いざ、王都へ
父であるリマンド侯爵の休暇も終わりに近づき、家族揃って王都にある屋敷へ移動です。領地の管理は例年通り、執事のセバスとフリップ伯爵が行います。
お父様いわく、この領域の管理をフリップ伯爵様に任せているのが妬みのタネでは?だそうです。分家の中では、任されている仕事が一番多く横領もしやすいものね。
フリップ伯爵様に負担を強いている分、早く私に結婚をさせて家督を譲り、ゆっくり領地の管理をしたいそうです。そう考えると、結婚相手は少し年上の方がよいのかしら?
今回は、フリードリッヒ兄様も一緒の馬車で王都へ向かい、婚約者アピールです。
「噂には聞いていましたが、リマンド侯爵家の馬車を引く馬が魔馬とはビックリしました」
私の横に座っているフリードリッヒ兄様は、大変驚かれているよう。
「前陛下である私の父が、嫁入道具の一つとしてくださいましたの。結婚生活が嫌になったら、この馬車に乗ってすぐに帰って来なさい。絶対、誰も追いつかないからって。ふふふ、魔馬4頭に馬車2台もよ。荷物も全部積んで来なさいって仰られたの。」
なんの冗談かしら?とマリアンヌの前に座るリマンド夫人は、扇子を口元に当ててコロコロと鈴を転がしたように笑う。
「全く冗談では無いと思うのだがね」
リマンド夫人の横で宰相は、苦笑いを浮かべた。
「あら、貴方が一番ご存知でしょう?私、行き遅れでしたのよ。お父様は褒美と言って、貴方に行き遅れの年増を押し付けたのではなくて?」
そんな宰相を意に介さず、リマンド夫人は口元に扇子を当てたまま楽しそうに言葉を紡ぐ。
「まさか、私が上皇陛下に君の降嫁を願い出たのだが、中々お許し下さらず時間がかかったのだよ。私が宰相を引き受けることで、やっと君と結婚することができたのだが。」
「まあ、昔、お父様に伺ったことがございますのよ。どうして、私は叔母様達のように他国の王室に嫁がないの?って。そしたら、お父様、なんと仰ったと思います。」
リマンド夫人は三人を見て悪戯っ子のような顔をする。
「自国の言葉以外上手に操れず、皇女なのに魔法も下手なお前が他国の妃など務まらないって仰るの。苦労するだけだって。まあ、魔法が下手なのは認めますわ、外国語も。ですから私の嫁ぎ先に困っていらっしゃったのよ。宰相になればは、ただの冗談ですわよ」
侯爵は両手を軽く上に上げ、優しい瞳で夫人を見る。
「何度、私が上皇陛下に婚姻をお願いした。といってもコレだからね、お手上げだよ」
お父様、本当にお母様のことが好きなんですわね。
お母様、ご自分が魔法と語学が苦手でいらっしゃるから、私に早くから家庭教師を付けて学ばせられたのね。一番最初の魔法の家庭教師の先生が、フリードリッヒ兄様のお母様だったのよね。
治癒魔法は、王族の血が入ってないと使えないんですのよね。血が濃い方が治癒能力が高い、だから、治癒魔法の先生は限られているのよね。兄様のお母様、王族の血縁者だったんですね。それで、フリードリッヒ兄様は我家に住んでらっしゃったと納得致しました。そう言えば、お母様は王族なのに一切治癒魔法が使えないんでしたわ。
そう言えばと言うふうに侯爵夫人は、フリードリッヒに視線を向ける。
「侯爵補佐業はどうですの?慣れまして?」
そう言えば兄様、婚約者(仮)ですのに、領地では朝と夕の食事以外、お父様のお仕事を手伝ってらっしゃいましたのよね。
「中々大変です、今の仕事とは畑違いですので。仕事が多岐に渡り、覚える事も多く中々思う通りには進みません。」
渋い顔をしてフリードリッヒは答えた。
「いや、君はよくやっているよ。お陰で私は随分と楽をさせて貰っているよ。このまま、マリーと結婚したら、すぐにでも家督を譲ってのんびりできるよ。」
侯爵の言葉に、フリードリッヒは少し困ったような笑みを浮かべる。そんな彼の様子にマリアンヌは全く気が付かず、父に畳み掛ける。
「まぁ、お父様。フリードリッヒ兄様をこき使っていらっしゃいましたのね。兄様は休暇中ですのよ。お父様がお仕事を押し付けると休めませんわ。」
私だって休暇中だったんだが?って、眉尻を下げておっしゃってますけど本来お父様の仕事です。それに、お母様には婚約者(仮)って言ってないからしかたありませんが、実際に婚約する訳ではなく、今回は犯人を炙り出す為のものですからね。
「仕事といえば、フリードリッヒ、休暇はいつまでだい?」
「10月いっぱいです。今までの溜まった分を今回一気に取ったので2カ月頂きました。」
その言葉を聞き、リマンド侯爵は今後の予定を立て始めた。
「もうそろそろ、王都が見えるばずだが。」
リマンド侯爵は外をみながら呟いた。
