部屋にて ①
私の部屋へ場所を移し、兄様と2人でソファーへ座っています。兄様は少し困った顔をしながら何やら思案している風で声を掛け辛いですわ。
沈黙に耐え切れなくなったマリアンヌは、フリードリッヒの服の袖を軽く引っ張りながら声を掛ける。
「あの…。兄様?」
フリードリッヒはハッとしたあと、いつもの笑顔になりマリアンヌに向き直り口を開いた。
「ああ、ごめん。何から話そうかと思ってね。スラム街がある場所から地税を取ってないのは知ってるね?」
「はい」
ユリから以前聞いたわ。
「あそこは、もともとは国に雇われた傭兵や冒険者が国に雇われている間過ごす場所だったらしいんだ。だから、今もその名残りで1日2回の食事が提供されているんだ。」
1日2回の食事の提供は、元は城に雇われた傭兵や冒険者の為のものだったんですのね。
「では、どうして今はあのように…。」
そのままの機能を保っていたら、今も冒険者や傭兵の駐屯所のままであるハズですわよね。
「竜が出没したのが原因だ。竜が王都側にあった侯爵領に出没し住民に多大な被害が出た、侯爵は領主らと共に私軍を送り、ギルドに依頼し沢山の冒険者を募って竜討伐を行った。時の陛下も国の軍と傭兵を竜の討伐に差し向けられた。だが、運悪く、竜討伐の最中、敵国が戦争を仕掛けてきた。結果は、ひとつの侯爵領が壊滅。先陣を切った侯爵とその家族、領主達は全て死亡。沢山の兵と冒険者、傭兵の命が失われた、戦争はギリギリ勝てたものの、多大な被害が出た。」
「その侯爵領の領民はどうなったのですか?」
「亡き侯爵の指示で他の領へ避難していた住民は無事だ。彼らは、避難先の領主達から家と幾ばくかの土地や仕事を貰い生活をはじめた。問題は侯爵の避難指示を無視して留まり助かった者達と、竜と戦い、生き残りはしたが怪我を負った冒険者達だ。陛下は彼らを一時的保護のつもりで、傭兵達の宿舎へ招き入れた。だが、元領民達は受け入れをしてくれて家と土地なり職なりを斡旋してくれる領がない。」
「先に避難した人達のいるところはダメなのですか?それか、今までの家は?」
同じ領主の元で過ごしていたのですし、そこへ行けば生活できるのでは?
「今まで住んでいた侯爵領は、壊滅的でひとの暮らせる場所ではなくなった。『帰らずの森』が元侯爵領だ。ああ、それらの領主達との約束が、竜が暴れているので避難させて保護して欲しいというものだ。もう、竜は死んでいる、脅威はない、では、受け入れる必要もない。ということだ。ただでさえ、沢山の住民を受け入れたので、それらの領とて混乱を極めている。その上、領主の意向を無視するような住民まで抱えきれないというのが現状だろう。」
「そうですわね。家や土地仕事を用意するのには、お金も動力もいりますわね…。」
家ひとつ建てるにしても、土地に木材、人員が必要です。それを行うのにお金も必要ですし、勿論、一軒だけではなくそれも沢山…。受け入れた領主の仕事や出て行くお金は計り知れませんわ。
「ああそうだ、だが民の中にはそれは当然だと思う者も多い。むしろ、その待遇に不満を持つ者もいるのが現状だ。不満を持つ者が多ければどうなる?」
「領内は混乱が起きます。」
下手するとそういう人達に感化されて、一揆を起こす人もでるかもしれません。他所の領民に私財を投げ打って助けて恨まれるなんて私も御免ですわ。
「そうだ。だから、わざわざ混乱の最中、好き好んで危険分子の面倒をみる者などいない。彼らは冒険者と共にそのまま王都に留まるしかなかった。冒険者達は傷が癒えたら褒賞金で準備を整えて冒険者として活動する者や、今迄の活動を考慮されてギルドで働く者も出た。そして、最後に残ったものは」
自立する力もなく、助けてくれる手もない。
「本当に行き場のない人達。」
「ああ、そうだ。その時には、傭兵の駐屯所という機能はすでに失われ、悪化した情勢もあいまって彼方此方から食うに困った者が集まるようになっていった。国が落ち着きを取り戻しかけた頃、また、竜の襲撃だ。陛下は竜討伐に前回の教訓を生かして自国の兵を投入せず冒険者や傭兵に任せるようになった、一代貴族の地位を餌に。それを考案したのが宰相閣下だ。」
たったひとりの冒険者を勇者として一代貴族に任命するというものだ。全ての冒険者へ、それなりの礼を払うのとは比べものにならないくらいお金がかからない。
「全ての冒険者に謝礼を払えないほど、国の財政は悪化していたのですか?」
「ああ、初回の竜討伐で国庫は一時的につきかけていたらしい。それなりの期間があったとはいえ備蓄も少ない。だからといっていきなり税金を上げたら、国民の生活が破綻するからね。」
確かに、竜の襲撃だけでも大変なのに、侯爵家の滅亡と敵国の襲撃。国内は混乱を極めたことは間違いないでしょうし、いくらお金があっても足りませんわね。
「確かに、国民の生活が破綻したら元も子もありませんわよね。」
「そんな情勢の中、手厚い支援があったにもかかわらず、そこから自立できなかった者は、王都民に爪弾きされるようになった。その上、2度目の竜討伐から生き残る冒険者が殆どいなくなった。そのことが余計にスラム街に住む者を孤立させた。彼らの中には、自分達の不遇の原因をちゃんとした定住地を用意しなかった宰相閣下のせいだと考えている者が多い。そして、この前、また竜が現れた。その討伐で生き残ったのはバルク親子だけだ。彼らが讃えられればそのぶんスラム街の者はうとまれる。」
それって…。
鬱憤を他へぶつけているだけじゃありませんか!
