侍女 リンダ
私には憧れの騎士様がいるの。名前はフリードリッヒ様。初めてお顔を拝見したのは、私がデビュタントのとき、王族が通るドアの所で警備をされているのを見かけたの。お父様に聞いて名前を教えて頂いたわ。伯爵家の次男で城で近衛騎士をされている。夜会には、参加されないみたい。だから、あまりお顔を拝見する機会がないの。城の夜会の時で、フリードリッヒ様が夜会の警護に当たられている時だけしか見られない。それも、お仕事中だから、話し掛けることも出来ない。持ち場が王族専用のドアの横だから、近くに行くことも出来ない!
伯爵家の次男だから、もしかしたら結婚出来るかもって淡い期待はしてるの。でも、すっごいモテるみたいなのに浮いた噂の一つもないのよね。笑顔一つ見せてくれないって、城で侍女をしている友達に聞いたわ。噂では、好きな方がいらっしゃるって話。アナスタシアという、すっごい美人の侍女に言い寄られたけど、見向きもしなかったって。
「リンダ、お前ももうそろそろ、結婚を考える年だ。どうだ、夜会で良き出会いはあったか?まだなら一度、侍女として働くか?気に入った相手がいれば、可能なら相手に打診してもいいぞ?」
お父様がそう仰って下さいました。そうね、私ももうすぐ16歳になります。うかうかしてられません。20歳までに結婚できなければ、婚姻相手の条件が悪くなりますから。
「お父様、近衛騎士のフリードリッヒ様は無理ですか?次男ですので、爵位はございませんが騎士様ですので生活していくには困らないかと…。」
聞いてみるだけ損はないですよね。フリードリッヒ様と結婚できるなら、騎士家も悪くないわ。
「フリードリッヒ殿か、フリップ家の?」
「はい、そうです」
「うーん。彼は難しいな」
お父様は渋い顔をしています。騎士様では男爵家のためにならないのでしょうか?
「どうしてですか?」
「可愛い娘の願いだ、叶えてやりたいのは山々だが、彼は難しい。宰相閣下の一人娘であられる、マリアンヌ嬢の筆頭婚約者候補だ。陛下の調印がないので、正式なものでは無いが、この前のマリアンヌ嬢の誕生日会でエスコートを務められたと聞いておる。」
えっと、なんで伯爵家のそれも第二夫人の子供が、宰相閣下の一人娘の婚約者候補?お父様、それ絶対に嘘ですって!
「そんなことがあるんですか?マリアンヌ様といえば、この国一番のお姫様ですよ?身分違いもいいところですよ。」
それでもお父様は渋い顔です。横で寛いでいたお兄様が口を挟みます。
「騎士でマリアンヌ様と結婚?うそだろ!羨ましい、皇女様に似て美人って噂だ。デビュタント以来、夜会に顔を出されていないから幻の姫って呼ばれてるんだぜ。確か、リフリード殿と婚約破棄されたばかりと聞いたよ」
幻の姫って、大層な二つ名ね。
そりゃぁ、私は宰相閣下の娘でも無いし、顔もそこそこだけどフリードリッヒ様を好きな気持ちだけは一番だわ。うん、そこだけは負けてない!
「だが、確かに今、フリードリッヒ殿は宰相閣下の邸宅から城に通っている。これは事実だ。あと、マリアンヌ嬢の外出時の警護も担当されていると聞いた。それに、最近は近衛騎士としての仕事より宰相補佐としての仕事をしている。宰相閣下の執務室で彼を見かけるよ」
うそ、それなら、城の侍女になるより宰相閣下の邸宅の侍女になる方が確実にフリードリッヒ様に会えるじゃない!アピールする機会も沢山あるはずだわ。城とは違って、ルールも少なそうだし。
「なら、お父様。宰相閣下の所に侍女として奉公に上がるのは可能ですか?」
「ああ、それならばどうにかなるだろう。宰相閣下にお願いしてみよう。確かに、宰相閣下の邸宅には将来有望な者が集まる。その中から良縁に恵まれるかもしれんからな。」
「なら、マリアンヌ様付きになれるように頼んで下さい。」
マリアンヌ様付きなら、外出時フリードリッヒ様と行動を共にできるじゃない。我ながらいい考えだわ。
「マリアンヌ嬢付きか、確かに結婚相手を探すには響きが良い。宰相閣下の一人娘の側に侍る侍女、それだけでも興味を引く者もでる。もし、お前がマリアンヌ嬢に気に入って頂けたら、私も出世できるかもしれん。よし、宰相閣下に願い出てみよう」
「お願いします。お父様!」
たしか、フリードリッヒ様のお母様が皇女様のお気に入りの侍女だったのよね。だから、もしかしたら、その縁でマリアンヌ様の警護でリマンド家に住んでらっしゃるだけの可能性もある。婚約者候補でなく、マリアンヌ様のお側にいらっしゃるだけなら、こんなチャンスまたとないわ。
お父様から返事があるまで、マリアンヌ様の情報収集をして過ごすことにした。まあ、方法は夜会やお茶会に参加して聞いてまわるだけなんだけど…。
わかったこと、皇女様似の美人。デビュタントのときは、陛下に挨拶されてすぐに会場から出て行かれたので、誰ともダンスされていない。仲の良い人はスミス家のスタージャ様。フリードリッヒ様と幼少の頃一緒に過ごしてらっしゃった。リフリード様と婚約破棄されて今は婚約者は無し。以上。
すっごく情報が少ない!参加されるお茶会が皇后陛下主催のものと、スタージャ様主催のもののみって!お友達いらっしゃらないの?お陰で、全く情報が入って来ないじゃない!
