新たな婚約?
忙しい合間を縫って、フリップ伯爵がいらっしゃっています。私は兄様と共に、応接室でお父様と伯爵が入って来られるのを待っています。
お母様に指摘されてから、兄様と二人きりの時間がドキドキしてまともにお顔が見られない。
自分の気持ちに気が付いてからというもの、兄様とこうして二人きりでいるとどうも落ち着きません。
「マリー、本当に俺と婚約することを後悔はしない?」
隣に座るフリードリッヒは、緊張で身体を硬くし俯いているマリアンヌに気遣わし気に声をかける。
「後悔などしておりませんわ!」
ガバッと顔を上げて、マリアンヌは勢いよく言い切ったが、その顔はまみるみるうちに真っ赤に染まる。フリードリッヒはそんなマリアンヌの様子を見て、一瞬驚いた様子だったが口を手で押さえて必死で笑うのを堪えている。
「クククッ、マリー。そんなに必死にならなくても、ちゃんと婚約するよ。耳まで真っ赤だ、可愛い」
「酷い、揶揄わないで下さい。」
フリードリッヒはマリアンヌの頭を優しくなでながら、笑いを引っ込めて真剣な表情になる。
「揶揄ったつもりはない。マリー、本当に俺と婚約していいんだね。マリーは一度婚約を破棄した身だ、二度目の破棄は出来ない。それはわかるね。それに、俺はリフリードの兄だ、そこを突いてくる者も…。」
「いや、です。私は兄様と以外の婚姻は考えられません。」
マリアンヌが叫んだ瞬間、ガチャっとドアが開いてリマンド侯爵とフリップ伯爵が入って来た。
「ハハハ、そんなにフリードリッヒを気に入って頂き光栄ですな。」
「そうか、それほどまでに…。」
キャー!
嘘でしょ、タイミング悪すぎ!
おじ様とお父様にバッチリ聞かれてしまったじゃないですか!あー最悪ですわ、淑女にあるまじき大声!
あんなにどんな時も淑やかに微笑みを湛えて居なさい、何があっても、大声など以ての外ですよって、マナーの先生が口が酸っぱくなるほど仰っていましたのに。
淑女失格ですわ。ほら、おじさまは当然ですがお父様までビックリされてるじゃない。
失態を晒して、固まっているマリアンヌにリマンド侯爵は苦笑いを見せながら、フリップ伯爵に椅子に座るように促すと自分も腰を下ろす。
「もう一度、お前に意思確認をしようと思っておったが不要のようだな。では、書類を作成することにするか、セルロス。」
セルロスが、サッと誓約書の用紙とペンを伯爵の前に置くと、伯爵は確認をしてサインをした。
「午後にでも、陛下のサインを頂きに行こう。フリードリッヒ、娘を頼む。」
「はい、命に代えてもお守り致します。」
侯爵は満足そうに頷くと、伯爵の顔をしてやったりという風に見た。
「私の考えに間違いはなかっただろう。さて、お前を呼び出したのはこれだけではない。実は、お前の妻であるコーディネル夫人とその実家である伯爵家のことだ。」
「妻がまた、何かしでかしましたか?」
フリップ伯爵は美しい顔をくもらせて、大きなため息をついた。
「すまんな。私がエカチェリーナと結婚したばかりに、お前にコーディネル殿を押し付ける形になってしまった。お義母様のこともあり、伯爵家と関係を結ぶ為押し切られる形でお前の第一夫人に据える羽目になった。」
「その事は、終わったことです。ただ、やはりコーディネルは侯爵の第二夫人になりたかったようで、エカチェリーナ様との婚姻の条件の一つに、一夫多妻の権利の放棄がございましたので仕方がないことですが。第一殿下であられた皇女様との婚姻は、リマンド侯爵家にとってまたとない栄誉ですから。」
フリップ伯爵は優しく微笑みながら書類をセルロスに渡す。
初耳です、フリップ第一夫人、本当はお父様と結婚なさりたかったなんて!だって、おじさまお父様と違ってこんなにも見目麗しいのに!そこまでして、ご自分の子を侯爵にしたかったのかしら?もし、お母様が男子を産んだらそれは叶いませんのに…。だから、私とリフリード様をなんとしても結婚させたかったのでしょうか?
