孤児院 ②
初めて訪れた孤児院は、空気の澱んだ王都のはずれにありました。王都をぐるりと取り囲む壁にピッタリと張り付いた形で建っている、こんな場所には不釣り合いな立派な教会。その教会で馬車を降りて長い廊下を老齢の神父に案内されます。
「こちらです。」
神父は観音開きの大きな扉の前に立った。扉の両脇には若い神父が二人立っている。
「ドアを開けなさい。」
老齢の神父の言葉に若い二人の神父はその大きく重そうなドアを開けた。
「ここに護衛を二人置いて行かれると安心でしょう。さあ、中にどうぞ、この扉の中が孤児院です。」
老齢の神父はマリアンヌにそう言うと、扉の中へ入って行った。フリードリッヒが近衛騎士二名にそっと耳打ちすると彼らは頷き若い神父の横に立つ。マリアンヌはその様子を確認して老齢の神父の後に続いて扉の中に足を進めた。
教会と孤児院を分けるにしては分厚い壁ね、まるで、王都を取り囲んでいる壁みたい。
ドアの先は何やら沢山の荷物の置いてある部屋になっていた。老齢の神父はその部屋の突き当たりにある小さな木のドアに躊躇なく手をかけ開ける。ドアの先は、白い壁の小さな部屋になっていて、窓から沢山の日の光が降り注いでいた。その部屋の中央に30代くらいの一人のシスターが赤ちゃんを抱いて椅子に座っている。彼女は神父の姿に気がつくと椅子から慌てて立ち上がった。
「神父様ようこそお越し下さいました。今日は…」
「シスター、赤子を抱いているのだろう、礼はいらんよ。今日はお客様をお連れした。侯爵家のお嬢様とそのお供の方達だよ。案内を頼めるかね。」
「かしこまりました。」
シスターは赤子を抱いたまま、マリアンヌ達の方に向き直る。
「この孤児院でシスターをしております。シアと申します。本日は、案内をさせていただきます。宜しくお願い致します。なんなりと、御質問下さい。」
「私は、この部屋で仕事をしますので、見学が終わられましたら、こちらへお戻り下さい。教会の外まで案内致します。」
老齢の神父はそう言うと、部屋の隅に備え付けてある机に向かい、立ててあった一冊の冊子を広げていた。
「こちらへどうぞ。」
シアは入って来たドアとは別のドアを開け、マリアンヌ達を案内する。ドアの先は廊下になっており、その先は玄関に繋がっていた。壁は全て白で塗られ、床は板で作られている。よく磨かれていて木目が美しい。
シアは玄関横のドアの無い部屋へ、一行を案内した。
「こちらが、ダイニングです。もう少ししたら、外遊びから子供達が戻って来ます。今日は天気が良いですし、元気いっぱい駆け回ってますよ。」
通されたダイニングは廊下と同じで白い壁に木の床、大きな窓が沢山とられていて日の光が差し込み明るい。素朴な木の長方形のテーブルが四つ、それぞれに10脚の椅子がセットされている。高さがみな違い、手前のテーブルが低く、奥のテーブルが高い。天井は高く吹き抜けになっており2階からこのダイニングが見える開放感溢れる作りだ。
「シスター、子供達にお土産を持ってまいりましたの。お渡しいただけますか?」
リサはクッキーを、フリードリッヒは布と本をシスターに見せる。
「まあ、ありがとうございます。こちらのテーブルに置いて下さい。」
リサとフリードリッヒが手前の一番低いテーブルにお土産を置いたとき、玄関のドアが開いて、子供達が元気な声と共にダイニングになだれ込んできた。
「シスター、お客さん?」
「あれ、いつもの人じゃない?」
「あっ、お土産がある!」
子供達は皆同じ服を着ていた。男の子は、真っ白の綿の上着に同じ生地でできた白いズボン、女の子は男の子と同じ生地で出来たワンピース。皆、ニコニコとシスターのまわりに集まって来る。全員で四十名弱。
「そう、お客様よ。お土産を頂いたの、皆んなでお礼を言いましょう。」
シスター・シアの声に年長の男の子が号令をかけた。
「せえの。」
「ありがとうございます。」
子供達が皆、一斉にお礼を言う。しっかり声が揃い動きも統率がとれている。
しっかりと教育が行き届いていますわ。