たまたま、お友達のお友達にスタージャ様のお茶会に参加した人がいたから、この情報だって収集できた。深窓の姫君って噂は本当ね。全くの世間知らずの可能性があるわね。
お父様から返事があって、皇后陛下の誕生日の日から侯爵家で働くことになった。残念、皇后陛下の誕生日の夜会出席したかったな。これから、夜会に気軽に参加できないのが残念だわ。
初めて訪れた侯爵家は立派で、家とは比べ物にならない。侍女や家令の動きも洗練されている。入口にひっつめ髪のキツそうな侍女と黒髪のイケメン執事、そばかすが印象的な優しそうな侍女が待っていた。ひっつめ髪が口を開いた。
「お嬢様付きのユリと申します。お嬢様付きを希望されていると旦那様から伺いました」
「リンダと申します。はい、お嬢様付きを希望しています」
うわー、この厳しそうな人が上司になるの、勘弁してよ。できれば、あのそばかすが上司が良かったな。
「わかりました。では、これから私が貴女の教育係を務めます。私の指示に従って下さい」
「はい」
予想通り、ユリさんが上司か。最悪。
「この二人を紹介致します。執事のセルロス、そして、同じくお嬢様付きのリサです。私がいないときにわからないことがありましたら、リサかセルロスに聞いて下さい。また、自分の判断で動かないこと。いいですね」
私、これでも男爵家の令嬢です。扱い酷くない?ユリさんはどこの令嬢なのかしら?
「はい。あの、他のお嬢様付きの方は後で紹介していただけるんですか?」
「お嬢様付きは、この屋敷では私とリサの二人だけです」
うそ、たった2人?男爵家令嬢の私でさえ、2人の侍女がいたわよ?ひとりは連れて来たし。侯爵令嬢なら何人もの侍女を侍らせているイメージだったわ。
「リサ、リンダを案内して。そちらの方は?」
「私の侍女です。着替えや湯あみをするのに手伝いが必要なので連れてきました」
「そう…。では、そちらの方はリンダの隣の部屋へ案内して」
ユリさんはビックリされたみたいでした。なぜでしょう?
案内された部屋は、別棟で使用人専用の建物みたい。2階からずらっと部屋が並んでるそうです。一階にお風呂と食堂があると教えて頂きました。2階の端の部屋を用意して貰いました。部屋はベッドと机、クローゼットのシンプルな作り。我が家の使用人達のように相部屋でなくて良かった。
「荷物を置いたら、屋敷を案内するわ。ついて来て。そちらの方はこの棟のみで過ごして頂きます」
私の侍女に荷物の整理を頼んで、リサさんについて行く。お屋敷の使用人用の休憩ルーム、サロン、応接室、お庭、厨房、食堂、お嬢様の部屋を案内して頂いた。これらの部屋が私の職場らしい。お嬢様の部屋に勝手に入らないこと、案内して頂いていない部屋にも勝手に入らないことを約束させられる。取り敢えず、広い。迷子になりそう。リサさんに教えられた所以外をうろつくと迷子になるから、おいおいって言われた意味がわかりました。
フリードリッヒ様のことを聞きたかったけど覚えることが沢山で無理。
「あの、お嬢様は?」
「お嬢様はお城の夜会に行かれました。ですので、リンダさんのことは明日ご紹介いたしますね」
お城の夜会には行かれてるんだ、そうよね、侯爵令嬢だもん欠席は出来ないよね。今まで見かけなかったのはさっさと帰られたからかしら?
お仕着せをいただいて、部屋へ戻ります。今日は疲れたでしょう。仕事は明日からと言われたので、賄いを頂いてさっさと就寝。明日、噂のマリアンヌお嬢様と対面ね。
朝、準備をして使用人用の食堂へ行くと、ユリさんから準備が終わったら、厨房に行ってサンドイッチを受け取り、お嬢様の部屋の前で待機するように言われた。言われた通り、厨房へ行くと、渋いおじさまコックにサンドイッチと、お茶セットが乗ったワゴンを用意して貰う。それを押してお嬢様の部屋の前で待機。すっごく暇。
私、存在忘れられてる?
