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開店 ①

「お嬢様、お嬢様、起きてください。」


 ユリが起こす声が致します。昨日、いろいろあって疲れているのですから寝かせてくれても…。


「お嬢様、今日はお店のオープンの日でございます。スミス夫人がいらっしゃるんでしょう?」


 あっ、すっかり忘れてました。


「ユリ、今、何時ですの?兄様は?」


「朝の8時を回ったところです。フリードリッヒ様は城へ行かれました。9時にはお戻りになられるそうです。」


 嘘、兄様、朝から城へ行かれたんですか?えっ、9時には戻ってこられるんですよね。私は、今、パジャマ…。


「ユリ、何でもっと早くに起こしてくれなかったの!」


 あああー!兄様が戻ってらっしゃるまでに後1時間もないですわ!


「お言葉ですが、お嬢様。何度も起こしましたよ?」


 ユリと言い合いしている時間はありません。


「ユリ、急いで支度して頂戴!」


「はい、かしこまりました。」


 ユリはそう言うと、リサと共にとテキパキと準備をしてくれます。


「お嬢様、少しですがお時間がございます。サンドイッチをお召し上がり下さい。」


 見慣れない侍女がサンドイッチを運んで来た。訝しげに見ていると、ユリが紹介してくれる。


「本人たっての希望で、新しくお嬢様付きになりました。リンダでございます。」


 用意して貰ったサンドイッチを食べながら、ユリに入れて貰った紅茶で流し込む。


「リンダ、見慣れない顔ね。」


「はい、昨日からこちらでお世話になっています。リンダでございます。宜しくお願い致します。」


 新しく雇い入れたのね。


「リンダは、スーザン男爵のご令嬢でございます。」


 スーザン男爵家、確か領地は持っていなかったわね。行儀見習い兼、結婚相手探しかしら?それとも、人脈作り?年齢は同い年くらいかしら。


「そう、宜しくね、リンダ。」


「宜しくお願い致します。」


 リンダは男爵令嬢には珍しい、屈託のない笑顔で挨拶した。


 変わった人。


 ドアをノックする音がした。


「マリー、準備は出来たかな?」


 あっ、兄様!


「はい、出来ました。どうぞ、お入りになって下さい。」


 ドアが開き、フリードリッヒが入ってくる。城から帰ってから着替えたのだろう、いつものシャツにズボンという出立ちだ。


「朝食中だった?まだ、時間があるからゆっくり食べていいよ。ユリ、俺にもお茶を貰えるかな。」


 フリードリッヒはそう言うと、マリアンヌの前の椅子に腰を下ろした。


「本当にフリードリッヒ様に会えたわ。」


 後ろから、小さな声が聞こえる。リンダだ。


 え、今、リンダは何と言ったの?まさか、兄様目当てで私付きになったの?


「マリーどうした?もう、食事はいいのかい?」


 フリードリッヒはユリに入れて貰ったハーブティを飲みながら、サンドイッチを持ったまま手の止まったマリアンヌに声をかけた。


 リンダのことが気になって、サンドイッチが喉を通りません!なんて、兄様に言える筈ありませんわよね。


「ええ、もうお腹一杯で」


 手中のサンドイッチを持て余していると、不意にフリードリッヒにその手を掴まれ、そのまま彼の口元へ、そして、あっという間にサンドイッチはフリードリッヒの口の中へ消えた。


「ご馳走様。さっ、行こうか。」


 マリアンヌが、ボーッとしている間に、フリードリッヒはマリアンヌを急かし馬車へと促した。


「うそ、あのフリードリッヒ様が、お嬢様の手からサンドイッチを」


 リンダの声はマリアンヌの耳に入ることはなかった。


 フリードリッヒにエスコートされ、マリアンヌは馬車へと乗り込む。


「お嬢様、ユリは後ろの馬車でセルロスと参ります。」


 兄様が馬車に乗り込むと、ユリがセルロスと顔を見合わせてそう告げる。馬車のドアをセルロスが閉めようとしたとき、その後ろから、リンダがすごく慌てた様子で現れた。


「待って下さい。リンダも乗ります。」


 あの、乗りますって、乗り合い馬車ではないのですよ?


 ユリの眉がみるみるうちに吊り上がっていく。セルロスは無言でドアを閉め、御者に合図した。



「マリー、昨日は色々あって疲れただろう。大丈夫かい?」


 兄様の方こそ、忙しい合間を縫ってこうして私に付き合って下さるうえに、気を使って下さるなんて…。


「兄様の方こそ、お疲れではございませんか?」


「マリーは、優しいね。俺は騎士だから、これくらい日常茶飯事さ。血を見ることにも慣れているし。だが、マリーは違うだろ?」


 お優しいのは兄様のほうですわ。


「驚きはしましたが、私は大丈夫です。お父様もお母様も無事ですし、ただ、ルーキン伯爵が心配ですが…。そう言えば、ハンソン様とクロウは戻って参りましたの?犯人は捕まったのですか?」


