波乱の前触れ ①
陛下のサインも頂き無事、兄様と婚約できました。
ふふふ。
「お嬢様、ご機嫌が宜しいですわね。」
ユリが髪を結ってくれながら、話しかけてきました。
城で開かれるクリスマスの夜会が非常に楽しみです。この夜会は隣国の王族もお招きして行われる特別な催しで、一部の上位の貴族と魔法学園へこの秋に入学した生徒。そして、今年、最も功績を収めた者達が招待されます。この夜会の特徴は必ずパートナー同伴でというもので、一人での参加は認められていません。
去年はリフリード様の都合で参加できなかったんですよね、ですので今年が初参加!色々な国々の方の文化に触れられる貴重な機会なんです。
聞いた話では、庭ではメープル騎士団の方々が、幻影魔法を披露され、魔法庁の方々によって城をライトアップされるそうです。この夜会に参加することは貴族にとってすごく名誉なことです。
「そうなの、今年はクリスマスの夜会にも参加できるし、工房は沢山の注文を頂いて順調なんですもの。そう言えば、託児所の建設と、新たな人材の採用は順調かしら?」
我が工房では、このクリスマスの夜会用のドレスの製作でてんてこ舞!マダムの店で注文できなかった方や、魔法学園の生徒さんからの注文で目が回りそうな程の忙しさ。嬉しい悲鳴です。
「はい、託児所兼、社員寮の建設は順調でございます。来月にも完成する見込みです。ただ、採用の方が手間取っております。何せ、沢山の者を雇用しなければなりません。新たに二十名、身辺調査中です。この者達に問題がなければお針子として採用する運びです。店長は今、社員寮の警備の者、子供達の面倒を見てくれる者の面接を随時行っております。警護をギルドに依頼していますが、日常的に必要になりますので直接雇用することに致しました。子供達の面倒を頼む者ですが、読み書き、マナーのできる者となりますと…。」
子供達の面倒を見る者は、同時に躾をできる者である必要があるわね。孤児院のシスターは理想的だったわ、年長の子供達は下の者の面倒をよく見ていたし…。
「ねえ、ユリ、子供達の面倒を見る者は、孤児院の者を雇いたいのだけどどうかしら?」
ユリは結い終わった髪にリボンを結びながら答える。
「聖女様の孤児院からですか?」
「そうよ。この前、慰問に行ったときにしっかりと教育されていることに驚いたの。」
閉鎖的な空間でしたから、あのように育つことはないでしょうけど…。学習やマナーを学ぶ相手としては、良い講師だわ。
「宜しいのではないですか、では、孤児院に一人雇いたいと連絡しておきます。きっと良き人を推薦して下さいますよ。」
日中、子供達の面倒を見てくれる人の確保は出来たわね。
「お願いね。ねえ、兄様は?」
お父様と一緒に城に行かれているのかしら?
「フリードリッヒ様は、旦那様とご一緒に登城されていらっしゃいますよ。」
残念だわ、兄様がいらっしゃったら工房へ行きたかったのに、この前の事件以来兄様がいない時の外出は禁止されているのよね。
「そう。」
「そんなに残念だったんですか?」
えっ、あからさまに態度にでてたかしら。嫌だわ。そうだ、兄様といえば、兄様付きになったリンダはちゃんと仕事をしてるのかしら?
「リンダは、どう?」
「どうと申されますと?」
ユリ、わかってて聞いてますわね、澄ました顔をしてますけど口元が緩んでますわ!
「リンダが兄様に必要以上に付き纏ってないか知りたいの!」
ユリは我慢できないとばかりに口元を綻ばせながら、膨れているマリアンヌの質問にこたえる。
「リンダはよくやっていますよ。相変わらずマイペースですが、ただ、お嬢様付きを外されたのがショックだったのでしょうか、一時は落ち込んでいましたが、最近は回復したようです。まあ、もとよりお嬢様付きを希望していましたから。」
ハンソン様に言われたとは言え、リンダには可哀想なことをしたのかもしれませんわね。そんなに私のことをしたってくれてたなんてビックリです。
「そう、疑惑があるとはいえ、リンダには悪いことをしたわね。」
「前向きな子ですし、お嬢様がお気になさるほどではありません。最近では、お茶を淹れる練習も前向きにやっていますよ。」
必要以上に付き纏っていないか心配するなんて、なんて私、心が狭いんでしょう。自覚すると嫌になります。
「そんな暗い顔しないで下さい。今日はフリードリッヒ様、早く帰っていらっしゃる予定です。一緒に夕食を食べられますよ。」
ユリはふふふと優しく笑った。
「お引き取り下さい!」
下が騒がしい、セルロスの声がここまで届く。
「マリアンヌ様はいらっしゃるのだろう!お取り継ぎ頂きたい。」
低く野太い声が、屋敷中に響き渡る。
「お約束のない方をお嬢様にお取り継ぎすることはできません。」
「平民如きが貴族に盾突くとは!」
声の主がイラついていることが、2階にいても手に取るようにわかる。
平民如きって!
