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波乱の前触れ ③

 三人でお茶を楽しんだ後、リンダとリサにイザベラの見送りを頼むと、暫く二人に入って来ないように念を押しフリードリッヒは部屋のドアをそっと閉めた。


 リンダと呼ぶ兄様、それに嬉しそうにしているリンダ、リンダが仕事をしているのは頭ではわかっている。兄様だって、リンダが兄様付きの侍女だから、名前を呼び、仕事を頼んでいるそれだけだってわかっている。でも、リンダがあまりにも嬉しそうに兄様の側にいるのを見ると辛い。


 テイラー伯爵令嬢に、リンダに、何で皆そんなに兄様を奪おうとするの?兄様は、フリードリッヒ様は私のなのに!

 リンダに対しては八つ当たりだってわかっている、それでもどす黒い感情が自分の中で渦巻いているのが忌々しい。


「マリー、どうした?こわばった顔になっているよ?」


 マリアンヌはフリードリッヒの言葉にビクッと身体を震わせ、グシャリと顔を歪め宝石の瞳を涙で濡らす。


 怖い顔?私の醜い感情が顔に出ていたのかしら…こんな酷い顔兄様に見せられないわ。


「どうしたんだい、どこか痛い?」


 フルフルと首を横に振り身体を震わせるマリアンヌをフリードリッヒは心配そうに覗き込む。


「兄様、私、そんなに醜い顔になっております…?」


 涙を瞳に溜めフリードリッヒの服を握りしめて、顔を見上げる。フリードリッヒは奥歯を噛み締め、怒りを抑え込んで、努めて優しくマリアンヌにたずねる。


「マリー、君の顔が醜い?いったい誰がそんなことを?こんなに可愛いのに、ああ、それで、そんなに心を痛めていたんだね。」


 誰がって


「えっ、先程兄様がおっしゃり…」


「俺が?こわばったとは言ったが?君の顔を醜いと言ったことは一度もない!」


「え、こわばった?怖いと仰ったのでは?」

 

 マリアンヌはきょとんとして目をシパシパさせる、瞳に溜まった涙が頬を伝って流れ落ちた。

 

「マリー、聞き間違いとは言え、どうして醜いなんて俺が言うと思ったんだい?何か、病気にでも…。」


 フリードリッヒは無遠慮にマリアンヌの首元や腕を隈なく観察しだした。マリアンヌは堪らず、慌てて、それを押し留める。


「ち、違いますの、発疹が出る病気になどかかっておりません。ご心配なさらないで下さい。」


 慌てて、大声をあげるマリアンヌに、フリードリッヒは良かったと胸を撫で下ろし、マリアンヌをしっかり抱きしめた。フリードリッヒが心配するのも無理がない、全身に赤い発疹が出て痒み苦しむ病気があちらこちらで発生している。幼児は比較的軽症で済むが、大人がかかると高熱が出て、最悪命を落とす恐れもある恐ろしい病気だ。


 マリアンヌはフリードリッヒにしがみ付いたままポツリポツリと意を決して話し始めた。


 これを話したら、兄様に嫌われないかしら?こんなに醜い心をしていたって…でも、隠していてもそのうちバレるわね、勘のいい兄様のことですもの。


「兄様が、リンダの名前を呼ぶ度に、苛々していましたの。兄様に寄り添い名を呼ばれて嬉しそうにしているリンダにも、私の婚約者ですのに、婚約を破棄しろと怒鳴り込んでくるテイラー伯爵にも、兄様と恋仲だと、親に言っていたテイラー伯爵令嬢にも…。兄様は私のですのに!って!それよりも、そんな些細なことで腹を立てている醜い自分に一番腹が立ちます。こんな感情初めてでどうしたらいいのか、自分でどうしようもなくて…。」


 マリアンヌはフリードリッヒに嫌われてしまうのではないかという恐怖心で、また、ハラハラと泣き出した。


 フリードリッヒは顎に手を添えマリアンヌの涙をハンカチで優しく拭うと、唇に優しく触れるだけのキスを落とした。


 えっ


 今、キス…しました?


 突然のことで涙も引っこんでしまったマリアンヌは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。


「ごめん。嬉しくって、ついキスしてしまったよ。」


 ごめんね?って、満面の笑みで嬉しそうにしていらっしゃる兄様。キラッキラで余りにも美しくって、天使も裸足で逃げ出しそうですけど…。先程の私の言葉に兄様がそんなに喜ぶ要素があったのでしょうか?そんなことでって、呆れる要素はありましたけど…。


「あの、兄様?」


「そんなに、俺のことを好きなんて知らなかったよ。俺が一方的にマリアンヌに恋がれているものだと思っていたからね。そうだ、マリー、兄様でなくフリードと呼んで?その方が婚約者ぽいだろ?」


 えーっと、先程の私の悩み聞いてらっしゃいましたわよね?どうして、それが、兄様を愛称呼びすることに繋がるのでしょうか?ああ、婚約者ですから兄様では勘違いする人がでてしまうのを防ぐ必要があるということですか?婚約者とアピールすれば、そういうことも少なくなり私のイライラも減るとお考えなんでしょうか?


「フリード様?」


 おずおずとマリアンヌは愛称で呼んでみる。


「様はいらないよ?」

 

 そう仰られましても…


「ですが…。」


 歳上の方を呼び捨てになどできませんし、あっ、セルロスは使用人ですが兄様は違いますでしょ?


「わかった、それでいいよ。もう一度呼んで?」


「フリード様。」


 きゃー!


 なんだか重歯が痒いですわね。愛称で呼び合うなんてまるで相思相愛の恋人同士みたいですわ。って、相思相愛の婚約者でしたわ。


「俺を愛称で呼ぶのは、父と母、フロイト、そして、君のお母様だけだ。意味はわかるね?」


 ああ、それでお母様、兄様を愛称呼びなされたんですね。お母様、兄様のことお気に入りですものね。ふふふ、たったこれだけのことなのに、なんて幸せな気分なんでしょう!


 マリアンヌは嬉しそうに頷いた。


「フリード様。テイラー伯爵令嬢なんですけど…、本当にお付き合いされたことは無かったんですか?」


 お父様にまで恋仲だなんて言われるのですから…、もしかして、過去に…。


「無いね。そもそも、彼女は苦手なタイプだ。策略家で頭は切れると思うよ、だが、付き合いたいとは到底思えないよ。」


 マダムのところでお会いした、可憐で守ってあげなければならないようなテイラー伯爵令嬢の様子を思い出した。策略家とは到底結びつかない。


「策略家ですか。」


「ああ、彼女は自分がどう立ち回ったら一番効果的かわかっている。どうしたら、皆が彼女の思う通りに動くのかだってね。しっかり外堀から埋めていくタイプだ。今回、伯爵が怒鳴り込んで来たのだってそうだ。俺と恋仲だと言いふらし、父親だって認めていた、という事実を君に知らしめるためにここに怒鳴り込んできたんだろう。」


 フリードリッヒは忌々しそうに眉間に皺を寄せた。


 テイラー伯爵令嬢、すんなり諦めてくれるとは思えないわ、まだこれから一悶着ありそうですわね。


「あの、テイラー伯爵はどのような方ですの?」


 怒号を発していたテイラー伯爵を思い出した。


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