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部屋にて ②

「きゃー!」


 ユリの悲鳴がマリアンヌの部屋に響く。


「ユリ、うるさいわよ、いったいどうしたのです?」


 朝から、悲鳴で起こされるなんて、こっちがビックリしてしまいましたわ。


 起きようと思い横を見ますと、なんと兄様が眠ってらっしゃいます。手が温かいような?


 ははは、私、兄様の手をしっかり握りしめていますわね。

本当に、ずっと手を握っていて下さいたのですね。と、言うか、私が離さなかっただけかしら?寝乱れた兄様、なんだかドキドキ致します。


「フリードリッヒ様!起きて下さい!」


 ユリが金切声でフリードリッヒを起こす。


「なっ、なんでお嬢様の部屋にいらっしゃるんですか?そ、それもお嬢様のベッドに!早く離れて下さい!起きて下さい!」


 パニックになっているユリを他所に、フリードリッヒは身体を起こすとマリアンヌにニッコリと微笑んだ。


「おはようマリー。気分はどう?」


「はい。大丈夫です。それより、ユリが…。」


 怖いんですけど…。


「おはようではございません。フリードリッヒ様、今、ご自分が何処にいらっしゃるかご存知ですよね?」


 鬼の形相で尋ねるユリにフリードリッヒは落ち着いた声で答えてる。


「まあまあ、ユリそんなに怒らないでちゃんと説明するから、なんなら宰相に聞いてもいいよ。」


 ユリは眉尻をピクピクさせながら、フリードリッヒを睨み付ける。


「本当にですね。フリードリッヒ様。」


「ああ、ユリを敵に回すことだけは避けたいからね。」


 そう言うと、フリードリッヒはマリアンヌの額に軽く唇を落とし、ベッドからおりると、二間続きの隣の部屋へ移動しソファーへ腰を下ろした。


「お嬢様、失礼いたしました。」


 ユリは少し落ち着きを取り戻したのかいつも通りテキパキと動き始めた。


「お嬢様、なぜフリードリッヒ様が横にいらっしゃったのですか?」


「実は…。昨日の夜…その、怖いことがあって、それで、ね、兄様の手を離せなかったの…。」


 ユリ、相当怒ってますわね。未婚の女性の部屋に一晩中男性がいたらよくないですわよね。


 ユリは大きな溜息を吐いた。


「お嬢様、そういう時はユリを呼んで下さい。ユリが一晩中付き添いますから。それとも、私では安心できませんか?」


 心配かけたわね、申し訳なかったわ。


「そんなことないわ、凄く信頼しているし、頼りにしている。ただ、昨日は私にユリを呼びに行ってもらえるほどの余裕がなかったの…。」


 ユリは仕方ないですね、と言わんばかりに、また、大きな溜息を吐いた。


「わかりました。ですがお嬢様、ユリは如何なる時でもお嬢様の味方です、お忘れにならないで下さい。」


「ありがとうユリ。私もユリのこと大好きよ。」


 良かった、許してくれたみたい。


「さ、支度が出来ました、フリードリッヒ様がお待ちです。いきましょうか?」


 隣の部屋にいた兄様と一緒に食堂へ向かいます。


 部屋を出るとき、フリードリッヒはマリアンヌに気付かれぬようユリに耳打ちした。


「朝食後、使用人用休憩室で」


「わかりました。」


 ユリはフリードリッヒの言葉に小さく頷いた。


 朝食の後、兄様はお父様の仕事の手伝いをされるそうで、さっさと朝食を食べられて部屋を出て行かれました。朝食を終えるとセルロスから声をかけられます。


「お嬢様、店のことなのですが…。」


 何か問題でも出たのかしら?


「どう致しました?」


 セルロスは言いにくそうに一瞬躊躇したあと、意を決したように話しはじめた。


「託児所の件はどうなりましたか?いろいろございましたので、お疲れとは存じますが、せめて、方向性やアイデアくらいは…。」


 すっかり忘れてましたわ。セルロス、私の頭の中にその件が入ってないのわかってたわね。


「そうね。私、子供と触れ合ったことがありませんの。それで、一度孤児院へ慰問に行ってから考えようと思ってますの。」


 流石に忘れてましたとは言えませんわよね…。


 セルロスはたっぷり間を取り、ニッコリと笑った。


「それが宜しいかと思います。対象を知ることによって、失敗を防げる確率が上がりますから。」


 やはり、忘れてたのバレバレでしたわ。


「はい。」


「では、どこの孤児院へ行かれますか?あっ、地図と資料を持って参りますので、少々お待ちください。」


 先延ばしにならないように、今日中に行く孤児院と日時を決めてしまうつもりですわね。本当に有能ですわね。


 孤児院に何を持って行ったら喜んで貰えるかしら?


