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嵐の後

 後日、テイラー伯爵から正式な謝罪を頂いた。実は、ジュリェッタ嬢が治癒魔法を使った、という噂を広めたのもテイラー伯爵令嬢だとわかった。他にもフリードリッヒに粉をかけた令嬢達を不当に陥れた余罪があったテイラー伯爵令嬢は、女神様を祀る教会で奉仕をして一生を過ごすこととなったそうだ。


 テイラー伯爵は爵位の返上を希望したが、砂漠の国を始め隣接する他の二国と緊迫した状態にある上、ただ、噂を流しただけであることから陛下の説得により、このまま留まることとなり、テイラー伯爵の亡き妻の姉の子であった近衛兵隊長が、陛下の口利きで養子となることが決まった。


 まさか、テイラー様と近衛兵隊長が従兄妹だったなんて、確かにどちらも美しい顔ではありますね。近衛兵隊長は良かったですわね、テイラー様には悪いですけど、念願の爵位が手に入りましたし。


 しかし、まさかテイラー嬢が、ジュリェッタ嬢の噂まで広めていたなんて!


「マリーどうしたんだい?にこにこして。」


 テラスでご機嫌に刺繍をしていたマリアンヌに、フリードリッヒが声をかけた。


「近衛兵隊長、良かったなぁ、と思いまして。」


「ふーん、そんなに嬉しいんだ。」


 フリードリッヒは面白く無さそうに、どかっと椅子に腰を下ろすと、脚を組んで背凭れに身体を預ける。


「ええ、それで爵位のために、好きでもない私との結婚など考えず、本当に見初めた方と婚姻できるでしょう。」


 フリードリッヒはマリアンヌの返答に余程、ビックリしたのかガバッと身体を起こすと、自分を落ち着けるように前のめりになりゆったり肘を膝に突き両手を組んだ。


「えっ、マリーは兵隊長が自分のことを好きでないのに求婚したと思ってたのかい?」


 マリアンヌは刺繍している手を止めることなく、さも当然だと言う態度で答えた。


「あら、そうでしょう?兵隊長様だって、お父様の後盾と侯爵の爵位目当てに求婚されたのですから、私に愛を囁いて下さる騎士様は、全て私ではなく爵位とお父様という後盾に愛を囁き、跪いて下さってるに決まっているじゃないですか!」


 やだわ、リフリード様だってそうでしたのよ。まあ、兵隊長はリフリード様みたいにあからさまに私を嫌ってはいらっしゃいませんでしたが、目の上のたん瘤くらいの扱いかしら?兄様、兄様くらいですわよ、私が目当てという物好きは!


「マリーが鈍くて助かったよ。」


 フリードリッヒは、息を吐くようにそう呟くと肩の力を抜いて小さく笑みを浮かべた。その声は、刺繍に夢中になっているマリアンヌの耳には届かなかった。


「そう言えば、マリー、前にあげたチョーカーが無くなったんだって?」


 まだ見つからないんですよね、どこに行ったんでしょう。兄様から頂いたもので、気に入っておりましたのに…。


「そうなんです、チョーカーのみ、なくなっておりまして…。」


 あとでユリに調べて貰ったら、気持ち悪いことに、あのチョーカー以外無くなっていた宝飾品はなかった。


「気持ち悪いな、念の為、邸の警備体制をクロウと相談しておくよ。で、マリー、この沢山のハンカチは?」


 フリードリッヒはテーブルに積み上げられたハンカチの山に目を落とす。


「これですか?全てフリード様のですよ。」


「えっ、オレの?」


 フリードリッヒは目を丸くして、再びハンカチの山に目を向ける。


「はい、騎士様は婚約者がいる方は全て、持ち物に紋章の刺繍を入れてらっしゃるのでしょう。ですので、手始めにハンカチ全てを私の刺繍したものと入れ替えて頂こうと思いまして。」


 これはエリオット伯爵令嬢に聞いたことだ。エリオット伯爵令嬢の兄はフリードリッヒと同じく近衛騎士だ、将来伯爵家を継ぐことも決まっている結婚優良株、婚約者がいて関係が良好であることをアピールしつつ牽制をかけるために、将来の義姉が兄が騎士団で使う私物に刺繍を施していると言っていた。

 

 テイラー嬢の流した噂もありますし、兄様が私の婚約者で関係が良好であるというアピールは頑張る必要がありますわ!