「私は平民ではございますが、このリマンド侯爵家の執事でございます。主人の留守を預かる身でございますゆえ、主人の許可のない方をお嬢様にお取り継ぎする訳には行きません。どうぞ、我が主人、リマンド侯爵を通してお約束をし、再度おいで下さい。」
リマンド侯爵の名前が出ると、流石に不味いと思ったのか、忌々しそうに怒りを露わにしてセルロスを睨み付けた。
「チッ、この若造が!マリアンヌ様に伝えておけ、権力を笠に人の娘の恋人を勝手に婚約者に据えるなとな!」
そう言い捨てると男は、足音も大きく屋敷から出て行った。
マリアンヌは居ても立っても居られず、一階のセルロスの下へ急ぐ。
「セルロス、今の方は?」
鬼の形相だったセルロスはマリアンヌの顔を見るや否や、普段の柔和な笑みを顔に貼りつけると、落ち着いた声を心掛けてマリアンヌに答える。
「ご心配をおかけ致しました、お嬢様。今いらっしゃいました方は、テイラー伯爵でございます。」
マダムの所で会ったテイラー伯爵令嬢の姿が鮮明に脳裏に浮かぶ。
兄様と結婚する気でいらっしゃいましたね。まさか、ご自分の父に兄様と恋仲と言っていたのかしら。兄様の気持ちは無視して?それとも、以前お付き合いしていらっしゃった?
ですが、最初に兄様に恋仲の方はいらっしゃいますか?と尋ねたとき、兄様はハッキリいないと言って下さいました…。
「セルロス、先程、テイラー伯爵はご自分の娘と兄様が恋仲と…。」
セルロスは一瞬申し訳無さそうな表情になったが、すぐにいつもの笑顔になりはっきりと言い切る。
「聞こえてしまいましたか、どうぞご安心下さい。断じてそのようなことはございません。テイラー伯爵令嬢がフリードリッヒ様にいいよって居たのは有名な話です。ですが、フリードリッヒ様はいつもお断りされていましたよ。」
テイラー伯爵令嬢とお会いしたときの、兄様の嫌そうな顔を思い出して吹き出しそうになった。
「でも、指名での警護の依頼が来たら、テイラー伯爵令嬢の警護を兄様もなさるのでしょ?」
「指名の依頼ですか?誰がそんな事をお嬢様に教えたんですか?花街ではあるまいし、そんなことできませんよ。」
以前、兄様、孤児院へ慰問に行くときの警護は、自分を指名してくれって仰ってましたわ。ですから、てっきり…
「えっ、でもこの前、セルロスは兄様を指名してくれたんでしょう?」
セルロスはそれで、とでもいうように納得したらしく、説明を始めた。
「ああ、フリードリッヒ様がお嬢様の婚約者候補だと伝えただけですよ。警護する者が拒まなければ、身内を警護に当てるようになっているんです。それに、近衛騎士に警護を依頼するとおいくらかかるかご存知ですか?それは、膨大なお金がかかるのです。娘がお気に入りの騎士に逢いたいからなどという下らない理由で警護を頼むことは難しいです。」
でも、一度くらいなら大丈夫では?現に私やお母様の護衛はいつも近衛騎士ですし。
「そんなに頻繁には難しいかも知れませんが、お金のある方から…」
「なら、まずご自分の警護を近衛騎士に依頼しますよ。ご自分や奥方様の警護が冒険者や傭兵で、娘の警護に近衛騎士を使ったのでは、笑い者になりますからね。だから、ご安心下さい。テイラー伯爵令嬢の護衛にフリードリッヒ様が付くことは無いにも等しいですから。」
セルロスの説明を聞いて安心しましたわ。
なるほど、私兵→近衛騎士→冒険者の順ですか。いつも、護衛は私兵か近衛騎士だったのでそれが普通だと思ってましたわ。確かに、いざという時、命ををかけて守ってくれるのはその順番ですわね。冒険者は、自分の手に負えないと分かると依頼主を置いて逃げ出す者もいると聞きましたわ。
「しかし、いきなり怒鳴り込んで来るとは、テイラー伯爵も困った方ですね。おおかた、旦那様や奥様に言えないのでお嬢様を脅して、婚約破棄するように脅すつもりだったんでしょう。」
ユリがぷりぷりと怒りながら、テイラー伯爵の出て行った方を睨み付けている。
「全くです、お嬢様には権力を笠になんて仰ってましたが、私にはこの平民がって、まずご自分が権力を笠に威張ってから使う台詞ではありません。盛大に自分の馬鹿さ加減を…おっと、口が滑ってしまいました。」
失礼と澄ましてますけど、絶対わざと言ってますよね。セルロスは余程腹が立ったのでしょう、かなりイライラしていますわね。
「旦那様にしっかり報告しておきます。お嬢様、くれぐれも御用心下さい。」