 小さな子供達は何が好きかしら?


 絵本?お菓子?


 少し大きな子達には、本や、刺繍糸かしら?


 普段どのように過ごしているのかしら?


 あっ、文字読めないんでしたわね。


 絵本や本はご迷惑かしら?


 孤児院の子供達への贈り物を考えているうちに、セルロスが腕一杯の資料と地図を持って食堂へ入って来た。


 ひぃっ、それ、選びましょうではなく、学習しましょう。ですわよね。


 それらをテーブルに広げながら、いい笑顔で引きつっているマリアンヌに声をかける。


「フリードリッヒ様が、旦那様のお手伝いをされるようになり、私も随分、時間が取れるようになりました。今日はゆっくり、慰問先の孤児院選びに付き合わせていただきます。」


「オネガイシマス。」


 はあ、今日の予定は孤児院についての学習で決まりですわね。


「孤児院を管理していらっしゃるのは?」


 これは知ってますわ。


「皇后陛下ですわ。」


 マリアンヌの答えにセルロスは満足そうだ。


「流石です、お嬢様。ですが、実際にそれを管理しているのは教会であって、教会を取り纏めているのはスミス家です。皇后陛下は慰問と称して、孤児院を廻り不正がないか、子供達が健やかに生活しているかの確認をされています。孤児院の運営費は国からと、教会への御布施、そしてスミス家からの寄付で賄われています。では、お嬢様、これらの中で大部分を占めているのは?」


 国の孤児院ですから、


「国からのお金かしら?」


「いえ、スミス家からの寄付です。孤児院は聖女様の力を表す場として最も重要な場所です。故に、スミス家は孤児院の運営に大きな力を注いでいます。ですので、孤児院は子供達にとって過ごしやすい場となっているのです。」


 スミス家の私財で孤児院が運営されていることにびっくり致しました。


 セルロスはテーブルに地図を広げて、孤児院のある場所を指差す。


「王都の孤児院は全部で五つございます。それらの施設のうち、4つは性別、適性、能力によって子供達が振り分けられています。一つ目のはシスター、神父を目指す者達。彼らは未来の孤児院のスタッフとして働く為に小さい子達の面倒を見ています。二つ目は、下男下女として生きていく者、三つ目が、冒険者や兵士として生きていく者です。この三つを均等に振り分けてあります。」


 持って来た資料のページをめくる。


 小さな子供達の面倒を見る者、狩をするもの、食事の準備や洗濯、薪割りなどをする者…。


「それは、なるべく子供達の力で孤児院を運営していく為ですわよね。」


「その通りです。孤児院の運営には多大なお金がかかります。そして、王都は十数年、職業難が続いています。なるべく孤児院を出た子供達が職に溢れないようにという。スミス前侯爵の政策です。」


 まあ、孤児院を出た者が先行き困らないように政策を考えているなんて、なんて子供達思いなんでしょう。


「感動されているのに申し訳ないのですが、それは、表向きな話です。職種が三つに絞られていることに違和感を覚えませんか?」

 

 聖職者。


 下男下女。


 兵士。


「どれも、貴族達の利益になる職ですわ。」

 

「そうです。貴族の下に雇い入れられる前提での職業訓練所となっております。」


 就職先が安定しているのは良いことですわよね。


 子供達の人生を自分達の都合の良いように育てて使うのは良い事?


「ねえ、セルロス。それは良いことなのかしら?」


「お嬢様。それは、私の口から申し上げるべきことではありません。お嬢様がお考え下さい。私から申し上げられるのは彼らが職に溢れる事がなく、それによる犯罪は起こらないということです。それにより、皇后陛下のお名前に傷がつくことを防ぐことができます。」


 セルロスはそう言うと、又別の資料をマリアンヌの前に広げる。


「これは、孤児院の一日の流れです。最初はこの自由時間に行かれるのが良いかと思います。ただ、お嬢様、ここの神父、シスターはその孤児院で育って、外に出たことの無い者達です。」


 外の生活を知らない、画一的な常識を植え付けられた者達。その孤児院だけが全てのシスターと神父。彼らに育てられる子供達。


「最後の施設は、大きくなってから孤児になった者の施設です。ここには外部から来た神父とシスターがいます。ここの子供達は16歳になると少しのお金と教会の紹介状を貰って自分で生きていきます。ここからは、死のうが、売られようが孤児院は関与いたしません。」


「でも、彼らは職の自由があるのよね。」


「左様でございます。」


 本来はこうあるべきではないのかしら?


「さて、お嬢様。孤児院の大まかな説明はお終いです。どの孤児院へ行かれますか?」


 セルロスは再び、地図をマリアンヌの前に広げた。


 慰問先の孤児院と、日時、護衛、お土産に至るまでしっかりと決めたあとマリアンヌはセルロスから解放された。


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