部屋をノックしようかなと思った矢先、ドアが開いて、リサさんが洗面器の乗ったワゴンを押して出てきた。
「リンダさん、入って」
リサさんに促されて初めてお嬢様の部屋へ入る。白をベースにした部屋はとても豪華な造り。高そうな猫足の椅子に、人形のように美しい人がちょこんと座っていた。
「お嬢様、少しですがお時間がございます。サンドイッチをお召し上がり下さい。」
ユリがそう言うと、リンダが運んで来たサンドイッチをさっさとその美しい人の前に並べる。ティーポットに魔道具である魔法瓶からお湯を注ぎ、お茶を入れた。
「本人たっての希望で、新しくお嬢様付きになりました。リンダでございます。」
ユリが、マリアンヌにリンダを紹介した。
美しい人がマリアンヌお嬢様。
「リンダ、見慣れない顔ね」
「はい、昨日からこちらでお世話になっています。リンダでございます。宜しくお願い致します」
カーテシーで挨拶する。
「リンダは、スーザン男爵のご令嬢でございます」
あっ、ちゃんと男爵令嬢って紹介してくれるのね。
「そう、宜しくね、リンダ」
「宜しくお願い致します」
男爵令嬢とわかれば、優遇してもらえるはずよね。
リンダは自然と笑顔になった。
ドアをノックする音がした。男性の声がする。
「マリー、準備は出来たかな?」
マリー?お嬢様の愛称かしら?愛称呼びで部屋へ来る男性?
「はい、出来ました。どうぞ、お入りになって下さい。 」
ドアが開き、フリードリッヒが入ってくる。城では決して見ることのないシャツにズボンというラフな出立ちだ。
「朝食中だった?まだ、時間があるからゆっくり食べていいよ。ユリ、俺にもお茶を貰えるかな」
フリードリッヒはそう言うと、マリアンヌの前の椅子に腰を下ろした。
「わぁ、本当にフリードリッヒ様に会えたわ」
それも、貴重な私服!お声も聞けた!マリアンヌお嬢様付きの侍女になったのは正解だった。城の夜会でいつ見られるかわからない存在、それも遠くから、それがこんな間近で見られるなんて!もう、死んでもいい!
「マリーどうした?もう、食事はいいのかい?」
フリードリッヒはユリに入れて貰ったハーブティを飲みながら、サンドイッチを持ったまま手の止まったマリアンヌに声をかけた。
「ええ、もうお腹一杯で」
マリアンヌの手を掴んで、その手に持っていたサンドイッチをフリードリッヒはパクリと食べてしまった。
「ご馳走様。さっ、行こうか。」
何事もなかったように、フリードリッヒはマリアンヌを促す。
「うそ、あのフリードリッヒ様が、お嬢様の手からサンドイッチを」
皆が出て行った部屋の中、リンダは呆然と呟いた。
噂は全く当てにならないじゃない。何が鉄仮面よ。すっごく笑顔だったわ。冷たいってのも嘘ね。お嬢様を気遣ってお優しいし。あの笑顔が自分に向いたら幸せだろうな。
あっ、皆んな出て行った。私はお嬢様付きの侍女だから急いで後を追わないと!
正面玄関に着くと、フリードリッヒ様にエスコートされお嬢様は馬車へと乗り込んだ後だった。
置いていかれる。折角、フリードリッヒ様と一緒の馬車に乗るチャンスなのに!
「待って下さい。リンダも乗ります。」
リンダの言葉を無視してセルロスは馬車のドアを閉め、御者へ出発の合図を出した。
置いて行かれた。
ショックを受けて項垂れていると、鬼の形相をしたユリさんとセルロスさんにこっ酷く怒られてしまいました。
私はお嬢様の外出について行くことは無いって、納得出来ません。
「今日は、お嬢様は1日外でお過ごしです。リサにお茶の入れ方、お菓子の出し方、料理の出し方を習っておいて下さい。それが、出来るようになりましたら、リサの手伝いを頼みます。」
「ユリさんは?」
「私は本日はお嬢様に付き添います。」
納得出来ません。なんで、騎士家のユリさんがお嬢様に付き添って、私はお留守番?
「あの、お嬢様に付き添うの私ではダメですか?」
ユリさんは一瞬大きく目を見開き、そして、いつもの表情に戻った。
「お茶一つ満足に入れられるかどうかわからない方が付き添って何かできるんですか?」
「えっ、付き添うって、荷物を持って付いて回るだけでしょ?それくらい、私にもできます。」
侯爵家侍女って、そんなイメージですし…。
「今日は、お嬢様のお店のオープンの日です。そのお手伝いに参ります。本日は忙しいので右も左もわからない貴女に来られては迷惑です。そして、貴女が何ができるのか私はわかりません。リサに確認してもらって、仕事を割り振りたいと思います。それでいかがかしら?」
それなら、仕方ないですね。
「わかりました。行ってらっしゃいませ。」




