げるべきだな。この春、お前の学園入学の前に挙げてしまうか?」
確かに、式さえ挙げてしまえば横槍を入れてくる方はぐんと減りますわね。正式な婚約だけで、兄様へあからさまに言い寄ってくる方も減りましたし。
「私もその方が安心できますわ、フリード様モテ過ぎですのよ、一緒に出掛けましたら、行く先々で女性がフリード様を見てるんですよ!私のですのにイライラ致しますわ!リンダだって、私がフリード様から頂いた…。」
「まあまあ、マリー落ち着きなさい。アレの父親もモテたが彼はそれ以上だな。それはさて置き、お前の所のデザイナーだが、もしかしたら、彼の母親に何か関係があるやもしれんな、皇太子の母親は彼の弟が一歳になる前に命を落としておる。対外的には病死となっておったが、それと同時に輿入れの時から付き添った侍女が城から消えたらしい。」
リチャード皇太子のお母様の死とイザベラの両親が何らかの関係がある?
マリアンヌはブルリと身震いをした。
まさか、イザベラの両親がリチャード皇太子のお母様の侍女?そして、リチャード皇太子はその手掛かりを探している?あのドレスを着て行ったのは失敗だったわ。あっ、でも侍女は未婚の女性、それなら大丈夫。
「対外的にはと申されますと、本当の死因は?」
「毒殺だ。彼女を殺したのは第一皇妃殿下だ。これはうちの鳩が知らせて来た。彼女は北の国の貢物、それは美しい方だったらしい。それで、嫉妬に駆られてのことだ。だが、北の国にその事実を伝えることは出来ないので病死として片付けたのだろう。まあ、今ではその第一皇妃も、その息子も帰らぬ人だがな。」
お父様の密偵からの情報なら確実ですわね。毒殺って物騒な国ですこと。前皇太子は戦死でしたっけ、皇妃殿下はたった一人の我が子を失いショックのあまり心を痛めて衰弱したところに流行病で病死。自業自得ですわ。なら、リチャード皇太子がイザベラの両親に関心を持ったのはお母様の死因について何か知っていると思ってらっしゃったってことですわよね。ですが、イザベラの両親は亡くなった。もう関係はないはず。
「心に留め置きますわ。」
「ああ、そうしてくれ、まだ、数日滞在されるのでな、警戒するにこしたことは無かろう。後、フリードリッヒだが近衛騎士から正式に殿下の守役兼、宰相補佐となった。そのうち、私の代わりを務めて貰うつもりだ。」
兄様を騎士から外し、そして、急性なスラムの浄化…。傭兵の駐屯地を復活させるおつもりなんでしょう。
「お父様、戦争が起こるのでしょうか?」
「まだわからん。しかし、準備はしておいたほうが良かろう、砂漠の国からの密偵。私の暗殺計画。オーランド国も表面は繕っているものの国境付近はきな臭い、現に、クシュナ夫人が砂漠の国を経由してオーランド国に入ったのを確認しておる。」
クリスマス舞踏会でのオーランド国の皇太子と姫の姿を思い出す。日に焼けたがっしりとした体型に、太い眉に鉤鼻、ザ、軍人といった風貌。確か、20歳になったばかりだったはずですわ。で、妹姫はぽっちゃりとした小柄の体型にふわふわの沢山のフリルをあしらったピンク色のドレスを身に纏ってらっしゃいましたわね。色白で皇太子に似た大きく鋭い吊り目。お二人とも自己主張が強い印象でしたわ。
「オーランド国ですか…。」
「ああ、あの国は厄介だ。犯罪者は全て従軍が義務となる、それも犯罪者は最前線で盾となる。だが、軽犯罪で2年、最も重いものでも15年勤め上げれば全て帳消しだ、戦争で功績をあげれば従軍期間も短くなる。それゆえ皆必死で挑んでくる。」
犯罪者が戦力ですか
「女性の犯罪者はどうなるのですか?」
「女性も例外なく前線送りだ、基本的には生き残る者はおらんな。まあ、上手く立ち回る能力が高ければ…」
なんと、犯罪者に男女平等な国なのでしょう。それ以外は男尊女卑甚だしい国ですのに。確か、戦争で征服した国の民を奴隷として扱う習慣がありましたわね。
「貴族も男性なら全て徴兵制度がありましたわね。」
両国とも戦に特化した国、闘うことを前提とした国造りを行っていることは周知の事実、砂漠の国に至っては世界征服を目指していると公言している。
「両国とも厄介なことこの上ないが、今、最も警戒するべきはオーランド国だ、そのオーランド国と戦争になったときに砂漠の国から攻められたらこの国は滅亡の危機に立たされる可能性がある。」
「それで、砂漠の国と友好関係を築こうとなさってたのですね。」
友好国の援助を得ても、二国を相手するだけの戦力が我が国にはない。だから、砂漠の国と友好であるべきなんですね。そこへ、私への皇太子からの求婚。おじいさまが両手を挙げて喜ばれるわけですわね。
「砂漠の国の皇太子とはもう少しゆっくり話をしてみることにしよう。お前に興味をもたれた理由もわかったことだし、だだ、聖女の力を求めていらっしゃるだけなら、ジュリェッタ嬢を弟君に嫁がせるか、側室として送るだけで十分だからな。そうすれば、ルーキン伯爵の望みも十分に叶うだろう。」
「ルーキン伯爵の望みを伺っても?」
そう言えばこの前、お父様はルーキン伯爵に会いに行かれてましたわね。
「なに、親であれば誰でも願うことだよ。さあ、もう行きなさい、私は仕事が残っている。」
ハンソン様とそのご兄弟のことでしょうか?それが、何故、ジュリェッタ嬢と砂漠の国の王子との婚姻で叶うのでしょう?まあ、家は揺るぎないものになりますが、ルーキン家は由緒正しい伯爵家、没落する心配などないはずですが…。
マリアンヌは釈然としないまま部屋を後にした。




