波乱の前触れ ④
「ああ、彼は良くも悪くも軍人だ、猪突猛進で例に漏れず陛下に忠義を誓っている。そして、これが一番厄介なんだが一人娘を溺愛している。奥様が流行り病で亡くなったことが、一人娘への溺愛に拍車をかけたんだろう。」
なるほど、テイラー令嬢が関わらなければ全く問題の無い方なんですね。ああ、思い出した。確か、無骨なテイラー伯爵が、何度も何度も足繁く通い愛を囁き、美貌の男爵令嬢と結婚に至ったって話、ロマンチックですわねって、お茶の席でスタージャ様が目をキラキラさせて仰ってましたっけ。テイラー伯爵が盲目に娘を溺愛する理由もわかった気が致します。
「あと、マリーが気にしていたのはリンダだね。君の担当を外された直後は一時、本当に落ち込んでいたんだ。ユリが声を掛けても真っ青な顔をして無反応でね。皿を割ったことがあっただろ?最初は、それを気にしていたみたいで、その直後に君の担当を外されたのが相当こたえたのだろう。それで少し気にしていたんだ。元気になったみたいだし、これからは俺の側にあまり置かず、夫人やマリーのお使いを頼むようにセルロスと相談することにするよ。彼女はお使いが好きなんだろ?ユリが笑いながら言っていたよ。」
そうだったんですね、リンダには申し訳ないことを致しましたわ。リンダ、元気になって良かったですわ。手紙って言うと、はい、私が行きます!って、元気に返事をするリンダの顔が浮かんだ。
「そうでしたわね。リンダ、お使いには率先して行ってくれていましたわ。そう言えば、ユリは?」
「ああ、今、休んでる。セルロスに伝えてあるから、酷ければ医者を呼ぶだろう。何かあれば、マリーに伝えるように言ってあるから心配するな。」
ユリ、早く良くなるといいんですけれど…。
「ありがとうございます。」
「で、他に、心配なことは?」
そんな風にとびっきりの笑顔で聞かれると、居た堪れなくなりますわね。
「モウ、ダイジョウブデス。」
マリアンヌの返事に満足したようにフリードリッヒはほっと息を漏らすと、茶目っ気たっぷりにマリアンヌのおでこを人差し指で突きながら視線を合わせる。
「良かった、心配事があったら真っ先に相談すること。いいね。一人で悩んだり、他の人に頼ったりするのはナシ!じゃないと、俺がそのマリーの相談相手を嫌いになりそうだから!」
「はい」
フリードリッヒは話は変わるがと前置きして、真剣な表情を作った。
「クシュナ夫人だが、実は家令と二人で砂漠の国に行ったことがわかった。」
一瞬聞き間違いかと思いましたわ。
「砂漠の国ですか?」
「ああ、アーシェア国の王族とアーバン領まで一緒に旅行されていたのだが、そこで別れたと言うことだ。アーバン領の者がクシュナ夫人が砂漠の国の使者に迎えられて、砂漠の国へ入って行ったのを見たらしい。」
クシュナ夫人が砂漠の国と繋がっていた?
「では?」
「ああ、一度目に宰相を襲い、ルーキン伯爵を殺すように命じたのはクシュナ夫人で間違いないだろう。砂漠の民を王都へ手引きしたのも彼女だと思われる。そして、彼女が王都から持ち出した荷物は、僅かトランク5つ分。沢山の財が今も潜む砂漠の民の資金源になっているはずだ。」
クシュナ夫人は砂漠の国の王族の愛妾になったの?それとも利用されているだけ?
「今も敵が、潤沢な資金を手に王都に潜んでいるんですね。」
恐ろしい事態ですわね。
「ああ、そうだ。流石に此処に忍び込んで来ないとは思うが念の為と帰されたよ。私兵がいるとはいえ、一人でもマリーを守る者が多い方が良いだろう?宰相はこのことで仕事が立て込んでいらっしゃるから城にお泊まりになるそうだ。夫人は元侯爵夫人と別邸にお泊まりになると連絡があったよ。」
まだ、お母様、おばあさまを振り回してらっしゃったんですね。
「お母様らしいですわね。」
「それと、クシュナ夫人と関係のあった者の中に砂漠の国と繋がりのある商人がいた。彼は仲間達と一緒に各国を回って商売をしている大手の商会のボスだ。ローディア商会、マリーも知ってるだろ?」
よく知っていますわ。各国に支店を持ち、代金さえ払えば用意出来ないものはないと豪語する商会。その力は大国にも引けを取らないと言われている。この国でも商売を認めないことは難しく、王家ですらお世話になっている商会だ。彼らは、どの国にも中立であり、武器も全ての国に頼まれれば納める。秘密厳守で他国に漏らすことはない。違法な物は国境で渡し後は購入者の責務。商会に非がないように取り計らう。
「それなら、砂漠の国との繋がりを深く探ることはできませんわね。」
聞いてもローディア商会が答えないことはわかりきっている。そうでなければ、あそこまで大きくなることは無いですわよね。
「ああ、お手上げだよ。ただ、スラム街との繋がりはわかった。ルーキン領のギルド職員にクシュナ夫人が依頼を出したのが始まりだ。クシュナ夫人は、そのギルド職員に王都に住んでいる冒険者をリタイアした人を紹介してほしいと言ったそうだよ。」
確かに、ルーキン領であればクシュナ夫人はギルド職員と親しくても何ら不思議ではありませんわね。
「リタイアした冒険者ですか。ギルド職員は不思議に思わなかったのですか?」
「不思議に思って尋ねたらしい。そしたら、簡単な仕事だから冒険者に頼むにはって、職の無い者の生活の足しにって言ってきたから、ギルド職員は感動してスラム街の者を紹介したそうだ。」
そこから、お父様達を襲った者を雇ったのでしょうか?毒はローディア商会から購入したのでしょうか?それとも、砂漠の民が持ち込んだ?
「調査が進めばわかることですわね。」
そうだな、とでも言うようにフリードリッヒはマリアンヌの頭を撫でる。兄様、やっぱり私のこと子供扱いしてますわね。はあ、歳が離れていることは致し方ありませんわ。でも、もう少し、レディー扱いして下さっても…。そもそも、レディー扱いってどのようなものなのでしょう?同世代の殿方の知り合いは兄様とセルロスくらいですし、あっ、あと、ハンソン様にジョゼフ殿下とリフリード様、でもハンソン様とリフリード様には聞けませんし、ジョゼフ殿下が答えて下さるとは思えません。ここはやはりセルロスに聞くのが妥当ですわね。
よし、こんどセルロスに聞いてみましょう。そう言えば、セルロスとユリは付き合っているのでしょうか?前、セバスがそのようなことを言っていた気が致しますわ。
「ああ、宰相はスラム街の浄化を始められるそうだ。クリスマスの夜会までには片を付けたいとお考えだ。申し訳ないが、マリー、平民街へ行くのは当分お預けだな。」
はあ、仕方ありませんわね。工房にも建設中の寮にも行きたかったんですけど…。
リンダが凹んでた理由は、フリードリッヒとマリアンヌの正式な婚約が原因です。決して、皿を割ったからでも、マリアンヌの担当を外されたからでもありません。