子供達が躾が行き届いていることに、マリアンヌは驚いた。
「素晴らしい子供達ですわね。」
マリアンヌの言葉にシスター・シアは顔を綻ばせる。
「ありがとうございます。そのお言葉が、私の日々の励みになります。ここをでる子達が少しでも良い主人に付くことが私の願いです。」
シスターは子供達へ視線を戻し、とびっきりの笑顔を向ける。
「さあ、手を洗って来なさい。頂いたクッキーを食べましょう!」
「ヤッター!」
「クッキー、大好き。」
子供達は順番に手を洗う、年長の子がちゃんと小さな子達の面倒を見ている。年中の子から手を洗い、彼らはミルクとクッキーをテーブルに並べる。年長組に促され小さな子供達は決まっているであろう自分の席にすわる。皆が、テーブルに着くと、シスター・シアがマリアンヌ達に席とお茶を用意した。
「せえの」
先程の年長の男の子の号令で、皆、一斉に声を揃えて神に祈りを捧げている。それが終わってからクッキーを頬張りはじめた。
本当に素晴らしいわ。
外から一人の若いシスターが戻って来た。彼女の服装もシアと同じ物だ。
「シスター・シア、異常ありません。」
「ありがとう。こちら、侯爵家のお嬢様よ。」
若いシスターはマリアンヌ達に礼をする。
「本日は、子供達の為に沢山のお土産をありがとうございます。」
「いいえ、どういたしまして。」
シスターの動きも洗練されていますわね。
「おやつの後は学習の時間です。年少組、年中組、年長組に分かれて行います。その後、年少組はお昼寝の時間です。年少組がお昼寝をしている間に皆、グループに分かれて活動しています。宜しければ、お嬢様、学習の時間に年少組に絵本を読んでいただいてもよろしいでしょうか。また、鍛錬の時間にそちらの騎士様、剣術の稽古をつけていただけませんか?そちらの侍女様は、礼儀作法をお教え願えますか?」
まあ、なんて有難いお気遣い。これで子供達と触れ合えますわね。
「ええ、よろこんで。皆も宜しいかしら?」
フリードリッヒ達は笑顔でマリアンヌに頷いた。
皆が鍛錬をしている間、シスター・シアがマリアンヌに施設内を案内しながら説明します。
「こちらが、赤ちゃんの部屋です。年長のシスター組が鍛錬の時間を利用して世話しています。それ以外は、この部屋専用の者が世話をします。今、赤ちゃんは10名です。」
部屋には一人のシスターの元、赤ちゃん達をお風呂に入れている女の子達がいた。
「手慣れていますわね。」
皆、上手に服を脱がせ、手早くベビーバスへ入れている。優しく声を掛けて、身体を洗っていた。
「毎日やっておりますから。」
感動しているマリアンヌにシスターはニッコリと微笑んだ。
キッチンで料理をする者、剣術の稽古をする者、建物の清掃をする者、皆、自分のやるべきことを年長組に聞きながら、しっかりとこなしている。
「広い庭ですわ、庭の先は林になっているんですか?」
芝生の広い庭の先に微かに林が見える。一庭と森を仕切る柵があるようだ。
「はい、柵の先は林です。大抵は兵士志望の子達が林に狩りに行きます。」
あれ?おかしいですわね、教会は壁ギリギリに建っていました。広い庭は取れないはずです。ましてや、林は王都内に存在しないはずですわ。では、王都の外?でも、林の奥に壁が見えますわ。では、王都内?帰りに神父様にでも聞きましょう。
いろいろ見て回り、子供達が遅い昼食を取ると言うので帰ることにいたしました。
分厚い扉を出た後に神父に質問した。
「神父様、あの孤児院が建っている場所は…。」
神父はニッコリと笑い答える。
「はい、お嬢様のご想像の通り壁の外側でございます。壁の外側に壁を作り、中にあの孤児院が建っております。ゆえに、あの広大な土地の中で子供達は伸び伸びと育つことができるのです。」
やはり、そうだったのね、あそこは壁の外側、世間とは遮断された穢れのない画一的な社会。聖女の名の下に育てられた素晴らしい子供達。
それは、良いことなのでしょうか。それとも…。
なんとなく薄気味悪さを感じつつ孤児院を後にした。




