クリスマスの夜会 ①
あんなに楽しみにしていたクリスマス夜会を、鬱々とした気分のまま迎えることとなりました。
大きな暴動はなく、スラム街の浄化も済み街は一見平和を取り戻したかのようで、リマンド侯爵を襲った実行犯の根城は摘発できたが、それを依頼した人物は依然はっきりしないままクシュナ夫人であろうということで落ち着いた。マリアンヌを襲った、砂漠の民はどこへ消えたのか依然姿を見せない。
「さ、お嬢様、準備ができましたよ。」
ユリがケープを取り、鏡の中のマリアンヌにニッコリと笑いかけた。
「ありがとう、ユリ、リサ。」
「フリードリッヒ様がお待ちですよ、玄関へ急ぎましょう。」
ユリとリサに促されてエントランスに向かうと、すでに待っていたフリードリッヒがマリアンヌを見て、ゴクリと唾を飲み込む。
「マリー、とても素敵だ。雪の妖精が現れたかと思ったよ、このまま溶けてしまうのではと心配になる。ああ、その淡いブルーのドレスは君の美しさを一段と際立たせている。」
フリードリッヒの熱っぽい眼差しと讃辞の言葉にマリアンヌの先程までの鬱々とした気持ちは溶けていった。
私って単純ですわね、兄様の言葉一つでハッピーになれるんですもの。
「ありがとうございます。そう言って頂けると頑張って準備したかいがありますわ。」
「さ、お嬢様、こちらを羽織って下さい、外は寒うございます。」
リサが、マリアンヌにケープを掛けている横で、ユリがフリードリッヒにこそっと耳打ちした。
「くれぐれもお嬢様を頼みます。他の方と踊られている間も決して目を離さないで下さい。」
「わかってる。」
フリードリッヒはユリにしか聞こえない声で返事をすると、いつもの優しい笑みを浮かべて、馬車に乗り込む為にマリアンヌに手を差し出した。
「さ、行こうか。」
「はい」
会場には隣国、同盟国の皇太子、姫、重鎮、そして、魔法学園の生徒にこの国の権力者、錚々たる面々が集まっている。
「凄いな…。足が竦みそうだよ。」
マリアンヌをエスコートしていた、フリードリッヒが驚嘆の声を上げる。
「ふふふ、兄様、初めてじゃ無いじゃないですか。」
「前は、魔法学園の生徒としての参加だったからね、気楽だったんだ。今回はマリーの婚約者としての参加だからね。」
フリードリッヒには今回はマリアンヌの婚約者である事を示し、次期侯爵としてかの方々に顔と名を売り、人脈を得る足掛かりをつくる任務がある。
「マリーは、面識のある方々かな?」
友好国の王族は王家の親族ですから、お母様を介して交友がありますわ。
「そうですわね、ですが流石に砂漠の国や、オーランド国、サウザン国の方々にはお会いする機会はございませんわ。」
砂漠の国、オーランド国、サウザン国は停戦状態とはいえ、いつ戦争が起こってもおかしくない国々だ。オーランド国に至っては、こちらが昔戦争を仕掛けて領土を奪った経緯がある。
マリアンヌは背中に好奇の視線を感じた。振り向くと、砂漠の国の衣装を纏った黒い髪に黒い瞳の凍るような眼をした男性と目が合った。その男がマリアンヌの方へ近づいて来ると、胸に手を当て礼をした。
「ご令嬢、私は砂漠の国、サウザード帝国の皇太子、リチャードでございます。お名前は?」
「リマンド侯爵の娘、マリアンヌでございます。以後お見知り置きを」
マリアンヌは形式に乗っ取り名を名乗りカーテシーをとる。
「リマンド侯爵、ああ、そなたが皇女と宰相の娘か、一曲お相手を願おう。」
相手は他国の王族、断る選択肢はございませんわね。国際問題になってしまいますわ。
「よろこんでお相手致しますわ、リチャード皇太子」
マリアンヌは差し出された手を取りホールへ進み出ると曲に合わせてステップを踏む。
「マリアンヌ嬢、素敵なドレスをお召しだ、凄く似合っていらっしゃる。そなたのドレスに施されている刺繍だが、こちらの国ではポピュラーな柄なのですか。」
リチャード皇太子は軽やかなステップの合間に、マリアンヌに話しかけてきた。
「いえ、違いますわ。この刺繍はこのドレスのデザイナーの故郷のものらしいのですの。ただ、デザイナーの両親が幼い頃に亡くなり、残念ながらどこの国のものかわかりませんのよ。」
「それは、不遇でした。その者は北のものなのでしょう。なぜ、かのものは両親と遥々この国まで来たのでしょう。」
このドレスの模様を知っている?遥か彼方の北の国の模様…。これは一般的なものなの?それとも意味のある模様なの?リチャード皇太子はこの模様を知っている。
「さあ、彼女が小さな頃に、ご両親揃ってお亡くなりになられたみたいで彼女もしりませんの。」
「それは、可哀想に」
砂漠の国の奴隷だったイザベラの両親、決して砂漠の国から逃げて来たとは勘づかれてはならないわ。リチャード皇太子は北の国について知ってる様子、さりげなくもう少し突っ込んでみても良さそうね。
「リチャード様は北の国と御親交がおありですの?私、北の国に興味がございまして、ただ、ここまでは噂や文献も中々届きませんの。」
「私の母が北の国の出身なのです、ですから、私と弟は肌が赤褐色ではないのですよ。」
確かに、リチャード皇太子は砂漠の国の民には珍しく白い肌をされているんですね。では、イザベラの両親はリチャード皇太子の母の国の人?なら、どうして奴隷に?砂漠の国が軍事国家だとしても友好国の民を奴隷にする法は無かったわ。
「そうだったのですね。では、リチャード様はこのドレスの模様は馴染みのものなのですね。」
「それはもう、マリアンヌ嬢がお召しになっているドレスの模様は北の国の王族と一定の貴族のみが身に付ける模様です。」
リチャードの言葉にドキッとした、イザベラの両親はリチャードの母親と何らかの関係がある?