「そう言ってくれると幾分気持ちが楽だ。」
リマンド侯爵は力無く笑った。フリップ伯爵は真剣な面持ちでリマンド侯爵を見詰める。
「で、妻と、義父は何をやらかしたのですか?近頃は領地でなく、王都の別邸でひとりで過ごしておりましたが、この前、義叔母様を別荘地から呼び出したようですが。それと関係がありますか?」
お義祖母様にリフリード様と私の婚約をとり持つようにお願いした件ですわよね。
「ああ、マリーが襲われたことは知っているかね、その時、馬車には私が乗っていると敵は思っていたようだ。マリーは魔法学園に通っているものだとも言っていたと聞いている。」
リマンド侯爵の言葉に、マリアンヌとフリードリッヒは頷く。
「なる程、マリアンヌ嬢が学園に行くことを遅らせたことを知らない人物、そして、貴方が孤児院へ行ったと勘違いした人物が、敵と通じているということですな。なる程、マリアンヌ嬢が襲われた日は、くしくもコーディネルと義父が義叔母様に会った日、義叔母様の処にどちらかの従者がいても不思議でない。よし、私は何をしたら良い?」
「伯爵の領に異国の者が出入りしていなかったかを調べて欲しい。あと、コーディネル殿が連絡を取っている人物のリストも。」
お父様、伯爵とフリップ第一夫人を秘密裏にお調べになるつもりですわね。確かに、フリップ伯爵の奥様です、もし本当に敵と繋がりがあるのなら、上手くやらなければこちらも巻き込まれるのは必須ですわ。
「そういえば、宰相。王都へ入った平民の中に異国の人物は混じっていたのでしょうか。」
フリードリッヒは思い出したように口を開いた。
「いや、いなかった。ということは貴族の従者として王都入りした可能性が高い。もう一つ、気になるのがクシュナ夫人の行方だ。他国の王族の愛妾となると家令に洩らしていたらしいが、王都から出た形跡がないだけならいざ知らず、夜会で見ないことはないと言われるくらい王都で開かれる殆どの夜会に出席していたあの派手好きが一切姿を現さない。」
「クシュナ夫人ですか、クシュナ夫人でしたら見かけましたが。」
リマンド侯爵の言葉にフリップ伯爵はさも驚いた顔をした。
「どこで?」
「我が領の最高級の宿に泊まっていたぞ、確か、帰国されるアーシェア国の王族と一緒だった。アーシェア国の王族と縁戚関係が切れているとはいえ、一度王族に嫁いだ身であるから一緒に行かれるんだろう。」
お父様達が一生懸命探しても見つからないわけね、アーシェア国の馬車に一緒に乗せて貰っていたんでしょ。なら、王族の愛妾って、アーシェア国の王族?あら、でも確か、クシュナ夫人のお亡くなりになった旦那様は確か、アーシェア国の王族の方だったような…。深く考えるのはよしましょう。
「一緒に、アーシェア国に行ったのであれば問題はあるまい、それなら、私の取り越し苦労だったのだろう。念のため、エカチェリーナの従姉妹にクシュナ夫人がどこに落ち着いたかだけ確認しておこう。セルロス、エカチェリーナにアーシェア国の従姉妹殿に手紙を出すようにと、クシュナ夫人のことをさりげなく聞くように書いて欲しいと伝えてくれ。」
「ですが、これでクシュナ夫人が宰相を襲うと見せかけて、ルーキン伯爵を殺害したかもしれないという疑惑は深まりました。」
侯爵はフリードリッヒの言葉に、ほぅと小さく息を吐くと少し考えるように柔和な顔立ちには不似合いな眉間の皺を作る。
「面倒だが、クシュナ夫人と関係のあった人物からあたるか。彼らの中で、スラム街の住人と繋がりのある者を探し、クシュナ夫人が、私かルーキン伯爵の殺害を依頼していないかあたる必要が出てきたな。」