 フリードリッヒは笑顔を引っ込め真面目な顔になり、マリアンヌを見る。


「ああ、その説明をしないとね。実行犯は全てハンソン様が殺した。相手が手練れで捕まえることが困難だったそうだ。あのクロウでも、手間取った相手だ、仕方ない。クロウが死体を調べた結果、やはり、我が国の国民だ。ギルドで冒険者登録を抹消された者たちだったらしい。黒幕には到らなかった。クロウが引き続き調べている。」


 なんだか、世知辛いですわね。


「わかりました。」


「黒幕がわからない以上、宰相のお命が危ない。引き続き警護することになったよ。後、念のため、マリー、君も警護対象になった。といっても、外出時に俺とセルロスとユリが付き添うだけだけどね。」


 首謀者がわからない以上仕方ありませんわね、早く捕まると良いのですが…。


「お母様の警護は?」


「ああ、奥様は事が落ち着くまで、本人たっての希望で宰相と行動を共にされるそうだ。」


 それはどういうことでしょう?お父様のお仕事に付いて回られるのでしょうか?

 

「お母様、多分、お父様のお仕事、手伝えませんわよ?」


「ああ、大丈夫だよ。一緒に登城されて、宰相が執務をされている間は、皇后陛下や上皇陛下と一緒にお時間を過ごされご一緒に帰宅される予定だよ。城には母もいるし遊び相手には困らない。屋敷に奥様を軟禁するのは難しいからね、苦肉の策さ。」


 なる程、安心致しました。先生がご一緒にいて下さるなら安心です。確かに、お母様に大人しく屋敷で過ごしてって言うのは酷ですわね。


 兄様と話しているうちに店に着きました。


「お嬢様、フリードリッヒ様、おはようございます。」


 皆に挨拶され、店内を見渡すと店は開店準備万端です。店長とアンリは同じ服を着ています。


「皆さん、おはよう。店長、アンリ、その服は?」


 店長がニコニコしながら話してくれました。新しく来たお針子の皆さんが制服があった方が良いだろうと作ってくださったそうです。凄いですね、さっさと1日で仕上げてしまわれるなんて!確かに、制服があった方が高級感が出ます。新人お針子の練習として、制服の作製をさせるそうです。制服であれば、お客様に迷惑がかかることもない上、使用するものですからですって、よく考えてあります。


 開店ギリギリにユリとセルロスが店に着きました。二人共心なしか疲れているようです。


 昨日の宣伝の効果か、店は順調な滑り出しです。お約束通りスミス夫人もいらして、お茶会用のドレスを注文して下さいました。夫人のドレスはフルオーダーで請負うことになりましたので、ちょくちょく、店舗へ足を運んで下さることになりました。


「お嬢様、そろそろ休憩されてはいかがですか?」


 客足が落ち着いたころ、アンリが声を掛けてくれます。


「そうね、じゃぁ、休憩をいただこうかしら?」


「なら、噴水の近くに新しいオープンカフェが出来たんです。ここから、1番近い本屋の隣です。宜しかったら、フリードリッヒ様と行ってらっしゃったらいかがですか?私のオススメはオープンサンドと、ベリーのパンケーキです。そこでは、コーヒーもいただけるんですよ!」


 コーヒーですか、聞いたことはあります。輸入品ですので取り扱っている店が少ないんですよね、煎れられる者も殆どいませんし。


「コーヒーとはどのようなものですか?」


「南の国ではよく飲まれてるんです。黒い液体で、苦味と酸味が特徴の香りの強い飲み物なんです。紅茶と同じように、砂糖を入れたり、ミルクをいれたりして飲んでも美味しいですよ。」


 アンリはよほどオススメなのか、一生懸命にその店をすすめてくる。その様子に気がついたフリードリッヒが声をかけた。


「マリー、アンリはなにを話しているんだい?」


「あっ、フリードリッヒ様。本屋の横に新しく出来た、カフェはご存知ですか?」


 アンリったら、兄様にも勧めてますわね。


「ああ、知っているよ。カフェはまだ行ったことはないけどね。それがどうしたんだ?」


 兄様、知ってらっしゃったんですね。


「今から、フリードリッヒ様と行かれたらって話してたんです。私のオススメはオープンサンドイッチとベリーのパンケーキです。」


 オープンサンドとベリーのパンケーキも推してきますわね。


「折角だから行こうか。でも、アンリ、その店に知り合いでもいるのか?」


 フリードリッヒの問いにアンリがピクンと動いた、図星のようだ。


「あははは。実は、買い付けに行ってた頃に知り合った人があそこで働いてて…。」


 あわあわしながら、アンリはしどろもどろに答える。


「それで応援したいわけだ。いいよ、マリー、遅めのお昼をその店で食べよう。」


「はい。」


 フリードリッヒとマリアンヌの言葉に、ぱぁっと表情を明るくし、早口でまくし立てる。


「ありがとうございます。必ず、テラス席で食べて下さいね。お二人がテラス席に座ると、それだけで店の宣伝になりますから!」


 フリードリッヒは、苦笑いを浮かべつつマリアンヌの腰に腕を回した。


「わかったよ。さ、行こうか」 

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