「ありがとう、大事に使わせていただくよ。しかし、マリー、よく騎士団の風習を知ってたな。」 


 意外だったのだろう、少しビックリした風にフリードリッヒは目を見開いた。


「ふふふ、エリオット嬢に聞きましたの。」


「エリオット様の妹君にか、確か今魔法学園に通われているとか。」


 兄様、エリオット様と交流があられたんですね。今度、エリオット嬢に色々、騎士団のことを聞いてみましょう。


 呑気にそんなことを考えているマリアンヌの元に、険しい顔をしたユリがやってきた。


「お嬢様、只今お時間宜しいでしょうか。大切なお話があります。」


 真剣なユリの表情に、フリードリッヒが気を利かせる。


「俺は、席を外そうか?」


「いえ、そのままで。フリードリッヒ様にも関わることでございます。」


 ユリの言葉で、フリードリッヒがメイド達を手でこの場から立ち去るように促すと、メイド達が礼をして退出したのをユリは目で確認すると再び口を開いた。


「お嬢様のチョーカーの件でございます。」


「見つかったの?」


いったいどこにあったのでしょう?


「はい。ですが、少し面倒なことになりまして。」


 ユリはどう話そうかと思案しているようで、その口調はどことなく歯切れが悪い。


「面倒なこととは?」


「チョーカーを持っていたのはリンダでございました。本人は盗むつもりは無かったと言っておりますが、いかんせん、それを身に付けている所を数名の令嬢達に見られておりまして…。また、その令嬢達にフリードリッヒ様からそのチョーカーを貰ったと言っていたみたいで…。」


 テイラー嬢といい、リンダといい何故皆、兄様の気持ちを無視してご自分の願望を通そうとなさるのでしょう。だんだんと腹が立ってきましたわ、何が鉄仮面よ!兄様を鉄仮面にしたのはまわりの方々じゃない!


「で、リンダの処分は?」


 マリアンヌは苛つきを必死で押さえて、なるべく平然とした風を装う。


「旦那様が男爵家に帰されました。流石に、出来心とはいえお嬢様のものを勝手に身に付けて、お茶会に行った者をリマンド家には置いて置けないと仰りまして、処分は男爵様に委ねられるそうです。」


 リンダの実家は男爵家の中では裕福な方、あれくらいの値のものであれば買うのに何ら問題はないはずですわ。リンダが家に侍女として来たのは良縁を得るためだったはず、今回のリンダの行動は本来の目的である良い嫁ぎ先を無くすという結果となったんですけど…。リンダはいったい何を考えているのでしょう?


「誤って持ち帰って、それをフリード様から貰ったなどと偽りを言って、リンダに何の得があるのかしら…。」


 マリアンヌの疑問に、ユリは一層沈んだ表情になり、口にしようかどうか思案したようだが、決心したらしく言葉を選ぶように話しだした。


「リンダと一緒にお茶をしていた令嬢の話によりますと、リンダはフリードリッヒ様の第二夫人の座を狙っていたようでございます。この、リマンド家に侍女として来たのも、フリードリッヒ様に近付くためだったと思われます。」


 申し訳ございませんとユリが頭を下げたが、マリアンヌはその様子も目に入らず放心状態だ。


 嘘でしょう?あのチョーカーを兄様から貰ったと言ったのは出来心では無かったの?虎視眈々と、兄様の気を引くためにこの邸に侍女として入ったの?リンダだけでなく、この邸で働く何人の侍女が兄様に恋心を抱いているの?ああ、いっそのこと、ユリとリサ以外の全ての若い侍女を辞めさせる?そんなことはできませんわよね…。


 はあ、これから兄様が若い女性の侍女や使用人と話しているだけで、イライラしてしまいそうですわ。そんな自分にも嫌気がさしてしまいますわ、兄様は私が好きと言って下さるのに…。これでは、テイラー嬢やリンダと同じですわね。


「マリー、大丈夫かい?顔色が悪い、可哀想にリンダのことがよっぽどショックだったんだね。」


 フリードリッヒは立ち上がると、未だ青い顔をしているマリアンヌを抱き上げた。


「ユリ、済まないがここの片付けを頼むよ、マリーを部屋へ運ぶ。調子が悪そうだ。」


「はい、承知致しました。」

 

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