ん?
「何故、竜討伐の時の生き残った方が、初回より2度目、3度目の方が凄く少ないのでしょうか?」
「ああ、一説には竜討伐が終わった後、貴族の地位を巡って冒険者同士の殺し合いが行われたのではないかと言われているが、真相は生き残った冒険者にしかわからない。」
たとえそうであっても、勇者となり貴族となればそのことは墓場へ持っていくでしょうね。
「では、その事実はわからないんですね。」
「ああ、そうだね。我々にはその真相を知るすべはないね。だが、生き残りが少ないということは、国にとってはとても都合の良いことなんだ。」
え?国民が死ぬことが良い事?
「どうしてですの?」
マリアンヌは納得がいかないという風に声を荒げた。
「褒美を貰えるのはただひとりだ。誰が貰うかで確実に揉めるだろう?そして、褒美を貰えなかった者は確実に不満を抱える事となるからね。不満を抱える者は少ない方が、いや、いない方が良いだろう?」
フリードリッヒは興奮しているマリアンヌを落ち着けるように、頭を撫でながら言葉を続ける。
「では、褒美を貰える者を増やすのはいかがでしょう?」
フリードリッヒは今にも泣きそうなマリアンヌに、幼子にでも話すかのように優しく語りかける。
「マリー、よく考えてごらん。ジュリェッタ嬢のことを、彼女ひとりにスミス侯爵はてんてこまいだ。勇者になれば自動的に貴族になるんだよ?義務も責務もわからないまま、利益だけを享受する貴族になる可能性がある。そんな者が増えれば、国は混乱し被害を被るのは民だよ。」
「ですが…。」
何か良い方法があるのではないのでしょうか?竜だってまたでるかもしれませんし…。
「優しいね、マリアンヌは。だけどそれを君が思い悩む必要はないよ。それを考えるのは、陛下や宰相閣下、国を動かしている方々だからね。」
フリードリッヒはそういうと、マリアンヌを優しく抱きしめて落ち着くまで頭を撫で続けた。
「マリー、もう休みなさい。」
マリアンヌはフリードリッヒの服にしがみつき、イヤイヤと首を横に振った、自分の父親が意図して冒険者同士を戦わせたという事実がとても恐ろしかったからだ。
フリードリッヒはしがみついたマリアンヌを抱き上げてベッドへ運ぶが、マリアンヌはフリードリッヒの服を握って離さない。
フリードリッヒはフッと笑むと、少し困った顔をして優しくマリアンヌに話しかけた。
「手、握っててやるから服、離してくれないかな?」
マリアンヌは頷くと、服から手を離しすぐに縋り付くようにフリードリッヒの手を両手で包み込んだ。フリードリッヒはベッドに腰を下ろすと、もう片方の手でマリアンヌの瞳を閉じさせ、優しく頭を撫で続けた。
「大丈夫、何処にも行かないから、安心して眠りなさい。」
「本当に?」
「ああ、オレがマリーにうそをついたことあったかい?」
マリアンヌは首を横に振ると、安心したように眠りについた。眠っているマリアンヌを見て、フリードリッヒはポツリと呟いた。
「マリーに、本当のことを教えるべきではないな。事実を知れば壊れてしまう。」




