クリスマスの夜会 ②
マリアンヌは、イライラしながら既に沢山の令嬢達に囲まれているフリードリッヒの元へ足を進める。フリードリッヒがニコニコと話しかけてくる令嬢達をさらりと無視して、マリアンヌの方へと足を進めると令嬢達も諦めたのか、フリードリッヒに道を開け彼方此方へ散って行くなか、それでも、懸命にフリードリッヒに話しかける人物がいた。
「フリードリッヒ様、ダンスを誘って下さい。フリードリッヒ様は私とダンスしなければならないんです。」
上目遣いでガーネットの瞳を潤ませて必死に訴えてくる女性、ジュリェッタだ。彼女をエスコートしていたジョゼフ殿下が、王族としての仕事である上座の椅子に座り挨拶の対応を始めたので暇になったのだ。
「私に婚約者でもない君をダンスに誘わなければならない理由はないのですが。」
フリードリッヒは珍しくイライラを隠せず、冷ややかな目を向けジュリエッタに告げると、青い顔をしているマリアンヌの側へ急ぐ。後ろでヒッとジュリエッタが息を呑む音が聞こえた。
「マリー、どうした?大丈夫。」
フリードリッヒはマリアンヌをテラスへと誘う。今日は城は防暖魔法が掛かっており外へ出ても暖かい、中庭では魔法で幻想的な世界が演出されていた。他のテラスからも中庭を眺めている人達がちらほらいる。
「大丈夫ですわ。」
マリアンヌは魔法省の職員の繰り出す魔法を眺めながら、リチャード皇太子との遣り取りをフリードリッヒに話した。
「私との婚姻の件は冗談だとはおもいますが、イザベラの両親とリチャード皇太子のお母様が無関係とは思えませんの。」
「だが、その件は深く関わるべきではないな、危険すぎる。後、リチャード皇太子にはくれぐれも気を付けるように、いいね。」
バルコニーからホールへ戻ると、見たことのある顔の少年が横を通り過ぎた。
あれは、私を孤児院の帰り道に襲った人物の一人?
兄様を仰ぎ見ると、同じことを考えていたらしく、目を合わせて頷いてくれた。彼を目で追うと、リチャード皇太子の横で何やら話している。
リチャード皇太子と同じ髪と目、そして、白い肌。でも、私を襲った人物は赤褐色の肌をしていた。違う人物?彼が、我が国に留学している皇子で、リチャード皇太子の弟。仮に、彼が私を襲ったのなら、いくら探しても見つかるはずはないわ、だって学園にいるんですもの。
マリアンヌは落ちつかない気持ちのまま、通りかかったボーイから、ジュースを受け取り気持ちを落ち着けるように煽った。
「マリアンヌ嬢。」
後ろから、不意に声を掛けられる。振り返ると、リフリードが気まずそうな顔をして立っていた。マリアンヌは咄嗟に、フリードリッヒの腕にしがみつくと、フリードリッヒはマリアンヌを庇うようにリフリードの前に立つ。
「リフリード、マリーに今更何の用だ。」
周りの目を気にして、浮かないようにだが、しっかりと相手を威嚇した口調でリフリードを見据える。普段、何事にも無関心で飄々とした雰囲気のフリードリッヒに凄まれて、リフリードはビクッと身体を震わせたが、決心したように拳を握りしめるとフリードリッヒをしっかりと見返した。
「兄さん、マリアンヌ嬢と一度しっかり話をさせて欲しい。」
フリードリッヒはリフリードの言葉を受けてマリアンヌに視線を向けた。
「マリー、どうしたい?」
「わかりました、お付き合い致しますわ、リフリード様。」
マリアンヌの言葉にリフリードはパァアと花も恥じらう笑顔を浮かべる。
この笑顔に私もときめいていたときがありましたわ。
「ありがとう、マリアンヌ嬢。えーと、場所は中庭でいいかな?ここだと目立つし。」
