スミス侯爵の夜会 ②
夜会の準備を済ませ兄様と馬車に乗る。全身兄様で、兄様と婚約しました、と言っているようで非常に居た堪れない。実際に婚約しているので、何ら問題はないのですけど…。だだ、私が恥ずかしいだけで…。
スミス邸は実は隣だが、高位の貴族の家は一軒一軒が広大な敷地を有しているので、隣の家に行くにも馬車を使うのが普通だ。
普段行き慣れた屋敷でも、夜会の装いをしていますと別の屋敷のようですわね。
スタージャの一つ上の姉の婚姻相手を探す目的で開かれた夜会で、招待状が無くても参加できる。婚姻相手の決まっていない若い子息や令嬢が集まる華やかなものだ。
会場に入ると、挨拶をするために主催者であるスミス侯爵を探す。一際人が集まっている所に、スミス侯爵夫妻とマリアンヌより少し年上であろう若い女性の姿があった。スミス侯爵と同じ母を持つ、スタージャの母違いの姉だ。
初めてお見かけするわね。スタージャ様が、姉の婚姻が決まらないから、自分が式をあげ辛いのよと嘆いてらっしゃったのを思い出した。
「スミス侯爵、夫人、本日はお招き頂きありがとうございます。」
マリアンヌとフリードリッヒはスミス侯爵夫妻に挨拶をする。
「よく来てくれた。フリードリッヒ殿、マリアンヌ嬢。これが、我のもう一人の妹のアルティナだ。」
スミス侯爵は隣にいた女性を紹介した。女性はにっこりと笑ってマリアンヌとフリードリッヒに向かってカーテシーをとると口を開いた。
「アルティナでございます。フリードリッヒ様、マリアンヌ様はじめまして。お二人には前々から、一度お会いしたいと思っておりましたの、お二人とも中々社交の場に顔をお出しになられないのでずっと会えず仕舞いでしだか、今日はお会いできて嬉しく思いますわ。」
「そう言っていただけて、ありがとうございます。」
マリアンヌはアルティナの言葉に礼を言うに留めた。
「礼にはおよびませんわ、私、権力を笠に分家のフリップ家の美しい貴公子を弄んでいる悪女の顔を見てみたかっただけですから。」
アルティナの言葉にスミス侯爵が固まる。
「アルティナ、言葉を慎みなさい!」
スミス侯爵の低く怒気を孕んだ声がアルティナを嗜めマリアンヌに謝ったが、それに不服を感じたのか、アルティナはスミス侯爵を睨んだ。
「何故ですの、兄様!皆そう言っていますわ。本当の事を申し上げただけですのに?」
テイラー嬢が仰っていた噂は、アルティナ様のお耳に入っていたと、で、それをしっかりと信じていらっしゃるんですね。
フリードリッヒはにっこりと笑ってアルティナを見据える。
「失礼ですが、アルティナ様、それは些か語弊がございます。マリアンヌ様が弄んだのではなく、リフリードが侯爵家を継ぐ能力が無かったばかりに、マリアンヌ様が私とリフリードに振り回されたのでございます。」
「まあ、そうでしたの?私、皆様が、マリアンヌ様が宰相閣下の威光を以て、フリードリッヒ様と婚約なさったと言っていらしたのを聞きましたわ。フリードリッヒ様は、他に想いあっている方がいらっしゃって、不本意ながら婚約なさったとお聞き致しました。」
アルティナはフリードリッヒ本人から、真相を聞かされてビックリした顔をしている。
「アルティナ様、マリーにこの衣装をプレゼントしたのは私です。ご心配、ありがとうございます。」
フリードリッヒの言葉にアルティナはマリアンヌを見て真っ赤になって興奮したようにマリアンヌの手をいきなり両手で握り締める。
「そ、そうなんですね!キャー!マリアンヌ様、本当に申し訳ございませんでした。全く、確認もせずに噂を鵜呑みにしてしまって!権力で人身御供のように婚姻を強要なさったとばかり思っておりました。」
「誤解が解けてよかったわ。先程仰った噂ですが、そんなに広まっていますの?」
