孤児院 ③
勇者
スラム街
お父様
治癒魔法
聖女
孤児院
スミス侯爵
正しく絶対だと信じていたモノ達が揺らぐ。
「マリー、どうした?」
兄様の声で我に返りました。
「大丈夫かい?」
フリードリッヒは揺れる馬車の中で、隣に座るマリアンヌに心配そうに声をかけた。
「ええ、何が正しいことなのかわからなくて…。」
頭の中がぐちゃぐちゃに混乱してますわ。
行きは気にもしなかった馬車の窓から見える景色は、街の中央から見たものとは全く違う顔をしている。同じ王都とは到底思えない。ギッシリ立ち並ぶ煉瓦の家の中に、たまに崩れかけたものが目に付く。
薄汚れた服を纏った女性が外側で芋を洗っている。
道中で出会う人々は、マリアンヌの通う商業地区の平民街の人達とは違いどこか疲れた顔をしていた。
「何が正しいか…。そうだね、小さい子供に諭すのであれば、自分がされて嫌なことは他の人にしません。なんだろうが、マリーは貴族として、と、言う立場で聞いているのだろう?」
フリードリッヒは一つ一つ言葉を選びながらマリアンヌに問う。
「はい。」
「それは、宰相やスミス侯爵、皇后陛下と関係があるな?」
兄様、私が何で悩んでるか全てお見通しですわね。
マリアンヌは固い表情のまま微かに頷いた。
「政治は、全ての人が幸せになるように行うのは難しいんだ。例えば、先程訪れた孤児院。あそこには五十名近くの子供達がいた、その施設が王都だけで五つもあるんだ。二百五十名近くの孤児がいる。それはわかるね。」
「はい、沢山の孤児がいることを目の当たりにして驚きましたわ。」
王都だけでこの人数です。各領地にも孤児院は存在していますわ。
「窓の外を見てどう思った?」
くたびれた人達、活気のない地区。店はあるものの品揃えは悪く、客足もまばらだ。
「沢山の人は居るみたいですが、皆、疲れているみたいです。」
「そうだね。聞いたことはあるとは思うが王都は職業難だ。
ここにいる人達の殆どに定職がない。安定した職を得るためには実力よりコネがいるのが現状だ。何せ、一人の募集に数百人の応募が殺到するくらいだからね。」
言い換えれば、一人雇おうと思ったら数百人の面接をしなければならないと言うことですよね。大きな商会はともかく小さな店はその時間を取られて、本来の仕事が出来ない可能性がありますわね。それでは本末転倒ですわ。
本来であれば、面接をして優秀な人材が欲しいけれど、数百人の面接など行う時間は無い。ならば、知り合いから紹介して貰えばいいと言うことでしょうか?
「陛下は何か対策を取られていないのですか?」
「無策と言う訳では無いんだ。ただ、陛下が今、進めていらっしゃる策は時間を要する。ミハイルの兄達がダンジョンに潜っていたのを知っているね?あの辺りの平原の開墾を進めて、畑と街を作ろうとお考えだ。ダンジョンを兼ね備えた領地だ、運営もしやすい。今は、冒険者を雇い平原の平定に力を注がれている。王都から定住者を募り、新たに領を興すお考えだ。ただ、問題も生じる。」
新たな旨味のある領地。皆、喉から手が出るほど欲しいに決まってますわ。
「誰が統治するか、ですか?」
「そうだ、城では水面下でその地権を巡って争いが起こっている。陛下も、大きな功績が無いのに新たな領などあげるわけにはいかないだろう?だから、領主が決まるまで開墾民は募集できても定住者を募集するのは難しい。定住者を受け入れるとなると膨大なお金が必要だからね。それを持つだけの体力が今の国にはない。だから、その領地を下賜された貴族に自分で賄って貰いたいというお考えなんだ。」
兄様は陛下と仰っていますが、それをお考えなのはお父様ですわよね?
お父様は陛下の頭脳なのですから。
「では、当分、職業難は続くと言うことですか…。」
「そうだ。この職業難の中、スミス家は毎年、王都内だけで十五、六名の孤児達に職を用意しなければならない。聖女の名があるからね。」
聖女の名がある以上、全ての孤児をスミス家で雇うことはできませんわよね。かと言って、全てを聖職者にするには人数が多過ぎる。市井での就職が見込めないのであれば、他の貴族に召し抱えて貰う他ないですわよね。
「ですから、他の者達と差別化をはかる為に他から遮断してでも貴族に仕えるに都合の良い、素晴らしい人材を作り上げる必要があると言うことですか…。」
フリードリッヒはマリアンヌの言葉に静かに頷いた。
「この国の根源である聖女の権威を守る必要があるからね。宰相が行われていることもこれと相違ない。大多数の安定と平穏の為に一部の者が救われないのもまた事実だ。」
お父様の頭脳を以てしてもどうすることもできない。ですか…。
橋に差し掛かったとき、馬車がいきなり止まった。車内に緊張が走りフリードリッヒは剣に手をかける。
「どうした!」
「敵だ!」
近衛騎士の言葉に緊張がはしる。
リサが太腿に装備している短剣を2本、両手に構えた。
「フリード、御者がやられた、馬を外す。十数えたら、外へ出て馬に乗れ。リサ、用意はいいか?」
外から、刃物同士がぶつかる音がする。
「恩に着るぜ兄弟!」
フリードリッヒは剣を抜くと、マリアンヌの手を強く握りしめた。
「いつでも大丈夫よ。フロイト」
十数えた後、フリードリッヒは馬車のドアを足で蹴り開け、マリアンヌの手を引き外へ出る。外は、近衛騎士と暗器を持った覆面、黒尽くめの男たちが戦闘を繰り広げていた。
チラッと見える肌色はこの国の人間ではないことを示す褐色。
異国人?
敵の攻撃を防ぎつつ馬車の前方へ移動すると、フロイトが丁度馬車から魔馬を外し終えた所だった。
「宰相ではない?姫君か、姫は魔法学園に入学したと聞いたぞ!」
敵の一人が叫ぶ。
お父様と間違えて?
「どうする?」
「クソ、姫を連れ去れ!治癒魔法を使えるはずだ!あの女が言っていた!」
あの女?
フリードリッヒはマリアンヌを抱き上げ魔馬に乗せると自分も乗る。リサはもう一頭に乗った。
「援護頼む。援軍を呼んでくる。」
「後は、任せておけ。」
フリードリッヒの言葉に近衛騎士達は答える。
フリードリッヒはマリアンヌを乗せて、魔馬を走らせた。
「ちっ、魔馬か厄介な。あの男の方を狙え!」
一番若い暗殺者の男が指示を出す。暗殺者が一斉にくないをフリードリッヒに向けて投げた。フロイトは短剣でそれ叩き落とすが幾つかは、フリードリッヒ目掛けて飛んでゆく、リサは馬の向きを変え短剣でそれを弾き落としたあと、フリードリッヒの後を追った。
「ヘェー、あれが、この国一番のお姫様ねェ。できればゆっくり拝見したかったなぁ。まあ、また今度ね、お姫様。」
一番若い暗殺者の声は刃物がぶつかる音にかき消されて、誰の耳にも届くことはなかった。
魔馬はあっという間に王都の中央まで駆ける。
「オレは直接、城へ行く。リサは屋敷へ行きセルロスに伝えてくれ。」
「わかりました。」
リサと途中で別れ、フリードリッヒはマリアンヌを乗せたまま、近衛騎士の待機場まで魔馬を乗り入れた。