「もうですか、先日、父と王都から帰った時は馬車でまる2日かかりましたよ。それが、その日中に着くとは」
フリードリッヒは信じられない、と言う顔をした。夫人は、凄いでしょと、自慢げにフリードリッヒに返す。
魔馬は普通の馬の3倍のスピードで走るとても貴重な馬だ、上皇陛下の娘への愛情の表れであり、同時にリマンド侯爵への牽制でもある。
リマンド侯爵は軽く、溜息を吐き夫人をみる。
「王都へ着いたら、君はマリアンヌを連れて、上皇陛下へご挨拶に伺いなさい。きっと待っていらっしゃるよ。」
「ええ。マリアンヌ、お爺様に会いに行きましょう。きっと美味しいお菓子をご用意下さるわ!」
ふふふ。と侯爵夫人は、楽しそうに笑う。
「はい、お母様。私もお爺様にお会いしたいです。王太子殿下、大きくなられたかしら?」
前に、お会いしたのは一年前ね、楽しみだわ。フワフワのブロンド の髪に、柔らかい手、ピンクのぷにぷにのほっぺ。ああ、癒しだわ。
「城から戻ってからで良いから、マリーの誕生会を開く準備をしてくれ。今年は盛大に新しい婚約者のお披露目をしよう。」
お父様悪い顔になっていますわよ。
「夜会、いいですわね。マリーの誕生日会。招待状の紙選びに、料理はどうしましょう?招待客は、どこまで呼びます?いつもの方々の他にお呼びした方がいい方はいらっしゃいます?」
何も知らされていない侯爵夫人は、ウキウキと予定を立て始める。
お母様、夜会を開くのお好きですものね。凄く楽しそう。
「バルク名誉男爵と、その娘のジュリェッタ嬢を頼むよ」
リマンド侯爵の言葉に、フリードリッヒとマリアンヌはお互に顔を見合わせ小さく頷く。
「バルク名誉男爵、ああ、思い出しましたわ。確か、竜殺しの勇者様ですわよね。お嬢さんも竜を倒すのをお手伝いなさったとか、凄いですわね。お嬢さん、ジュリェッタ嬢と仰られるのね」
「ああ、そのバルク名誉男爵だ」
「私もお会いしたいわ。勿論ご招待いたしますわ。ジュリェッタ嬢も来て下さるといいわね」
ジュリェッタ嬢と初めて会うわね。想像し難いわ、元冒険者で、お父様と一緒に竜を倒し、儚げな守ってあげたくなるような美少女?竜に立ち向かう時点でリフリード様よりよっぽど逞しいんじゃないかしら?百聞は一見にしかず、お目にかかればわかりますわよね。
マリアンヌがフリードリッヒをみると、フリードリッヒはどうしたの?と、小声で聞いてきたので、軽く首を横へ振る。
邸宅に着いてから、兄様に聞いてみようかしら?城で働いてらっしゃるから何か知ってらっしゃるかもしれませんもの。
「あと、領地の者は一応全員に招待状を出してくれ。忙しくて領地でお披露目が出来ないかもしれんからな」
「ええ、わかりましたわ」
夜会など華やかなことが大好きなリマンド侯爵夫人は早速、頭の中で夜会の段取りを組み始めている。
お母様、張り切ってらっしゃるわ。巻き込まれないようにおとなしくしてなきゃ。
馬車は、東門を潜り王都へ入って行く。
王都は周りを高い壁で覆われている。戦争への備えだ。この国の最後の砦が王都だ。
この国の全ての貴族は王都に家を持っていて、王都に用事がある時はそこに泊まる。宿は平民のものだ。基本的には貴族は、自分の領地へ帰る時は他の貴族の別荘を借りるか、家に泊めて貰う。貴族が宿を使い何十人といる護衛や従者まで宿に泊まると全ての部屋を使い、冒険者や商人が泊まれないからだ。
馬車は平民街を抜けて、貴族の屋敷が建ち並ぶ中心地へと進む。中心に行くに連れ、爵位の高い貴族の邸宅が建ち並ぶ。その中心に皇帝陛下の住まう城がある。城にほど近い邸宅の門を潜り、正面玄関の前で馬車が止まった。
玄関が開き、黒髪の若い燕尾服を着た男性が出てきて、馬車のドアを開ける。頭を下げる。
セルロスは、王都の侯爵邸の執事で、領地の執事セバスの甥だ。彼等の一族は、代々リマンド侯爵家の執事をしている。
「セルロスありがとう」
リマンド侯爵が馬車から降り、夫人をエスコートする。後に続いて、フリードリッヒが降り、マリアンヌをエスコートした。
「お帰りなさいませ。旦那様」
「留守中に変わったことは?」
「後でご報告に参ります」
セルロスの言葉で、リマンド侯爵はコトの重大さを認識した。
玄関から入ると、使用人全てが出迎えてくれる。
「皆、出迎えご苦労。紹介しよう、マリアンヌの新しい婚約者だ」
リマンド侯爵がフリードリッヒに挨拶を促す。フリードリッヒは一歩前に出て挨拶する。
「フリードリッヒ・モリス・フリップだ。よろしく頼む」
「よろしくお願い致します」
使用人が皆声を揃え、一斉に礼をする。一糸乱れぬ動きだ。
私室へ移動したマリアンヌは、ソファーへと腰を下ろした。