ええと頷こうとしたマリアンヌをフリードリッヒが制した。
「マリーはまだ、挨拶回りが残っている。バルコニーで手短にしてくれ。」
「わかった。」
バルコニーに行くと、フリードリッヒは入口の所で壁にもたれてリフリードを見張る。
「まずは謝らせて欲しい、ごめんね。実は、何でもできる君に劣等感を抱いていたんだ、魔法も頑張っていたのに結果が出せなくて…。何に於いても君に敵わなくて…、勿論、君が努力していたのも知ってる。でも、僕だって頑張ってたんだ。それだけは知っていて欲しくて…。」
しゅんと項垂れて、リフリードは大きな瞳に涙を溜めて、身体をプルプルと震わせながらぽつぽつと謝罪の言葉を口にする。
「過ぎてしまったことですわ、もう、お気になさらないで下さいませ。私も、もう少し、貴方に寄り添うべきだったと反省していますわ。」
そうしたら、別の未来があったかもしれませんわね。
「ありがとう、マリアンヌ嬢。そう言って貰えると幾分気持ちが楽になるよ。もし、君さえ良かったら、もう一度チャンスを貰えないかな?」
リフリードは入口で壁に凭れてこちらを見ているフリードリッヒをチラッと確認したが、フリードリッヒは、依然黙ったまま微動だにしない。
「チャンスとは?」
関係修復のチャンスかしら、なら、これで水に流しましたのに…まさか、婚約者としてのなんてことは流石にございませんわよね?
「いやだな、わかってるだろ?君の婚約者のことだよ、僕をもう一度婚約者にして欲しい!簡単なことだろう、元に戻すだけなんだから。」
リフリードは蜂蜜色の瞳を涙で潤ませ、マリアンヌを見つめる。大抵の人間がこのお願いに弱いことをリフリードは熟知していた、目の前のマリアンヌも例に漏れない筈だ。
「ごめんなさい。リフリード様、そのお願いだけは聞けませんわ。私は、フリードリッヒ様のことをお慕い申し上げておりますの。」
「えっ、それっていけないことだよね?僕という婚約者がありながら、マリアンヌ嬢は兄さんとできていたってことだろ?」
まったく、自分は私との婚約中にジュリェッタ嬢としっかり恋仲になって、その上、それが理由で婚約破棄まで迫ったくせに!あーもう、さっきまでのリフリード様への同情した気持ちを返して欲しいですわ!
「いいえ、ちがいますわ。フリードリッヒ様と恋仲になったのはリフリード様と婚約破棄をしてからですわ。フリードリッヒ様が騎士学校に入られてから、フリップ伯爵の謝罪に付いて来られるまで、一度もお会いしておりませんでしたわ。」
リフリードはフリップ伯爵の謝罪と言う言葉に苦虫をを噛み潰したような顔になる。
「でも、第二夫人の子より、正妻の子の僕の方が未来の侯爵には相応しいだろ?その方がまわりから軽んじられることはないはずだよ?聡いマリアンヌ嬢ならよくご存知だろ?」
リフリードはそう言い残すと、会場へと足速に戻って行った。
「はあ、大方、コーディネル夫人とオルロフ伯爵の差し金だろう。しかし、マリーがリフリードを選ばなくてほっとしたよ。内心ドキドキしていたんだ。」
フリードリッヒは呆然と立ち尽くすマリアンヌの側へゆったりと足を進めた。
「いやですわ、フリード様。私がリフリード様を選ぶわけがございませんわ。」
しかし、フリップ第一夫人とオルロフ伯爵にも困ったものですわね。おばあさまに頼んだ上に、リフリード様にまで…。
「でも、マリーはモテるから心配だな、近衛兵隊長にリチャード皇太子にだって求婚されていただろう。」
「私がモテているのではなく、この国の侯爵令嬢と言う立場と、お父様の権力に皆様求婚なさっていただけですわ。まあ、それ込みで私ですけれども」