「デザイナーの両親は、貴族に仕えたことのあるものだったのかしら?まあ、今となってはどうでも良いことですわ。」
マリアンヌは笑顔を貼り付け悟られぬように話を終わらせた。リチャードもどうでも良かったのか、これ以上、この話題をつづける気はなさそうだ。
「そういえは、マリアンヌ嬢、貴女は魔法学園に入学なさっているのではありませんでしたか?弟が、和解の象徴として、今期、貴国の魔法学園に入学したのですが、貴女を見かけることがないと申しておりました。」
そう言えば、そのようなことをお父様がおっしゃってましたわね。今、砂漠の国と戦争をする力は我が国には無いのでなるべく友好関係を築いておきたいと、その手段の一つとして、リチャード皇太子の弟君の魔法学園の入学を許可したのでしたっけ、弟君が見初めた者がいれば婚姻を取り計らって少しずつ友好関係を深めていく作戦でしたわよね。
「ええ、家の事情で半年遅らせることに致しましたの。」
「そうだったのですか」
リチャードがそう言ったときに曲が終わった。マリアンヌは、礼をしてその場を離れようとしたとき、もう一度ホールドされ立ち去るタイミングを失う。次の曲が流れもう一曲踊る羽目になった。
「リチャード様、一曲だけでは?」
不満を露わに食ってかかれば、リチャードは楽しそうに笑った。
「ほぉ、この私が2曲目を申し出たのにここまで邪険にする令嬢がいたとはな。」
一曲目の態度とは全く違う雰囲気にマリアンヌは、リチャードを睨みつける。リチャードはその様子にさも楽しそうに口元を緩めた。
「どうだ、私の正妃にならないか?そうすれば、欲しいものは何でも手に入れてやるぞ。貴女のお父様の願いも叶うことだしな。」
クスクスと楽しそうに、華麗にステップを踏みながらリチャードはマリアンヌの耳元で囁く。
あーもう、何なのでしょう!見目麗しくて皇太子だからって全ての女が貴方の思い通りになると思わないでくれます?我が国の懐事情といい足元を見られているようでいい気が致しませんわ。
「誰が貴方なんかと、私の婚姻相手はフリードリッヒ様ですわ。」
「私より、しがない伯爵家の次男が良いと?」
断られると予想だにしていなかった、リチャードは一瞬目を見開いたが、すぐに皇太子スマイルを顔に貼り付けた。
「貴方と婚姻してなんのメリットがありますの?一度戦争が起これば私は良い人質ですわ。貴方は皇太子とはいえ、いつ戦争に赴かれるか…。それに、貴方には既に四名の側室がいらっしゃるとか、私が正妃になったとしてもかの方々と無用な争いは避けられないかと」
リチャードはさも驚いたような表情になると、愉快そうにクックと笑った。
「そのように女性に言われたのは初めてだ。わかりました、では、私が王になったら正妃として迎えに行きましょう。それまでは、こちらを睨んでいる彼に貴女を預けるとしよう。」
リチャードは、フリードリッヒを目で確認すると、曲が終わったと同時にマリアンヌを解放した。
王になったら迎えにくるって、誰も頼んでないんですけど!側室のいる貴方と結婚しないって、ハッキリいいましたわよね?それとも、他国の令嬢へのリップサービスのつもりなのかしら、自分が口説けば喜ぶと思ってるのかしら、自惚れもほどほどにして頂きたいわ。