アルティナ様のように思っていらっしゃる方々が沢山いらっしゃるんでしょうね、社交界シーズンですし、お相手のいらっしゃらない方は連日夜会に参加されますから。
噂を広めるのは簡単だ、夜会で数名に囁けばいい、この時期はどこの屋敷でも開かれている。そうすれば瞬く間に広まる。
「フリードリッヒ様、では?」
スミス夫人も興味津々でフリードリッヒに質問する。
「ご想像通り、マリーが私の想い人です。やっと、手に入れることができました。そのような噂が流れているとは甚だ遺憾です。」
マリアンヌ達の会話に数名が興味津々で耳を傾けているのがわかる。
「勘違いとはいえ、妹が大変失礼なことをしてしまった。この埋め合わせはいずれ。今日は楽しんでいってくれ。」
スミス侯爵に謝罪してもらいその場を離れる。自然と、マリアンヌは自分に嫉妬と羨望のチクチクと突き刺さる視線が集まっているのに高揚感を覚える。マリアンヌの装いにショックを受けたように顔を歪ませる令嬢達。
こちらを盗み見ていらっしゃるのは全て、兄様に想いを寄せていらっしゃった方々かしら?残念、兄様は私のなの。諦めて下さいね。
「スタージャ様を探しましょう。ちゃんと出席したことをアピールしなければマリーを取られてしまうからね?」
フリードリッヒがマリアンヌを見て、冗談めかして笑うと、辺りから黄色い声と溜息が聞こえる。
「うそ、あのフリードリッヒ様が笑っていらっしゃる。私、初めて見ましたわ、あの噂はウソですの?」
「何でしょう、あのマリアンヌ様を見られている顔、私、あんな顔のフリードリッヒ様を初めて見ましたわ。」
「誰が、権力を笠によ。あれって、フリードリッヒ様の方が、ですわよね。」
「私、テイラー様にフリードリッヒ様はご自分とお付き合いなさっていたのに、本家の意向でマリアンヌ様とご婚約なさったって伺いましたわよ?」
「そのわりには、テイラー様とフリードリッヒ様がご一緒にいらっしゃる所を見かけたという噂は聞いたことがございませんわよね?」
あちらこちらで、マリアンヌとフリードリッヒのことを話している声が聞こえる。
「やぁ、フリードリッヒ殿にマリアンヌ様。」
声のする方を見ると、テイラー伯爵親子の姿があった。
「これはテイラー伯爵、御令嬢」
フリードリッヒが挨拶をすると、テイラー伯爵は忌々しそうにフリードリッヒを睨み付ける。
「これは一体どういう事だね?フリードリッヒ殿。」
「言葉の意味がわかりかねますが?」
フリードリッヒの返事にテイラー伯爵は怒号をあげる。
「我が娘と将来を約束しながら、マリアンヌ様と婚約するとはどういう了見かと聞いておる。」
今にも掴みかからんとするテイラー伯爵に、フリードリッヒは極めて冷静に話す。
「私はテイラー伯爵令嬢と将来を約束した覚えはございませんが、そもそも、二人でお会いしたこともございませんし、挨拶程度の仲でどうやって将来を約束できましょう?」
フリードリッヒの言葉に、テイラー伯爵が娘にチラッと視線を向けると、テイラー伯爵令嬢はイライラしながら親指の爪を噛んでいた。
「二人で会ったことがないと?」
「はい、ございません。そもそも、姓しか存じ上げぬ方にいきなり将来を…と、おっしゃいましてもこちらも困惑するばかりでございまして、テイラー伯爵もご存知の通り騎士は相手がいれば、上官に報告する義務がございます。どうぞ、近衛兵隊長にご確認していただければわかるかと。」
騎士はいつ命を落とすかわからない仕事だ、もし、自分が死んだら誰に伝え、遺品を渡すのかを上官に伝えるのが慣例だ。テイラー伯爵も騎士であるため、そのことをよく熟知している。
「帰るぞ!フリードリッヒ殿、マリアンヌ様、これから事実関係を確認する。必要であれば後日、謝罪に伺おう。」
テイラー伯爵はそう言い残すと、テイラー伯爵令嬢の手を引いて足早に会場から姿を消した。
テイラー伯爵がまともな方で良かったですわ。




